僕、親友の彼女になりました~聖なる日のTS薬~
「なあ、今日クリスマスだよな?」
何の前触れもなく突然問われ、僕は訝しみながらも頷く。
現在。僕の部屋で、親友とのんびり遊んでいる最中のことである。
確かに、本日は十二月二十五日。
世間ではクリスマスと呼ばれる日ではあるが、僕たちは恋人なんておらず、仕方ないからと暇なのを誤魔化すかのように遊ぶことにしたのだった。
外ではカップルが多いからなどという理由で、僕の部屋でのんびりしているだけなわけだけど。
「せっかくだからさ、お前にクリスマスプレゼントやるよ。すっげえの持ってきたんだ」
そう言って、自分の鞄の中を漁り出す。
何だろう。僕たちは親友と言えど、いやむしろ親友だからこそ、今まで特にクリスマスプレゼントとかを渡したことはあまりなかった。
僕は何も用意していないが、いいのだろうか。
僅かな期待をしながら待っていると、やがて瓶のようなものを取り出した。
中には、水のような透明な液体が入っている。
「……何、それ?」
「まあまあ、飲んでみれば分かるからさ。ほら、一気に飲み干しちまってくれ」
笑顔で言いながら、僕に瓶を手渡してくる。
どこか怪しい……というか、何も説明をせず今すぐ必死に飲ませようとしているところが特に胡散臭い。
まあ、そんなに危険なものでもないだろうし。
意を決し、瓶を開けてゆっくり中の液体を口内に注いでいく。
やがて、瓶の中身が空になり――。
「……っ!?」
瞬間、体に異変が生じた。
目が回り、強烈な吐き気を催すのと同時に。
頭が、手足が、体の至るところが鋭い痛みを訴えてくる。
「……お、おい、これ何――」
何だよ……と言いかけ、思わず絶句せざるを得なかった。
何だ、今の声は。明らかに僕の声じゃなくて、甲高くも可愛らしい女の子のような声だった。
いや、おかしいのはそれだけじゃない。
僕が今着ている私服はサイズがぴったりのはずなのに、気づけば手足が隠れるくらい袖の長さが合わなくなっている。
それでいて、なぜか胸部だけが少し窮屈だった。
「おお、すげえ。こんなにすぐ効果あるんだな。ほら、これが今のお前の姿だ」
そうして見せてきた鏡には、僕じゃない別人が映っていた。
とても長くウェーブがかった、白銀の髪。
あどけなさの残る顔はとても整っており、服がはち切れそうなくらい胸が主張している。
そっと、肩越しに後ろを振り向く。
自分の頭から長い銀髪が伸び、床に垂れていた。
そっと、自身の胸に手を当てる。
かなり柔らかく、なおかつ弾力があって、とても大きかった。
ちょっと待て。もしかして、これが僕、なのか。
いやいやいや、有り得ない。だって僕は男で、こんな美少女なんかじゃなかったのだから。
「さっきお前に飲ませた薬な、あれTS薬っていうんだってさ。つまり、性別を変える薬ってことだ」
「……は、はぁっ!? そんなのあるわけ……!」
「あるんだよ。ほら、実際お前、女の子になっただろ?」
「ぐ……」
確かに身をもって体験している以上、強く否定もできない。
いや、だからといって自分が女の子になるなんて。
信じろというほうが無理な話だし、だけど実際にこうなっているわけで、何が何だかわけが分からない。
「……何で、僕にそんなの飲ませたんだよ」
だから、とりあえず訊ねる。
効果を知っていて僕に飲ませたということは、明確に僕を女の子に変えたい理由があったということだろうし。
すると、急に浮かない顔になり、語り始めた。
「俺さ、お前も知っての通り今まで一回も彼女できたことないだろ? で、今日はクリスマスなわけじゃん。だから、親友のお前を女の子に変えてさ、クリスマスデートとかしてみたかったんだよな」
動機が不純すぎる。まあ、僕を女の子に変える時点で不純な理由なんだろうなとは思ってたけど。
僕も彼女はできたことないし、クリスマスデートとかに憧れる気持ちも当然分かるんだけど、でも男の僕を女の子に変えるか、普通。
