第11話 黒から白へ
実験開始から半年が経った。
エマ先生曰く、子供達で残っているのは、俺達7人だけらしい。
来る日も来る日も変わらず俺の身体には光魔法がギリギリまで注入され、失神するということを繰り返していた。
他の皆も未だに実験の成果は出ていないらしく、ただの拷問を続けられているようだ。
俺達は自身の実験については誰も言及しなかったので、他の人がどんなことをされているかは知らない。自分と比較するのが怖いのかもしれない。
そんな極限状態で、俺達もギリギリのところで何とか踏ん張っていた。
牢屋にいる暇な時間はそれぞれ自分達の話をした。どんな風に育ったかとか、どんな食べ物が好きかとか、そんな話だ。
「私はヒーローになりたかったの。前も言ったかもしれないけど、アルカドラのヒーローって絵本が大好きで」
その日は将来何をやりたいかだが、エミリーはそう言った。
「でもヒーローって職業じゃないよね。つまり、どういうこと?」
フレインが尋ねる。彼女は案外、理屈っぽい。その分、頭の良さもうかがえる。
「困っている人を助けて回るんだよ。みんなが笑顔になれるように」
「エミリーには向いているだろうな」
自然と口から言葉が漏れた。
ヒーローっていうのは彼女みたいな人を言うんだろう。
「ラルフも向いてる」
すると、シャロンの言葉が飛んでくる。
「ありがとう。でも、そんなことはないよ」
俺はそんな貴い生き物じゃない。
試験当日に助けたからなのか、シャロンは俺を勘違いしてる気がする。
「ううん!皆、絶対向いてるよ!ここから出たら皆一緒にヒーローやろうよ。世の中を回りながら」
「世の中を周りながら?」
「うん!困ってる人たちを救いながら、世界を見て回るんだよ!絶対楽しいよ!」
「はっ、それもいいかもな!」
「私は医者っていう夢があるから、皆が帰ってきたら怪我がないか見てあげるわ」
「俺は一回孤児院に帰りたい。妹に会いたい」
「ラルフ妹いるの?」
「ああ。ロリーって言うんだ。元気にやってるかな……」
「皆で会いに行こうよ!」
「それもいいね。僕はやりたいことは考えてなかったな。軍人になるとばかり思ってた。僕はエミリーを手伝うよ。ロリーちゃんにも会ってみたい」
「ありがとう」
「私もラルフが行くなら行ってみたい」
「俺も行こうかなー。面白そうだし。世界を見てみたいなー」
「これで泣き虫以外は全員だな。おい、泣き虫はどうすんだ?」
「何よ。もう……。行くわよ!皆で行くなら少しくらいならそのヒーローっていうのに付き合ってあげるわよ!」
俺達は新たな約束を交わす。
もがき、苦しむ中で、希望を求め、心を失わないように。
エミリーという太陽に照らされ、俺達は笑いあう。
彼女は既にヒーローだった。
拷問生活が始まって9ヶ月経った頃、変化が起こる。
俺はいつものようにベッドに縛られ、数人がかりで光魔法を注入されていた。変わらぬ地獄に、倦怠感だけが増していく。
するとそのうちの一人があることに気が付く。
「あれ?グラミアスさん、これ見て下さい!」
「んー?」
何かの紙を呼んでいたグラミアスがこちらにふらふらと近寄ってくる。
「ほらこれ」
そいつは俺のおでこ辺りを指差す。
なんだ?ついにストレスではげたのか?
「おっ!これは!」
グラミアスが俺の前髪をぐっと掴む。
痛ぇ。
触るんじゃねえ。
「髪の毛の色が白に変わっているねー。第1段階完了だよー」
は?
なんだって?
