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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第9話「小銀握りと冬毛猫」

──


前回のあらすじ。

 依織の屋敷で起きた殺人事件。

 殺されたのは姉姫・詩織が懇意にしていた若い侍女だった。

 依織の母親は壱子を犯人だと言い、詩織は依織が犯人だと喚き立てる。

 その光景を見て、収拾がつかないと壱子は判断し、第三者の協力を仰ごうと考える。

 それは皇都の治安を守る近衛府……ではなく、皇国で最も忌み嫌われている集団「忌部省(いんべしょう)」であった。

 壱子は忌部省で、死体の腑分けをしようというのである。

 半ば強引に考えを押し通した壱子の真意は自己保身か、それとも依織に手を上げた詩織への怒りなのか、それとも……?


──


 射月(いづき)の死体が発見された、翌日。

 小雨が明け、爽やかとは言いがたい秋の空の下を、平間と壱子、それに紬の三人が歩いていた。


 なまじ高貴な生まれだと、妙なところで苦労する。

 そんなことを平間は思いながら、先頭を歩く壱子に視線を向ける。

 あちらこちらに生まれた水たまりをよけながら進む壱子だったが、その表情は緊張ゆえか、硬い。


 みずからの足で道をゆく壱子はこの日、町娘風の装いに身を包んていた。

 今日の着物は彼女の好きな桃色ではなく、白地に紺の桔梗が描かれた、比較的地味なものだ。

 履物も底の高い白木の下駄と、それらしいものを選んでいる。

 長い黒髪はそのまま下ろし、緋色の紐で一つにまとめていた。

 首元にはねずみ色の襟巻きが巻かれ、もこもことしていて暖かそうだ。


 その装いは、端的に言って野暮ったい。


 が、壱子の容貌があまりに整っているせいで、その野暮ったさもその魅力を引き立ててしまっている。

 今日の壱子は「貴族だと思われないため」に装いを庶民的にしているのだが、一見すれば「お忍びで外出しているお姫様」でしかない。

 一張羅を着せられた平間を、壱子は「馬子にも衣装じゃな」と笑ったが、逆はそうも行かないようだった。


 壱子の変装の出来はさておき、なぜ彼女が変装をしなければならないのか。

 それは、これから彼女が向かう場所が忌部省(いんべしょう)であるからだ。


 皇国の省庁は往々にして秘密主義が目立つが、忌部省はそれが最も顕著な組織の一つである。

 忌部省について確実に分かっているのは、「皇都で出た身寄りのない死体を全て引き取っている」ということだけだ。

 とはいえ、死体処理だけを担う「省」が存在するはずもなく、その実態については様々な憶測を呼んでいる。

 しかしいずれにせよ、多くの人々にとって忌部省は「関わりたくないもの」であることは間違いない。


 その忌部省に貴族の娘が向かったと分かれば、どんな噂が立つか分かったものではない。

 ゆえに、壱子もこうして変装しているのだ。

 ……成功しているかはともかく。

 せいぜい平間にできることといえば、壱子を「お忍びで遊びに行くお姫様」に見せるために、つとめて気楽そうな顔をすることくらいだった。


「首尾はどうじゃ、(つむぎ)よ」

「今のところは問題ありません。ご命令の通り、死体は昨晩のうちに忌部省に運び込ませました。ただ……」

「な、何か問題が?」

「いえ、徹夜仕事だったので、お肌が荒れないか心配なんです」


 そう言って、にひひ、と笑ってみせる紬。

 一方の壱子はその冗談が気に入らなかったのか、(ふく)(つら)で紬を睨んだ。


 昨日の夕暮れ時に、紬は依織の屋敷にひょっこり現れた。

 いわく、壱子と会う約束をしていたため佐田氏の屋敷で待っていたが、全然帰ってこないので迎えに来たのだという。

 すると壱子は手早く手紙に筆を走らせると、それを紬に持たせて忌部省へ走らせたのだ。


「ビックリしましたよ、いきなり忌部に行けだなんて。それも真夜中ですからね。裏若き乙女に頼むことじゃありませんって」

「何が望みじゃ」

「へへへ、さすが壱子様は話が分かるっ。特別手当、下さい♪」

「……分かった、戻ったらな」

「ありがとうございます……ってあれ、これアタシ生きて帰れないやつですか?」


 おどけてみせる紬だったが、壱子は相変わらず不機嫌そうな様子だ。

 緊張しているのだから余計なことを言うな、ということらしい。

 紬もそれを察したらしく、首を傾げて苦笑する。


「それにしても、壱子様も大胆なことをしましたね。アタシの見込んだとおりでした」

