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作者: 和駒雛

 18:00。それは俺が本来仕事から解き放たれるはずの定時ってやつだった。今日は仕事も少なめだったし、家に帰ってゆっくりできる、そう思った矢先のことだ。


「寺岡、ちょっといいか?」


 後ろから地を這うような声で名を呼ばれ、俺はのろのろとパソコンから顔を上げた。せめてもの抵抗だ。嫌な予感しかしない。


「なんだよ中川、俺はもう帰ろうと……」

「頼む!俺これからどうしても外せない用事があってさ!」


 出かかった言葉は奴の盛大な土下座を前に飲み込まざるをえなかった。どうやら予感は的中したらしい。いつもよりセットが決まっている彼の頭髪と、その手元にある分厚い書類を見ればおおよそのことは察せられた。


「なるほど、デートか。」

「……記念日なんだ。」


 神妙に頭を下げ続けているのかと思えば、時折ちらりとこちらを伺ってくるのが腹立たしい。わかっているぞと目を細めてみせると、中川は焦った顔をしながら慌てて目をそらした。

 隠し事が出来なくてなんだか憎めない奴、それが中川の社内での評価だ。まったく羨ましい限りだ。俺もこんな性格だったら随分と生きやすかっただろうに。すっかり毒気を抜かれた俺は、こいつには世話になっているしな……と心の中で言い訳をすると、ため息と共にその書類を受け取った。



 書類を広げること体感数時間。目元に疲れを感じて壁掛けのアナログ時計を見ると短針は9を指していた。なんで俺こんなことやってるんだろう、となんとも言えない虚無感が湧き上がる。全てはこの書類が悪い。このっ……


「このご時世に手書きの書類なんてやってられっか!」


 空調設備の駆動音だけが聞こえる静かなフロアに俺の声が響き渡った。もちろん同僚が退社したことは確認済みだ。書いても書いても減らないように見える書類にぐしゃりと髪をかき乱す。中川の置き土産は思ったより厄介だった。パソコン仕事だと思って油断した。こんなにかかるはずじゃなかったのに!


 それでも書き続ければいずれは終わりが来るもの。そう信じて無心にペン先を滑らせれば、ようやく机の木目が見えてきた。もう直ぐ終わる……そう、油断したのがいけなかったのだろう。


「あっ!」


 バランスを崩した右手、A4用紙を横断する黒々としたボールペンの線、勢いそのままに行き着いた先で倒れる缶コーヒー、そして茶色い液体が積み上がった書類に……。スローモーションのように、他人事のように一連の流れを見ていた俺は反射的に




タタンっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 左手で『command』+『Z』を叩く動作をしていた。パソコンを使う人間には必要不可欠なこの『一つ前に戻る』ためのショートカットキー。俺にとって、かつては大学のレポートで、今は会社の企画書制作で大活躍のショートカットキーだ。


「マジかよ。ってか癖怖っ。デジタルじゃなくてアナログだってのに。」


 自分のとった行動が信じられなかった。よほど普段の作業が染み付いていたのだろう。別にキーボードが近くにあったわけでもないのに一番最初に無意識のうちに取った行動が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだから、なんだか呆れてしまって、俺は天井に視線を向けた。

 書類はぐちゃぐちゃ、下手したら終電、事態は深刻なのに少しだけ笑えてきた。そうしておかしなテンションでひとしきり笑ってから、俺は苦いコーヒーを一口だけ含んで気合いを入れ直した。


「さぁ、やるか……って、あ……れ?」


 机にはなぜか書き損じる前のA4用紙が残っていた。コーヒー滴る大惨事を確かに見たはずなのに。恐る恐るその内の一枚摘んでみるもどこにもその跡はなかった。そういえば、とふと疑問が湧いてきた。今しがた飲んだ缶コーヒーに中身が残っていたのも不思議である。俺はコーヒーを全てぶちまけたはずなのだ。