「頼む! 今日だけでいいからさ、俺の彼女になってくれ!」
顔の前で手を合わせ、深々と頭を下げてくる。
男だった僕に頼むことだとは思えないな……正気の沙汰じゃない。
でもまあ、今日一日だけ、か。
僕も気持ちは分かるし、協力してあげたい気持ちも少しはある。
こっちからしてみれば、何で男とデートをしなくてはいけないのかって感じではあるが。
「本当に今日だけ? 明日になったら、また男に戻れるの?」
「おお、もちろん! 今日一日だけだから! お前しかいないんだよ!」
なんか、土下座まで始めてしまった。
どんだけ必死なんだ。僕だってほぼ同じだというのに、見てるこっちが不憫に感じてしょうがない。
「はぁ……分かったよ。今日だけだからな」
「まじか! ありがとう、助かる! 愛してるぞ!」
「……男に言われても嬉しくないから、それ」
「だめだぞ、お前はもう俺の彼女なんだから。私も愛してるっ、抱いてー! くらい言わないと」
僕が承諾した途端、急に調子に乗りやがった。
普通の女の子なら、たとえ彼女でもそうそう抱いてなんて言わないと思う。たぶん。
「じゃあ、さっそく行こうぜ。せっかく彼女ができたんだし、今日は一日中デートしたいからな」
「遠慮のない男は嫌われるよ」
「大丈夫だよ、お前なんだから」
僕にも少しは遠慮してほしい。
親しき仲にも礼儀あり、という言葉を知らないのか。
「お前、その格好じゃ外に行けないだろ。俺が持ってきた服があるから、これに着替えてくれ」
と。いきなり鞄を漁り出したかと思えば、今度は服やらスカートやらマフラーやらを手渡してきた。
明らかに女物だ。思いの外、普通の冬服ではあるものの、きっとこいつの好みでもあるんだろうな。
深く溜め息を漏らす。
正確には女装とは違うけど、まさか僕が女の子の服を着ることになるとは。
でも、もう承諾してしまったことだしな。
諦め、着替えるため服をたくし上げる――と。
「わっ、ちょっ、待て! 今のお前、女なんだからな!?」
「えっ? あ」
真っ赤な顔で叫ばれ、僕はすぐさま裾にかかっていた手を離す。
いけないいけない。いつもの感覚で、こいつの前でも着替えようとしてしまった。
それにしても、彼女できたことないからか、やっぱり純情なやつだ。
まあ、ここまで童貞丸出しなら、間違いを起こしたりはしなさそうだから安心ではあるか。
部屋を出て行ったのを確認し、気を取り直して着替える。
黄色のマフラーだったりと厚着なのに、下はスカートとニーソックス。
何だか、変な感じだ。特に下半身がスースーして落ち着かない。
無意識に、足をもじもじとさせてしまう。
何はともあれ、これで着替えも終わったし、そろそろ行くか。
そう思って部屋から出ると、すぐ近くで壁にもたれかかって待っていた。
「おお、すごい似合ってるぞ。っていうか、そうやってもじもじしてると、なんかエロいな」
「う、うるさい、慣れてないんだから仕方ないだろっ」
自分の顔が熱くなるのを感じつつ、僕たちは家から出た。
親友とのクリスマスデートが、始まる。
§
昼間と言えど、街中では所々にカップルの姿が散見された。
もちろん家族連れの人もいたし、何だかいつもより人が多い気がする。
「カップルを見かけると、いつもなら嫉妬で狂いそうになってたところだけど、今ならあいつらと同じ目線で街を歩けるぜ」
「……カップルと同じ目線って何だよ」
「恋人のいないやつを、高みから見下ろすことができる」
「そんな偉そうにできる立場じゃないからな? たった一日だけなんだし」
「いいんだよ! 一日でも、彼女は彼女だ!」
本人は初めてのクリスマスデートで楽しそうにしているけど、初めての彼女が僕で本当にいいのかね……。
絶対、ちゃんとした女の子のほうがいいと思うんだけども。
「なあなあ、せっかくだから映画見ようぜ!」
「……はいはい」
近くにあった映画館を指差しながら無邪気に言われ、僕は渋々頷く。
