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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第16話「漆かぶれと恋心」

──


「ここに姉が? 本当ですか?」


 部屋に戻った平間に、松月は興奮を隠し切れずに言う。

 平間は慌てて唇に指を当てると、松月は声を落として言った。


「しかし、よく姉が来ていたと分かりましたね……一体どうやって?」

「ああ、それはね──」


 言いかけて、平間は口をつぐむ。

「今の松月が姿が射月さんに似ていたから」と言おうとした平間だったが、なんとなく(はばか)られたのだ。


「まあ、あのお婆さんがやり手で、よく覚えていたんだよ。いつもこの部屋を選んで使っていたらしい。それでね、相手の男なんだけど」

「何処の誰ですか。この手で処断してやります」

「まあ落ち着いて、その男が犯人だと決まったわけではないんだから」

「……すみません」

「でも、(はや)る気持ちは分かる。お婆さんの話では、相手の男は中年で、特に目立つ容姿ではなかったみたいだ。あとはそうだな、紬が予測していた通り、羽振りは良かったらしい」

「あまり情報としては多くありませんね。ただ、ここに来ていたということが分かっただけでも、大きな収穫です」

「僕もそう思う。とりあえず、もう日も落ちかけている。明るいうちに、何か手がかりがないか手分けして探そう」

「いいですけど、店主の老人は良いんですか? さすがに怪しまれると思いますが」

「あのお婆さんなら、今ごろ気持ちよく眠っているよ」

「何故です?」

「お酒を奢ったんだ。おかげで気軽に動き回れる。僕の財布も軽くなったけど……」

「犯人を捕まえたら、一緒に飯でも食べましょう。おごりますよ」

「そりゃ助かる! じゃあ、さっそく手がかりを探そう。なにかあったら教えてくれ」

「分かりました」


 松月がうなずくと、二人は目を皿のようにして部屋を片っ端から調べ始めた。


──


 平間は、あの老婆の実力を侮っていたらしい。

 彼女の仕事ぶりの素晴らしさは、平間の眉間に幾筋(いくすじ)もの(しわ)を刻ませたのである。


 部屋の掃除は隅から隅まで行き届いていて、文字通り髪の毛ひとつ落ちていなかった。

 平間としては、何か特徴的な意匠(いしょう)の施された小物でも見つかれば、と思っていたのだが……。

 押入れの布団の隙間にも、棚の奥にも、それらしきものは見当たらない。

 

 半刻ほど経って外が薄暗くなってきても、平間と松月はそれらしい成果を一切上げることが出来ずにいた。


「平間さん、マズいですね。もう日が落ちるのに」

「そうだな、暗くなったら寝るしかなくなる」

「油は高いですからね……無駄足だったのかも知れません」


 肩を落とす松月だったが、平間はふとあることに気付いた。


「そうだ、庭だ」

「庭? さすがに何か手がかりが残されているとは思えませんが」

「だとしても、もう探す場所は他に無い」


 平間が諦め混じりに言うと、松月も納得してうなずいた。


 庭に降りた松月は、まだ女装のままだったので動きにくそうにしていた。

 慣れない格好でさぞかし不便だろう、と思いきや、心なしか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「後戻りできなくなるかも」などと言っていた紬の姿が頭によぎるが、平間は精一杯それを振り払った。


