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第2話 戯れる悪魔

 シスターを追いかけて外へと出る。今日は外に雲が出ていて月が隠れている。周りがはっきりとは見えない。

 ただ、ランプの光がチラチラと揺れているのが見えたので、後をつけるのは難しくなかった。急なことで明かりを持っていないけれど、元々尾行なので光はどうせ点けれない。

 転ばないように、そしてシスターに見つからないように注意しながら進む。


 30分ほど夜の田舎道を歩いているとシスターはとある廃墟に入っていった。

 そこは前回の戦争で住人が全員殺されてしまい、家自体も所々破壊された古い大きな屋敷だった。子供たちはお化け屋敷なんて呼んでいる。

 なんで、あんな場所に?


 シスターはどうやら既に屋敷の中に入ってしまったらしく、外にはいなかった。俺はシスターに気がつかれないように、後に続いた。


 屋敷の周りを注意深く歩きながら中を窺うが、レンガ造りの壁には1階に窓は無く、中の様子が分からない。

 俺は意を決して裏口の扉をゆっくり開けて、中に人がいないことを確認して入った。

 室内は埃っぽくて黴た匂いが鼻をつく。周囲の様子がいまいち分からないので、床に手をつくと、埃の感触がして不快感に包まれた。

 だが、ここまで来て帰る訳にもいかない。俺はゆっくり歩を進めた。

 目が少しずつ慣れてきて分かったが、どうやら入った部屋は調理場だったようだ。出入口を抜けて、一先ずシスターが入ったであろう正面入り口の方へと向かった。


 廊下を進んでいると壁には焦げた跡や剣の傷があるのが分かった。戦争の時のものだろう。子供の頃の記憶を抉られる様な気持ちになる。

 あまり考えないようにしないと、胃から何かが逆流してきそうだった。


 しかし、ここも古ぼけた黴臭い匂いに包まれているな。どうやらここに現在誰かが住んでいるという事はなさそうだ。


 物語とかだと、ここに実は誰かが住みついていて、その人を甲斐甲斐しく世話を焼くとかいう話もあるんだけど、どうやらそうではないらしい。ということは、やはり誰かとの密会かな?


 俺の考えがそこにたどり着いたとき、丁度廊下の端にもたどり着いた。

 ゆっくりと扉を開けると、そこはどうやら正面の玄関扉を開けたすぐのロビーに繋がっているようだった。そして、ランプを持ったシスターマリアが1人で立っている。


 もしかして、逢引ってやつなのかな?


 シスターは結婚なんかも許されてないから、こういった場所でそのような人とこっそりと会うということもあるのかもしれない。

 シスターにとっての幸せを考えるなら、それもいいのだろうが、俺個人としては妹が卒業するまでは一緒にいてあげてほしいんだけど。

 でもこういう覗くような真似は、もし逢引ならさすがに止めた方がいいよな。


 ……でも、どうだろう? 

 ここから窺っている限り、シスターはあまり楽しそうな雰囲気ではないような気がする。

 意中の人と会うというよりは、何だか唇を噛み締めているような。


 すると入り口が開き、風が部屋を通り抜ける。

 やってきたのは身体が大きく、薄茶色い髪の男であった。あいつの顔は見たことがある。

 えっと、名前は……。


「よう。マリア」

「こんばんは。トムさん」


 そうだ、トム。今日シスターたちが話していたあいつか。


「マリア、今日は院にいなかったなあ。俺は寂しかったぜ。俺は毎日お前に会いたいのによォ」

「用件だけお願いします。何なんですか? 今日は急に」


 下卑た笑顔と陽気な態度を見せるトムと、坦々と話すシスターの態度が正反対であった。

 そして、シスターマリアのあんな冷たい声は始めて聞いた。


「連れないねえ。まあ、俺だけに見せるそういう態度も好きだったりするんだけどな。今日も勿論金の話だよ」


 トムはまるでシスターがさも自分に対して好意があるような話し方をするので、胸糞が悪い。

 明らかに嫌われてるだろう。


「借金は少しずつ返しているでしょう」


 借金? シスターマリアが?