でもまあ、今日一日はこいつの要望でクリスマスデートをすることになったんだ。
今日だけは、こいつの行きたいところに付き合ってやるとするか。
僕も、暇だったし。
そうして、二人で映画館に入り。
チケットを購入し、そして映画が上映したわけだが――。
「……何で恋愛映画なの」
小さく、誰にも聞かれないような声で呟く。
大きなスクリーンでは、超人気イケメン俳優が、これまた大人気の美人女優とキスシーンを繰り広げていた。
僕の親友は隣で映像に見入っているが、僕は深々と溜め息を漏らす。
男と二人でこんな映画を見たところで、別に楽しくはない。
まあ、デートと言えば恋愛映画みたいなイメージがあるんだろうな、きっと。
デートの経験がないやつの考えることだ、僕も一応少しは分かるし仕方ない。
やがて、映画が終盤に差しかかったとき。
ふと、僕の手に何かが触れた。
訝しみつつ、視線をそちらへ移すと。
あろうことか、僕の手を握ろうとしてやがった。
男と手を繋ぐなんて勘弁してほしい。僕は、そっと手をどけた。
§
「いやー、いい映画だったなあ」
映画が終了し、僕たちは外に出た。
何やらラブストーリーを思い出して涙ぐんだりしているが、僕は正直そこまで感動はできなかった。まあ、男と一緒だし。
と、どちらからともなく腹の音が鳴った。
そういえば、映画を見てて忘れていたけど、もう昼を過ぎているんだった。
ちょうどお腹が空いてきたし、どこかで昼食にしていいかもしれない。
「お、ちょうどいいところに。あそこ行こうぜ」
そう言って指差したのは、某ハンバーガー屋だった。
僕としては別に構わないけど、あまりデートらしくはない。
「ムードも何もあったものじゃないな……」
「え? お前、そういうの気にする? じゃあ夜景の見える高級レストランにでも行こうか?」
「どっちにしろ夜景は見えないよ……。あそこでいいよ、行こう」
お腹が空いているのだから、食べられればそれでいい。ハンバーガーは好きだから、むしろ嬉しいくらいだ。
二人で別々のハンバーガーやジュースを注文し、席につく。
ちなみに、僕はいつも頼むような安定しているものを頼み、親友のこいつは新商品だったり期間限定ばかりの、頼んだことのないものを注文していた。
「な、お前も飲むか? 期間限定のやつ、美味いぞ」
今月から期間限定で発売の飲み物を、こちらへ向けてくる。
確かに美味しそうだとは思ったけど、そのストロー、さっきまでこいつが口をつけてたんだよな。
ということは、関節キス――。
って、何を考えてるんだ、僕は。
何が間接キスだ、それくらい普通だろ。
僕は飲み物を受け取り、ストローに口をつけた。
……うん、確かに美味しい。
今度から、僕も頼んでみよう。うん。
§
そんな食事も終え、今度は服屋に寄ることにした。
どうやら、自分が欲しいものというよりは、僕に着せたいものがあるらしい。
「なあなあ、せっかくクリスマスなんだしさ、こういうの着てみてくれよ」
それは――俗に言う、サンタ服というやつだった。
いくら今クリスマスだからって、自分がそんな服を着るのはさすがに恥ずかしすぎる。
でも、顔の前で手を合わせて必死に頭を下げているのを見て、断るのも忍びなくなってしまった。
うーん。
恥ずかしいけど、こいつが喜んでくれるなら別にいいか。
仕方なくサンタ服を受け取り、試着室に入る。
服を脱ぐと、豊満な乳房が外気に触れた。
下着は持っていなかったから、完全にノーブラだったのである。
できるだけ自分の体を見ないようにしながら、サンタ服を着ていく。
思っていた以上に生地が厚く、わりと暖かった。
試着室から出たら、僕の姿を視認するや否や興奮した様子で叫びだす。
「お、おおーっ! すげえ可愛いぞ! 写真撮っていいか?」
「……う、うん」
スマホを取り出し、一枚また一枚と写真を撮っていく。
妙に恥ずかしい。顔が赤くなっているのが、自分でも分かった。
元々の服に着替え、サンタ服を棚に戻したあと。
