第3話 入隊
「では、これよりお前達の魔法力を測る!」
目の前に立っている筋肉隆々の上官がそう叫んでいる。はあ、帰りたいな。
俺を乗せた馬車が王都イリエシアに着いた。
さすが王都なだけあって、今まで見たことの無い人の数に圧倒される。そして、王都のどこからでも見える程の大きな城に、様々なお店、活気に溢れる商人達。どれもこれも俺が育ったリルクブルクにはないものだった。
しかし、ゆっくり観光に来たわけではない。俺を乗せた馬車は城の隣に併設されている軍の施設へと直行した。本来なら宿舎に一度寄るはずだったのだが、到着が遅れたことが原因でそんな余裕は無い。
支給されている黒を基調とした軍服へと着替えると、修練場へと歩を進めた。
中には多くの何百人かの俺と同じ年齢であろう少年少女たちが同じ軍服を着て列になっている。場の雰囲気から誰も周りの人と話す様な事はしていない。どこかピリッとした空気が漂っていた。
「君の能力は闇だな。じゃあ、このバッジにつけて左端の列に並んでくれ」
入り口付近にいる先輩軍人が俺の髪色を確認してから312と書いてあるバッジをわたす。それを、受け取り胸に着けると、列に並んだ。
どうやら、列はメインの魔法属性ごとに並んでいるようだ。いくつかの種類がある者は恐らく自己申告なのだろう。
俺がきょろきょろと周囲を見渡していると、前方に上官らしい人が現れた。軍服が俺達とは異なり、マントも羽織っている。
「私は国軍大佐のロットだ! まずは諸君入隊おめでとう!」
ロット大佐は青髪で口ひげがある筋肉隆々の男で、これぞ軍人という風貌をしていた。そして、声がやたらでかい。やだなー。怖いなー。
「本格的な訓練は明日から行う! 本日はこれより、お前達の魔法力を測る!」
目の前に立っている筋肉隆々のロット大佐がそう叫んでいる。はあ、帰りたいな。
「それぞれの属性に分かれ、魔法力を確認する! 現在のお前たちの階級は二等兵だが、基準値に合格したものの階級は一等兵扱いとなる。その基準に合格したものは、午後から実戦形式での模擬戦を行う!」
この魔法社会で一番戦闘に求められる物は体力ではなく、魔法力。それは間違いない。例えどんなに力が強い者でも凄まじい火炎をぶつけられたら死ぬわけで、それに対処する魔法の威力や技巧が求められる。
ひとまず、それを確認するわけだ。そして、恐らくここで結果が出せたものは、今後色々有利に働くのだろう。
「では、それぞれの属性に分かれて移動!」
さて移動す「返事は!」
「はい!」
最後にロット大佐から喝が飛ぶ。俺は両手で耳を塞いでしまいそうになるが、なんとか他の子達と一緒に返事ができた。。
すると、列の前に先輩達がきびきびした動きで現れて、俺達を誘導した。
☆☆☆
「はあ。今日は、久々に暇だ」
そんなことを言いながら目の前の男性は伸びをして、机に突っ伏せる。男性は髪の毛先が黒で根元が白というまるで乳牛のような配色が特徴的で、もう30台半ばになるというのに見た目は若々しい。
「そうですね。王に就任されてからずっと忙しかったですからね。ダイン様」
俺がそう言うと、王は顔を上げて、柔らかな表情を向けてくる。
「だな。ようやく国も落ち着いてきた。私は父上のように戦争によって国土を拡げていくような名君ではないが、このように穏やかな日々は父上には作れなかったものだ。それは私が唯一誇ってもいいものだろう」
「確かに前国王により我々の国は大きくもなりましたが、名君とはそれだけではございません。現に王が就任してから行ってきた経済政策によって、国は豊かになりました。強さとは武力だけではないでしょう」
「はは。お前がそうやって上手く私を煽てるから、私も前を向けるというものだよ。しかし……」
先ほどの穏やかな顔から一変して、王の顔が曇る。
「どうかされましたか?」
「テオ、おまえまた眉間の皺が濃くなってないか?」
「そうでしょうか?」
俺は横に置いてある姿鏡で確認する。いつも通りの縮り毛の茶色い髪に、眼鏡姿の自分がいる。自分ではいまいち変化が分からない。
「また色々と溜め込んでいるのだろう。早く嫁さんでも貰ったらどうだ?」
はあ。俺は溜息を付く。
「私は結婚などには興味はありませんよと、何度も言っているでしょう」
「そうか? 案外いいもんだぞ結婚も。それに、何より子供が可愛いったらないしな」
「王妃様に似て姫様は見目麗しいですからね。それは可愛いでしょう」
「いやいや」
王は俺の言葉を聞くと首を振る。
「勿論、見た目が良いに越したことは無いが、大抵の親は自分の子供が一番可愛く見えるもんさ。お前も子を持てば分かる」
「そういうもんですかね?」
「そういうもんだ」
王は首を傾げる俺に満面の笑みを向ける。この人は何歳になっても変わらない。
