第8話 地獄への入り口
名前を黒髪少女に聞かれて、今更ながらお互いの名前を知らないことに気が付いた。先ほど自分が吐いた台詞が少しキザだったなと後悔してしまう。
「君の名前は?」
名前を聞かれたので、名前を聞き返す。これくらいはできる。
「……シャロン」
「シャロンね」
「うん」
彼女は頷くと、立とうと身体を動かしだす。
「大丈夫? まだ動かないほうがいいと思うけど」
あれほどの魔力を放出したんだから、普通なら動けるわけも無く重体だ。しかし、彼女は立ち上がる。どれほどの魔力を秘めているんだろうか。
「だいじょうぶ。立てない、ほどじゃない」
「そう? だけど無理はしないでよ」
「……ありがとう」
彼女は俯く。何か気に障ることでも言ったかな。
「赤髪少女に救護係りの方を呼んできてってお願いしているから、すぐ誰か来ると思うけど」
「赤髪少女?」
「うん。君を助けるのに、手伝ってもらったんだけど。そういえば、あの子も名前知らないや」
俺は曖昧に笑う。本当にこういうの苦手だな。友達いないし。
「その人にもお礼。言わないと」
「うん。そうだねって、来たかな?」
修練場の外から声がする。
すると、事件の前までここで試験を受けていた子達や先輩が戻ってきていた。赤髪少女の姿もある。赤髪少女は走ってこちらに向かってきた。
「目覚ましたんだ! 大丈夫?」
シャロンは頷く。
「救護班の人も付いて来てもらったから、無理しちゃ駄目だよ」
「ありがとう。たすけて、もらったし。……あなたの名前は?」
「私? 私はエミリー。あなたは?」
「シャロン」
「シャロンかー。可愛い名前だね。見た目も可愛いし。仲良くしようね!」
「う、うん」
2人は握手をしていると、1人の先輩軍人がこちらに来た。
「お前、体調は大丈夫か? 救護室で診てもらいに行け。救護班を連れてきている。他の2人は試験結果を発表するから、こちらに来い」
「試験結果ってもう出るんですか?」
だからみんな戻ってきたのか。シャロンの前では言わないけど、あんなことがあったのによく出来るものだ。
「軍では事故のようなものは日常茶飯事だからな」
先輩が俺の言葉を聞いて、フンと鼻を鳴らす。
「あの、私も結果を聞いてから、救護室に行っても、大丈夫ですか? 体調は大丈夫なんで、後で1人
で、行けますし」
「勝手にしろ。ただ、それならば救護係りは帰らせるぞ」
「分かりました」
感じ悪い先輩。
「では、皆こちらに集合しろ! 今から実技試験に合格した者を発表する。合格したものは別隊に加入して訓練を受けてもらう。呼ばれた者はこの場に残り、呼ばれなかった者は宿舎へと戻るように。では、発表する」
☆☆☆
「我々の出る幕は無かったな」
嬉しそうに修練場を見つめる国王。
「あの2人が無事で何よりだ」
「ええ。そうですね」
心から賛同する。良心的な部分からも、軍事的な意味合いからも。
「まさかあれを止める新人がいるとは思いませんでした。軍の中にも止めれる人間は何人もはいないでしょう」
「テオの言うとおり凄い力だったな」
「はい。しかし、私の想像を超えておりました。少女の方は魔法力で言えば、軍の闇魔法でも既に一、二でしょう。そして、それを上回るセンスを持ったあの少年。これから、あの2人は切磋琢磨していってくれることでしょう」
「ああ、今後が楽しみだな」
「はい」
王は満足そうに自室に戻っていく。私も続く。彼らの将来に思いを馳せて。
☆☆☆
「合格者は以上だ。では、合格者以外は解散」
そう言われ、ぞろぞろと多くのものが修練場を後にする。そして、俺は残る。無事に試験に合格することが出来た。やった。これでロリーに会える日も近いかもしれない。
シャロンもエミリーも勿論残っている。
合格者は全部で20人。各属性3人ずつ位だが、闇属性は俺達2人だけだ。
「では、ここから説明はドクターのドレイン氏にお任せする。全員敬礼」
俺たちは敬礼をすると、前に眼鏡を掛けた白髪の先生が登場する。白衣はボロボロでお世辞にも清潔感があるようには見えなかった。
「わしがドレインじゃ。君たちは今後特殊部隊の一員として、他の新人とは別の形で働いてもらうこととなる。どういう部隊かは、おいおい説明するとして、まずは身体検査を受けてもらおう。皆、私についてきなさい」
俺たちはドレインドクターについていく。
修練場を出て、違う建物の廊下を進む。今日来たばかりの俺にはどこかわからない。
「ねえ、シャロン。ここがどこか分かる?」
シャロンは首を横に振る。すると、後ろを歩いていたエミリーが答える。
「まだ、他の新人も軍施設は案内されてないから、私達には分からないね」
「そうなんだ」
「でも、軍の中でも私たちはちょっと特殊な位置づけになったのかもね」
「どう、いうこと?」
「さっきの先輩が、結構強めに私達に当たってたでしょ。あれは多分、私達が試験に合格するって分かってたからなんでしょうね。魔法の実力は私達の方が上だと思うし。もしかしたら、あの先輩よりも階級や待遇が上になるのかも」
「なるほど」
先輩からしたら後輩に負けるのは面白くないのかもな。
「まあ、想像だからなんとも言えないけどね」
エミリーは舌を出して笑う。
ドクターがある扉の前で止まる。どうたら。目的地に着いたらしい。
「ほれ、着いたぞ。ここで、採血やらをして身体の健康状態を調べる。服を途中脱ぐから男女別々に調べる。順番に1人ずつ入って来い。では、そこの少年、まずは君じゃ」
「はい」
俺は指名されたので、扉をあけて中に入る。
中には何人かの人がいる。
指示されたとおり、待機室にて上半身の軍服を脱ぎ、シャツだけとなる。そして、準備をしている医者の方たちの前に座る。
「じゃあ、まずは採血をするから、右手を出してくれる?」
言われたとおり、右手を前に出す。すると、医者の先生が二の腕を紐で軽く縛り、肘の内側を軽くもむ。
「ちょっとチクっとするけど我慢してね」
「はい」
右腕に注射針が刺さる。
痛い。
うん? あれ?
おかしいな。何だか目の前がぼんやりする。
「……せんせい?」
「おやすみ」
俺はそのまま意識を失った。