「寝ぼけていたのかな。」


 やけにリアルな体験だったが。釈然としない気持ちではあるが、あの大惨事が夢だったのなら幸運だ。

そのまま最後の一枚を根性で書き上げて、その日は思ったよりも早く帰宅することができた。





「寺岡!本ッ当にありがとう!!」


 昼休憩の終わり際、俺のデスクに来たのは昨日より幾分か気の抜けた装いの中川だった。中川は今日は取引先に直行だったから、帰社してすぐに来てくれたのだと思うと溜飲も下がるというものだ。


「あぁ、いいよ。思ったよりも早く終わったし。」

「今度絶対埋め合わせするから!」

「おっけー!楽しみにしてる…ってもう休憩終わりか。」


 丁度いいタイミングで休憩終わりを告げるチャイムが鳴った。昼休憩を取る程度の余裕はあるが、迫る納期に一秒の時間でさえ惜しいのが現場である。集中しなければ、と俺は自分のマシンに向かった。


 今日はなかなか良いペースで進んでいる。カタカタというキーボードの音が心地いい。今日こそ定時で上がれるかもしれないぞと内心ほくそ笑む。


「寺岡君、今時間あるかな?」


 昨日のデジャヴ。後ろから聞こえてきたのは遠慮がちな声だった。違うのは声の持ち主が女性だという点だろう。せっかく調子よく進めていたのに、話しかけられてしまったからには答えないわけにはいかない。俺は半ばやけくそ気味に振り向いた。


「何か用ですか……!!」


 首だけで振り返ったその先にいたのは白沢春子、社内人気ナンバー1の美女だった。ぱっちりしたアーモンド型の目にすっと通った鼻筋、血色の良い唇は大抵いつも口角が上がっていて彼女の周囲はいつも華やいでいる。学生時代には芸能プロダクションに所属していたなんて噂が流れるのも納得だ。

 そんな彼女が地味な俺に話しかけてくれたとくれば沈んだ気分も一転、俺は慌てて椅子ごとくるりと彼女の方を向くと、咳払いをしてごまかした。


「大丈夫、今手が空いたところ。どうしたの?」

「よかった〜集中してるみたいだったからどうしようかと思って。確認なんだけどね、寺岡君もしかして15時からの面談忘れてない?さっき清水部長が『会議室に来ない。』って怒ってたから。」


 しまった!慌てて時計を見ると短針も長針も揃って3の数字を指している。弁解の余地のない、完全な遅刻だ。すぅっと血の気が引いた。清水部長は規則に厳しい人だ。おまけに話も長い。そう、話が長いのだ。

 なんということだ。白沢さんにこの焦りがばれないように、とりあえずこの場を切り抜けなくては、と俺は意識的に余裕を持った笑みを浮かべて彼女に感謝の意を伝えた。


「ありがとう、白沢さん。助かったよ。」

「どういたしまして。でも、もう忘れちゃダメだよ?部長厳しいんだから。」


 取り繕った俺の笑顔は見透かされていたようだ。控えめにくすくす笑う彼女は相変わらず可愛いらしいが、その目は心なしか残念な人を見る目になっているような気がする。これは「約束を忘れる人だ」というレッテルを貼られたのも同然だろう。俺の上がっていたテンションは一気にしぼんでいった。


「とりあえず、会議室に行ってみるよ。」


 肩をすくめた俺はそう告げて、足取り重く会議室に向かった。所属部署の扉を出てから、右、左と曲がった先にあるエレベーターで2階上へ移動する。エレベーターのドアが開いて、その先の通路は不気味なほど静かだった。室内から漏れでてくる怒気が伝わってくるようだ。向かって右側に見えるのが今回呼ばれた会議室だ。覚悟を決めるしかない、ゴクリと息を飲んだ俺は時間をかけてドアノブに手をかけた。


「失礼しま……」

「寺岡ぁ!!!」


 扉が半分も開かないうちにすぐさま怒号が飛んできた。やっぱり怒っていらっしゃる。嫌だなぁ。もう閉めていいかな。面談の憂鬱さを思うと自然と口からため息が出てきてしまう。