「ああ。そうだな。お前も災難な女だよ。父親は借金作って逃げ出すわ、母親は借金返済の為に無理が祟って死んじまうわ」


 シスターは何も言わない。ランプを持った右手を支えるかのように、左手で二の腕を押さえている。


「ああ、傷が痛むのか? 親父に焼かれたのは確か右腕だったよな。ひどい傷だよな。綺麗な身体が台無しだったぜ」


 トムは少しずつシスターに近づいていく。シスターは下を向いたまま顔を上げない。


「ただ俺たちも慈善活動でやっているんじゃないんだよ。返済も今のペースじゃ全然足りないわけだ。そこでだ。ちょっと耳にしたんだが、最近院の寄付金が増えてきているそうだな?」

「それがどうしたんですか?」

「それ、盗んで来い」

「えっ?」


 シスターは顔をあげる。そこには絶望の色が広がっていた。


「そんな! 寄付金は子供たちの大事な生活費なんですよ! 王都からの支給だけでは子供の人数が多いうちの院では限界があるんです。それに私を信用している皆を裏切るなんて出来ません!」


 シスターの声は段々と大きくなって目には怒りの色が見える。


「ぐだぐだ言わずに盗んでこいよ。それとも別の方法がいいのか?」


 トムは不快な目つきでシスターをじろじろ見ている。その視線はあまりにも気持ちが悪いものだった。


「こ、この……」


 バチバチと音が鳴ったかと思うと、火花のようなものがシスターの身体の周りで弾けとんだ。

 あれは、雷か?


「うーん? どうしたんだ、マリア? 俺はどっちでもいいんだぞ?」

「こ、この……外道めー!」


 シスターがそう叫ぶと、身体の周りをはじけていた小さな雷が膨れ上がり、けたたましい音と共にシスターの周囲を走る。

 そして、シスターは左手を前に突き出して、身体に纏わした雷をトムの方に放出した。


 バーンという巨大な音と共に雷光が走り、目が眩む。


 俺はあまりの光のために数秒目を瞑ってしまった。

 そして、慌てて目を開けると、そこにはゼエゼエ言って手を膝についているシスターがいた。

 自分の能力以上の力だったのだろう。顔色が悪く、魔力が枯渇しているように見える。


 俺は、はっとしてトムの方を見る。

 今の巨大な電撃ならトムは死んでもおかしくない。


 トムがいた場所は電撃を受けた影響で煙が立ち上っていた。そして、煙の更に奥には先ほどまで無かった、人より少し大きい石の壁が出来ていた。


 すると、その石壁から人影が物凄いスピードで出てきたかと思うと、シスターの後ろに回りこみ、シスターを地面に押さえつけた。


「きゃっ」


 シスターが小さく悲鳴を上げる。


「惜しかったな。マリア。今日は俺を殺せそうだったのにな」


 トムはシスターの体の上に座って、動けないように腕をひねり上げている。


「今日で何回目だっけなァ。俺を殺そうとしたのは。良い2人の思い出だよなァ。だが、お前に俺の石の防御は破れないし、光魔法の攻撃を防ぐことも出来ない。お前に俺を殺すのは無理だ」

