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第6話 両親が死んだ日

『逃げろ! パームの奴らが奇襲してきたそうだ!」


 この声は聞き覚えがあった。そして、女性の声も聞こえる。


『嘘? 何でこんな田舎町に?』


俺の視界は闇に囚われた。女の人の声は俺の耳に良く残った。


『分からない。ただ、今はそんなことを考えている場合じゃない。必要なものだけ持って逃げるんだ』


 また男性の声が響くと、周りの景色が真っ黒い世界から懐かしいものへと変わる。それは良く知っている場所だった。

 ここは昔住んでいた俺達の家だ。

 そして、先ほどの声の正体の男女が目の前にいる。声の正体は俺の父さんと母さんだ

 父さんと母さんは親子かと思えるほど歳が離れており、皺が深くなってきた父さんと、綺麗な青い髪を束ねる母さんの顔がはっきりと映る。

 ……父さん。母さん

 久しぶりに見る両親に俺は胸が熱くなる。俺は2人に向かって声を掛け、抱きつこうとした。

 しかし、言葉は出ず、身体も動かない。

 俺の目に映るのは、とても小さな自分の身体。

 そして俺は気がついた。

 そうか。

 これは、俺の記憶。

 黒髪少女の闇魔法によって引きずり込まれた俺の過去か。

 

 先ほどの両親のやり取りは良く覚えている。

 これは両親が死んだあの日の出来事だ。

 俺の人生最悪の日。

 忘れられない、忘れることが出来ない一日。

 どうやら俺が女の子にかけた魔法と同じく、俺も自分の嫌な記憶を思い返しているようだ。

 そりゃ、俺はこの日を思い出すだろうな。


 俺の出身のリクルブルクはパーム国との国境近くに存在している。だから、位置的にはパーム国に狙われてもおかしくはなかった。

 だが、もっと主要で大きな都市は国境沿いにいくつかあったし、パームからリルクブルクまでは高い山があり、わざわざ攻め入る価値があるようには思えなかった。それなのにパーム国はわざわざ高い山を越えて、小さな田舎町であるリルクブルクに攻め入ってきた。


 この後、両親と俺とロリーは家を捨てて逃げる途中にパームの兵士に見つかってしまう。

 そして、俺達を逃がすために兵士の足止めをした父が殺され、俺と妹を見つからないように隠して父を助けに戻った母が殺される。俺はロリーが何も見ないように聞こえないように抱きしめていたんだ。俺は2人が死ぬ姿を忘れることが出来ない。


 ……あれ?

 なんで俺は2人が殺される姿を忘れられないんだ?

 俺はあの時、母と逃げ、見つからない場所に隠されたから、両親が死ぬ姿なんて見れるはずが無い。だけど、俺は2人が殺された瞬間を覚えている。夢にまで見て、魘される。


 何だ?

 何かがおかしい。


 コンコン。

 そんなことを考えている最中に鳴る軽いノックの音。こんな時に誰かが来た?

 あの時、人が来た覚えなんてない。

 でも、なんだ?

 この全身が沸騰するような感覚は?


『こんな時に誰だ?』


 父さん、開けちゃ駄目だ。開けちゃ駄目だ。開けちゃ駄目だ。

 意識の底から、そんな声が聞こえてくる。小さい子供のような高い声が。しかし、父さんにその声は届かない。


『村の誰かかしら?』

『そうかもしれないが、友人ならこんな時にわざわざノックなんてするか? 敵国の兵士だったら尚更だ』

『それもそうね』


 コンコン。

 更にノックの音が鳴る。


『よし、一先ず出てみよう。念のために、ライフとロリーは奥の部屋にでも隠しときなさい』


 父さんが子供の頃の俺と俺の体にしがみ付いているロリーに視線を落とし、撫でてくれる。父さんは何時も右手に手袋をしていて、俺は手袋で撫でられたせいか少しゴワゴワする。