「遅刻した上にため息か。いい度胸だ。」


 清水部長のこめかみにピクリと青筋が浮いた。やらかしたと思うも、後の祭り。面談前に長い長いお説教が始まってしまった。


「社会人何年目だお前は!」

「はい。申し訳アリマセン。」

「そもそもお前は入社した時から、遅刻やうっかりミスが……」


 現在だけでなく過去の話へも飛び火し、絶え間なく続くお説教。口乾きそうだな、と思ったらペットボトルのお茶を飲みだした。この調子じゃ今夜も残業確定だな……まぁどう考えても俺が悪いんだけど、早く面談ーー本題に入ってくれないかな。殊勝な態度を見せるのは苦手だが培ってきた社会人経験を生かして、というか昨日の同僚の神妙な顔を真似て、少しでも反省してるように見えるよう努めるとしよう。


 立ったままだった足が疲れてきた頃、ふと頭に浮かんだのはこういうときに過去に戻れたらいいのにと言う願望だった。思い出してみれば昨日のあれは夢とはいえ、まるで時間が巻き戻ったような感覚だった。コーヒーをぶちまけた時に反射的に、そう、確かこんな風にパソコンの『一つ前に戻る』ショートカットキーを押す動作をしてーー




タタンっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ハッと目がさめるように、気がつくと俺は自分のデスクに座っていた。さっきまで会議室にいたはずなのに、どういうことだ。混乱する俺の視界が捉えたのはパソコン画面上の時刻だった。


「15時15分?」

「寺岡君、今時間あるかな?」


 呆然としていたところに突然声をかけられて、びくりと肩が跳ねる。この声……


「白沢さん?」

「あれ?後ろ向いてたのに、よくわかったね〜。」


 さっき聞いたばかりだし、なにより彼女の声はよく通る。振り返ったその先にいたのは控えめに笑う白沢さんだった。社内一の美女で……って、そういえばさっきも!


「それでね、確認なんだけど、寺岡君もしかして15時からの面談忘れてない?さっき清水部長が『会議室に来ない。』って怒ってたから。」


 同じだ。さっきと全く同じ言葉。それに、時間が巻き戻った時計。信じられないことだが、どうやら俺は過去に戻ったらしい。とするならば、昨日のあれも夢ではなく過去に戻っていたということか。

 きっかけがあるとすれば……俺は自身の左手を凝視した。


「寺岡くん?」


 返事がない俺を訝しげに思ったのだろう、白沢さんが俺の名前を呼んだ。


「ありがとう、白沢さん。面談すっかり忘れてた。急いで謝ってくるよ!」


 この現象は気になるが仕方がない。まずは部長だ。きょとんとする彼女にお礼を言うと、一回目よりも軽くなった足取りで会議室に向かった。所属部署の扉を出て、エレベーターで2階上へ。会議室前の通路には相変わらず静かな怒りが漂っていたが、もう知っている。だからそれほど気負わずに勢いよく扉を開けて、部長の怒号が飛んでくる前に


「申し訳ありませんでした!!!」


 腰の角度は90度、汚れひとつない床に頭がつかんばかりの勢いで謝罪する。床しか見えないので確証はないが、虚をつかれてうろたえている部長の気配が伝わってくる。


「あ、あぁ。わかったから、とりあえず頭を上げろ。」

「清水部長の貴重なお時間を消費させてしまい、誠に……」

「わかったから!」


 結局、出鼻をくじかれた部長のお説教はほどほどに終わったのだった。

 機嫌良く自分のデスクに戻りながら俺はちらりと左手を見る。原因はわからないが突然過去に戻れる能力が備わったとなれば、人間誰しも試したくなるものだろう。幸いお説教をスムーズに済ませる方法もわかったことだし、再度過去に戻ったとしても上手く対応できるはずだ。好奇心を抑えきれず、さっきと同じように俺は左手を動かしたのだが……


