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第1話「いたずらうさぎと首絞め毒」

――


挿絵(By みてみん)






――


 世界の東の果ての果て、樹々が豊かに生い茂る、とある島国があった。

 これはその島国・皇国(こうこく)に住む少年の御話(おはなし)


――


――えらい状況になってしまった。


 全裸でぐるぐる巻きの状態で、十七歳の平間京作(ひらまきょうさく)は今までの生涯で一番のしかめっ面を作る。


 辺りを見回せば、野盗、野盗、野盗、何かわからない物体を挟んで野盗。

 その数、おおむね五十人くらいはいるだろうか。

 平間は野盗の数を数え上げたとき、先ほどの「何かわからない物体」が、何処の誰ともわからない男の(はり)に吊るされた死体だと気付き、眉間に作ったシワをさらに深くする。


「参ったな……」


 雑然とした砦の中で、一人肩を落とす平間。

 そのつぶやきを聞いたのか、暇そうな野盗の一人が話しかけてくる。

 無精ひげの生え散らかった楽しげな表情に、平間は必死で舌打ちをこらえた。


「みっともねえなぁ兄ちゃんよ! 真っ裸(まっぱ)で縛られてよ!! ガハハ!!」

「そう思うなら、縄を(ほど)いてくださいよ」

「ムリムリ、お前は宴の余興(よきょう)に使われるんだ。逃がすわけにはいかねえ」

「余興?」

「あとになってのお楽しみだ。ま、それまでの命だと思っておいた方が良いぜ」

「……ご忠告どうも」


 野盗のありがたいお告げに礼をして、平間はげんなりした。

 余興とは、どうやら命を落とす(たぐい)のものらしい。

 多少の無茶なら甘んじて受けるが、命がけの芸はさすがに遠慮したい、と平間は思う。


「で、何の(うたげ)なんですか、今日は」

「あ? バカか、俺たちの若頭(わかがしら)が結婚するんだ。それに決まっているだろ」


 馬鹿呼ばわりとは失礼な。

 平間はムッとするが、しかしなるほど、と納得する。


 ちらりと砦の外に目を向ける平間だったが、砦の建っている森は相変わらず静かだ。

 なにか異変が起こる気配はない。

 動きと言えば、一羽のキジが羽ばたいたのが視界の端に見えるくらい。


 つまり、助けが来る気配は無い。


 平間がため息を吐くと、砦の野盗たちが一斉に騒がしくなった。

 見れば、酒樽(さかだる)や料理の皿がいくつも運び込まれている。

 いよいよ宴が始まるらしい。


 荷車に載せられて運び込まれた数本の大きな樽から、白く濁った酒が大小さまざまな(さかずき)に注がれていく。

 それが続々と広間に入ってきた野盗に一つずつ配られ、彼らは思い思いの場所に腰を下ろす。

 広間の奥、中央にいる頭巾の男が、野盗の若頭だろう。

 年のころは三十かそこらか。

 垢まみれの顔に伸び放題のヒゲは、まさしく盗賊の若頭といった風格だ。


 横には花嫁姿に着飾った若い娘の姿があるが、その表情は暗い。

 おおよそ晴れやかな宴の席には似つかわしくないその面持ちに、平間は眉をひそめる。


――あの花嫁には何かあるに違いない。


 そう考えた平間は、むき出しの尻がささくれ立った床に擦れるのも気にせず、身をよじらせて手近な野盗に近づいた。


「つかぬことを聞きますが、あの花嫁さんはどなたです?」

「あ? 何だ手前(てめ)ぇは」

「捕虜です」

「そうかい。……まあ良い、あの花嫁は行商の娘らしい。近くを通りかかったのを襲ったら、若頭が惚れちまったんだと」

「女性が一人で行商を?」

「いや、父親と二人でだ。その父親は――」


 言いつつ、野盗はニヤニヤと笑いながら黄ばんだ目玉を動かした。

 平間もつられてその視線の先を見れば、例の吊るされた男の死体である。

 つまり、この野盗たちは行商人の娘を無理やり花嫁にした挙句、その父親を目の前で殺したということか。

 それだけでなく、その死体をこれ見よがしに(さら)してもいる。


 醜悪(しゅうあく)の極みだ。

 平間は怒りを通り越して呆れ果てた。

 窓の外では、山鳥が一斉に羽ばたいていくのが見える。


「では、若頭と姐さんに、乾杯!!」

「オウ!」

「おめでとうごぜぇやす!」

「ごぜぇやす!」


 ヒゲ面で少し階級の高そうな野盗の男が、野太い声で高らかに宣言する。

 野盗たちは手に杯を持ち、「乾杯」の合図とともに一斉に飲み干した。


――その光景に、平間はホッと胸をなでおろし、鼻を鳴らした。


 そんなことは(つゆ)知らず、野盗の男たちは、旨そうに喉を鳴らしながら(さかずき)を空にしていく。

 彼らの見事な呑みっぷりに、それが“どんな酒か知っている”平間でさえも、思わず呑みたくなってしまう。


 そして、気の早い野盗らが二杯目に手を出そうとした頃。

 野盗たちに異変が起きた。


「その時アイツはよ……ん? ぐ、ぐがッ? がはッ……なん、だ…………!??」


 野盗の一人が、苦しげに(のど)を押さえる。

 その目に映る困惑と恐怖の色からは、この異変が予期せぬものだと言うことがハッキリとわかった。

 苦しみ出した野盗はそのまま倒れこみ、悶え、動かなくなった。


 明らかな異常事態に、倒れた野盗に他の仲間たちも近づく。

 ……が。


「お、おい、大丈夫か!? おい……ウグ、ぐ……!?」


 倒れた仲間に近づいた野盗も、間もなく喉を押さえて倒れる。

 口の端に泡を吹き、見るからに呼吸困難を起こしているようだった。


 それだけではない。

 宴に出ていた野盗たちが、バタバタと倒れていく。

 中心にいた若頭と思しき男も、何が起きたか理解できずに、おどおどと辺りを見回していた。


 平間は知っていた。

 あの酒は、死なない程度の呼吸麻痺を起こす毒酒であることを。


 ……その時。


 ズガァァアン!!