「はあ。しかし、本当に暇だな。今まで忙しすぎたせいか、どうしたらいいか困るな」
「そういえば、本日国中の孤児院から軍に入隊する者達が集まって、入隊前の魔力測定をしているはずですよ。そちらを御覧になりますか? お昼前ですから、丁度魔力量の多い者達だけ残って模擬戦をする頃です。王の考える軍編成改革にとって何か有益なものがあるやもしれませんよ」
「ふーむ」
王はしばし考えている様子だったが、立ち上がってコートを掴んだ。
「よし、それを見に行こう。益が無くとも、今後国の守護をしてくれる者達を見ておくのは悪いことではないだろう」
「そうですね」
俺はそう答えて王について部屋を出た。
その背中は大きい。
この王は紛れもない名君だ。俺はそう思っている。
☆☆☆
魔法力の測定は、午前中に無事に終わった。
闇魔法は、引力・硬化・精神干渉が特徴で一つずつ能力を見られていった。紙を硬くしたり、石を引き寄せたり、先輩に精神干渉をかけたりといった方法だった。
一応、それぞれ精一杯やったが、何分審査基準が発表されなかったので、合格しているかは全く分からない。しかし、もし一等兵になれば二等兵よりは待遇もいいだろうし、休暇も取れるかもしれない。そうすれば、一年も待たずロリーに会いに行けるかもしれない。俺はその一心だった。
俺たちは、審査結果を立って待ってると、先輩兵士の方が前に現れた。
「よし! ではこれから闇魔法の測定結果を発表する。これから呼ぶものは能力基準を突破しているので、階級を一等兵とし、午後からの実技試験に移る。呼ばれなかったものは、本日は宿舎に帰り、明日から訓練を始める。合格者は5、28、35、76、90、103、167、199、205、275、280、312以上だ。呼ばれたものは残り、他の者は移動開始!」
おお! 受かった!
俺は自分のバッチの番号をもう一度確認する。312。うん、合ってる。
呼ばれた数人を除き、殆どの者が部屋の外へと出て行き、さっきとは部屋が比べ物にならないほど広く感じる。
「では、残ったものは集合!」
俺を含めた12人は駆け足で前に立つ先輩の下へと急ぐ。男8人、女の子が5人だ。皆闇魔法が色濃く出ているので、真っ黒な髪だ。もう少し顔を見てみたいが、先輩の手前なかなかそういうわけにもいかず、真っ直ぐ先輩を見つめる。
「これよりまた修練場へと移動する。そこで、この12人でトーナメント形式で対決してもらい、現在の戦闘能力を測る。他の属性はもう開始しているそうだから、早速我々も移動するぞ」
「はい!」
俺たちは、声高らかに返事をし、先輩の後に続いた。
修練場に到着し、扉を開けようと手を掛ける。
すると、中からドンドンドンと大きな爆発音が数回轟き、建物全体が揺れた。
「きゃ!」
「お、おい。何の音だ」
近くにいる女の子が小さく悲鳴をあげ、引率していた先輩は急いで扉を開ける。中から焦げ臭い匂いと煙が外へと逃げていった。
「勝者、115番!」
「やったー!」
先輩が開けた扉の隙間から見えたのは勝ち名乗りを上げられて、舞台上で飛び跳ねて喜ぶ無邪気そうな女の子の姿だった。髪は見事な赤色で、火属性なのは一目両全だ。
その彼女の対戦相手だと思われる男の子は舞台の逆側で腰を抜かしていた。
「さっきの爆裂音はあの子の魔法か? そんな魔法を放ってあんなケロッとしていやがるのか?」
先輩は驚愕し、震えた声が漏れ出していた。
確かに女の子からは強大な魔法を放った後のような疲れは微塵も無い。つまり、全力ではないという事だ。
「……はあ。よし、あちらの舞台が空いているな。あちらに行こう」
先輩は修練場に入って右手に進んでいく。修練場には数十メートル四方の舞台が3×3ずつ用意されていた。今はそのうち7つで他の属性の子たちの試合が行われている。
見る限り他のすべての属性は模擬試験に入っているようだ。
先輩の後を着いていくと、ワッと遠くの舞台から歓声が上がる。見ると舞台上に大きな正方形の水溜りが出来ており、その中で1人苦しそうにもがいている。
そして、その横を楽しそうに少女が泳いで、苦しむ様子を観察していた。苦しんでいたほうが限界が来たのか、大きな空気の塊を水の中に吐く。すると、水溜りは形を変えて、舞台上から流れだしていった。
「勝者、11番!」
「思ったより限界早かったわね」
11番の彼女は濡れた綺麗な水色の前髪をかき上げながら、つまらなさそうに言った。
レベルの高い魔法に俺は目を奪われる。
他にも、近くの舞台で少年二人が戦っているが、その姿は目で追うのがやっとのスピードだ。そして、雷特有のバチッという雷鳴が耳を劈く。一瞬止まった時に様子を窺うと、2人は同じ顔をしていた。双子か。2人はまるでじゃれ合うかのごとく戦っていた。
ビュン!
