1話-独りぼっちの世界に終止符を-
まず始めに、この物語りは夢でもましてや妄想でも無い事をここに宣言しておく。これは、私がこれまでに生きて生きて生きて生き抜いて来たバカげた世界の物語りだ。
「そういえばお前、異世界でバイト始めたって聞いたけど…なにしてんの?」
「付き人だよ、冒険者の付き人。まぁ…武器のメンテやらなんやらの雑用だけどな」
ある者は自身の目的の為に違う世界を行き来する毎日を送り。
「例のアレ、また出たらしいよ。イカれた勇者」
「あぁー観た観た!最近多いよね~、こっちに流れてくる異物」
「でも逃げられたんだって」
「勘弁してよ~…エリア制限されたら外に出れないじゃん!」
ある者は向こうから此方側へ、世界を冒険する。
「おい見ろよ、国家特殊認定試験の規定年齢がまた引き下げだってよ」
「マジかよ。今で最年少が15歳だったはずだろ!?子供に頼るこの国も終わりだな」
まさに激動の時代が再来したと言わざるを得ない。異世界はもはや隣町と変わらぬ感覚となり、イカれた勇者は人を殺める事に躊躇を見せない。国までもが口裏を合わせて子供を利用しようとする。そして私は次第にこの世界から孤立していく。
ー 西暦『教和』元年 ー
生まれる時代を間違えたといえばそれまでだが、これが現実で私には何も無い。向き合わなければならない真実だという事は理解している。でも、そんなのは勝手な思い込みに過ぎない。だから、私の見る世界はいつだって妄想の中にあるんだ。その世界ならきっと、少しはマシに生きれるかもしれないから。
「おい、古高ッ!何をブツブツ言ってるんだ!もう休憩は終わってるぞ!」
「わーってますって」
「まったく…お前は成績が芳しくないんだから真面目に授業くらいは受けないとダメだろ?」
「なんで知ってんだよ…」
この冴えない少女、名を『古高深季来』高校一年生の16歳にして何の変哲もない極々普通の女子高生をやっている激レアな一般人である。
「デ・・ワ・・ココガ・・・分カ・・・人・・」
ここは永遠に続く悪夢そのものだ。私はこの世に産まれ落ちた時から覚めない悪夢を見続けている。
「あ~あ、死んじゃったよ」
「いんじゃねぇ~?しばらく補習になるし」
「そうそう。丁度退屈してたよね」
そして、教卓に置かれた古びたラジオがそれを物語っている。中の人は今死んだ。まぁ、最後の最後まで平常心を保てていたのは確かに尊敬する所かもね。でも、死刑執行日に限って女子高生を殺しまくった極悪人の犯罪者が最後に望んだ願いが『自分の夢でもあった教員生活を一日でもいいから味わいたい』なのが何とも馬鹿らしい。
「あれ、古高さんどこ行くの?」
「あぁ~…トイレ?」
「そっか、気をつけてね」
「うん、もう黙った方がいいよ。あんたも気を付けなね」
「シッ・・・!静かに・・・!アイツが来てる…もう黙るね・・・!」
机に置かれた一枚の写真。暗闇の中、少女が自分の居場所を知らせる為に自らを撮影したという自分自身の姿。彼女が言うには、そこは自宅の押入れらしく、どうやら強盗に押し掛けてきた正体不明の男からずっと身を隠しているのだとか。言葉を発せられる時はその男の気配が自分から遠退いた時だけらしく、家族が皆殺しにされた事を思い出す度に彼女は涙を流し落ち込んでる。永遠に終わることのないかくれんぼ・・・さぞかし外よりは心地良いでしょうね。
「ああ、幸運を祈るよ。親友」
教室を後にミイラは行く宛もなく廊下を進む。すると、そこに耳をつんざくような、彼女にとって嫌悪な声を発する者が立ち塞がった。
「見つけたぞッ!!憎き糞ガキッ!!」
「(うげっ…)」
「私を捨てた行為がどんなに非道で浅はかだったのかを今日こそ思い知らせてやっからなッ!!」
「ケッ、毎度毎度ねちっこい無機物めが!未練たらたらで気持ちわりぃんだよ!」
「んだとミイラのくせに!!」
「んだとクソドール!!」
これは、まだ私が幼かった頃の話しになるが、私は母親に買ってもらった貴婦人の人形を大切に持っていた時期があった。不思議と可愛いぬいぐるみよりもこういった人形に惹かれていた。今思えば童話の絵本の影響だったのかもしれない。とにかく、とても大事にしていた。お洒落させて、一緒に出掛けて、毎日一緒に寝て、楽しい想い出も沢山ある。けどある日の夜、私がフと目を覚ました時コイツは刃物を片手に夜な夜な人間たちを殺しに出掛けていたんだ。まるでショッピングにでも行くかのような気分で容姿を整えて。その異臭を纏った姿に不気味な微笑みが気持ち悪くて仕方なかった。だから迷う事なく川へ棄ててやった。今までの愛着が嘘だったかの様に。それが災いしたのだろうか、コイツは以来私を付け狙っては殺そうとしてくるのだ。
