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わがまま娘はやんごとない!~夢幻の暗殺者と虚空の双姫~  作者: 八山たかを
第2章「堕つ双月、啼くは絶花の狂い咲き」
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第2話「小さな嵐と天邪鬼」

――


 前回のあらすじ。

 左大臣主催の宴にお呼ばれした壱子だったが、人見知りな彼女はすごく行きたくない。

 でも行かなきゃいけないので、仕方がないから平間を道連れにすることにしました。一石二鳥。

 しかし、なぜが豪華吊るし首用ステージが宴会場に設置されていて困惑。

 悪い意味で頭の回る壱子は、まさか政変でも起きて自分たちがここに立つことになるんだろうか……などと考えていますが、果たしてどうなるのか。

 まあそうなったら、この物語は終わります。


――


 皇国の法において、最高刑は他の多くの国と同様、死刑である。

 もっとも分かりやすく被支配者を恐れさせるこの方法は、皇国でも日常的に行われている行為だった。


 ただ、皇国では罪人の貴賎によって処刑の方法は多少変化する。

 たとえば貴人の処刑には、死相が見られない「美しい死に方」である斬首刑が用いられるが、これが賤民に適用されることはまずない。

 それどころか、賤民の処刑には見せしめ的な要素の強い方法が好まれた。

 たとえばかつて、(みかど)の暗殺を目論んだ集団が捕縛された際には車裂きが行われたり、煮え立った油がたっぷり入った大釜に突き落としたり、灼熱で赫くなった巨大な鉄柱に縛り付けたり、多彩な方法で刑が執行された。


