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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第28話「幼き賭けと紅葉狩り」

──


「いくら何でも、紫が裏切るはずがないじゃろう。考え過ぎじゃ」


 鍋から肉団子をよそいながら、壱子は平間に言う。


「しかし、お主にとっての紬も似たようなものだったか」


 囲炉裏を挟んで座る壱子は、手に持った茶碗を平間に差し出した。

 中には、湯気を上げる野菜や肉団子がある。

 反射的に、平間は喉を鳴らす。


「食べよ。美味いぞ。まあ、私は火の番をしていただけじゃが」

「壱子は?」

「もう食べた。そんなことより、状況を整理する。食べながら聞いてくれ」


 平間は頷き、茶碗に口を付けた。

 それを見てから、壱子は言う。


「お主が牢から出られたのは、近衛府内に協力者が出たからじゃ」

「協力者? 誰だ?」

(わけ)あって、その名を口には出来ぬ。しかし、あくまで些事(さじ)じゃ。気にするな」


 そっけなく言う壱子に、平間は肩をすくめる。

 壱子はさらに続ける。


「そして、今回の首謀者は水臥小路家じゃな。これは間違いない」

「どうして?」

「私が(じか)に水臥小路惟人の顔を見たからじゃ」

「……だったら、疑問を挟む余地は無いか。だけど、どうして壱子を罠に嵌めたんだ?」

「さあ?」

「『さあ?』って……」

「現時点ではなんとも言えぬ。私とて、人の心を完全に読みきることは出来ぬ。政争の具としたかったのかも知れぬし、単に私とゆっくり話をしたかっただけかも知れぬ」


 後者は無いだろう、と平間は思ったが、口には出さなかった。

 そんな平間に何かを察したらしい壱子だったが、不服そうに軽く睨んだだけで、再び口を開く。


「で、問題はこれからどうするか、じゃ」

「ごめん壱子、その前に一つ聞きたいんだけど」

「なんじゃ?」

「どうやって逃げてきたんだ?」

「さあ?」

「今度ばかりは、その反応はおかしくないか?」

「私でも分からぬのじゃ。今朝起きたら、座敷牢の戸が開いていた。で、そのまま誰にも見つからずに逃げてきた」

「そんなことが起こりうるのか?」

「親切な者がいたのじゃろう。あるいは、また何かの罠かも知れぬな」


 壱子は脳天気に言って、平間に左手を差し出した。

 その視線は空になった茶碗に注がれている。

 おかわりをよそってくれるらしい。

 平間が茶碗を渡すと、壱子はニヤリと笑って言う。


「ふふ、まるで夫婦のようではないか。のう紫?」

「まこと、その通りでございますね」


 適当に相槌を打つ紫に、平間は眉を寄せる。


「適当なことを言わないでください、紫さん。壱子も、話を戻して」

「なんじゃ、つれないのう。ええと、何の話だったかな」

「これからどうするのか、でしょ」

「ああ、そうじゃったな」


 頷きながら、壱子は平間に茶碗を返す。


「今こうして逃げおおせた以上、次にすべきことは屋敷に戻ることしか無い。が、屋敷の周りには普段よりもずっと多くの衛士がおるらしい」

「近衛府や衛士府に、水臥小路家の息がかかっているってことか」

「おそらくな。しかもなお悪いことに、父上はいま公務で皇都にはおられぬ。予定では、今日戻られることになっていたらしいが、相手が水臥小路であることも踏まえると、関を封鎖される可能性もある」

