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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
20/64

第7話「嘘つき子熊と干し蛙」

――


前回のあらすじ。

 依織の姉・詩織は、言葉巧みに父親を説得して、無実の娘の処刑を止めた。

 そして壱子に「貴族の娘として生きていくなら、手段を選ばず、最善手のみ打て」と忠告する。

 壱子は珍しく言い返せない。

 しかし壱子は、宴の場で起きた出来事に悶々としながらも、普段通りの生活を続ける。

 そしてこの日は、友人となった依織の屋敷に遊びに来ていた。


――


「まさか実生活で『けちょんけちょん』なんて言葉を使うことになるとは思わなかったが……けちょんけちょんに負けたな」


 ため息混じりに言った壱子は、自重を込めて力なく笑う。

 五目並べの初戦であっさり敗れた壱子は、意地になって再戦を申し出たが、結局十数回負け続けた。

 最後の方では対局が長引くことが増えたが、もしかしたら哀れに思った依織が手心を加えたのかも知れない。


 照れつつも嬉しそうにしている依織に、壱子は尋ねる。


「依織、どうしてそんなに強いのじゃ? 私は自分が強いとはあまり思わないが、ここまで大負けに負けるとなると、何かあるのではと勘ぐってしまう」

「大したことはしていないぞ。昔は侍女と一緒にやっていたのだが、あるとき『わざと負けられている』ことに気付いた。きっと、母上が『(こち)に勝たせよ』言いつけたのだな。それからは、つまらないから自分一人で指すことが多くなった」

「つまり、一人でこんなに強くなったと言うわけか?」

「まあ、そうなる……かな?」

「にわかには信じられぬ。師でもいると言うのなら、まだ救われただろうに」


 そう言って、壱子は大げさに残念がってみせる。

 すると、依織は気まずそうに視線を泳がせた。

 なにか隠し事でもしているのだろうか。


 平間が訝しんでいると、依織はハッとして口を開く。


「そういえば、最近困ったことがあってな」

「なんじゃ、『敗北を知りたい』とでも言うのか?」

「そうではなく……大黒丸(だいこくまる)、おいで」


 依織が手招きすると、部屋の隅で丸まっていたキジトラ柄の猫が顔を上げた。

 そしてのっそりと身体を起こすと、気だるげな足取りで依織に近寄る。

 大黒丸と呼ばれたこの猫は、以前この屋敷に迷い込んで来て、そのまま依織の飼い猫となった、あの猫だ。

 以前は仔猫そのものだったが、半月程度経った今は、かなり体つきもしっかりとしてきている。

 依織に呼ばれてやってくるということは、大黒丸も彼女にかなり懐いているらしい。


「じつはこの大黒丸について、すごく困ったことがあってな」

「それは構わないが、依織、私を便利屋か何かだと勘違いしていないか?」

「とんでもない! すごく融通の利く大切な友だと思っておる」

「あんまり違いが感じられぬが……まあ良いか。なんじゃ?」

「実はな、いちこ。百舌鳥(もず)(あやかし)が出て困っている」

「……もず? 鳥のモズか?」


 眉をひそめて聞き返す壱子に、依織は重々しくうなずく。

 その素振りから、依織が冗談を言っているわけでないと壱子は判断したらしい。

 難しい表情のまま、壱子は依織に続けるよう促した。


「この話の起こりは、かなり昔だ。少なくとも私が物心ついた時から、この屋敷には『早贄(はやにえ)』が出ていた」

「『百舌鳥(もず)早贄(はやにえ)』か。捕らえた獲物を枝に串刺しにするという、あの」

「そう、あの早贄だ」


 依織が頷くと、壱子は不思議そうに尋ねる。


「つまり依織、お主は大黒丸がモズに襲われないか、心配しているわけじゃな?」

「うむ。話が早いな」

「であればその心配は無用じゃ。モズは猫を襲うほど大きくはない。せいぜいネズミか、カエルくらいなものじゃ」


 依織の心配をなだめるように、壱子は笑みを作る。

 かなりの空想好きな壱子だが、その思考はかなり現実的で合理的だ。

 その表情に不安の色は一切なく、むしろ拍子抜けしたとでも言いたげだ。


 しかし、依織は首を横に振る。


「それが、そうも行かぬのだ」


 言いつつ、詩織は視線を庭先に移した。


「見ての通り、この屋敷の庭は広い。木々もたくさん植わっているし、近くに田畑もあるから、生き物だってすごく多い。リスなどは毎日見るし、野良猫が居ついたことも二度や三度ではない」