「殺してやる」


 またシスターの右手の周りに小さく電流が集まり始める。


「おっと、まだ力を残していたのか。少しは強くなっているみたいだな。じゃあ、魔法の言葉でも囁くか。その電撃を撃ったら院の子供を殺す」


 その瞬間、シスターの右手に纏っていた雷が消えてなくなる。


「よしよし、良い子だ。じゃあ、明日までにどうするか決めてくれよ。ちなみに、明日までに決められなかったら、その時も殺す。お前がこの街から逃げても殺す」

「あなた、何も分かっていないのね。確かに私の力ではあなたを殺すことは出来ないわ。でも、子供達をに手を出したら、あなたもシスターグロリアに殺されるわよ」


 シスターマリアは凄い形相でトムを睨みつけるが、トムはニヤニヤした薄ら笑いに変わりはない。


「おーおー。怖いね。まあ、確かに軍人上がりのあのおばさんは俺よりも数段強いな。でも、お前はシスターグロリアを人殺しにするのか?」


 その言葉を聞いてシスターはビクッと反応し、身体を強張らせる。


「そうだろう? お前の我侭のせいで、あの女は何年牢屋に入るんだろうな? お前が言う事を聞けば、些細な犠牲ですむんだよ。さあさあ、優しい俺はお前を起こしてやろう」


 トムは立ち上がって、シスターの腕を引っ張り乱暴に起こすと、そのままシスターを片腕で抱きしめた。

 しかし、シスターは抵抗もしなければ、声も上げなかった。その外見の綺麗さも相まって、まるで人形のようだ。


「じゃあ、また明日な。どっちにするか楽しみにしておくぜ」


 トムはシスターの手を離し、入り口の方へと身体を押す。ふらふらとシスターは扉へと歩き出す。その足取りは覚束ない。


「ああ、そうだ。一つ忘れていた」


 シスターの後姿にトムが声を掛けるが、シスターは足を止めることはない。


「お前が死んでも院の子供を殺すから」


 その言葉にシスターは足を止める。

 そして、トムの方を振り向いた顔には、もはや生気は無く、止め処なく涙が溢れていた。


「そうだな。あの水色の髪の可愛い女の子、名前はロリーだったか。お前と仲がいいな。まずは、あの子を殺すとしよう。それじゃあ、また明日な」


 シスターはまた前を向きなおして、そのまま出口へと向かった。扉の無遠慮に閉まる音だけが大きく響いた。

 その音の余韻がなくなると、トムの勝ち誇ったような声が響く。


「はは。あいつも、もう完全に俺のものだな。父親の借金なんて母親の時に払い終わってるのに、馬鹿な親子だよ。全く」


 なるほど。

 さて、シスターはどうするのだろう?

 シスターの性格からいうと選択肢は一つしかないけど。

 自己犠牲だろうな。

 全く馬鹿らしい世の中だな。

 そして、俺が取る選択肢も一つしかない。

 俺は扉をゆっくりと開けて部屋へと入っていく。


 俺の姿を見つけたトムは明らかに動揺していた。そりゃそうか。誰もいないと思っていたところから人が現れたんだから。


「誰だ? お前は。いつから、そこにいた?」


 声が明らかな動揺が見える。

 さっきまでの尊大な態度を見ていたせいか、その姿はひどく滑稽に見えた。


「さて、誰だろう?」


 暗い上に俺の長い前髪もあって、誰か認識できていないようだ。好都合だな。


「ちっ、まぁいい。見られたものと仮定して動かないとな。さっさと逃げてりゃ死ぬこともなかったのに。とんだ阿呆のようだな」


 トムの体が一瞬白く輝いたかと思うと、手や足が大きく膨らんだ。


 なるほど光魔法か。さっきの凄いスピードでの移動も、これのためか。


 俺が観察していると、トムは瞬間的に俺との間合いを詰めてきた。そして、巨大化した右拳で殴りかかってくる。

 俺は上体を反らしながら、なんとかその拳を右手で触れて受け流す。そして、追撃が来ないように距離を取る。


「へえ。今のをかわすなんて唯の村人って訳じゃないんだな」


 トムは楽しそうに笑っている。


「やっぱりある程度は抵抗がないと、楽しくないからよ。どんな時でもな」


 トムはまた瞬間的に俺との距離を詰めてくる。

 また右手で殴りかかってきたので、同じように受け流そうかと準備すると、下から腹部に蹴りを入れられた。


「グアッ」


 光魔法のせいで常識とは異なる威力の蹴りをくらい、俺は壁まで吹っ飛ばされた。背中に衝撃を感じる。


 息が出来ない。


 でも、すぐに追撃が来るはずだ。怯んでばかりではいられない。

 

 俺はトムの次の行動に備える為に顔を上げる。


 ドス。


 えっ?