「つまり皇都に入れないってことが」

「うむ。そして同時に、私達も出られない」


 壱子の一言に、三人の間で重苦しい雰囲気が流れる。

 慌てて、壱子は言う。


「しかし、しかしじゃ! まだ方法はある」

「……というと?」

「近衛府とて一枚岩ではない。例えば、武門御三家などは必ずしも水臥小路家に協力的ではない。そこを突けば──」

「とは言っても、壱子さまも別に御三家の方々と仲が良いわけではありませんよね?」


 壱子の言葉を遮って、紫は言う。

 再び、重苦しい雰囲気が流れた。


 しばしの沈黙を経て、再び口を開く壱子。


「とにかく! まずは父上と合流せねば話が進まぬ! 相手が衛士という戦力を持ち出してきた以上、私一人が出来ることは限られておる」

「確かにそうだ。となると、方法は……壱子が皇都の外に出るか──」

「父上を皇都に入れるか、のどちらかじゃな」


 そこまで言って、壱子は急に目を見開く。

 そして、くいっと口角を上げた。


「良いことを思いついたぞ」


 その表情から、平間は壱子がろくでもないことを考えついたのだと直感した。


──


 羊門(ひつじかど)大通り。

 無数の人々が行き交うこの通りは、皇都で最も多くの店が軒を連ねている。


 その一角に、高々と掲げられた木の板が何枚かあった。

 高札(こうさつ)だ。

 その中の一枚には、「火付之咎人(ひつけのとがびと)」という文句と共に、壱子と平間の人相書(にんそうがき)が描かれていた。

 勝手に逃げおおせた壱子はともかく、一応は正攻法で開放された平間まで手配されているのは、何か事情があるに違いない。

 が、そんな疑問を抱くものは、いくら多くの人で賑わう大通りでも、一人としていなかった。


 その大通りを、慌ただしく駆け抜ける二つの人影があった。

 小柄な影と、平均的な背丈の二人組。

 その後ろには、決死の形相で彼らを追いかける衛士たちの姿があった。


「追え! あいつらは放火魔の極悪人だ!」

「捕らえた者には報奨金が出るぞ!」

「娘の方は足が遅いらしいが、男の方は武器を持っている。用心しろ!!」


 衛士たちは口々に声を掛け合い、二人組との距離を詰めていく。

 すると、二人組は突然進路を変えて、細い通りに入っていった。

 それを見て、衛士の一人が言う。


「やはり佐田家の屋敷に向かうつもりだ。応援を呼べ! 屋敷に逃げこまれたら手が出せなくなる!!」


 壱子発見の報は、またたく間に皇都の衛士の間を駆け巡った。

 またたく間に、皇都に配置されている衛士の多くが動員されることになった。

 の、だが。


「おかしい……いくら何でも、身のこなしが軽すぎるだろ!!」


 そう叫ぶ衛士の視線の先には、民家の塀を軽々と乗り越える二人組の姿があった。


──


 皇都の東の関を抜けた街道上で、壱子は一つ結びにした髪を(ほど)いた。

 そして、隣を歩く平間の顔を見上げる。


「上手く行ったな」

「今のところはね。それにしても、どうして僕まで手配されているんだ?」

「”協力者”が逃してくれただけありがたいと思えば良かろう。私など、もっと酷い」

「何が酷いのさ?」

「あの人相書を見たか。まるで似ておらぬ。私はもっと──」

「可愛いのね。分かってるよ」

「なんじゃ、褒めても何も出ぬぞ」

「褒めてないよ。どうせこんな事だろうなーって思っただけだ」

「……平間のくせに生意気な」


 そう言って、壱子は平間の頬を思いっきりつねる。

 が、壱子の握力などたかが知れているので、平間は無視してされるがままになっていた。


 壱子の考えた策とは、簡単に言えば「身代わり作戦」だった。

 皇都のあちこちに散らばる間者に声を掛け、平間と壱子らしき二人を作り上げる。

 その二人に派手に逃げまわってもらい、「平間と壱子が屋敷を目指して逃げまわっている」という情報を流し、その隙に皇都の関を抜けた。

 軽く変装していたせいもあったが、関所の役人も役人も壱子を見ても、大して注意を払わなかった。


 紫は間者を手配したり、欺瞞情報を流したりしていたため、今は別行動である。


「それで、次はどうする?」


 平間の問いに、壱子はまってましたとばかりに応えた。


「実は今日、みかど歌会(うたかい)がある。おそらく父上も出席されるはずじゃ」

「その根拠は?」

「以前にも言った通り、水臥小路が動いている以上、父上が皇都に入れる可能性は高くない。むしろどんな(そし)りを受けて敵の手に落ちるか知れぬ」

「確かに、ろくな兵力は連れてないだろうしね」

「その通り。ゆえに、父上は恐らく皇都には戻らぬじゃろう。そして、幸運にも歌会は皇都の外で開かれる。となれば、どう動くか、じゃ」

「……直接帝に会って状況を説明する、とか?」

「と、私は考えた。あとは、父上も同じように考えていてくれるかどうかじゃ」


 そう言う壱子は、いつになく険しい表情を浮かべる。

 現時点で連絡を取る手段が無い以上、どうしても推測で動かざるをえない。


「歌会の会場は鳴峰寺(めいほうじ)。ここから北東にしばらく行った山中(さんちゅう)にある」

「入れるのか?」

「入る。ま、お主と私なら何とかなるじゃろう」


 白い歯を見せて笑う壱子は、なんとも頼もしい。

 平間は頷き、改めて気を引き締めた。

 

──


 平間と壱子は、入り組んだ山道を進んでいく。

 かれこれ二刻半(約五時間)歩きっぱなしで、平間でさえ疲労の色が濃い。


 赤や黄に色づいた木々の中を、二人は延々を進んでいく。

 すると小さな峠に至ったところで、壱子は小さく声を上げる。

 そして、汗ばんだ手で前方を指さした。


「あれじゃ。あれが鳴峰寺(めいほうじ)天覧堂(てんらんどう)。入ることが出来るのは帝と、彼が許した家臣のみだと言われておる」

「それは……大層な場所だね」


 平間と壱子が見つめる先には、切り立った岩壁の上に建てられた質素な堂があった。

 岩壁は乙の字を描き、堂は空中に突き出す形になっている。

 その独特な立地からか、装飾こそ華美ではないが、皇国を統べる者が独占するにふさわしい風格が漂っていた。

 名実ともに、これが天覧の堂なのだろう。


 荒い息を交えながら、壱子は言う。


「さすがに、私も天覧堂には入ったことが無いが、入り口は向こう側にあるらしい。あと少しじゃ」

「向こう側って、もしかして……」

「勘が良いな。あの崖を切り出して、階段が続いておる。(のぼ)るぞ」


 そう言って壱子はニヤリと笑う。

 が、その顔色は疲労で真っ青だ。

 平間は、壱子を背負って下山することを覚悟した。


 峠の(いただき)が近付き、視界が開けてくる。

 それにつれて、下り坂の先まで見えてきた。


「おお、いくつか牛車が止まっておる! 佐田の牛車は……」


 興奮気味に、壱子はしきりに視線を動かす。

 崖の下には牛車を停めるための小さな広場がある。

 数台の牛車のみならず、牛に餌をやる従者たちの姿もあった。


「やった、あった! あの家紋は間違いなく佐田のものじゃ!」

「ってことは──」

「そうじゃ、父上が天覧堂にいる!! やったぞ、平間!」


 壱子は振り向いて、目を輝かせる。

 その後ろで、すさまじい轟音が響く。


「……は?」


 間の抜けた声を上げる壱子の目に映ったのは、爆炎の中で崩落する岩壁と、逃げ惑う従者たち。

 そして、地面に激突して粉々に砕ける天覧堂だった。


──

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