「なるほど、大黒丸もその類のようじゃ。ずいぶんと懐いておるな」


 そういう壱子の視線の先には、依織の膝の上で喉を鳴らす大黒丸の姿がある。

 壱子の表情には羨望の色が濃く、平間が思わずおかしくて吹き出した。

 しかしすぐに口を尖らせた壱子に睨まれ、慌てて真顔に戻る。

 依織は大黒丸を撫でながら、表情を和らげる。


(こち)が無心で付き合えるのは、大黒丸(こやつ)くらいなものだ。あ、いちこも二番目くらいだから安心せよ?」

「それは嬉しい、光栄じゃな」


 壱子は頬を膨らせて、拗ねた素振りをしてみせる。

 それには反応をせずに、依織は思い出したように言う。


「そういえば、前に野良猫の親子が住み着いた時は、確か姉ちゃんの従者がこっそりご飯をあげていた」

「なぜ今そんな話を……? って、詩織殿の従者というと、(さき)(うたげ)で矢を放った少年か」

「うむ。愛想は無いが、まあ……なかなか話せる奴、らしい。よく知らぬが」


 視線を泳がせながら、依織はウンウンとうなずく。


 ずいぶん歯切れの悪い言い方だ。

 ものすごく怪しい。


 平間が訝しんでいると、依織があわてて話を戻した。


「っと、そんなことよりモズだ。(こち)が物心ついた時から、モズはこの屋敷で狩りをしていたようだ。庭を散策していたら、枝に刺されたり枝の分け目に挟まれた獲物をたびたび見た。侍女の朝霧なんかは見たくも見せたくもなかったようだが」

「それはそうじゃろうな。見ていてあまり気持ちのいいものではないし」

「そうか? (こち)は結構好きだぞ。間が抜けていて、なんだか愉快だ」

「……依織、それはあまり外では言わぬほうが良いな」


 壱子が苦笑いして言うと、依織はきょとんとする。

 ふと、平間は水臥小路が宴の余興に処刑を選んでいたことを思い出した。

 依織の目鼻立ちはあまり父親にではないが、妙なところでは似ているのかも知れない。


「……さすがに考え過ぎか」

「平間、なにか言ったか?」

「いや、なにも」


 とぼけた平間は肩をすくめて、壱子に話を戻すように促した。

 壱子は釈然としない様子だったが、再び依織に向き直る。


「それで、どうして大黒丸がモズに襲われる話になる?」

「ああ、知っての通り、木の枝に刺さっているのはモズの捕った獲物だ。(こち)が見たのは、イナゴ、バッタ、ネズミ、イモリ、小さいカエル……あたりかな」

「そうであろう? だから大黒丸は大丈夫じゃ。しばらく見ぬ間にずいぶん大きくなった。そしてこれからも大きくなる」

「しかしな、近頃どうも大きい獲物が増えてきた」

「……大きい獲物、というと?」


 壱子が尋ねると、依織は両手を肩幅より広いくらいの大きさに広げる。

 おおよそ一尺半くらいのそれを見て、壱子は目をしばたたかせた。


「依織、まさか」

「これくらいの、柴犬がな」

「……聞きたくないのじゃが」

「木の枝分かれした部分にこう、覆いかぶさるように掛けられていた」

「無視するな」

「あのへんで。見つけた時はすでに息が無かった」

「耳が遠いのか?」

「聞けば、その犬はこの屋敷の数区画(となり)の屋敷に住む、商家の娘の飼い犬だったらしい。見つかる数日前に逃げ出したそうだ」

「はぁ……。しかし酷い話じゃな。襲われた姿を見たものは?」

「いない。死骸が見つかったのが朝方だったから、きっと夜だろう。それ以外に詳しいことはわからない。ああ、あと犬の身体には、えぐり取られたような(あと)が複数見つかった」