「何も起こらない…?」


 おかしいな。何かが間違っていたのだろうか、それとも俺の頭がおかしくなっていたのだろうか。エレベーター前で立ち止まって考えていた俺に、向かい側から歩いてきた白沢さんが驚いたように声をかけてきた。


「あれ?寺岡君、面談早かったね!部長怒ってなかった?」

「あ……うん。まぁ直角謝罪したからね。意外と早く終わったよ。」

「直角謝罪?なにそれ〜!!」


 動揺して自分でも意味がわからないことを言ってしまったが、白沢さんには受けたようだ。楽しそうに笑いながら、彼女はエレベーターのボタンを押した。抱えている書類を見るに、恐らく彼女自身の仕事じゃない。こうして雑務を頼まれても嫌な顔一つせずに引き受けるから上司からの評判もすこぶる良いのだ。

 そんな白沢さんと談笑した後、その幸運を噛み締めながら自席に戻った俺はどうしても一回の失敗では諦めきれなくて、もう一度だけ試してみることにした。




タタンっーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「あれ?寺岡君、面談早かったね!部長怒ってなかった?」


 これは!!エレベーター前で立ち止まる俺に、向かい側から歩いてきた白沢さん、そして先程と同じ台詞。一転した景色とそのシチュエーションに俺は過去に戻っていることを確信した。条件はなんだ?さっきと何が違う?考えたいのは山々だが、今は目の前にいる白沢さんの問いに答えなければ。前のやりとりに手応えがあったから、安直だが俺はさっきと同じやりとりを繰り返した。

 そうして再び自席に戻った俺は定時までかかって、ようやく能力の制限を突き止めたのだった。制限は大きく分けて3つあった。


その1。一つ前に戻るショートカットキーを押す動作を、左手の人差し指と中指で行うこと。これにより、時間場所を問わず過去に戻る力が発現する。


その2。きっかり何分前に戻れるというわけでではない。俺が一連の出来事と認識した事象に対して、その前に戻れる。


その3。ある一連の出来事に対して過去に戻れるのは一回だけである。


 制限さえわかればこっちのもの。なぜこんな力が発現したのかはわからないが、これがあれば日常生活を快適かつ最適に過ごすことができるだろう、と俺はまだ見ぬ未来に思いを馳せた。




 『過去に戻る』力を得てから、はや一ヶ月といったところだろうか。

 一仕事終えた俺は、社内の喫煙スペースでタバコを燻らせていた。隣の部署でトラブルが発生した余波で朝から忙しくしていたのがようやく落ち着いたのだ。休憩時間ぐらい挟んでも許されるだろう。

 ふぅと吐き出した煙がゆるゆると換気扇に吸い込まれていくのを眺めながら、頭に浮かぶのはここ一ヶ月に俺の身の回りで起きた変化だった。





 例えばそう、あれは部長との面談に遅れた次の日、よく晴れた朝のことだった。

 いつもなら憂鬱な平日の朝だが、昨日白沢さんといい感じで会話ができたことに加え、便利な力を手に入れた今の俺の気分は上々。すっきりと目を覚ますことができた。まぁ、何かあっても戻ればいいのだと思えば普段のストレスが軽減するのも当たり前か。

 そうしていつも通り家を出ようとしてから、ふと思いついたことがあり、玄関先で足を止めた。


「今日から履いていこうかな?」


 シューズボックスの中から取り出したのは新品の革靴。買ったものの、履いて行くタイミングを失ってそのままにしていた靴だった。せっかくの機会だし、気分も靴も今日から一新するのも悪くない。


「行ってきます。」


 一人暮らしだから返事は返ってこないが、長年の癖からそう言うと俺は家を出た。

 視界の端に映り込む新品の光沢に頬を緩めながらマンションの階段を降り、薄暗いエントランスを通過すると、初夏の日差しが目に飛び込んでくる。

 爽やかないい朝だ。ぐっと伸びをし、澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ瞬間ーー目の前を通り過ぎた小さな影がピチャっと嫌な音を立てて、革靴に着地した。