何かが俺たちの横を通り過ぎる。
見ると端正な顔立ちの少年が空を猛烈な勢いで飛びまわっている。相手の少年も追いかけてはいるものの、速さが違いすぎる。
「すげ」
俺の後ろにいた少年から感嘆の声が漏れる。
確かにこんなレベルの高い魔法使いたちはリルクブルクでは見ることは出来なかった。対抗できるのはシスターグロリアくらいじゃないか。
引率してくれた先輩が知り合いを見つけたのか話しかけていた。
「おいおい、何だ今年の新人は。何人か魔法力のおかしい奴らがいるな」
「そうだろ。各属性に1人は飛びぬけた力の奴らがいやがる。もう試験は終わったが土属性にも大男で化け物じみた奴がいやがった。正直、魔法力だけなら軍の中でも上位に食い込むだろうぜ」
どうやらあのレベルの魔法使いは軍でもそうはいないようだ。少し安心した、都会にはあんな化け物みたいな奴がゴロゴロいるとしたら世の中怖くてしょうがない。
「では、こちらに集合!」
俺達闇属性の新人は先輩の周りにさっと集まる。
「これから番号を呼んでいくから、呼ばれたものは舞台に上がって、試合を行う。ルールは降参するか、舞台から落ちれば負けだ。あと、戦闘能力に大きな差があると判断した場合は、こちらでストップをかける。言っておくがこれは訓練の一環だが、実戦形式であるため、気を抜けば死ぬ可能性だってある。それを胆に命じておけ!」
「はい!」
マジか。あんまりきつそうならロリーには悪いが降参したほうが無難かな。
「では、最初は5番と28番舞台へ上がれ」
呼ばれた男の子二人が舞台に上がっているのを見ながら、俺は壁にもたれ掛かる。
「いけ! レイド!」
「負けるな! キュール!」
気が付くと試合に出ていないほかの人たちが二人に声を掛け始める。
そうか。俺は到着が遅れたが、他のみんなは何日か共同生活を送っているから、仲良くなったりしているのか。友達作りはもう出遅れている。
ロリーすまない。兄ちゃんはこちらでも友達は作れないかもしれない。
しかし、見ると俺以外にも1人壁にもたれ掛かっている子がいた。それはちょっと小柄な女の子で、さらっと長い黒髪と一直線の前髪が特徴的な子だった。
その子は試合に興味が無いのか、ずっと下を向いている。
なんとなく親近感の湧く子だな。
俺がチラッと見ていると、向こうもこちらを見る。大きな目だけど、どこか鋭い印象を与える。
うん? なんだか見られてるな。声を掛けた方がいいのかなと迷っていると、別の男の子が彼女に近づいていった。
しまった。先を越された。
まあ、でも自分から声なんて掛けられないけど。俺が少し落ち込んでいると、男の声が耳に届く。
「まさかお前みたいな奴がこんな所まで残るなんてなあ。なんか卑怯な手でも使ったのか?」
おや? 何だか思ってたのと雰囲気が違うな。
「昨日、あんだけ蹴り飛ばしてやったっていうのに、頑丈な奴だ」
蹴り飛ばす?
饒舌に話す少年に対して女の子は一言も声を出さない。それどころか男の子の顔すら見ようとはしない。
「まただんまりかよ。まあ、いいさ。お前がボコボコにされるところを楽しみにしといてやるからよ!」
少年は年齢に似つかわしくないニヤニヤとした薄汚い笑顔を浮かべている。
俺は気が付くと少年の後ろに立っていた。
そして、少年の肩に手を置く。
「次、君の番じゃない? 280番だって」
「おう。すまな……」
男の子は、返事の途中でそのまま気を失った。俺は男の子を支え、壁に沿って座らす。
目の前の絡まれていた女の子が俺の方を見つめる。
あーあ。しまった。シスターグロリアに注意しろって言われてたんだった。闇魔法で気絶させたのばれたよな?
なんと言って、誤魔化そうかと考えていると
「280番、312番は舞台に上がれ」
という、先輩の声が聞こえた。
しめた!
俺は女の子の視線から逃れて先輩に近づいていった。
「失礼致します。私が312番なんですが280番の彼が体調が優れないようで、あちらで休んでいるんですが、どうしたら宜しいでしょうか?」
先輩はチラッと端で座り込んでいる男の子を見る。
「しょうがない。お前の不戦勝扱いとする。あの280番は救護係まで連れてってやってくれ」
「分かりました」
俺は男の子に近寄って、肩の下に身体を入れて運ぶ。
その間も女の子はこちらを見ていたが、特に声を掛けられる事も無かった。