「何の話じゃ」

「とぼけないでくださいよ。私の知る限り、屋敷で起きた殺人事件を左右いずれの近衛府にも通報しないなんて、聞いたことがありません」

「通報はする。いつになるかは分からぬが、おおかた水臥小路家の方も動いてはいるじゃろう」

「アタシに言わせれば、それも大胆です。だって、壱子様は犯人かもしれないと思われているんでしょう? そんな壱子様が勝手に死体を持ち出すなんて、水臥小路家の面目丸つぶれじゃないですか」

「私はあの侍女を殺してなどいないぞ」

「分かっていますよ。これは当てずっぽうですけど、きっと壱子様は蚊や蝿を殺すのも躊躇われる人種でしょう? そんな方が殺人だなんて、とてもとても」

「ならば犯人ではない私がどう動こうが、問題はなかろう」

「それを本心から言えるほど、貴女は短慮ではないでしょう?」


 紬は目を細め、壱子を見やる。

 それを避けるかのように、壱子はぷいと目をそらす。


「言いたいことがあれば、早く言ったらどうだ」

「もう言いました。私はお金が貰えれば、そしてある程度自由に動ければ、文句はありません。ですがね、アタシは貴女が好きなんですよ」

「……? 何を言っておる」

「そんな難しい顔をしていたら、心配にもなるってことです。なのに壱子様ったら、いつまで経ってもしかめっ面なんですから」

「む、それは……済まなかった」


 壱子が恥ずかしそうに俯くと、紬も顔をほころばせる。


「さて、ですが困った状況であることには変わりありません。言うなれば今は、壱子様は水臥小路家に喧嘩を売ってしまっているわけです。『佐田の姫が侍女をいたずらに弄んで殺し、その証拠を隠滅するために忌むべき忌部に死体を勝手に運んでしまった』とね」

「さすがに、それは作話が過ぎるのではないか」

「作話結構じゃないですか。関係ありませんよ。勝てば官軍、脚本を決めるのはいつだって勝者です」

「……どうすれば良いのじゃろう」

「さあ? アタシにはサッパリです」

「意味ありげに言う割には、ずいぶんと素っ気ないのじゃな」

「ええ。だって仕方ないじゃないですか。その質問にお答えするには、壱子様に『何を以って勝ちとするか』をお聞かせいただけなければなりませんので」

「……なるほど」


 納得したようにうなずくと、壱子は何やら考えこむ。


 つまり紬は、壱子が何をしたいのか明確にしろと言いたいのだ。

 それがなければ、助言を求められても答えようが無い。


 しばらくしてから、壱子が顔を上げる。


「私への疑いを払いたい。疑いの余地なく、私が犯人でないと明らかにしたい」

「過不足ないお答えですね。さすがです。でしたら、今のところは最善手を指し続けられていると思います」

「まことか?」

「ええ、特に死体の扱いで機先を制したのは大きいですね。御存知の通り、近衛府を実質的に牛耳っているのは水臥小路(すがのこうじ)惟人(これひと)様です。仮にこの方が始めから壱子様に罪を着せるつもりで侍女を殺したのであれば、死体を持って行かれるのは痛烈な痛手でした。その場合はおそらく、壱子様の持ち物が適当に押収されて、後日『死体に残された痕と一致した』なんて話になっていたでしょう」

「私に罪を着せるつもりなら、な。しかし、それならば水臥小路ももっと上手く動くのではないか?」


 壱子の言うことは正論だ。

 運や家柄だけで左大臣になれるほど、皇国の貴族社会は甘くない。

 その中で勝ち抜いた水臥小路の手腕を考えれば、今回は(はかりごと)としての質があまりに低いと言わざるを得ない。

 紬も同感だったらしく、前髪を指先で弄りながらうなずいた。


「確かに、そう考えるのが無難でしょうね。ただ、確か壱子様は明確に犯人扱いされたのでしょう?」

「うむ、依織の母親にな」

「理由なくそんなことをするとは思えませんね……なにか嫌がらせでもしたんですか?」

「してない。多分じゃが」

「だとすれば、もしかしたら事後承諾的に壱子様を犯人扱いする流れになっていた可能性もあります」

「母親が独断で、私を犯人に仕立てあげたということか」

「そうですね。ただ、それで何か良いことがあるとは思えませんが」

「同感じゃな」


 皮肉交じりに紬が言うと、壱子も困ったように笑う。

 どうやら性格がひねくれている者同士、波長が合うらしい。


「ですが壱子様、やっぱり英断でした。相手の狙いがわからない以上、その(ふところ)に飛び込むのは危険すぎますものね。近衛府だってさすがに壱子様を痛めつけたりはしないでしょうが、その可能性だって皆無ではありませんから」

