第7話 私のヒーロー
目の前の過去の記憶が歪んでいき、意識が現代に戻っていく。
俺は身体の中に入り込んだ黒髪少女の闇魔法を逆流させて、放出する。
気持ち悪い。また、吐きそうだ。
しかし、自分の意識を乗っ取られるような感覚は薄らいでいき、目を開ける。
目の前には微動だにせず、仁王立ちする少女がいた。
「ぐっ!」
俺は黒い靄を払いのけて、彼女へと手を伸ばす。
黒い靄がそれを阻もうとする。しかし、俺はもう止まらない。もう地獄は見ない。
俺は遂に彼女へと手が届く。そして、彼女の左手を掴むと、一気に闇魔法を彼女の中へと流し込んだ。
「やあああああ!」
彼女は暴れだす。
しかし、俺は手を振りほどかない。離さない。離せない。
彼女は更に暴れだす。
そして、俺の伸びきった前髪を掴んだ。
「痛え!」
彼女は意識の無いまま、遠慮なく俺の髪を引っ張ってくる。
止めろ。魔法に集中できない。
しかし、彼女は尚も髪を引っ張る。このままでは、また彼女の魔法にやられて、今度こそ俺が死んでしまうかもしれない。どうする。どうする?
折角両親の死の真相を思い出したっていうのにあっという間に死ぬのか? 俺は。
それとも彼女をいっそ……。
そんな考えが頭をよぎる。よぎってしまう。自分を助けるために誰かを犠牲にする甘い囁きが。
「た」
しかし、俺に小さい、本当に小さな声が耳元に届く。
「……たすけて」
それは可愛い声の悲痛な叫び。俺は彼女の顔を見る。
……しょうがないなァ。
俺は、軍服の胸ポケットに入れた赤い持ち手のナイフを取り出して、闇魔法の硬化をかける。
そして、切れ味を増したナイフで、自分の前髪を真っ直ぐ切り裂いた。
すると、黒髪少女はバランスを崩し、よろめく。
俺はその瞬間を逃さず、彼女に大量の闇魔法を再度流し込む。
彼女から発せられた靄が彼女へと戻っていき、消えた。
暴走は治まった様だ。
彼女は仰向けに倒れているが、息はしている。ひとまずは大丈夫だろう。
「あー。良かったー」
☆☆☆
私は目を開ける。
そこには高い天井が映っていた。
あれ? ここどこだっけ?
ああ、そうか。軍の施設か。
私、魔力が暴走して。
なんとなく記憶に残っていることを思い出しながら、私は身体を起こす。身体がダルイ。でも、なんだか心は軽い。
すると、誰かが私に声を掛ける。
「大丈夫? 今、赤い髪の子に医者を呼びに行ってもらってるんだけど、具合悪いところ無い?」
私は上半身を起こして、彼の顔を覗き見る。
「誰?」
黒い髪の見たことが無い人だった。
彼は苦笑いを浮かべる。
「ひどいな。さっきまで戦ってただろう?」
心当たりが無い。
だって私がさっきまで戦っていた人は、前髪が長かったから、顔が見えなかった。
ああ、もしかして。
「前髪」
「ああ、そうか、さっきナイフで切ったんだった」
さっきまでの暴れていた時の記憶が戻ってくる。そうか。この人が助けてくれたんだ。
彼は眉よりも上になっている前髪をいじっている。
「良い」
「えっ?」
ああ。つい言ってしまった。
人と話すのは久々で思うように言葉が出ない。しかし、彼は私を急かすことなく、待ってくれていた。ゆっくりだったけど、自然と言葉が漏れた。
「前髪、そっちの、方がいい」
彼の顔は女の子のようで可愛らしかった。隠すような顔じゃない。
「そ、そうかな?」
「そう」
私は頷く。
「でも、しばらくしたら伸びるし、美容院嫌いだから」
「その時は、私が切る」
私も美容院なんて行ってなかったから、髪は自分で切っていた。
「いや、いいよ。悪いし」
「切る」
「え、じゃ、じゃあ、お願いします」
「うん」
彼は頭を下げる。
「そうだ、話が逸れたけど、ごめん。俺のせいで辛い目に合わせて」
「ううん。私のせい。私が弱かったから」
「いや、君凄い強かったけど。今後暴走が起きないように、君の記憶に干渉して、記憶はあるけどショックとかが起らないようにしたんだけど」
それでか。さっきから何だか楽だ。
「ありがとう」
「いや、勝手なことしちゃって」
「そんな事無い。何だか楽になった。助かった」
「そう? それなら良かった」
「でも、なんで?」
男の子が不思議そうに見てくる。意味が伝わってないのかな?
ああ、そうか。なんでだけだと駄目かな。ええっと。
「なんで私を助けてくれたの?」
「うん? なんでって。君、良い子そうだったし」
良い子そうなんてはじめて言われた。
「それに……助けてって言われたからかな」
ああ、そうか。この人が。
私はちょっとした感動で胸がいっぱいになり黙ってしまう。すると、彼もなぜだか黙ってしまった。沈黙が流れる。
聞きたいこと色々あるのに。
でも、そうだ。最初に聞かないといけないことがあった。
「あなたの、名前は?」
「あ、そうか。俺の名前はラルフ。宜しく」
「……ラルフ」
それが私のヒーローの名前。