第28話「幼き賭けと紅葉狩り」
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「いくら何でも、紫が裏切るはずがないじゃろう。考え過ぎじゃ」
鍋から肉団子をよそいながら、壱子は平間に言う。
「しかし、お主にとっての紬も似たようなものだったか」
囲炉裏を挟んで座る壱子は、手に持った茶碗を平間に差し出した。
中には、湯気を上げる野菜や肉団子がある。
反射的に、平間は喉を鳴らす。
「食べよ。美味いぞ。まあ、私は火の番をしていただけじゃが」
「壱子は?」
「もう食べた。そんなことより、状況を整理する。食べながら聞いてくれ」
平間は頷き、茶碗に口を付けた。
それを見てから、壱子は言う。
「お主が牢から出られたのは、近衛府内に協力者が出たからじゃ」
「協力者? 誰だ?」
「訳あって、その名を口には出来ぬ。しかし、あくまで些事じゃ。気にするな」
そっけなく言う壱子に、平間は肩をすくめる。
壱子はさらに続ける。
「そして、今回の首謀者は水臥小路家じゃな。これは間違いない」
「どうして?」
「私が直に水臥小路惟人の顔を見たからじゃ」
「……だったら、疑問を挟む余地は無いか。だけど、どうして壱子を罠に嵌めたんだ?」
「さあ?」
「『さあ?』って……」
「現時点ではなんとも言えぬ。私とて、人の心を完全に読みきることは出来ぬ。政争の具としたかったのかも知れぬし、単に私とゆっくり話をしたかっただけかも知れぬ」
後者は無いだろう、と平間は思ったが、口には出さなかった。
そんな平間に何かを察したらしい壱子だったが、不服そうに軽く睨んだだけで、再び口を開く。
「で、問題はこれからどうするか、じゃ」
「ごめん壱子、その前に一つ聞きたいんだけど」
「なんじゃ?」
「どうやって逃げてきたんだ?」
「さあ?」
「今度ばかりは、その反応はおかしくないか?」
「私でも分からぬのじゃ。今朝起きたら、座敷牢の戸が開いていた。で、そのまま誰にも見つからずに逃げてきた」
「そんなことが起こりうるのか?」
「親切な者がいたのじゃろう。あるいは、また何かの罠かも知れぬな」
壱子は脳天気に言って、平間に左手を差し出した。
その視線は空になった茶碗に注がれている。
おかわりをよそってくれるらしい。
平間が茶碗を渡すと、壱子はニヤリと笑って言う。
「ふふ、まるで夫婦のようではないか。のう紫?」
「まこと、その通りでございますね」
適当に相槌を打つ紫に、平間は眉を寄せる。
「適当なことを言わないでください、紫さん。壱子も、話を戻して」
「なんじゃ、つれないのう。ええと、何の話だったかな」
「これからどうするのか、でしょ」
「ああ、そうじゃったな」
頷きながら、壱子は平間に茶碗を返す。
「今こうして逃げおおせた以上、次にすべきことは屋敷に戻ることしか無い。が、屋敷の周りには普段よりもずっと多くの衛士がおるらしい」
「近衛府や衛士府に、水臥小路家の息がかかっているってことか」
「おそらくな。しかもなお悪いことに、父上はいま公務で皇都にはおられぬ。予定では、今日戻られることになっていたらしいが、相手が水臥小路であることも踏まえると、関を封鎖される可能性もある」
「つまり皇都に入れないってことが」
「うむ。そして同時に、私達も出られない」
壱子の一言に、三人の間で重苦しい雰囲気が流れる。
慌てて、壱子は言う。
「しかし、しかしじゃ! まだ方法はある」
「……というと?」
「近衛府とて一枚岩ではない。例えば、武門御三家などは必ずしも水臥小路家に協力的ではない。そこを突けば──」
「とは言っても、壱子さまも別に御三家の方々と仲が良いわけではありませんよね?」
壱子の言葉を遮って、紫は言う。
再び、重苦しい雰囲気が流れた。
しばしの沈黙を経て、再び口を開く壱子。
「とにかく! まずは父上と合流せねば話が進まぬ! 相手が衛士という戦力を持ち出してきた以上、私一人が出来ることは限られておる」
「確かにそうだ。となると、方法は……壱子が皇都の外に出るか──」
「父上を皇都に入れるか、のどちらかじゃな」
そこまで言って、壱子は急に目を見開く。
そして、くいっと口角を上げた。
「良いことを思いついたぞ」
その表情から、平間は壱子がろくでもないことを考えついたのだと直感した。
──
羊門大通り。
無数の人々が行き交うこの通りは、皇都で最も多くの店が軒を連ねている。
その一角に、高々と掲げられた木の板が何枚かあった。
高札だ。
その中の一枚には、「火付之咎人」という文句と共に、壱子と平間の人相書が描かれていた。
勝手に逃げおおせた壱子はともかく、一応は正攻法で開放された平間まで手配されているのは、何か事情があるに違いない。
が、そんな疑問を抱くものは、いくら多くの人で賑わう大通りでも、一人としていなかった。
その大通りを、慌ただしく駆け抜ける二つの人影があった。
小柄な影と、平均的な背丈の二人組。
その後ろには、決死の形相で彼らを追いかける衛士たちの姿があった。
「追え! あいつらは放火魔の極悪人だ!」
「捕らえた者には報奨金が出るぞ!」
「娘の方は足が遅いらしいが、男の方は武器を持っている。用心しろ!!」
