遺物(オーパーツ)
むかしむかし、病気で死にそうな王さまがいました。彼はいつか来る"災厄"を防ぐため、五体の機神を五人の息子に与えました。しかし王さまが死ぬと、王子たちは王の座を巡って争いを始めます。機神は争いのために使われ、最後には文明を滅ぼしてしまいました。"災厄"とは、人の欲深い心だったのです。
灰色の鉱山の中、メノウは機神を動かし採掘する。人型作業機械・機神。15mほどのそれは、人々の暮らしを豊かにした。ペダルを踏み込みレバーを引く、慣れきった動作の片手間に彼は思案する。大人になって得たものと失ったもの、どちらが多いだろう。少しのお金とそこそこの自由を手に入れ、その代わりに時間を失った。大人になった代償に、子供の心を失った。昔ノートの隅に落書きしたオリジナルの機神は居ないし、森の奥に何かを見つけて自分たちだけの秘密にすることもない。つまらないと思っていた日常は案外と居心地が良くて、今日と明日を生きるために働いて、ご飯を食べて眠るのだ。それでも、時々思ってしまう。この日常を何者かが壊してくれないかと。思春期を過ぎたら消えると思っていたこの考えが、幼稚であることは彼自身わかっていた。それでも、思考は巡る。
仕事を終え、家路につく。雲に覆われた夜空には、星一つの輝きすらなかった。 空を見ながら呟いてみる。
「あの空が割れて怪獣が現れたなら、心躍る冒険は始まるだろうか」
「青いねぇ、聞いててこっ恥ずかしくなってくるよ」
振り向くと、ビクスが笑っていた。彼はメノウの仕事の先輩で、軽薄な態度を苦手に思っていた。独り言を聞かれ、羞恥に顔を背けたメノウに彼は言う。
「心躍るかは知らないけど、日常はいつ壊れてもおかしくない。今の情勢を見てもね」
「戦争が始まるかも、でしたっけ?5、6年前から言われてますけど、いつになったら始まるんですかね」
「それだけ僕らの日常は脆いんだよ。みんな無意識のうちに気づいてるんだ」
「話、噛み合ってないですよ」
が失笑する。勤務時間が終わったのだから早く解放してほしいと、そう思っていた。にもかかわらず彼は続ける。
「例えば、ここの鉱産資源が枯れたらどうなるか」
「さあ、想像もつきません。それはきっと、僕が生きてるうちには起きませんから」
「世界は君だけのものじゃないんだ。もっとこう、その、あれだよ、マグロ?な視点で物事を見なきゃ」
「もしかして、マクロですか」
「そう、それ。あんがとね」
屈託無く笑う彼は鬱陶しくも悪い人ではない、それ故に無碍にしたくはなかった。
「人間とは強欲なもので、生きるためなら奪うことも厭わない。いつ彼らの手持ちがなくなって、奪いに来るかわからないよ」
「もし戦争が始まったら、先輩はどうします」
「さあね。そうなってみないとわからない」
「マクロな視点はどこいったんですか」
「ほら、あれだよ、マグロって止まったら死ぬからさ。ただ進んでいくだけ、みたいな」
「マグロは横に目が付いてるんで、視野は広いと思いますよ」
「そんなこと言ったって、見えるのは自分の周りだけ。だから、見える範囲だけでも守るさ」
「なんかいいっすね。じゃあ、この辺で失礼します」
「じゃあね」
暗い道を歩く。なかなか家に着かない。どうやら気づかぬうちに、道に迷っていたらしい。そこは森の中だった。とりあえず森から出ようと木のない方に向かうと、そこにあったのは機神。あるいは、機神ではなく別の何かだったかもしれない。それは機神というにはあまりに有機的で、人が造ったとは思えなかった。しかし自然物というにはあまりに人為的、神の贈り物のよう。岩石にも似たそれはこの世のものとは思えず、まさにオーパーツと言うべきだった。そして何より驚くべきは、かつて自分が描いた落書きにそっくりだったことだ。ふと、眠気に襲われる。気がついた時には朝で、家の布団の中にいた。夢、だったのだろうか。まだ少し眠い頭で考えるも、真相が分かるはずもなかった。支度をし、家を出る。
昨日のことが頭の片隅に残って、仕事に身が入らない。操作を誤り、機神を倒壊させてしまった。嫌味な主任が言う。
「あのさぁ、これは仕事なんだよ。まだ学生気分抜けてないんじゃないの」
そんなことを言われても、12年も学生してきたのに1年や2年で抜けろと言う方が無茶だ。
「自分でこの仕事したくて選んできたんなら、ちゃんとやってくれないと困るよ。やる気ないならやめたら、この仕事」
そこまで積極的にこの業界に入ってきたわけでもないのに、そんなことを言われても困る。いっそ辞めてやろうかとまで彼は思っていた。自由というのは厄介で、選択を迫るくせに『選ばせてやったんだ、喜べ』と宣う。奴隷解放は自由をもたらしたが、同時に煩雑さを連れてきた。生まれながらに奴隷なら、生まれながらに貴族なら、生まれながらに王族なら、誰かのせいにできたのだろうか。
「おい、聞いてるのか」
次の瞬間、誰かが叫ぶ。見ると、戦闘用機神の大群だった。逃げる彼らに乗じて走り出す。道は分からなかったが、向かう先は決まっていた。走り回っているうちに、昨日の森に着いていた。遺物の胴体が、待っていたようにハッチを開く。中に乗り込むが、レバーもペダルもない。内部は暑く、融けてゆく感触さえ覚えた。否、文字通り融けていた。自分と遺物との境が曖昧になっていく。外の景色を捉えているのが自分の目か遺物の目か、動かしているのが自分の手足か遺物の手足か、もはや分からなかった。それでも、やるべきことだけは分かっていた。届く限りのものを守る。なぜなら、ヒーローはきっとそうするから。せっかくの非日常、彼はヒーローになりたかったのだ。右足で跳躍する。街を壊さぬように、できるだけ高くできるだけ遠く。山を蹴り、さらに遠くへ。国境線近くに着地し、機神たちの前に立ちはだかる。掃射を食らうがダメージはない。踏み込んで距離を詰め、拳の一撃をお見舞いした。コクピットを貫かれた機神が爆発する。次々に迫りくる機神に取り押さえられる。力では勝っていたが、数の不利は覆しがたい。どうにかこうにか振り解き、地を殴りつける。衝撃で機神が吹き飛び爆ぜた。目の前から敵が消えたところで、背後から衝撃が来る。跳躍し、衝撃波を避けていたのだ。不意を突かれ倒れる。立ち上がると、そこに敵はいなかった。一撃を加えダウンを取った強者は、逃げ去っていったのだ。曖昧な輪郭をなぞるように、お決まりの文句を口に出す。
「俺が、ヒーロー?」
苦笑いがこぼれた。