子供達の行方
話は少し過去に戻り、ラルフ達が囚われてから一年が経った頃。
「あー、全然終わらん」
国王ダインは書類に目を通しながら、悪態をつく。
経済や外交、ライフラインの整備にイベントの確認など、やることは多い。
ほとんどのことは部下がしてくれるが、それでも最終決定権はダインにあるので、確認することも多い。
そして、ダインは書類を適当に処理するタイプでもなく、忙しい毎日を送っている。
「お疲れ様です」
テオはダインにお茶を出しながら、声を掛ける。
「おぉ、テオありがとう」
「休息も大切ですよ」
ダインはお茶に口をつける。
「分かっているが、性分かな。忙しくしてないと落ち着かないんだよ」
ダインは、ははっとはにかむ。
「じゃあ、私も一つ国王様にご相談したいことがありまして、いいですか?」
「おお、珍しいな。なんだ?遂に結婚するのか?仲人は私がするぞ」
「いえ、違います」
「なんだ、違うのか。じゃあ、何だ?」
あからさまにつまらなそうにするダインにテオははぁとため息をつきながら続ける。
「去年の孤児院の子供達の入隊試験を覚えてますか?」
「ああ、覚えてるよ。あれほど才能溢れる子供達はなかなか見られないからな。しかも、ほとんどの属性に一人ずついるなんてな。もう軍の中でも有名になっているんじゃないか?」
嬉しそうに顔を緩ますダイン。それほど彼らは将来有望であった。
しかし、テオは顔を歪ます。
「全員死にました」
「なっ!」
ダインは勢いよく立ち上がる。
勢い余って書類が机の上からハラハラと落ちていくがダインの目には入らない。
「それは本当か?」
「はい」
「あの赤髪の少女もか?」
「はい」
「黒髪の暴走してしまった少女もか?」
「死にました」
「それを食い止めた少年もか?」
「あの時名前が上がった少年少女は全員です」
ダインは腰をおろし、椅子に深く腰かける。自身を落ち着かせようと一度大きく息を吐く。
「なぜ彼等が?確かに軍人には死はつきものだ。しかし、あれほど実力のある子達がそう簡単に死ぬもんでもないだろう。お前のことだ。ある程度は調べているのだろう?話せ」
「はい。実は今年も孤児院の子供達の入隊試験日が先日ありまして、私も昨年の子供達のことを思い出し、現在はどうしているのだろうかと調べたんです」
「あれほどの才能だ。誰でも気になるな」
「名前を試験結果から割り出し、所属部隊を調べたのです。例えば、黒髪の少年は第三部隊に所属となっています」
テオは手に持っていた書類をダインに見せる。
「ラルフ……これが彼か?」
「そうです。そして、私は第三部隊の訓練を見学に行ってみることにしたのです。すると、彼の姿は有りませんでした。そこで、部隊の者に話を聞くとラルフという名前の者は知らないというのです」
「なんだと?彼はその部隊に所属していたのではないのか?」
「書類上では確かに。他の者に聞いても結果は同じでした。不審に思い、方々調べてみると、彼の名前は殉職名簿に載っていました。彼は3ヶ月後にあった落石事故で死亡となっています」
「なに?」
確かに、殉職名簿の書類に名前が載っている。
「しかし、おかしくないか?仮に落石事故での死亡事故が本当だとしても、一度は部隊に所属しているのだろ?何故同じ部隊の奴らがラルフのことを覚えていないんだ?」
「部隊長に聞いても、ラルフなんて名前の者は異動してきていないというのです。あるのは入隊試験の結果の欄と殉職名簿だけです」
「他の者もか?」
「他の者も同様です。違いがあるとすれば死亡原因くらいでしょうか?どれも数人以上が亡くなっている事故や戦闘に組み込まれています」
ふーむ。
ダインはまた大きく息を吐きながら、更に深く沈み込む。
そして、一言呟く。
「軍に何かあるか?」
「恐らく。我々が知らない何かが有るようです」
「軍内部は父上の頃から大きく変わっていないからな。ある程度、文官を入れて制御はしているが、限界がある。父上の時代には余りにも軍の権力が強すぎた」
「軍人は現場を知らないと言って文官を入れることを極端に嫌がりますからね」
「ふむ。テオこの件、お前に一任しよう」