「死ネェェェエエッ!!!!」
けど無駄だ。私はおろか今のコイツは誰にも勝てない。何故なら・・・。
「あ痛ッ!!」
足の小指が無くなっている事に気付いていないからだ。人間の形をしている以上、体のバランスとっているのは足だ。更に言えば、足の小指がバランスを取るセンサーの役割を果たしている。通常、人間は足の小指を失うとバランスが崩れてまともに歩けないと言われている。その知識を活かして投げ捨てる直前に小指だけを切って靴を履かせ直しておいた。せめてもの情けだ。
「でもあの時・・・手足全部切っておけば良かったかな」
「クソッ!!やっぱりお前だな!?あれ以来まともに動けねぇじゃねぇか!」
「でしょーよ」
「おい待て、何だそれ…ボールペンかッ!?やめろッ!!」
「天罰ッ!!」
「ギャァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ッ!!!目がァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ッ!!!」
刺激的な毎日なんて要らない。退屈な明日が欲しいだけなんだ。そう考える度に屋上で景色を眺めてる気がする。空が記憶した人々の奇怪な行動が定期的に映し出されなかったらもっとスッキリできてた筈なんだけどね。
「おろせぇぇええっ!!誰の片足掴んでんのか分かってんだろうなぁ!?」
「ん?ほらよっ」
「てめッ・・・!」
「じゃ~ねぇ~。しばらく死んでろ」
「なぁぁぁああッ!!覚えてなさいよぉーッ!」
「覚えておく程の出来事じゃなかったろ・・・くだらな、帰ろ」
時代は"教和"元年。ハチャメチャでぶっ飛んだカオスな時代。それはある日を境に突如として起こった。無限に広がり続ける次元が一つの世界へと融合し始め空間に亀裂が入ってしまったのだ。それが原因で歪んだ空間の亀裂から漏れだした別次元の世界がこの世界を侵食した。これは各国のトップ達が一斉に打ち立てた政策による"武力や資源の確保が何よりも今は大事"だと決定付けてしまったが故の結果なのだという。元を辿れば人口激増による資源の不足だ。そこで目をつけられたのが"パラレルワールド"の存在だった。つまり"足りない分は似た世界から奪い取ればいい"これが始まりだ。だが、そんな軽率な考えで行われた実験はもちろん成功する筈も無く見事に失敗。悪夢を呼び寄せる結果へと繋がってしまった。まさに禁断の果実を口にした事で楽園を追放されてしまったという訳だ。誰もが自国の崩壊を恐れ、死に恐怖した。パニックは免れない、トップ含め皆そう思っていた。しかし、人々に伝染する実験失敗の影響は計り知れない力へと変わり今では見ての通り"カオス"という言葉が良く似合う新たな時代を開幕させたのだ。もはや現実とは思えぬ幻想。この世界は全てを失い全てを手にいれた強欲の象徴となってしまったのだ。
「ただいま~」
「あら、ミイラじゃな~い。まだ二時よ?学校は~?」
「勘弁してよママ。ガス付けっぱだよ」
「あれま!」
階段を上がり自分の部屋へと向かうミイラは扉に手を掛けた瞬間に察した。今日もあるのだろうと。誰が何の為に行う嫌がらせなのかは皆目検討もつかないが、確かに言える事は。
「くっさ・・・」
部屋に転がる変死体は紛れもなく自分自身だという事だ。
「なんだよ…またかよ」
明確には別世界の古高ミイラと言うべきか。いつ頃からか、こうして帰宅すれば必ず部屋に死体が無差別に転がされているのだ。窓を全開に開けて消臭剤を撒かなければならない程の強烈な異臭が目にしみる。既に腐敗がかなり進行している証拠だ。触ろうものならたちまち原形を無くして崩れる肉の塊。
「それに興味があるのか?」
「・・・っ!?」
背後からの不気味な声、そして恐ろしくも見下されている視線。ミイラは決死の覚悟で振り返った。
「だ、誰…」
「フッ、私はお前だよ」
その姿に見覚えなどないはずだった。いや、姿は違えど共鳴する何かを感じたのだ。
「なるほど…生きて会うのは初めてだよ」
「ああ、初めましてだな。古高ミイラ」
「初めまして…古高ミイラさん」
ウチの望む退屈な明日はこの出会いを期に・・・完全に絶たれたのであった。