グラミアスは毛を何本か抜くと、俺に毛を見せびらかす。
「ほら。見てみなー。正真正銘君の毛だよー。君は本当に優秀な実験動物だねー」
煩いな。褒められてこれほど神経を逆なでするとは。
グラミアスは口を三日月形にしながら、満足げにしている。
「これで君の属性は少しずつ光へと変質していくはずだ。やったねー。このこの」
肘でぐいぐいと突いてくるこの男を俺は何度も何度も殺したいと願ってしまう。
「ほーい。じゃあ実験を続けて頂戴」
俺にまた大量の光魔法が注入される。身体が膨れ上がり爆発しそうになるのをなんとか抑えるので精一杯だった。
それから一ヶ月もすると俺の髪の殆んどは真っ白に変わっていた。
あれほどはっきりあったはずの目の下のクマは消えていた。光魔法の影響で身体が活性化しているのがわかった。
しかし、それと同時に闇魔法はどんどんと使えなくなっていった。
魔法を使う機会はほとんど無かったが、自分から力が失われていくのが分かる。
俺の闇魔法の殆んどは溜め込まれた光魔法を制御するのに使われていた。
溢れだす光を抑えなければ、いつ身体が壊れてもおかしくない。そんな毎日だ。
すると、実験も様相が変わってきた。
ある日、俺は大き目の檻に入れられる。
目の前には俺と同じくらいの大きさの虎がいる。急に自身の縄張りに入ってきた俺に唸りながら、距離をとる。
「さあ、この動物に勝ってみなー。今までの君なら楽勝だろうけど、今はどうかなー」
ふざけるな。
俺は叫びたかったが、そんな事をして目の前の動物を威圧してはまずい。
俺は目の前の虎と向き合う。
虎は涎を垂らし歯を剥き唸りながら俺を睨む。俺はなるべく距離を取る。
闇魔法を満足に使えてもギリギリ勝てる位かもしれない。闇魔法は対人に対しては強い。しかし、物の破壊や動物やモンスターに対しても強いかと言うと否だ。
この虎を戦闘不能にする直接的な武器が闇魔法という属性には無い。
ただ、今の俺は要の闇魔法すら使えない。
どうしたらいいんだ。
俺が考えこんでいると、虎が牙を剥く。
真っ直ぐ俺に向かって、突進をかます。
「くそ!」
俺は左手の壁に闇魔法の引力を飛ばす。すると、俺の身体は左に引き寄せられて、虎の突進を回避する。
しかし、その瞬間に俺の身体の中から光魔法が溢れ出そうとする。
ヤバい!制御が!
俺は引力を解除して、光魔法の制御に戻す。
しかし、そのせいで中途半端な場所で止まってしまう。
その瞬間を逃さず、虎は俺を追いかけ、切り裂く。
「ぐぁっ!」
俺は虎の爪をなんとか避けた……はずだった。それなのに、腕からは血が垂れ、痛みに顔が歪む。
虎はゆっくりと旋回し、こちらを睨む。
「普通の虎だと思わない方がいいぞー。その虎も弄っているから。油断したら死ぬから。助かりたかったら殺すしかないぜ」
外野からそんな間延びした声が聞こえる。
うるさい。
俺は心の中で悪態をつきながら、虎を見つめる。
でも、そうか。この子も実験動物か。
俺は自身の置かれてる境遇を目の前の虎に重ねる。
俺は死ねない。ロリーやシスターとまた会うのだから。皆と約束したのだから。
だから、死なないためには、虎を戦闘不能にするしかない。
でも、今の状況で虎と俺達にどれだけの差があるのだろう。
お互い実験として連れてこられて、食糧にするわけでもなく、ただ生きるために面識のない相手を殺す。
例え、動物でもそんなことが許されるのか?
