ACT2 宣告と共に
目の前に飛び込んできた長テーブルと無数の椅子。
上にはいくらかのロウソクと綺麗にセッテングされ、しかし埃を被った食器の数々。
壁には美麗な絵画の数々に、灰が大量に積もった暖炉が最奥に居座る。
昔ここは大勢の人が食事を楽しんだのかもしれない。
歩みを進める、机の上には埃はそこまで乗ってないけど、指で撫でれば埃が付く。
皿も同じで、机より乗っている。
奥へとたどり着けば暖炉、相当使い込んでいたみたいで、灰が仕事量を語る。
赤レンガで作られた、しかし年代のせいかひび割れた箇所も多い。
指で触ればポロポロと欠片となって崩れるところもあった。
そして、その暖炉の上。
そこにはひとつの肖像画があった。
美麗美男子とはこのことを言うのだろうか、書かれた人物は綺麗なブロンズのウェーブかかった長髪にキリリッと整った眉、女子と思われるほどに長い睫毛につり上がった力強い目、瞳はラピスラズリのように澄んだ青色に輝き唇は柔らかな赤。
盛っていると考えても不思議ではないほどにイケメン。
あまり色恋沙汰には関心がなかったと思われる私が、一瞬ドキリとする程だ。
気がつくと、私はそっと絵画へと手を伸ばしていた。
あまりの綺麗さについ手が出たようだ。
こんな人が実在するのだろうか、いやしないだろう。
絶対盛ってると思いつつ、それでも手を伸ばした自分が恥ずかしい。
しかし現在の状況を確認しようか、こんなことをしてる場合じゃない。
もう少しマシな寝れそうな場所を探さないと。
洋館だし、埃は凄そうだがベットくらいあると思う。
床に寝るのはさすがにごめんだ。
伸ばした手を引っ込め、もっと良く部屋を見渡す。
するとちょうど暖炉の右側にドアがあった。
ここからさらに奥に行けるようだ。
理解した後、私はドアノブへと近づき、握り、さあドアを開けようとしたその時だった。
冷たい鉄の感覚が手へと伝わった直後、それに似た何かが背筋を走った。
悪寒とはこのことを言うのかもしれない。
ゾクリとした背中は、冷たい、視線にも近い何かを感じ、続いて音。
後ろ右上の方からギィギィ、ゆっくりと木の床を踏みしめるような音。
それは確かに私のそばへと近づいている。
ついで香ってくる甘ったるい香水のような不快な臭い。
私の五感が囁いている、後ろになにかが来ている。
それは多分恐ろしいものかもしれない。
そもそもただここに住んでる人なだけかもしれない。
いやそれは無い、埃被った電話や食器、スダボロの絨毯など、ここまで生活感がないんだいるわけが無い。
とすると、後ろから感じる【これ】はなに?
振り向かなければ確認できない、だけれど振り向きたくない振り向くなと本能が叫ぶ。
それでもこのまま後ろからいきなり来られるよりマシだ。
私は意を決して、バッと振り向いた。
…何も無かった。
あれだけの気配と感覚があったにもかかわらず、そこには何も無かった。
……私の感覚がおかしくなったのか?
記憶を失ってるわけだし、その他のモノもおかしくなってても不思議じゃない。
自分の感覚に疑問を感じつつも、何かがいなかったことに安堵を覚えて、ドアへと振り返った。
眼前に怪物がいた。
頭に黒のシルクハットをかぶり、まるで鳥のような面をしており、いわゆるペストマスクと呼ばれる、そんな感じの顔つきで、黒い。
眼孔は落ち込み暗黒が広がり、奥が見えない。
闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇。
闇が私をじっと見つめていた。
色のない闇が私を私を私を私を私を。
悲鳴も上がらず、私は腰が砕け、お尻から地面へと座り落ちた。
そこでさらに気づく、怪物は私より遥かに大きいと。
腰を屈めた状態だったから私と目が合っただけで、本当は大方3メートル少しあるほどの巨体。
その服装も黒一色。
黒いコートに黒いスーツ、黒いズボンに黒いブーツ。
黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。
真っ黒な怪物が私の前に腰を屈めていた。
怪物は、私を視認するとゆっくりと立ち上がる。
予想通り3メートルほどありそうで、じっと私を見下している。
逃げなきゃ、本能が訴える。
でも腰がさっきので抜けたみたいで、まるで動いてくれない。
逃げなきゃ、逃げれない、逃げなきゃ、逃げれない逃げれない逃げれない!!
「ほう、これはこれは久々の【新入り】ですか」
ノイズががった、またエコーが軽く乗った低い声が聞こえる。
もちろんあの怪物からだ。
怪物がゆっくりと私のそばへやってくる。
逃げたくても逃げれない私にじっとりと迫って、しゃがんで私と視線を合わせた。
またあの闇が視界に広がる。
見続けていると意識を飲み込まれそうな、暗澹とした黒が。
「失礼、驚かしてしまって済まない。てっきり【ゲーム】の参加者かと思ったんでね」
そう言って、困惑していた私の手を、黒い手が取り、ゆっくりと立ち上がらせてくれた。
抜けた腰はいつの間にか治っていた。
不思議で仕方ない、そんなすぐに治るわけないのに。
そもそも【新入り】って、【ゲーム】って何?