「それは面妖じゃな」


 依織がスラスラというと、壱子は顎に手を当てて何やら考えこむ。

 仮に依織の話が本当であれば、それは少なくとも普通のモズの仕業ではない。

 モズの大きさは一尺に満たないから、犬を襲うことは辛うじて可能だとしても、それを持ち上げて木に引っ掛けるのは不可能だ。

 考えられるのは、大型の鳥――例えば(たか)なんかが、モズのように早贄をする性質を獲得した場合くらいか。

 しかし、そうそう真似されないから「百舌鳥の早贄」が有名なのだ、と考えると、考慮すべき仮説だとは言えないと平間は思う。


 依織は言う。


「侍女らが言うには、このようなことをするのは巨大なモズの仕業に違いないらしい。しかしそんな大きな鳥は聞いたことがない」

「ゆえに、(あやかし)に違いないと?」

「うむ。壱子は物知りだから、なにか知っているのではないか?」

「まあ、知らなくはないが……。大した話はないぞ」

「構わぬ。聞かせてくれ」


 目を輝かせて、依織は壱子を促す。

 もしかしたら、依織はこの手の物語が好きなのかも知れない。


「わかった、話そう。そうじゃな、例えば皇国の南、月江国(つくのうみのくに)風土記(ふどき)には、子供や家畜をさらって食らう怪鳥の伝説が残っている。獲物を串刺しにしていたという話から、これはモズの妖だったのではと言われているが、詳しいことはよく分からぬ。他にも少し趣向が違うが、狩人を見初めたモズが美しい娘に化け、あの手この手で狩人を口説き落とし(※2)、最後は結ばれる、という話も伝わっているな」

「ほう、なかなか洒落た話ではないか!」

「しかし結局、狩人は人間の娘に手を出してモズを怒らせ、火かき棒に貫かれて死んでしまう。そしてこの事件を境に、モズは高鳴きして憎き人間の娘を探し、早贄をすることで怒りを鎮めるようになった、とも言われている」

「ああ……そうなのか。うん、ありがとう」


(※:伝承には、いくつかの伝承が交じり合って出来たものも多い。この鳥妖も、もしかしたら複数のモチーフをもとに作られた可能性がある。)

(※2:百の舌の鳥と書くほど、モズは多彩な声を出すことが出来る。口が上手いと言うのは、このモズの特徴から来ていると思われる。)