『ええ。ライフ、ロリー、大人しくしててね。絶対声は出しちゃ駄目よ。分かった?』

『かくれんぼ?』


 ロリーも何時もと違う様子を感じ取っているのだろう。少し怯えた様子で聞く。


『そうよ。だから、静かにするのよ、ロリー。ラルフは分かったわね?』


 母さんが優しく俺達を諭す。俺は頷いて、ロリーの手を握り、奥へと引っ込む。

 こちらの部屋には明かりを点していないため、扉が閉まると真っ暗になった。

 俺は中の様子が気になり、少しだけ扉を開き、そこから父さんたちの様子を覗くことにした。俺はロリーを抱きしめると、安心するように頭を撫でる。

 しかし、視線だけは父さんたちがいる部屋へと向けていた。


 父さんが母さんと一言二言何かを話す。

 そして、父さんは机の上に置いてあった赤い持ち手の小さなナイフを右手に構えるが、何かに気が付いたように左手に持ち返え、ズボンのポケットへとしまう。

 そして、意を決したように扉を開ける。

 ゆっくりと開けた扉の向こうには白いコートを身を纏い、眼鏡を掛けた黒髪の青年が立っていた。


『どうもー。こんにちはー』


 青年は左手をコートのポケットに突っ込み、右手をひらひらと振りながら、挨拶をしてくる。どこか緊張感の無い抜けた声だった。


『君は誰だ? うちに何の用だ?』

『いやー、僕ですか? 僕はあなたのファンですよー』

『ファンだと? 何のことかは分からないが、今の状況を理解できているのか? パームがこちらに攻めてきているんだぞ。君もすぐに逃げないと』

『分かってますよー。だって、この村に攻めるように仕向けたのは僕ですもん』

『なっ!』


 父さんは驚いて、ズボンからナイフを取りだし、母は声も出さずに怯えている。


『そんな危ないものはしまってくださいよー。僕は先生が以前発表した闇魔法から光魔法への属性移行の研究が素晴らしいんでね、ちょっと活用させていただきたいだけですよー』

『お前は何者だ? あの研究成果はこの国の一部のものにしか公表されていないはずだ!』

『僕が誰とかはどうでもいいじゃないですかー』

『重要なことだ! 大体あの研究は可能性があるっていうだけで、成功の可能性などほとんど無い。莫大な魔力量と精神力が必要になる。器が足りない者は間違いなく木っ端微塵に吹き飛んだ。これを見ろ!』


 父さんが右手の手袋をたくし上げると、そこには生身の手は無く、機械で作られた義手が姿を見せる。


『俺は自分の身体を使って実験したが、結果として右腕が無くなった。あんな研究を行う必要は無いんだ』


 父さんは右手を抑え、下を向く。母さんはそんな父に寄り添った。


『やだなー。先生。あんなに多くの人を実験材料にしておいて、善人ぶるんですかー?』


 その瞬間、両親が強張る。対照的に男の顔は笑顔のまま崩れない。


『ぐああああああ!』


 すると父さんが急に叫び声を上げたかと思うと、左手で握り締めたナイフを、男へと振りかぶった。

 しかし、男は右手でナイフを払いのけると、自分のマントの下から棒のようなものを取り出して、父の太ももに振り下ろした。


『ぎゃあああああ!』


 父は叫び声を上げながら、膝を突き。蹲る。足から血が流れているのが見える。


『あ、あなた』


 母は声が震えている。助けに行きたいのだろうが、足が竦んでしまっているようだ。


『危ないですねー。そんなもので刺されたら死にますよー。まあ、こんな木の棒でも痛いのは痛いですけどね。ちょっと魔法でコーティングしてますし』


 男が持っているのは、そこら辺に落ちているだろう細い木の枝だった。普通は足に刺そうものなら枝の方が折れてしまう位に細い。

 あんなもので人が。

 俺は自分が震えているのが分かった。

 男は父が落としたナイフを拾い上げて、父の首に当てる。


『さて、研究の詳しい実験データあったでしょう? 先生が逃げ出した時に一緒に焼き捨てちゃったもんだから、こちらに無いんですよねー。先生の方ではどこかに保管しているんでしょう? 教えてくださいよー』

『あの日、研究資料は全部焼き捨てた! 手元には何も、ぐあ!』


 男は棒を刺した父の足を踏みつける。父の顔が苦痛に歪む。


『嘘じゃないわ! 2人で全て焼き捨てたのよ。何も残って無いわ』

『へー』


 母を一瞥すると、男は父の頭を鷲掴みにする。


『ぐあああああ!』


 男の手から黒い靄が漂ったかと思うと、靄が父の頭を包み込む。

 すると、また父が叫び声を上げる。

 あれは闇魔法か?