「……なるほど、言われてみればその通りじゃな」

「ん〜っと、あれ? 最初からそのつもりで動かれていたんじゃないんですか?」

「いや、単に好奇心で忌部に持って行こうと思った」

「は? じゃあもしかして、壱子様は忌部に行ってみたかっただけなんですか?」

「端的に言えば、そうなるな」


 忌憚なくうなずいた壱子に、紬は大きなため息をつく。

 そして頭を抱えながら、どっと疲れたように言う。


「呆れた。失望しました。壱子様の従者やめます」

「冗談じゃ。理由はもう一つある」

「……聞きましょう。もしくだらない理由でしたら、本当にやめますからね」

「それは怖いな。実は、私と平間が死体を発見した時、手を握ったのじゃ」

「死体のですか? 物好きですね」

「というより、脈が触れないかを確かめたかったのじゃ。しかし、握った手は予想に反する部分で異常じゃった」


 壱子の言葉に、ゆるんでいた紬の表情も真剣味を帯びる。

 その反応を見て、壱子は続ける。


「確かに脈は無かった。まあ生きている人間でも脈が無いことがあるから、それだけで死んでいることにはならない」

「そうなんですか?」

「血管が詰まるとそういうこともあるのじゃ。では紬、『この人間は確実に死んでいる』と言える条件は何だと思う?」

「そうですね……身体が冷たい、とかですかね」

「悪くはない。しかし身体がかなり冷えた状態からでも、しっかり温めれば息を吹き返すことがある」

「でも、殺された人の手は、もう冷たかったんでしょう?」

「ああ、冷たかった。しかしそれだけではなく、『固かった』のじゃ」

「……死後硬直ってやつですか?」

「その通り。それが出たら、まず間違いなく息を吹き返すことは無い」

「なるほどなるほど」


 紬は納得してうなずき、腕を組む。

 が、すぐに何かに気付いたように眉をひそめた。


「……あれ、アタシの記憶では、死後硬直って結構時間が経ってから起こるものだったような」

「察しが良いな。そう、もちろん環境にもよるが、手の関節が固まり始めるには、一刻(二時間くらい)から二刻程度かかる」

「ということは、壱子様が死体を見た時には、死後すでにそれくらいの時間が経っていたってことになる……。となると、おかしいですね」

「そう、おかしいのじゃ」

「中庭は、死体が発見された場所は、やっぱり人通りが多いんですか?」

「平間の調べでは、多いらしい。屋敷の中心にあるがゆえに侍女がよく行き交っているようじゃ」

「死体が見つかる直前で、中庭を人が通ったのは、どれくらい前なんですか?」

「おおよそ四半刻(さんじゅっぷん)ほど前じゃ。少なくとも半刻(いちじかん)は経っていない」

「となると、結論は一つしか無いですね」


 紬は遠くを見つめながら、独り言のようにつぶやく。


「壱子様以外の誰かが犯人で、死体を中庭に運んで放置した……」

「そういうことじゃ」

「なーんだ。見直しました。引き続き壱子様の従者やります。ですがそうなると、この事件はまだまだ裏がありそうですね」

「嬉しいことにな。さてと、見えてきたようじゃ」


 壱子が指し示した先には、小高い山に設けられた参道がある。

 とは言っても、おおよそ普通の参道の景色とはまるで違う。

 ひときわ目を引くのは、参道の始点に設けられた、高さ七丈(およそ二十一メートル)を超える大鳥居だ。

 その後ろには、数百基にも及ぶ鳥居が並び、奥に行くに連れて小さくなっているのが分かる。


「皇国名物、浄嵐(じょうらん)神社の万本鳥居(まんぼんどりい)じゃ。ま、実際には四百と五十六本しか無いのじゃが」


 なぜか得意げに言う壱子に、平間は尋ねる。


「ここに例の忌部省があるのか?」

「うむ、その通り。浄嵐神社は皇都の北東、すなわち鬼門の方角に鎮座する、この国で最も格式高い寺社の一つじゃ。広さもこの国一番で、山を三つ、まるごと境内(けいだい)にしている」