「あーあ」


 何かを貫く音、そして何だかつまらなそうなトムの声。

 俺の胸をトムが土魔法で作り出した槍が貫いていた。


「ぐああああああああああああああ」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 意識することで猛烈な激痛が襲う。俺の悲痛な叫びが屋敷を包み込む。血が流れて、周りを赤く染める。

 

 そして、直ぐに声も出なくなった。


「あーあ。もう少しは面白いことになるかと思ったのによ。呆気なかったな。まあ、楽しみは明日に取っとくか」


 トムがこちらに来る。俺の体を処理するつもりなのか。

 トムが目の前までやってきて、俺に刺さっていた槍を掴む。


 そして、俺はそのトムの手を掴んだ。


「えっ?」


 驚きのあまりトムの顔が強張る。

 更に俺は逆の手で自分に突き刺さっている槍を無理やり引っこ抜く。血が噴水のように放出され、トムの顔や服を血で濡らす。

 

 俺の胸には確かに槍で貫かれた穴が開いており、通常なら即死、もしくは生きられてもわずかな時間のみだろう。

 それでも俺は立って、トムの右腕を万力で握り締めている。


「うわああああああああああああ」


 トムは恐怖から見たことがない形相で叫び声を上げ、今までの余裕は全く無くなっている。

 そして、自由な左手で俺の顔を殴る。

 俺の首は有り得ない方向に曲がる。それでも俺は右手を離さない。


 すると、トムは小さなナイフを作り上げ、俺を何度も刺す。何度も。

 俺の体は、まるで灰のように塵状に崩壊した。


「はあ、はあ、はあ」


 トムは息を荒げながら、周りをきょろきょろと見回している。


 何に怯えているんだ? 

 何を安堵しているんだ?