分からない。
それにロリーは猫好きだったし。虎を殺すなんてしたら許してくれないかもな。
……でも、俺だって死ねない。
俺は強く拳を握りしめ、もう一度虎を見据える。
……決めた。
「運が悪かったな。……俺もお前も」
自分の決意が揺らがないうちにしてしまおう。
虎がまたこちらにむかって突進してくる。
俺はまた壁に向かって闇魔法を飛ばし、引力で避ける。そして、先程と同様に膨れ上がる光魔法。また身体を襲う過剰な活性による痛み。
違うのは、抑えこむのに集中していた闇魔法を、光魔法を操る為に意識を集中する。
光魔法は簡単に言えば、人の身体に影響を与える魔法だ。力の増幅や、スピードの強化、超回復など、利便性が高い。
しかし、薬も取りすぎると毒になるのと、同様に光魔法も浴びすぎると、身体に有害となる。
俺は体内に注入されていた光魔法を闇魔法でなんとか抑え混んでいた。
恐らく、父さんが属性変化を謳ったのは、光を闇が抑えこめることに気が付いたからだろう。
そして、俺の体内の闇魔法の許容範囲を越えた光魔法が俺の身体に変化を与えているらしい。
現在、闇魔法は使えない。
それなら、この溢れ出す光魔法を使うしかない。
何度も俺に飛びかかってくる虎に対して、俺もその度に一瞬だけ引力を使い、光魔法を無理矢理発動させる。
毎回激痛が走る。虎の爪も掠め、傷がどんどん増えていく。
上ってくる¥吐瀉物を飲み込みながら、鼻血の匂いを感じながら、ただただ生にすがり付く。
同じことを10回は続けたころだろうか。
ようやく顔を出してくる光魔法に意識が向けられるようになった。
そして、俺はその光魔法を脚へと移動させた。
すると、両足に今まで感じたことのない力強さを感じる。
俺は制御を間違えないように慎重に、地面を蹴る。
ダンっという音と共に、目にも止まらぬ速さで、移動する。気が付くと、虎を通り越していた。
「しまった。上手くいったと思ったんだけど」
完全に俺を見失っていた虎だが、声に反応して、こちらを振り向く。
「ブラボー!少年!」
外野からは研究者達が先程の光景を見て、騒いでいる。
うるせぇ。
ただ、リーダーのグラミアスは反抗的な態度を取れば取るほど喜ぶことを俺は知っている。
俺は外野を無視して、もう一度脚へと光魔法を集中させる。
今度は上手くやる。
改めて地面を蹴った。今度は距離もバッチリで、虎の懐に潜りこむ。
そして、自身の中から溢れ出している光魔法を虎へと流しこむ。
グァ!
虎は一言だけ発すると、泡を吹いて倒れてしまった。
はぁはぁ。
俺は息を整えながら、虎の様子を確認する。
見るとお腹は動いているし、恐らく気絶しているだけだろう。
良かった。殺してない。
胸を撫で下ろす。
俺には幾つかの選択肢があった。
虎を殺すか、殺さないか。
自分を殺すか、殺さないか。
その中で、虎も自分も殺さない。その選択肢を取るのが今の俺には一番難しく、覚悟が言った。
油断すると、どちらかに傾きそうだったからだ。
だが、俺は前に進めた。
これでロリーに怒られることも無いな。
「少年、よくやったよー。さすが僕が見込んだ少年だ。さーて、これで今日は終わりだよー。部屋に帰ってねー」
グラミアスがいつもの陽気な口調で部屋に数人の部下を連れて入ってくる。
俺は言われるがままに、出口へと迎うために踵を返す。
「あ、そうだ。片付け忘れてたー。おい、頼むねー」
グラミアスが横に立っていた赤毛の研究員に声を掛けた、次の瞬間だった。
ボッ。
後ろからそんな音が聞こえたと思うと、虎が燃えていた。
「なっ!」
俺が呆然としていると、勢いよく炎は虎を包む。
「うわああああ」
なんとか、声を出し、近くに寄るが、そこには既に灰となった虎だった物があっただけだ。焦げ臭く嗅いだことの無い匂いが鼻を包む。
「な……なんで」
俺は小さく呟くが、地獄耳なのかグラミアスは答える。
「君の実験は属性変化で能力が一旦リセットになるってことだからね。弱いその虎も君が能力を使いこなせないうちは役目もあったけど、君が勝てるならもう用済みだよね。次からは魔物と戦ってもらうから」
「ふざけるな!」
俺は光魔法を使い飛ぶように、ニヤニヤした顔のグラミアスに襲い掛かった。
しかし、グラミアスは俺の動きを完全に見切ると、俺の頭を掴み、地面に押し倒す。
俺は息を吐き出しながら、押さえつけられた。
そして、奴の闇魔法が俺の身体に侵入してくる。そして、俺の光魔法を押さえ込む。
嘘だろう。
俺が実験を受けながら死に物狂いで習得した技術をこうも容易く。
「まだ僕の方が強いみたいだねー」
涙が自然とこぼれる。
これは虎が死んだことへの悲しみか、それとも悔しさなのか。
分からない。
「さあて、君にはもう少し実験に付き合ってもらわないとね」
その瞬間、俺の闇魔法はいじられ、光魔法があふれでて、俺は失神する。
こいつも超える。
俺はそう決意した。
それしか俺が生き延びる方法は無いだろう。