 しかし、そういった「豪華な」方法が採られることは稀である。

 そもそも、大罪人はめったに現れないから大罪人なのだ。

 実際、皇国で死罪に処される者の多くはつまらない盗人か、せいぜい人殺しくらいなもので、派手な処刑が行われるのは十年に三人程度のものである。


 ただ、盗みを犯す者は跡を絶たない。

 盗人のうち捕らえられる者の割合は多くないが、それでも絶対数ではかなりの人数になる。

 そこで問題になるのが、いかに効率よく、効果的に、費用をかけずに大量の罪人を処理するのか、ということだ。


 そこで選ばれたのが、首吊りという方法だった。

 丈夫な棒を横に渡さなければならないという手間さえあるが、それさえ済めば縄が使いまわせるため追加の費用はほぼ必要ない。

 執行時に撒き散らされる罪人の屎尿(しにょう)に眉をひそめることもあるが、その見た目の不快さからは、見せしめの効果も期待できる。

 そんなわけで、皇国において最も一般的な処刑の方法は絞首刑であった。


 皇都の外れには大規模な処刑場があり、平間も職業柄、何度か足を運んだことがある。

 そこには見物用の広場が併設されていて、刑が行われる日には少なくない人々が見物に訪れていた。

 見物客の目的は暇つぶしであることが多いが、皇国から提供される格安の食事も彼らに足を運ばせる大きな手助けになっていた。

 より多くの人間に見物させることで、治安維持に効果を上げようというのだろう。


 また、処刑台から焼き場までの動線もなかなかに見事で、死んだ罪人を手早く火葬し埋めることが出来た。

 処刑の効果と効率を最大化しようとする抜け目のなさに、平間は舌を巻いたものだ。

 そして次々と、淡々と処刑台に載せられていく者たちを見て平間が抱いたのは、「自分でなくてよかった」という仄暗(ほのぐら)い安堵だった。

 これこそが処刑を公開する目的なのだということを、平間は図らずも実感することができたのだ。


――


「うむ、馬子にも衣装とはこのことじゃな」


 壱子は平間の全身を舐めるように見回すと、満足げにうなずいた。

 一般的には失礼な発言だが、壱子がそんなことを気にするはずもなく、むしろ鼻息を荒くしながら続ける。


「家柄を鼻にかけるつもりはないが、佐田を名家と呼んで異論を唱えるものはおるまい。その末席である私の従者であるからには、装いもしっかり整えなくてはならぬ」

「だけど壱子、さすがにこの服は高いんじゃないか……僕でもわかるくらいに」


 そわそわと落ち着かない様子の平間は、自分の纏った服を眺めて歯切れ悪く答える。

 平間がいま着ているのは、壱子が侍女の(ゆかり)に用意させた、非常に仕立ての良い服だ。

「貴族の宴に行くのだから、これくらい当たり前」だと壱子は言うが、根が貧乏な平間には不安で仕方がない。

 万が一、汚してしまったら、弁償など到底出来ないほどの代物だ。


 そんな平間の心配をよそに、壱子は軽く笑って言う。


「気にするな。汚したら新品を用意しろ、などとケチ臭いことを言うつもりは無い」

「だけど――」

「気にするな、と私は言った。むしろ服装で手を抜くほうが問題じゃろう。貴族は体面を最重視する人種ゆえ、見知らぬ相手にも堂々としておけ。分かったな」


 壱子はジッと平間を見つめて、いつになく真剣な口調で言う。

 たしかに彼女の言うことももっともな気がする、と平間は納得した。


「分かった、なるべく堂々と振る舞うようにするよ」

「うむ、良い心構えじゃな」


 壱子は満足げにうなずく。

 見るからに自信満々の壱子だが、どこか平間は、言葉にできない違和感を覚えていた。


 結局、その違和感の正体は、そう時間をおかずに明らかになる。


――


「うぅ……知らない人でいっぱいじゃ……」


 宴の場に着いた壱子は、明らかにオドオドとした様子でつぶやいた。

 それを見た平間は、「あの時の違和感はこれか」と一人で納得する。

 壱子は堂々としろと言っていたが、むしろ彼女の方がひどい人見知りなのだ。


 高位の貴族の娘だけあり、また持ち前の容姿の美しさも相まって、会場に到着して早々に壱子は周囲の注目を集めていた。

 多くは声をかけずに遠巻きに眺めるだけだが、中には進んで挨拶に来る者もいた。

 そんな人たちを、壱子は懸命な作り笑いで応対していた。

 惜しむらくは、その笑顔がぎこちなさ過ぎて作り物だとはっきり分かってしまう事だろう。

 それどころか、あからさまに冷や汗をかいていて、顔色も青白くなってしまっている。


「……大丈夫か?」

「だいじょうぶ……大丈夫、私なら出来る……」


 見かねた平間が耳打ちするが、壱子はぎこちなく、何度も首を縦に振る。

 どう見ても大丈夫ではないものの、かと言って平間に何か出来ることがある訳でもない。

 平間は黙って、壱子が連れてきた他の侍女と共に、壱子の奮闘を眺めることにした。


 一通りの挨拶を終えた壱子とその従者たちは、水臥小路家の下人(げにん)らしき少年に席を案内された。

 誰がどこに座るのかはあらかじめ決まっているらしく、少年は緊張な面持ちながらも迷いなく足を進めていく。


 宴会場は屋外に設けられていて、すでに多くの人々で賑わっていた。

 近頃は残暑が続いたせいで、お世辞にも快適とはいえなかったが、今日は秋らしい涼しさのうえに、清々しい青空が広がっている。

 行楽日和(こうらくびより)と呼んで差し支えないだろう。

 

 壱子の通された先は秋の紅葉が綺麗に色づいた山々をのぞむことのできる、素晴らしい席だった。

 腰を下ろす場所には繊細な刺繍の施された敷物(しきもの)が広げられ、やわらかそうな座布団まで置いてある。

 日よけのためだろうか、鮮やかな赤色の傘が立てられ、一面に広がる芝生の緑によく映えていた。


「すごく良いところだ」

「同感じゃな。しかし――」


 思わず声に出した平間に応じる壱子だが、彼女の関心は景色の美しさとは別のところにあった。

 その視線の先には、自然の美しさとは正反対の、仰々しく不穏な威容を誇る「舞台」が鎮座していた。

 巨大な丸太が中空に横たえられ、先端が輪になった太い縄が、等間隔に五つ配置されていた。


「平間、なぜ処刑台がここにある? 宴の席に処刑台が必要だとは知らなかったが」

「いや、まさしく処刑台だ」

「何のために?」

「言いにくいけど、処刑見物は一般的な娯楽だ。普段あまり外を出歩かない壱子には馴染みが薄いかもしれないけど」

「……なるほど、実に良い趣味じゃな」

 

 皮肉たっぷりに言う壱子に、平間は苦笑を返す。

 壱子の抱いているであろう無邪気な不快感は、平間にもよく理解できたのだ。


「仕方ない、そういう物だと言うならば我慢しよう。帰りたいが、嫌なら見なければいい」


 まだ宴が始まってもいないのに、壱子はうんざりしながら言った。

 その時ふと、平間の頭に疑問が浮かぶ。


「ところで壱子、玄風(くろかぜ)様や梅乃さん(※)は?」

「さあ? 梅乃は来るといっていたが、父上は仮病かも知れぬ。当代の左右大臣は仲が良くないからな」


(※:それぞれ壱子の父と姉。)