 依織は一気に気持ちが萎えたのか、ため息を吐く。 

 その間、壱子は黙って何かを考えこんでいたが、おもむろに顔を上げて、ポツリとつぶやいた。


「……殺された犬の死体が見たいな」

「妙な趣味だな?」


 依織がいぶかしむのも無理はなかった。

 多くの貴族は、死体や死を避ける。

 不吉だからだ。

 しかし壱子はそのあたりの感覚が鈍く、多くの場合で好奇心が勝ってしまうらしい。

 とはいえ、壱子も自分の客観的評価に興味が無いわけでは無かった。


「たわけ、そうではない! 傷を調べれば何か手がかりが掴めるかも知れぬじゃろう」

「なぁんだ、そういうことか。しかしいちこ、残念ながらその哀れな犬は元の飼い主が引き取っていった。もう一月も前の話だから、もう何処かに葬られていると思うぞ」

「そうか……なら難しいか」


 壱子は残念そうに肩をすくめる。

 確かに一ヶ月も経っているのなら、遺骸はもうかなりの腐敗と劣化が進んでしまっているはずだ。

 暑い季節が続いていたこともあり、今さら様子を見に行ったとしても得られる情報は少ないだろう。

 そもそも、埋葬されたものを掘り起こすのは、相当に非常識な行為だと言っていい。

 さすがの壱子も、今回ばかりは諦めるしかない。


「仕方ない。では他の手がかりを探すとしよう。犬の事件以降、何か事件は起きていないのか?」

「幸いにして。しかし、百舌鳥の被害は一、二ヶ月に一度くらいの頻度で起きている。時期としては、そろそろ起きてもおかしくはないと思う」

「なるほど。ちなみに、他に被害にあった動物は何がいたのじゃ?」

「亀、鶏、猫、兎……などだと思う」

「それらが見つかるのはいつじゃ?」

「朝方に侍女が見つけるか、不寝番が真夜中に見つけるかのどちらかだ」

「発見者はみな別人か?」

「複数回見つけた者もいる。しかし、偏ってはいない」

「では、最近で小さい獲物が木に掛けられていたことは?」

「ちらほら見かける。きっと、大きい獲物ばかりでは餌が足りないのだろう」

「ふむ。だいたい分かった。依織、後で屋敷の庭を案内してもらっても良いか?」

「構わぬぞ。しかし……」


 快諾した依織は、急に顔を曇らせる。


「大黒丸はどうすれば良いかな。今は首輪を縄で繋いではいないのだが、万が一にでも襲われないか心配で……父上に頼んで、大黒丸の番人を付けてもらおうかと思っておる」

「それは必要ないじゃろう」

「なぜそう言い切れる? 相手は正体不明の怪物だぞ!」

「簡単な話じゃ。依織、お主がすべきことは、少々『面倒くさく』することだけ」

「どういう意味だ?」

「よくぞ聞いてくれた」


 聞き返す依織に、壱子はこの日一番の得意げな笑みを浮かべる。

 今日一日、依織に()()()()()()()()にされていた壱子だったが、ついに自分の得意分野に足を踏み入れたことが、よほど嬉しかったのだろう。

 苦笑いする平間をよそに、壱子は人差し指をピンと立て、鼻息を荒くして言う。


「今までの話から推測するに、大きな獲物を襲っている存在は、山賊ではなくスリに近い」

「というと?」

「近くの獲物をすべて襲うのではなく、スキのある襲いやすい相手を襲っている。無差別で、突発的に獲物を選んでいると見て間違いあるまい」

「……つまり?」

「大黒丸を『襲うのがちょっと難しい』存在にすれば良い。そうじゃな、この部屋の隅に木の檻でも作ってやればいい。日中は外に出して、夜になったら檻に入れる。檻の中の居心地を良くすれば大黒丸も嫌がらぬじゃろうし、戸に鈴でも下げておけば、何かあった時にすぐ気付くじゃろ」

「なるほどなるほど」


 ふむふむ、と何度もうなずく依織。

 そして大黒丸を抱いておもむろに立ち上がり、壱子の元に近づいた。


「素晴らしい! さすがはいちこだ! 褒美に大黒丸の肉球を揉みしだかせてやろう。特別だぞ」

「あ、ああ。ありがとう……?」


 壱子は依織が差し出した大黒丸を受け取ると、かすかに震える手で、ゆっくりとその小さな身体に触れる。

 大黒丸は壱子の緊張が伝染(うつ)ったのか、しばらく目を見開いて身動きしなかった。

 しかししばらく壱子が撫で続けると、大黒丸はかすかに(のど)を鳴らし始めた。


 壱子は声にならぬ声をあげ、目を輝かせる。


「やった! 平間、見ていたか?」


 平間がうなずくと、壱子はここ数週間で一番の笑顔で、細い身体を揺らす。

 が、喜びも束の間、驚いた大黒丸が壱子の膝から飛び降りてしまった。


「ああ……」


 みるみる肩を落とし、壱子は部屋を出て行く大黒丸の尻を見送る。

 