「その神社と忌部省に、何の関係があるんだ」

「『忌部は肥溜(こえだ)め』だとよく言われる。存在が死を象徴する、不浄の極致じゃからな。そんな忌部をどこに配置するのか、昔の貴族たちを大いに困らせたらしい」

「僕に言わせれば、どこに置いても変わらないような気がするけど……」


 大鳥居に気を取られつつ言う平間に、壱子は嬉しそうに微笑む。

 そして大鳥居の下をくぐりながら、口を開いた。


「現実主義者ならそう言うじゃろうな。しかし、貴族は占いが大好きじゃ。死や(やまい)を想起させる不吉なものは、なるべく遠ざけたがる。忌部もその例外ではない。とは言え、遠すぎるのもそれはそれで問題じゃ」

「不便だからか」

「うむ。置くからには置くなりの理由があったのじゃろう。そこで思いついたのが、不浄を清浄で中和させることだった。そして幸いにして、皇都の近くには鬼門を守る立派な神社が存在した。というわけで、忌部省は神社の中にある。行くぞ」

「行くって、場所は分かるのか? 来たことが無いって言っていたじゃないか。あ、もしかして紬が?」

「アタシも分かりませんよ。人を使って連絡しただけですので」


 あっけらかんと言う紬に、平間は顔を引きつらせながら壱子を見る。

 すると壱子は小さく鼻を鳴らす。


「心配ない。案内役ならそこにいるぞ」


 そう言って壱子が指し示した先には、巨大な鳥居の柱からひょっこり顔を出す、二人の子供の姿があった。

 子供の身なりは全身白装束で、さっぱりと小奇麗な印象だ。

 歳は二人とも十ほどだろうか。

 どことなく浮世離れした雰囲気が漂っている。


 彼らに向かって壱子は一歩進み出て、滑舌よく言葉を並べていく。


「足労をかけた。昨晩運び込まれた娘の腑分(ふわ)けに立ち会いたい。道案内を頼めるか」

「……」

「……」

「……」

「あれ、違ったかな」


 凛として言い放った壱子は、全く反応を示さない子どもたちを見て、不安げな表情で平間の方を振り返る。

 心当たりが無い平間が首を傾げると、横にいた紬が動く。


「まだまだ京作様も世間知らずですね。こういうときは、だいたい相場が決まっているんですよ」


 そう言うと、紬は懐から小袋を取り出すと、中の小銀を子供たちに手渡した。

 すると子供たちはうなずいて、身振りで先に進むよう促す。


「ね?」


 紬は得意げに笑うと、壱子に耳打ちする。


「これは経費でいいですか?」

「抜け目がないな……分かっておる」

「へへへー、さすが壱子様です。じゃあ行きましょ」


 そう言って、紬はすたすたと先へ進んでいく。

 その後ろ姿を見送って、壱子が平間を見上げる。


「まったく、たくましいな。こればかりは敵わぬ」


 照れくさそうに苦笑して、壱子は平間の手を取った。

 その手の冷たさに彼女の緊張を感じ取った平間は、いっそう気を引き締めて忌部省に向かう。


──


 忌部省についての小ネタ。


 忌部省は、皇都で出た身寄りのない死体をほとんどすべて引き取ることになっている。

 その理由は、衛生的な意義と経済的な意義がある。

 このうち、衛生的な意義については説明する必要が無いだろう。

 一方の経済的な意義とは、死体から作られる「生薬」の生産を差す。

 この生薬を輸出することで、皇国は少なくない利益を海外から得ているのだ。

 身寄りのない貧しい者が、最期に国家に利益をもたらすと言うのも、なんとも皮肉な話である。


 ところで、死体は「使用期限」がある。

 そのため皇都のあちこちには、「死体が出た」と忌部省に連絡するための人員が配置されている。

 彼らの多くは普通に生計を立てており、忌部省への通報は副業に近い。

 紬はそういった人物の一人に接触し、忌部省に射月の死体を引き取らせたのだと思われる。

 ちなみに連絡役の報酬は基本賃+出来高制であり、一回の通報で一般的な食事に五回ありつける程度の収入になる。


――

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