 まるで他人事のように言って、壱子は自分にあてがわれた席に向かう。

 すると、その時。


「いちこ! 待っていたぞ!」

「ふぎゃっ」


 突然現れた何者かに押し倒され、壱子は踏みつけられた猫のような悲鳴を上げる。

 平間が慌てて見れば、見慣れた顔が壱子に覆いかぶさっていた。


「い、依織か……」


 壱子は頭をさすりながら眉をひそめ、自分に顔を近づける依織を押しのけようとする。

 が、壱子の腕力のか弱さは筋金入りで、依織の身体は微動だにしなかった。


「依織、邪魔なのじゃが」

(こち)は嬉しい。いちこは不健康で屋敷に引きこもってばかりだと聞いていたから、今日は会えないと思っていた」

「不健康……まあ良い、とりあえず退いてくれ」

「こちが父上に『いちこを呼んでくれ』と頼んだのだ。父上ももうすぐ来る。優しい父上だから安心して良いぞ」

「うん、うん、分かった。分かったから、退いてくれぬか」

「そうだ、菓子を持ってこよう。壱子はよく食べると聞いたぞ。朝霧(あさぎり)、朝霧!!」


 自分の侍女の名前を呼びながら、依織は勝手に起き上がってどこかへ言ってしまった。

 取り残されたのは、ぽかんと口を開け、仰向けに寝転がった壱子である。


「……依織もいるのか。主催の娘だし、当然といえば当然じゃが」

「完全に無視されていたね」

「うるさい」


 短く言いつつ、壱子は黙って平間に右手を差し出す。

 起こせ、ということだろう。

 平間も素直に従った。


「しかしまあ、知り合いが一人もいないよりはずっと良い」

「確かにそうだろうね。壱子の表情も、心なしか柔らかくなっているし」

「別に依織のおかげで緊張がほぐれたわけではないぞ」

「誰もそんなこと言っていないけど」

「……忘れてくれ。完璧すぎぬ方が、可愛げもあろう」


 壱子は照れくさそうに言うと、平間の後方に視線を移した。

 平間も釣られて振り返れば、向こうから駆け足でやってくる依織の姿があった。

 彼女は菓子を山盛りにした巨大な皿を抱えていて、よたよたとしたその足取りは、遠目に見てもかなり危なっかしい。

 そんな依織の姿を、背後に控える侍女ーー朝霧が不安げな表情を隠さずに見つめていた。


「参ったな。依織め、私の隣に居座るつもりじゃ」

「困っている風に見せて、結構嬉しそうだけど」

「ば、馬鹿なことを言うな! 嬉しくなど……」

「そうは言っても、頬が緩んでいるぞ」

「へっ?」


 平間の言葉に、壱子は慌てて自分の顔をぺたぺたと触りだした。

 微笑ましい反面、にわかに湧き出した寂しさをごまかそうと、平間は壱子に言う。


「じゃあ、僕は辺りを歩いてみるよ。依織さまと楽しんで」

「う、うむ。わかった。しかし平間……」

「何?」

「怒っているのか? その、無理やり連れて来られて」

「全然。良い機会だと思っているよ」


 その言葉は嘘ではないが、真実でもない。

 しかし壱子の席の周りは身分の高そうな人間が多く、居心地が良くないことは事実だった。

 それを知ってか知らずか、壱子はホッとした様子で言う。


「ならば良かった。頃合を見て戻ってきてくれ。さすがに心細いしな」

「一緒に来た侍女の人たちもいるじゃないか。心配ないって」

「そうではない。お主がふて腐れたままでいるのが心細いのじゃ」


 どうやら、壱子には平間の心境が全てお見通しだったらしい。

 平間は思わず苦笑して、黙って頷いた。


――


 水臥小路(すがのこうじ)家は、数代前に皇族の一人が臣下に下って生まれた家だ。

 皇国では帝が十分に力を持っているため、水臥小路家も自然と権力を握るようになり、水臥小路家の長である惟人(これひと)は現在、臣下筆頭の左大臣の位にある。


 その水臥小路家の(もよお)(うたげ)だけあって、参加者は豪奢な衣をまとった者が多い。

 平間はなるべく目立たないように、しかし足の向くまま辺りを歩いていく。


「いやはや、さすが当代一の貴族、宴もいちいち豪勢ですね」

「……紬、どこから出てきた?」

「やだなあ京作さま、アタシを妖怪(あやかし)か何かだと勘違いしてません?」


 悪びれずに笑うその娘は、見紛うこともない“元”副官の少女だった。

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