僕は意を決し、訊ねてみることにした。
「あの、さ……下着、買ってもいいかな……?」
「えっ? あー、つけてないのも問題ありそうだしな。いいぞ」
了承してくれたため、下着コーナへ向かう。
下のほうも男物だったから、さすがに女物を買っておいたほうがいいだろう。
色や柄など種類が様々で、どれがいいのかよく分からない。
「お前は、どういうのが好きなの?」
だから、問う。
自分ではどれを選べばいいのか分からないから、一応好みを聞いておこうかと思って。
「俺? まあ、普通ので……あ、これとか」
そう答えながら手に取ったのは、白くレースのついたものだった。
なるほど、こういうのが好きだったのか。特にこだわりはないし、とりあえずこれでいいか。
下着だけを購入し、僕たちは服屋から出た。
§
他にも、色々な店を見て回り。
気づけば空は暗くなり、すっかり夜も遅い。
だけど、家に帰る前に、まず僕たちはネットカフェに寄っていた。
「初めて来たけど、結構いいとこだな」
狭い個室で、パソコンを操作しながら言ってきた。
ドリンクバーもあり、料理の注文もできるらしく、確かにかなりいいところだ。今後も、機会があれば来てみたい。
既に飲み物をふたつ運んできており、テーブルの上に置いてある。
こういうところに泊まる人も結構いるという話を聞いたことがあるけど、この快適さなら意外と僕も泊まりたいと思ってしまう。
さすがに、そんなに長期間は無理だが。
などと考えつつパソコンの画面を眺めながら、僕は飲み物を手に取り。
飲み物のほうをよく見ていなかったからか、思わず手を滑らせてしまった。
「あ、おい、危な――」
すぐさま反応を示し、僕を庇って飲み物を途中でキャッチしようと試みる。
しかし、それも叶わず。
それどころか、途中でバランスを崩してしまう。
「おわっ!?」
短い絶叫を上げ、こちらへ倒れ込んでくる。
僕に覆い被さるようにして。僕を押し倒す形になって。
その右手は、僕の胸に触れていた。
「……」
なぜか、その場からどこうとはせず、むしろ胸を控えめに揉み始める。
更に、徐々に顔を近づけ――。
「……おい、何しようとしてんの」
咄嗟に、顔を押さえて制止した。
いくら押し倒す感じになったからって、そこまでいくのは早すぎだ。急な行動力を見せないでほしい。
「わ、悪いっ」
そこで、ようやく離れてくれた。
ふう……よかった。
上体を起こし、さり気なく顔を逸らす。
今の僕、もしかしたらかなり顔が赤くなっているかもしれない。
おかしいな。何で、こんなにドキドキしちゃっているんだろう。
自分でも驚くほどに、心臓の動悸が激しくなっていた。
「なあ、今だから言うけど。俺、実は嘘ついてたんだ」
ふと。こちらを振り向くことすらしないまま、ぼそりと言ってきた。
嘘。いつ、どの話だろう。
「えっと……実はお前に飲ませたやつさ、本当は今日一日で効果が切れたりしないやつで。その、つまり、たぶんずっと女の子のままだと思う」
「え……?」
思わず、喉が震える。
明日になれば戻れると思っていたのに、それじゃあ僕は、ずっとこのままだっていうのか。
ショックでしょうがないはずなのに、どうしてかあまりショックには感じられなかった。
「あと、実はもうひとつ言ってなかったことがあって。あの薬を飲んで性別が変わったやつは、一番近くにいて、現在異性になっている人のことを……好きに、なっちゃうらしいんだよ」
「……っ」
もう、驚きすぎて言葉もない。
好きに、なる? じゃあ、もしかしてさっきから僕が感じている、このドキドキって――。
こちらを振り向く。
そして、驚く僕に構わず、その言葉を投げかけてきた。
「――俺と、付き合ってください」
……動悸が、治まらない。
顔の赤面が、止まらない。
何で、男のこいつと。
何で、僕がこいつと。
そう返したいのに、僕から発せられた言葉は全く違うものだった。
「――よろしく、お願いします」