 庭と言っても、こぢんまりとしたものだ。

 広さはおおむね十坪(約三十三平方メートル)ほど。

 中央やや左には申し訳程度の池があり、小魚が泳ぐ影がうっすらと見えた。

 過密気味である花街において、広い敷地を庭に転用することは難しいのだろう。

 とはいえ部屋は高いだけあり、草木の剪定は完璧だと思われた。


 庭の全体には、少し茶色いが丁寧に刈り揃えられた芝が一面に生えていた。 

 その整い方からして、そもそも庭に降りることを想定してないように思える。

 しかし。


「あれ?」


 平間はふと、芝生の茶色が一筋(ひとすじ)の線を描いていることに気付いた。

 線は池の右縁をたどって、庭の奥に植えられた彩葉椛(いろはもみじ)の奥に消えている。


 芝の色が変わる、というのがどういう事を意味するのか、平間にはハッキリとは分からない。

 しかし何の手がかりも得られなかった今日この日においては、その一筋(ひとすじ)は天より吊るされた希望の糸のようにも見えた。


 平間は恐る恐る、芝に残された線をたどる。

 椛の近くには気の早い紅葉がいくつか散らばり、夕日の中の草色に(あか)がよく映えていた。

 しかしその美しさに心を躍らせる余裕は、今の平間には無い。


 歩を進め、庭の端・塀に至り、椛の奥を覗きこむと、そこには。


「これは、一体……?」


 眉をひそめる平間の前に現れたのは、紅葉に彩られた古びた扉である。


 扉と言っても、それは地面に平行であり、地中につながっていると思われた。

 しかし何より気がかりなのは、その扉が漆塗りであったことだ。


 漆塗りは腐食を防ぎ、同時に大変高価である。

 平時である今こそその価格は安定しているが、かつての戦乱の時代は違った。

 原料の漆が手に入らず、職人も逃散(ちょうさん)していたころは、漆塗りそのものが今以上に稀有な存在だった。


「松月、こっちに来てくれ」 


 短く松月を呼んで、平間はさらに扉の観察を続ける。


 この扉が作られたのは、十年や二十年前ではきかない。

 恐らくもっと以前の、例の戦乱の時代の物のように見える。

 つまり、当時非常に高価だった漆塗りを用いてでも、この扉の腐食を防ぎたかったのだ。

 だとすれば、扉の先には何か重大な秘密が隠されている可能性がある。

 それが射月に関連するとは限らないが、調べる価値は十分だろう。


「この扉……怪しいですね」


 女装には似つかわしくない軽快な動きでやってきた松月は、扉を見るやそう言った。

 松月もともと適応力が高いようで、もうすっかり女装にも慣れたらしい。

 真似したくはないが、大したものだと平間は思った。


「平間さん、どうします?」

「恐らく、まだ店主のお婆さんは眠っているはずだ。多少大きく動いても、怪しまれることはないだろう」

「なら、やることは決まっていますね」

「ああ、入ろう」


 二人はうなずき合うと、漆塗りの扉に手をかける。


「せー、のっ!」


 掛け声と共に、観音開きの扉がゆっくりと持ち上がる。

 思いのほか力は必要なく、平間は拍子抜けした。

 かなり古い扉にしてはこぼれ落ちる土も少なく、また草も絡んでいない。

 比較的最近に、扉は一度開け放たれていたということだろうか。


 扉の奥に口を開けたのは、地面と垂直に降りる穴。

 そこに取り付けられた梯子(はしご)は、扉と同じく漆塗りだった。

 穴の四方は木材で補強され、崩落を心配する必要はあまりなさそうだ


「暗いですね。(あか)りを取ってきます」


 そう言って、松月は平間の返事を待たずに足早に部屋に戻った。

 その間、平間は再び洞穴を眺める。


 一般に、洞穴に入ることは危険をともなう。

 その理由は単純に暗く、何があるのか分からないからというのが一つ。

 もう一つは、目に見えぬ天然の毒が穴の中で(よど)んでいる可能性があるからだ。


 平間は周囲の匂いに注意を払う。

 しかし漂っているのは土と草の匂いだけで、刺激的な香りは感じなかった。

 もしかしたら、山間(やまあい)ならまだしも、平地である皇都ではそのような毒は存在しないのかも知れない。


「平間さん、これを。店から拝借してきました」


 松月は悪びれずに言って、手に持った行灯(あんどん)を揺らして見せる。

 行灯は十分に明るく、これならば真っ暗の穴の中でも視野を確保できそうだ。


「よし、じゃあ行こう……と言っても、だ」

「なんですか?」

「入るのは僕だけにしたい。松月、君はここで待っていてくれ」

「何故です? 足手まといだとでも言うんですか!?」

「違う。穴の中には、どんな危険があるか分からない。もし二人共動けなくなったら、誰が助けを呼ぶんだ?」

「だったら、俺が入ります。平間さん、結局あなたは他人だ。自分から危険な役目を引き受ける必要はないでしょう」

「ところが、そういうわけにも行かない。理由は松月、君のその格好だ」


 平間が言うと、松月は自分の胸から下に視線を落とす。

 しかしすぐに顔を上げて言う。


「どういう意味ですか?」

「単純な話だ。穴は狭い。間違いなく服は汚れるだろう」

「それくらい構いませんが」

「今はね。だけど問題はその後だ。服が汚れたお姫様なんているか? 後々『演技』が必要になるかも知れないし、それを考えれば穴に入るべきは君じゃない。僕だ」

「……どうしてそこまでするんですか? ここまでされては、人が良いだけでは説明が付かない」


 表情をこわばらせる松月に、平間は困ったように笑う。


「そうだな……、自分の(あるじ)が巻き込まれたから、としか言えないけど」

「つまり、壱子さまのためですか」

「ああ、うん、平たく言えばそうなるね」


 歯切れが悪く答えた平間は、できればこの話題をさっさと終えたかった。

 しかし松月は構うことなく、さらに続ける。


「平間さんは、壱子様をどうしたいんですか?」

「は?」

「壱子さまが平間さんをどう思っているのか、それは俺ですら分かります。しかしだからと言って、彼女はそれが通る身分ではない。逆もまた然りです」

「……何のことやら」

「とぼけないでください。このままズルズルと関係が維持されれば良いかも知れませんが、その可能性はまず間違いなく無い。それくらい、貴方も分かっているはずだ」

「まあ、そうかもね」

「だったら、いざ『その時』が来たらどうするんですか? 何事もなかったかのように、今まで通りに振る舞うとでも?」

「分からない。その時はその時だ。ただ──」

「ただ?」

「いつか終わるからと言って、今に手を抜こうとする考え方は好きじゃない。それに、世の中何が起こるかわからないじゃないか。良いことも、悪いことも」

「……そうですね」

「しかし、そんなに熱心に僕の事情に首を突っ込んでくるとは、もしかして似た境遇か?」

「え? は、いや、違います! そんなわけでは……」


 急にしどろもどろになる松月を見て、平間は図星を突いたと確信した。

 思えば、詩織も性格はキツいが相当な美人だった。

 幼少期から共に暮らせば、松月がそんな気を起こすのも無理はない。


 松月はすっかり意気消沈したらしく、西日の中でも分かるくらい赤面し、(うつむ)いていた。

 平間も大概(たいがい)(にぶ)いが、今回ばかりは上手く察することが出来たようだ。


「じゃあ、とりあえず行ってくるよ。夜が明けても戻ってこなかったら、壱子に顛末(てんまつ)を伝えてくれ」

「分かりました。でも、俺はそういうのじゃ──」

「だろうね。そういうことにしておくよ」


 適当に流し、平間は松月の手から行灯を受け取る。

 そしてゆっくりと、縦穴の中に降りていった。


──

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