第12話 彼女の秘密
俺は次の実験から今回のような動物ではなく魔物と戦い始めた。
魔物は要するに、魔法が使える動物だ。
それも徐々に強さが上がっていく。
まずは、見た目は兎のような小動物から始まる。
兎と言っても、魔物だ。風を使い、空を跳ねる。俺は捕まえるのに随分苦労をした。
次は雷を纏う狐。闇に紛れる大型犬。炎を吐く大蛇。馬に象に、あとなんだっけ。
俺は何とか全てに勝っていった。
だが、段々と心を失っていく。感情が無くなっていく。そうしなければ、俺は生きることが出来なかった。
そして、その頃から周りのみんなの実験も次の段階に入ったようだ。
泣き虫のフレインは1週間ほど姿が見えなかった。
彼女が帰ってきたとき、俺達は安堵した。
しかし、彼女はその時泣きながらこう言った。
「ごめん。私、みんなと冒険できないみたい」
その日から彼女はまたずっと泣いている。何があったかは教えてくれない。
紳士君ことテートはとある日から1カ月ほど、狂ったように騒いでいた。
その後は落ち着いているが、彼も何があったのかは教えてくれない。
シャロンも夜寝るときに、うわ言を呟くようになる。
もともと、俺とシャロンは闇属性の性質上、睡眠が浅い。それでも、決闘した日に俺が闇魔法をかけた効果なのか、シャロンは以前より大分寝れるようになったといっていた。そして、寝る前に2人だけで話す他愛も無い会話は俺にとっての少ない楽しみだった。
しかし、会話の後に聞こえてくる彼女の寝息が、うわ言に変わり、それがどうやら彼女の実験に関わることのようだが、彼女も教えてはくれない。心配しなくていいの一点張りだ。
他のみんなもどうやら、肉体的にも精神的にも再び限界が来ていた。
俺達を支えているのは唯一みんなで交わした約束のみ。
皆で一緒にヒーローをやろう。
そのために縋りつくように生きた。
そして、捕らえられてから1年と3ヶ月ほど経ったある日、ずっと気丈に振る舞っていたエミリーに変化が起こる。
「ぐぁ……ア……」
今まで何があっても弱音を吐かず、皆を励まし続けていた彼女の部屋から漏れ出す苦痛の声に、俺達は一様に反応する。
「だ、大丈夫?エミリー?」
「エミリー?どうしたの?」
「おい!何があった?」
エミリーは絞り出すようにか細い声で答える。
「だ……大丈夫。ちょっと身体が痛むだけだから」
大丈夫なわけがない。
しかし、他の皆がそうだったように聞いた所で、彼女は何も教えてくれないだろう。
俺達もそれ以上は聞かなかった。
皆の寝息が聞こえる。
俺はいつものように寝れず、最後まで起きていた。
「痛い」
エミリーの小さな声が聞こえる。俺は声を掛けた。
「エミリー、痛むのか?」
「あっ、ラルフ。起きてたの?」
「うん。俺はあんまり眠れないんだよ」
「そっか。……ちょっと痛むかな」
「あんまり無理するなよ。皆心配してるし」
「うん。ありがと」
静寂が空間を包む。
俺は前から疑問に思っていたことを何故だか聞きたくなった。
「何でエミリーはそんなに凄いんだ?」
「凄い?」
「だって、全く弱音を吐かないし」
「ああ」
「こんな状況で皆怖くて、恐ろしくて、でもエミリーは変わらない。なんでそんなに強くいられるんだ?」
俺は知りたかった。彼女の秘密が。
「うーん。秘密ってわけじゃないよ。あんまり楽しい話じゃないから、言わなかったけど、ラルフならいっか」
エミリーはいつもと変わらない声で話す。
「私は母子家庭だったの。お母さんは貧しいけど、いつも明るく私を育ててくれた。贔屓目に見てるのかもだけど、誰よりも優しかった。笑顔しか見たことないんだもん」
「エミリーのお母さんって感じだな」
「ありがとう。私を養うために一生懸命働いてくれたお母さんは私にとってヒーローだった。でも、働きすぎて身体が弱ってきて死んじゃった。自分を犠牲にして、私を生かしてくれたね。だから、お母さんが死んだのは私のせい」
「エミリーのせいじゃないよ」
「ありがとう。でもやっぱり私のせいなんだと思う。だから、私は決めたの。私は生かされたんだがら、お母さんみたいにいつも笑っていようって。そして、誰かにとってのヒーローになろうって。それが私にできるお母さんへの恩返しだから」
「……俺達にとってエミリーはもうヒーローだよ」
俺はぽつりと自分から出た言葉に驚き、恥ずかしくなる。
「本当?それなら嬉しいなぁ。お母さんみたいになれてるのかな」
エミリーはそんな俺を茶化すことなく、嬉しそうに返事をする。
家族の話をされるとどうしてもロリーを思い出す。
今頃何をしてるかな。
「って、ロリーも今頃、軍に来てるのか」
そう口にした瞬間に恐ろしい事実に気が付く。
ロリーの能力も他の子達に比べて圧倒的に高い。試験も難なく合格するだろう。
それはつまり、ロリーも実験台になっている可能性が高い!
「くそ、そうか!」
俺は立ち上がると、万力を込めて、壁を殴る。
爆発したような音が鳴り響くが、壁はびくともしない。
「どうしたの?」
「な、なにがあったの?」
皆が驚いて起き上がるが、俺には気にしている余裕はなかった。
何故、今まで気が付かなかったんだ。
自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
俺はもう一度壁を殴る。やはり、壊れはしない。
「おい!うっせーぞ!どうしたっていうんだ!」
「ラルフどうしたの?」
俺は壁に手を当てて、どうにもならない現実に絶望する。
「ロリーが、妹が今年軍に入隊しているんだ。妹の能力も高い。だから、妹も俺達みたいに囚われている可能性が高い。どうすればいいんだ。くそ!なんでどうすることもできないんだ!」
気が付くと、涙が溢れ出していた。
涙なんて流すのはいつぶりだろう。
ああ、まだあふれ出すものがあった。
大切なものくらい守らせてくれ。それだけだ。それだけなんだ。
「くそ!くそ!」
俺は何回も壁を殴るが、壊れることはない。
すると、黙って聞いていたエミリーが、声をかけてきた。
「ラルフ、聞いて。明日私が妹さんを助ける。皆も一緒にね」
「えっ?」
意味が分からない。
今まで、逃げ出せなかったのに、なぜそんなことができるんだ?
俺は立ち上がって、窓から顔を出す。すると、エミリーもこちらを見ていた。
「それは無理だろ?どうやって逃げるんだ?爆発する首輪だって」
「いいから。私を信じて」
エミリーの真っ直ぐな視線がぶつかり、俺は頷くことしか出来なかった。
彼女を信じよう。
俺は俺達のヒーローに託すことにした。
そして、次の日、施設中に大きな爆発音が響き渡った。