「いいのですか?事によっては軍上層部と揉めることになりますよ」
「良い。俺は王だぞ。王が何を恐れるというのか。組織のトップが日和った瞬間に組織は崩壊する。子供達が心配だというのもあるが軍にメスを入れる稀にない機会だ」
「わかりました。では全身全霊をかけて調査致します」
「頼む。それで?何か策はあるのか?」
「そうですね。一先ず、バスタとユキに調査させましよう」
「バスタとユキか。信頼はできるが、あの二人は若い。大丈夫か?この件は闇が深いかもしれんぞ」
「深追いはさせませんよ」
テオは自信があり笑う。
一抹の不安が王の頭にはよぎるが、信頼する臣下に一任することにした。
☆☆☆
軍施設の地下通路を軍服を着た青年が歩いていた。歳は20歳位だろうか。
暗い通路をまるでそこらの街の道路を歩くように気ままに歩いているようだが、彼の気配は限りなく消えている。
「バスタ聞こえる?」
彼の耳にはめている無線機から聞き慣れた女性の声がする。
彼は無線機をコツコツと指先で叩き、返事をする。雷属性の彼からは微弱の電波を発されているため、遠くの人間と連絡が取り合える。
「あなたいつもみたいに油断してるんじゃない?気を引き締めなさい」
こいつどこかで見てるのか、とバスタは思い、念のために周囲を見渡すが、そんな様子はない。
声の主はユキという名前のバスタの幼馴染だ。
ユキは別室で記録をとっている。
潜入をするような任務の時はバスタが潜入し、ユキが記録をとりながら、指示を出す。いつものスタンスだ。
「地図によると、そっちは行き止まりだから、右に曲がりなさい」
ユキは地図を見ながらバスタに指示を出す。ユキは風の魔法をバスタに纏わせているため、姿がみえなくても風の動きから、向かう方向が分かる。
バスタはコツコツとまた無線機を叩き、指示に従った。
テオから任務を出されてから3ヶ月が経った。
正直、肝心なことは何も分からなかった。
孤児院出身の昨年の入隊者で、死亡扱いになった者は20名。
そして、今年も10名の入隊者が既に死亡か、行方不明になっていた。
誰が黒幕か分からない状態で嗅ぎ回っていることがばれるとまずいので、表立って調べることができないからか、調査はなかなか進まない。
分かったことは誰も何も知らないという事実と試験があった日に最終試験まで残されたメンバーが姿を消したという事実のみ。
誰も知らないというのは隠しているということかもしれないが、末端までそんなことをさせる必要はないだろう。闇魔法による記憶操作も考えたが、やはり人数も多く、リスクも高い。
つまり、これは軍内部の極少人数で行われているということだろう。
そして、試験が行われたこの軍施設に何かしら証拠が残っているかもしれない。そのための潜入操作なんだが……。
はぁ。面倒臭いことになりそうだ。
バスタが小さくため息をつく。
バスタの悪い予感は大抵当たる。
「ほら。やる気出しなさい。今日は先生とご飯行くんだから。さっさと終わらせましょ」
やる気のないバスタと対象的にユキはやる気満々だ。
先生とはテオのことだ。
ちなみにバスタはテオのことを師匠と呼んでいる。バスタとユキも元々孤児院出身だが、10歳の時に縁あってテオの下で働くことになった。
ユキはテオのことがずっと好きだ。男性として。直接聞いた訳ではないが、見ていれば分かる。そして、バスタはそんなユキをずっと想っていた。
バスタもテオと食事は嬉しいが、好きな人が別の人との食事でテンションを高くしている声は気分が良いものではない。
しかし、地下通路を歩いているが、人気もあまり無い。たまにすれ違う人間もいるが、怪しいという様子はない。
この施設は関係ないのか?
また行き止まりに突き当たり、踵を返そうとしたときにユキの声が聞こえる。
「また行き止まりなの?多いわね」
そう言えば……。
その瞬間に、バスタはとあることに気が付く。
自分の中で、結論は出た。しかし、確証がいる。そのためには、一度帰った方がよさそうだ。バスタは無線機を指で五回叩く。
帰還の合図だ。
テオに報告しよう。
そう思ったと同時にユキの嬉しそうな顔がバスタを包み、何とも言えない気持ちになってしまう。