怪物が訳の分からないことを言いながら、私をじっと見つめる。
私も何故か見つめてくる怪物を見つめる。
すると怪物からひとつ聞いてくる。
「……なにか聞きたいことでも?」
見つめ続けてくるから見つめ返していた訳だが、何故かこういう答えが返ってきた。
首を傾げる怪物。
もちろん折角なので思ったこと全て質問した。
あなたは何者か、ここはなにか、【新入り】とは、【ゲーム】とはなにか。
それに彼は一つ一つ丁寧に答えてくれた。
まず彼の名前、本名は忘れたらしく【ザ・リーパー】と呼ばれてるらしい。
そしてこの館の管理者をやってるとのことだ。
続いて【ゲーム】、この霧の濃いエリアで行われる鬼ごっこだそうだ。
鬼ごっこと聞いて、一瞬平和な感じを浮かべたけど、こんな怪物が参加するんだ、絶対碌でもないと思い改めて考えた。
詳細は後日開催する予定らしいので、その時に話すとのこと。
そして【新入り】に着いてだけど…
「そのまんまの意味ですよ、お気づきになられないので?」
そう言われたがいまいちピンと来ない。
私が疑問の顔をしてるのが気になったのだろう、続いて話してくれた。
「私達と同じ、【鬼】としての【新入り】ですよ」
その言葉で、私は多分は?と言った顔になったと思う。
記憶が曖昧とはいえ私は女子高生だったはず、それもどこにでも居る普通の。
そんな鬼ごっこの【鬼】出来るほどの体力はない。
そう思考を向けていると、リーパーさんが私の頭を指さす。
何かゴミでも着いたのだろうか、そう思い手を伸ばす。
すると硬いものが指先に触れた…
それは確りと私の頭と繋がっていて、離れず皮膚から飛び出して生えているようで。
そう、角だ。
角が私の頭から生えていたんだ。
驚きを隠せない、えぇ!?と声を上げてあたふた。
どんな形かは分からないが、角が生えていたことに気づかなかった。
もしや私は人間じゃなかったのか?
記憶がないから自分が本当に人間だったか証明できない。
でも同時に、そこまでショックを受けない。
元がどんなだったから分からないからかもしれない。
泣き虫だったのか、ぶりっ子だったのか、気の強い子だったのか。
おかげって言うのはおかしいかもしれないけど、そう考えれば記憶がなくて良かったのかもしれない。
そうだ、角もそうだけど、私が今どんな姿か気になってきた。
私の記憶からは自分の姿も消えている。
名前だけ明瞭に覚えている。
鏡はないかリーパーさんに聞いてみた、そうするとリーパーさんは快く私の手を引いて、姿見のある場所へ案内してくれるようだ。
リーパーさんの手はとても大きくて、でも氷のように冷たくて、あとゴツゴツしていた。
そうして連れてこられた衣装室に、姿見があった。
私はそこに立ち、自分の姿を見つめてみた。
頭には立派なヘラジカのような黒角が2本生えており、ハネの酷い髪は腰に届くほど長く白い。
耳は所謂エルフ耳で横に長く尖り、目はハイライトのない黒。
鼻は少し低め、可愛いと言われそうとか思うのは自画自賛だろうか。
胸は全くなく、身長は低い、幼女体型とか言われても不思議ではない。
でもそれを抜きにしても美少女と言えるだけの容姿であった。
え、私こんな姿だったの?
自分で自分の可愛らしさに驚きを隠せない。
でも自分の姿だからかすぐにそういう気持ちは冷めて行った。
こういうのは他人だから素敵だからであって、自分とわかるとそんなに可愛くない気がしてくる。
私だけかもしれないが。
なんにしても明らかに普通の人間ではない、自分も十分化け物に片足突っ込んだ見た目をしていた。
とくに容姿に釣り合わないこの角が主に原因で。
とりあえず自分の姿を確認することは出来たし、うんうんと私が頷いていると、リーパーさんが声をかけてきた。
「それでは君の部屋を作らないとね。2階にそれぞれの【鬼】達の部屋がある。空き部屋もいくつかあるからそこのどれかにしよう」
流れで私がここで暮らすみたいになってきてるけど、ここで暮らしていいんだろうか。
でも帰る場所さえ思い出せないし、今から嫌ですと言って屋敷を出ても野宿だし、仮に森から出れても、この姿で人前に行けるか?
そう考えれば自然とここで暮らす以外の選択肢が無くなってた。
私はどうあってもこの洋館で暮らすことになるみたいだ。
そう思いを固め、リーパーさんに従うがまま、2階へと足を進めるのであった。