 まだこれからだろうに。


 灰となった俺の体は風に運ばれるかのように空中に舞う。

 そして、また俺という生き物を形成する。しかし、その姿は元の俺の姿とは全く異なっていた。


 身体はトムの倍ほどの大きさで、口には大きな牙があり、頭には角が生え、爪は凶悪に尖っており、そして背中には巨大な羽。

 真っ黒な異形な姿。


「あ、悪魔」


 ああ、俺は悪魔だ。そして、これからお前を殺す化け物だ。


 俺はトムに近づく。

 トムは恐怖で足が竦んでいるのか、逃げ出さない。

 俺は右手を無造作に振る。と、トムの左腕にぶち当たる。トムの左腕は肩口から吹き飛び、天井へと当たる。


「ぎゃあああああああああああああ」


 肩口から血が出る。それはもう人間のものとは思えないほどに。

 更に牙で腹を抉る。

 しまったな。こんなおっさんの腹なんかに噛み付きたくなかったのに。つい雰囲気で。


 トムの絶叫が響き渡る。うるさいな。

 顔もないほうがいいか。


 俺は腕をまるでドリルのように捻り、変形させる。そして、わざとトムが恐怖するように先端を目の前に持っていって見せびらかす。トムは、更に喚く。


知ーらない。知ーらない。聞ーこえなーい。


 俺は右手を振りかぶる。


 この外道の顔を潰すために。

 殺すために。


「ばいばい」





「なんてな。俺の幻想はどうだった?」


 トムは白目を剥いて失神している。

勿論、左腕は無くなっていないし、顔も無事だ。そして、俺も化け物の姿になんて成っていない。

 全ては闇魔法の精神干渉の能力だ。


「失神してるし、聞こえるわけないか」


 最初にトムが殴ってきた際に、ありったけの闇魔法をこいつの体に流し込んでやったからな。


 俺はトムに近づいて様子を窺う。

 念の為に本当に腕でも折っといたほうが良いかなとも思ったが、止めとこう。

 シスター達の話では、前に懲らしめてやったマスラにかけた軽い闇魔法でも大分参っているようだった。

 しばらくは大人しくしているだろう。


 ただ、念のために。

 耳元に右手を翳して、闇魔法を発動する。俺の言葉を心に刻み込む。


「金輪際、院にもシスターにもロリーにも院の子供達にも近づくな。もし破れば、次は本当に殺す」


 意識は無いが、伝わっているはずだ。足の痙攣がひどくなっているし。


「まあ、ロリーを殺すなんて言った時点で本当に殺してやろうかと、思ったんだけどな。そんなことしたら、俺がロリーとシスターグロリアに怒られる」


 そんな状況は俺にとっては恐怖でしかない。それこそ俺が殺されるかもしれない。


「さて帰るか」


 俺はまたひっそりと闇の中に身を隠した。





 次の日の朝、出発の準備を終えた俺は、ロリーと一緒に食堂へと向かう。

 ロリーは院の中では珍しく俺の手を握っており、起きてから一言も発していない。

 食堂に着くと、そこにはいつも通り朝食を準備するシスターマリアがいた。


「2人ともおはよう」

「おはよう、シスターマリア」


 シスターは声こそ明るくしようと振舞っているが、泣いたせいか顔はボロボロだった。

 いつもだったらシスターの変化に敏感なロリーも、今日はそんな余裕は無いようだ。

 できれば、もう大丈夫だよって言ってあげたいけど、そんなことしたら俺がやったってバレちゃうしな。


「ふぁあ。おはようって、どうしたの! マリア?」


 起きて来たシスターグロリアが大声を上げて、シスターマリアの顔を両手で挟む。


「おはようございます。ちょっと寝不足で」

「寝不足ってあんた、この顔ラルフよりひどいわよ」


 おい。心配なのは分かるがひどいの基準を俺にするな。


「えっ? そんなに酷いですか?」


 シスターマリアも余裕が無いからって言ってはいけないこともあるんだが。


 俺とロリーは席に着く。ロリーはいつものシスターマリアの隣ではなく、いつも空席の俺の隣に座る。


 そして、シスターの2人が話していると、外から大きな声が聞こえてきた。


「おーい! シスターマリアはいるか!」

「うん? 何かしらね、こんな朝から。マリアならこっちにいるわよ! 裏から入っててー!」


 すると、バタバタという足音が次第に大きくなり、1人の警官が食堂に飛び込んできた。


「ああっ、いた。シスターマリア! 今しがたトムが警察に出頭した。ひどい目にあったようだな。でも、もう何も心配する必要は無いぞ!」

「えっ?」


 その言葉を聞いたとき、シスターマリアは持っていたジャガイモの籠を落とし、その場で泣き崩れた。




 どうやらトムは目を覚ました後、錯乱したまま警察に駆け込んで事情を全て話したようだ。そして、そのまま逮捕された。本人はこのままでは悪魔に殺されると喚き散らしているそうだ。

 シスターマリアの件だけでなく余罪も多いようで、しばらくは牢屋の中のようだ。


 まあ、これであいつはもう悪さはしないだろう。少なくても院に関することでは出来ないはずだ。


「ラルフ。忘れ物はない?」

「うん。大丈夫だよ。シスターグロリア」


 俺はリュックを背負い、孤児院の前でシスター達とロリーに見送られる。

 シスターマリアは警官が直ぐに事情を聞きたいと言ったそうなのだが、俺の見送りを優先してくれた。


「ラルフ、向こうでも元気でね」

「うん。シスターマリアも元気でね」


 シスターマリアの顔は相変わらず泣きすぎで崩壊していた。

 今の涙はトムが逮捕された嬉しさなのか、緊張から解き放たれたものなのか分からない。

 でも、できれば俺がいなくなる悲しさであれば嬉しいなって思う。


「ラルフ、リュックにお駄賃入れといたからね。あと、田舎と王都は違うから、向こうでは更にばれない様に注意なさいよ」


 シスターグロリアはいつもと変わらない。そして、俺は言葉の意味が分からないという風に首を傾げた。

 ばれてらー。


「あと、その長い前髪も早く切りなさい。友達が出来ないわよ」


 シスターグロリアに前髪をいじられる。前髪で隠れていないと、まだ色々と怖いから、切るのはもう少し先だろうな。


「ほら、ロリーも挨拶しなさい」


 ロリーはシスターマリアに抱きついて離れない。俺はロリーの頭に手を置いて、撫でる。


「ロリー、また一年したら会えるから」

「……うん」


 良かった。最後にロリーの声が聞けた。これで頑張れる。


「じゃあ、手紙書きますね」

「ええ。楽しみにしておくわね」

「絶対に書きなさいよ」


 俺は頭を下げて、送迎用の馬車へと向かう。


「にいちゃーん! 頑張ってねー」

「おお」


 俺は背中に妹の声援を浴びて、振り返らずに馬車へと歩を進めた。


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