「……尻も可愛いな」


 何やら怪しげなことを言い出した壱子に、依織がものすごい勢いで振り向いた。


「分かるか、いちこ」

「分かる。ふさふさの曲線がたまらぬ」

「さすがだ。特別にまた触らせてやろう」

「まことか!? 感謝する!」


 壱子は飛び上がって喜び、両の手で依織の手を取った。

 そしてそのまま、二人でぐるぐると部屋の中を回り始める。


 平間は「よくわからないな」と思いつつも、口には出さずに空を眺めた。

 空は徐々に茜色に染まっている。

 秋の日は落ちるのが早いから、そう時間の経たないうちに夜になるだろう。

 壱子は嫌がるだろうが、そろそろ帰る頃合いかも知れない。


 と、その時だった。


「キャァァァアアアア!!! 誰か! 誰か来て!!」


 女の甲高い悲鳴が、穏やかな秋の夕暮れを切り裂いた。


「今のは何じゃ!?」

「わからぬ。中庭の方から聞こえたが……あっ、いい、いちこ、大黒丸がいない、いない!」

「さっき部屋を出て行ったが、まさか……。平間、付いて来い! 声のした方へ向かうぞ!!」

「こ、(こち)も行く!」


 壱子と依織は、慌てて部屋の障子を開けて廊下へ飛び出した。

 その後を平間が続く。

 三人はそのまま、はじめの角を曲がる。


 と思いきや、先頭の壱子が急に立ち止まった。

 依織は勢い余って壱子に衝突し、二人とも体勢を崩した。


「うわっ」

「ふぎゃっ」


 したたかに倒れこんだ壱子は、依織に押しつぶされて悲鳴を上げる。

 平間が慌てて駆け寄ると、視界の下端に毛むくじゃらが映った。

 見まごうことなき、大黒丸である。


「なんだ、無事だったか……」


 依織はホッと息をつく。

 その下でジタバタともがきながら、壱子は苦しげに喚いた


「依織、重い……っ」

「あ、すまぬ。今どく」

「全く。しかし、大黒丸が無事でよかった。モズに襲われたのではと肝を冷やしたぞ」


 解放された壱子が立ち上がり、着物の乱れを直しながら言う。

 依織は大黒丸を抱き上げると、独り言のようにつぶやいた。


「ん? 大黒丸が襲われたわけではない……では、あの悲鳴は一体……?」


 壱子と平間は、ハッとして顔を見合わせる。

 そして間髪入れずに悲鳴の発信源――中庭へと向かった。


 そこにはすでに数名の侍女が集まっていて、中には依織の母親の姿もある。

 彼女らは口々に何かをささやき合い、その表情はいずれも不安の色で満ち満ちていた。


 中庭は、植物や池のある部分を柵付き廊下で囲われていて、およそ三間(五メートル半)四方の正方形をしていた。

 その角の一つ、柵と柱の交わる部分に、だらりと垂れ下がるものがひとつ。


「平間、下ろしてやれ」


 硬い表情で言う壱子に従い、平間は()()を柵から下ろし、廊下に寝かせる。

 微動だにしないそれは、見覚えのある女の死体だった。


――

――――

――


蛇足。月江国風土記収載の伝承の詳細。

本編とは一切関係が無いです。

推理に影響を与えることもありません。


――


 昔々、山深いとある村に、怪鳥の現れる村があった。

 怪鳥は牛や馬などの家畜のみならず、時には人までさらうことがあった。

 その被害に村人はほとほと困り果てていたが、空から急に現れては高く飛び去っていってしまう相手に、どうすることもできない。

 そこに現れたのは流浪の武芸者で、彼は一晩の宿の礼にと怪鳥の退治を申し出る。

 武芸者は村長の娘を囮にして怪鳥を呼び寄せると、エイヤという声を上げてその巨体にしがみついた。

 三日三晩の死闘を経て、ついに怪鳥と武芸者は共に墜落するが、武芸者は身を翻し、怪鳥の頭を地面に叩きつけて砕いた。

 後日、武芸者と村人たちが怪鳥のすみかに向かうと、そこには枝に刺された数百の死骸と、まだ息のある赤ん坊の姿があった。

 武芸者は村人たちに懇願されて村に住み着き、また村長の娘を嫁にもらって、赤ん坊を実の子のように大切に育て上げ、赤ん坊はのちに立派な若者に成長したという。

 ちなみに、この若者が活躍する英雄譚が同風土記に多く残されており、若者はのちに笹谷歌(ささやうた)という武家の始祖になったとされる。


ーー

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