 ズガァァァアアン!!!


 遠方でけたたましい音が響く。

 破城槌(はじょうつい)が砦の門扉(もんぴ)を粉砕する音だ。


 間もなく、数十名余の男たちがなだれ込んでくる。

 男たちは倒れた野盗を次々と縛り上げ、数少なくない抵抗できる者は斬り伏せていく。

 その様を、平間は縛られながらぼんやりと眺めていた。


 闖入者(ちんにゅうしゃ)たちの装備は官製で、彼らが皇国の兵士であることが分かる。

 そして皇国兵は、四半刻(三十分)とたたずに砦を制圧した。


――


 皇国兵たちが捕らえた野盗を連行していくのを、平間は縛られたままぼんやりと眺めていた。

 すると。


「あ、京作さま発見!」


 圧倒的に男の多い砦の中で、娘の明るい声が響く。

 平間が顔を上げれば、そこには色素の薄い髪を後ろでまとめた少女が微笑んでいる。

 その笑顔の中にどこか悪戯っぽさがあるのに気づいて、平間は再びうんざりしながら言う。


「……(つむぎ)か、助かった」

「はい! あなた様の忠実な副官の、巻向紬(まきむく つむぎ)です!」


 元気よく答えた少女――(つむぎ)は、お下げを揺らしながら平間の前にしゃがみ込む。

 ちなみに前述の通り、平間は縛られており、全裸である。


「よし、じゃあ、この縄を解いてくれ」

「こんなところで会うなんて奇遇ですね、ご気分はいかがですか?」

「良いように見えるか? いいから縄を――」

「砦は左右(さう)近衛府(このえふ)合同部隊が制圧しました。野盗は壊滅です。我が方の大勝利です!」

「無視するな」

「いやあ、良い天気ですねぇ。そう思いません?」

「思いません。ていうか視線を下に向けるな」

「良いじゃないですかちょっとくらい。減るもんじゃないし」

「何かが減るんだよ! いいから縄を解いてくれ! ついでに布を持ってきてくれ!」


 平間は大いに抗議するが、紬は目を細めたまま「どうしよっかな~」などど(のたま)っている。

 どうやら、しばらくはこの状況を楽しむつもりらしい。

 しかしもとはと言えば、平間が“こんな状況”になったのも、半分はこの紬という少女のせいだった。


――


「そういえば、貧者の森の野盗の若頭が結婚するらしいんですよ」


 平間京作は、十七歳と年若いながらも、近衛府(このえふ)の一隊を率いる部隊長だ。

 そして巻向紬は、平間の周囲の世話や業務の補助を行う「副官」である。

 紬の歳は、おそらく平間とそう変わらない。

 しかし本人が頑として口を割らないため、年齢不詳だった。

 また平間も、紬に「若い娘に年齢を聞くなんて……」と言われてなお、年齢を探ろうと思える性格でもなかった。


 二人は近衛府兵舎の廊下を歩きながら、気軽な世間話を続ける。


「結婚か。へえ、どこでそれを?」

「風の噂で聞きました。ほら、アタシって“貧者の森”の生まれじゃないですか。だから知り合いが多いんですよ」

「なるほど」

「まあ、『だからどう』って話でもないんですけどね」


 紬は肩をすくめるが、平間は急に難しい顔をする。


「……そういえば、あそこの野盗は酒好きだったな」

「ええ。野盗は酒を飲んで女をさらうのが仕事ですから」

「必要なのは酒と……“調味料”だ」

「はぁ……?」

「もしかしたら、大手柄かも知れない」

「料理大会なんてありましたっけ。というか、京作さまは料理できるんですか? 米も炊けなさそうな顔をしていますけど」

「息をするように僕の悪口を言うな……。そうじゃなくて、野盗討伐の妙案が浮かんだんだよ!」

「自分で妙案って言います? まあ、聞くだけ聞きますけど」

「じゃあ耳を貸してくれ。実はかくかくしかじかで――」


 平間の話した計画とは、

『野盗が宴席で必ず口にする酒に“調味料”、すなわち即効性の毒を仕込み、それを飲んで野盗たちが動けなくなっている間に制圧する』

 というものだった。

 喜々として計画を語る平間だったが、紬は怪訝(けげん)そうに言う。


「確かに、悪くはないと思いますよ」

「というと?」

「そもそも、毒なんてそう簡単に手に入るんですか? お酒だって、野盗の一味が満足する量となれば膨大です。それをポンと用意できるほど、近衛府の予算は潤沢(じゅんたく)じゃありません」

「それは……まあ何とかするよ」

「何とかって、どうするんです?」


 きょとんと首を傾げる紬に、平間はあいまいな笑みを返した。

 紬は釈然としない様子だったが、何となく察して気にしないことにしたらしい。


――


 数日後。


「……京作さま、いったい何をしたんです?」


 近衛府の庁舎の前には、二つの荷台に満載された毒酒(どくしゅ)が用意されていた。


――


挿絵(By みてみん)

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