予兆(サイン)
直感は複雑な思考を単純にしてくれる。彼が勝負をかけるとき眼鏡を外すのは、目に見える情報を遮ることで直感を研ぎ澄ますため。彼がアトラデについたのも、彼の直感が出した答えだった。彼は無意識的に、遺物の所在を知っていたのだろう。
「どうだい、舞台を降ろされた感想は」
「まだ終わってはいない。お前の近くが、次の機を伺うのに丁度良いだけだ」
「それで、誰が勝つと思う」
「あの緑のやつ」
「根拠は」
「勘だ」
走り去った土色と入れ替わりに、一人の男が現れた。ボサボサの髪に白衣、いかにも怪しい風貌だった。男は手を叩き言う。
「お見事、お見事。紛い物のくせに、なかなかできるんだね」
「誰だ。何が目的だ」
タカノが叫ぶと、男はヘラヘラと笑って答えた。
「そんな怖い顔するなよ。僕はハリ。そいつを回収しに来た」
遺物の残骸に近づき、こじ開ける。中には人間が入っていた。タカノは驚き、震えた声で言う。
「何だよ、それ。なんで人がいるんだよ」
「ああそうか、君はまだ知らないのか。遺物は道具だよ、人が使うためのね」
「道具、だって」
「君だってそうだろ。彼女を利用している」
「利用してなんかいない」
ヒスイの手前そう言ったが、内心は図星を突かれ動揺していた。
「そうそう、名前は何と言ったっけ」
「タカノ」
「いや、君はダイヤ、あるいはジルコンと呼ばれるべきだ」
「そんなことを言われても、僕はタカノだ」
「そういうことじゃない。君は透明で硬く割れやすく、燃えた後には何も残らない。それから、少しわざとらしいってことさ」
そう言うと男は水色の彼を担ぎ、立ち去る。ヒスイは目を伏せたまま問いかけた。
「私は、紛い物ですか」
彼女は、男が言っていたことを気にしているらしい。
「紛い物じゃないって言ったとして、信じられるか」
「マスターは、私を利用しているのですか」
「今ここで否定したって、しょうがないだろ」
「私は、信じることしか知らないから」
泣き出しそうな彼女は、縋るように言う。
「ただ一言違うと、そんなわけないと、そう言ってくれれば救われるんです」
「ヒスイは偽物でも道具でもない。かけがえのない家族だよ」
彼は非情に徹するつもりだった。それなのに、いつからか情が湧いていたらしい。罪悪感に胸が痛み、目の端から温かいものが流れていく。耐えきれなくなり、彼女に抱きついた。
「マスター、泣いてくれているのですか」
「そんなんじゃない。行くぞ」
彼女から離れ、表情を取り繕って歩き出す。乾燥しているからだろうか、彼女が咳をした。
「具合悪いのか。遺物も、風邪とか引くんだな」
「今までは、このようなことはなかったのですが」
「少し休んでいくか」
「いえ、お構いなく」
「きつそうなら言ってくれよ」
日が傾きはじめ、町に影を落としていた。