衛士たちは口々に声を掛け合い、二人組との距離を詰めていく。
すると、二人組は突然進路を変えて、細い通りに入っていった。
それを見て、衛士の一人が言う。
「やはり佐田家の屋敷に向かうつもりだ。応援を呼べ! 屋敷に逃げこまれたら手が出せなくなる!!」
壱子発見の報は、またたく間に皇都の衛士の間を駆け巡った。
またたく間に、皇都に配置されている衛士の多くが動員されることになった。
の、だが。
「おかしい……いくら何でも、身のこなしが軽すぎるだろ!!」
そう叫ぶ衛士の視線の先には、民家の塀を軽々と乗り越える二人組の姿があった。
──
皇都の東の関を抜けた街道上で、壱子は一つ結びにした髪を解いた。
そして、隣を歩く平間の顔を見上げる。
「上手く行ったな」
「今のところはね。それにしても、どうして僕まで手配されているんだ?」
「”協力者”が逃してくれただけありがたいと思えば良かろう。私など、もっと酷い」
「何が酷いのさ?」
「あの人相書を見たか。まるで似ておらぬ。私はもっと──」
「可愛いのね。分かってるよ」
「なんじゃ、褒めても何も出ぬぞ」
「褒めてないよ。どうせこんな事だろうなーって思っただけだ」
「……平間のくせに生意気な」
そう言って、壱子は平間の頬を思いっきりつねる。
が、壱子の握力などたかが知れているので、平間は無視してされるがままになっていた。
壱子の考えた策とは、簡単に言えば「身代わり作戦」だった。
皇都のあちこちに散らばる間者に声を掛け、平間と壱子らしき二人を作り上げる。
その二人に派手に逃げまわってもらい、「平間と壱子が屋敷を目指して逃げまわっている」という情報を流し、その隙に皇都の関を抜けた。
軽く変装していたせいもあったが、関所の役人も役人も壱子を見ても、大して注意を払わなかった。
紫は間者を手配したり、欺瞞情報を流したりしていたため、今は別行動である。
「それで、次はどうする?」
平間の問いに、壱子はまってましたとばかりに応えた。
「実は今日、帝の歌会がある。おそらく父上も出席されるはずじゃ」
「その根拠は?」
「以前にも言った通り、水臥小路が動いている以上、父上が皇都に入れる可能性は高くない。むしろどんな誹りを受けて敵の手に落ちるか知れぬ」
「確かに、ろくな兵力は連れてないだろうしね」
「その通り。ゆえに、父上は恐らく皇都には戻らぬじゃろう。そして、幸運にも歌会は皇都の外で開かれる。となれば、どう動くか、じゃ」
「……直接帝に会って状況を説明する、とか?」
「と、私は考えた。あとは、父上も同じように考えていてくれるかどうかじゃ」
そう言う壱子は、いつになく険しい表情を浮かべる。
現時点で連絡を取る手段が無い以上、どうしても推測で動かざるをえない。
「歌会の会場は鳴峰寺。ここから北東にしばらく行った山中にある」
「入れるのか?」
「入る。ま、お主と私なら何とかなるじゃろう」
白い歯を見せて笑う壱子は、なんとも頼もしい。
平間は頷き、改めて気を引き締めた。
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平間と壱子は、入り組んだ山道を進んでいく。
かれこれ二刻半歩きっぱなしで、平間でさえ疲労の色が濃い。
赤や黄に色づいた木々の中を、二人は延々を進んでいく。
すると小さな峠に至ったところで、壱子は小さく声を上げる。
そして、汗ばんだ手で前方を指さした。
「あれじゃ。あれが鳴峰寺天覧堂。入ることが出来るのは帝と、彼が許した家臣のみだと言われておる」
「それは……大層な場所だね」
平間と壱子が見つめる先には、切り立った岩壁の上に建てられた質素な堂があった。
岩壁は乙の字を描き、堂は空中に突き出す形になっている。
その独特な立地からか、装飾こそ華美ではないが、皇国を統べる者が独占するにふさわしい風格が漂っていた。
名実ともに、これが天覧の堂なのだろう。
荒い息を交えながら、壱子は言う。
「さすがに、私も天覧堂には入ったことが無いが、入り口は向こう側にあるらしい。あと少しじゃ」
「向こう側って、もしかして……」
「勘が良いな。あの崖を切り出して、階段が続いておる。上るぞ」
そう言って壱子はニヤリと笑う。
が、その顔色は疲労で真っ青だ。
平間は、壱子を背負って下山することを覚悟した。
峠の頂が近付き、視界が開けてくる。
それにつれて、下り坂の先まで見えてきた。
「おお、いくつか牛車が止まっておる! 佐田の牛車は……」
興奮気味に、壱子はしきりに視線を動かす。
崖の下には牛車を停めるための小さな広場がある。
数台の牛車のみならず、牛に餌をやる従者たちの姿もあった。
「やった、あった! あの家紋は間違いなく佐田のものじゃ!」
「ってことは──」
「そうじゃ、父上が天覧堂にいる!! やったぞ、平間!」
壱子は振り向いて、目を輝かせる。
その後ろで、すさまじい轟音が響く。
「……は?」
間の抜けた声を上げる壱子の目に映ったのは、爆炎の中で崩落する岩壁と、逃げ惑う従者たち。
そして、地面に激突して粉々に砕ける天覧堂だった。
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