『何するのよ!』


 母が右手を上げて魔法を相手にぶつけようとする。


『もし、魔法を発動したら、その瞬間先生の首を掻っ切りますからねー』

『そ、そんな……』


 母は顔を歪める。力なく手を下ろした。


『さーて、どーこですかー?』


 すると父は両手をだらりと下げて、ぽつりぽつりと話し出す。


『……友の、デュークに、預けてある』


 父の口からは涎が垂れ落ちて、もう意識があるようには見えない。


『ありがとーございまーす』


 その瞬間、男は父の首を掻っ捌き、首から大量の血が噴出した。そして、父は突っ伏すように倒れた。


『いやあ! あなた!』


 母は両手を前に突き出して、大量の水を男にぶつける。男は大砲のような水圧に飲み込まれて外へ飛び出す。


『あなた、目を開けて!』


 しかし、父は母の問いかけには答えない。既に事切れているようだ。


『なんで? 嫌。死なないで』


 母は大粒の涙を零しながら、父を抱きしめる。

 俺は凍りついたように体が動かなくなった。


『あーあ』


 その間延びした声に身体がビクつく。

 外から聞こえるのは、あの男の声。

 母も気が付き、怯えたように言う。


『な、なんで? あの威力の水よ。死んでもおかしくないわ。運が良くても全身の骨は砕けたはずだわ』


 何も無かったかのように男は扉に立ち尽くす。変わったところと言えば、父の返り血で白いマントが真っ赤に染まり、先ほどの水の攻撃によってずぶ濡れになっている。


『この血、水で取れるかと思ったけど、取れないなー。まあ、しょうがないか。新調しよう』


 男はマントを広げて覗き込んでいる。


『もう嫌。死んでー!』


 母はもう一度男に水をぶつけようとするが、男の方が早かった。母は男の引力に吸い込まれ、舞うように飛んでいく。


 トス。


 軽い音が鳴り、母の影で男が見えなくなる。

 しかし、糸が切られた操り人形のように、母は何の抵抗も無く、仰向けに倒れた。

 倒れた母の胸には、ナイフが刺さっている。

 母さんが死んだ。


 俺は目の前で起きた光景が信じられず、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。

 何で? 父さん、母さん……。

 ロリーには外の様子は見えていない。しかし、驚くほどに震えている。

 守らなくちゃ、守らなくちゃ。

 俺はロリーを抱く手に力を入れる。


 すると、男は鼻歌を歌いながら、家の中に入ってきて、そのままキョロキョロと周囲を見渡す。そして、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 嫌だ。来るな。来るな!

 俺は目を固く瞑った。その分、耳は良く聞こえた。

 コツ、コツ。

 男が歩く音が聞こえる。

 コツ、コツ。

 嫌だ。帰れ!

 コツ。

 ……あれ?

 男の歩く音が急に無くなる。もしかしたら帰ったのかもしれない。

 俺はゆっくりと目を開ける。


『こんにちはー』


 扉の隙間の目の前には、男の顔が浮かんでいた。

 俺は叫び声を上げたかった。しかし、それすらも恐怖で出来なかった。俺は完全に固まっていた。


『お子さん達、はじめましてー。可哀想にご両親は死んでしまいましたねー。本当に残念ですー』


 男はまるで人ごとかのように軽く軽く紡ぐ。


『しかし、お兄さんはお父さんとお母さんが殺されるっていうのに、助けに出てきませんでしたねー。ずっと、見てましたよねー。僕、お兄さんが覗いてるのは気が付いてたんですよー。なんで助けに来なかったんですか?』


 それは、僕は子供だし、お母さんに言われてたし、ロリーを守らなくちゃいけなかったし。


『子供だからですかー? 出てくるなって言われてたんですかー? 妹さんを守るためですかー? それは単なる言い訳ですよー。子供でも、どんな状況でも出てくる子は出てきますよー。君はそれができなかった。いやー、残念ですねー』


 俺は何も言えない。唯目からは涙が零れていた。


『でも、邪魔しないでいた賢い兄妹には、僕からプレゼントをあげましょう。本当は殺すところなんですが、ちょーっと精神に干渉させていただきますねー』


 黒い靄が扉の隙間から流れ込んでくる。


『僕が来てからのことは、記憶を眠らせて、ご両親は兵士に殺されて死んだことにしておきましょーね。今後、君達の魔力が上がれば、この闇魔法の干渉も解けることがあるかもしれないね。だから、頑張ってねー』


 男の顔が歪んで、回って消える。

 視界は元の闇へと戻っていく。



 そうか。忘れていたのか。俺はあの日のことを。

 

 だから俺は守りたかったんだ。

 ロリーを、シスターを、孤児院を、俺の大切な場所を。

 もう失わないように。


 助けるんだ。次こそ絶対に。


 そして、もう忘れない。見失わない。あの男の顔を。

 目の前の過去の記憶が歪んでいき、意識がまたぼやけていく。

 

 俺は脳にあの男の顔を刻みつけながら誓う。


 絶対お前までたどり着いてみせると。




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