「は?」


 足元を見ると飛び散った白い液体が新品の靴を汚している。一瞬でそれが鳥の糞だと理解した俺は思わず叫んだ。


「嘘だろ。うっわ汚っ……最悪だ。ってかどんな確率だよ。」


 頭上の植木を見上げると、葉に遮られて姿は見えないものの、かぁかぁと人をバカにしたような鳴き声が聞こえて来た。ふつふつと怒りがわき上がってくる。


「この野郎っ!」


 勢いに任せて木の幹を蹴りつけると、そいつはバサリと飛び立っていった。多少は溜飲が下がったものの……


「どうすんだよ、これ。」


 俺は現状を嘆いた。靴を替えている時間もないし、むしろ遅刻してでも今すぐ洗ってしまいたい、とまで考えたところで、はたと思いだす。


「って、俺にはこれがあったか。」




タタンッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 パッと視界が切り替わると、そこはマンションのエントランスだった。靴を確認すると、新品同然の輝き。当たり前だ。糞が直撃する前に戻ってきたのだから。

 便利な力だけど突発的に何かあると、存在を忘れがちになるなぁ。使って慣れていかないと、なんて考えながら自動ドアを抜ける。

 そして余裕を持ってさっきよりも手前で立ち止まってから一呼吸後、3歩先にべしゃりと糞が落ちてきた。


「わかってんだよ。」


 樹上を睨みつけると、先程より幾分と情けない烏の鳴き声が辺りに響いた。





 また、ある日のことだった。


「寺岡、挨拶回り行くから車出してくれ。」

「承知しました。」


 午後一で清水部長に呼ばれた。事前に聞いていたから準備はしていたし、何度も行ったこともあるし問題はないだろう。

 部長を社用車に乗せて早10分。取引先まで半分くらいの距離で俺は異変に気がついた。


「進みが遅いですね。」

「渋滞に捕まったか?」


 のろのろととしか進まない前の車に合わせて動いていたが、とうとう動かなくなってしまった。隣からの舌打ちに、俺は何も悪くないとはいえ、怖くて部長の顔を見ることができない。

 とにかく状況が知りたい、そう考えた矢先、十数メートル先に誘導灯を片手に声を張り上げるヘルメット姿のおじさんが見えた。聞いてみるかと窓を開けると、むわっとしたビル群の熱気が冷えた車内に広がった。


「暑い中、お疲れ様です。この渋滞何かあったんですか?」

「今日はお祭りなんですよ。一応事前に通達はしてあったんだけど、知らなかった人も多かったみたいで……しばらくはこの辺抜け出せないと思いますよ。」


 おじさんは誘導灯を振りながら愛想良く教えてくれたが、知らなかった人である俺にとっては気まずい限りだ。お礼を言ってから窓を閉めると、俺は意を決して部長の顔色を伺った。


「だ、そうですよ部長。どうしますか?」


 そうこうしている間にも時間は着々と進んでいる。大幅なロスタイム、余裕を持って出てきたとはいえ間に合うか微妙な所だ。時計を確認した部長の顔がますます険しくなっていく。


「部長、確かアポって、」

「14時だ。」


 現在13時50分。これはもう間に合わないだろう。部長の舌打ちの嵐に俺の胃がやられる前に……やるか。




タタンッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 戻ってきたのは車に乗り込むところだった。同じように部長を乗せ、渋滞に捕まった道路に出る手前の交差点で、俺は一つ部長に進言した。


「ここの道、左折します。」

「遠回りになるぞ?」

「今日お祭りがあるらしく、いつもの道は渋滞しているという情報を聞きまして。」

「よく知ってたなぁ。」

「えぇ、まぁ。部長や先方に無駄な時間を取らせるわけにはいきませんから、下調べは当然ですよ。」

「さすが、できる男は違うねぇ。最近のお前は頼りになるな!」


 上機嫌に笑う部長を横目に、俺は胸をなでおろしたのだった。





 そして極め付けは、昨日の会議中の出来事だった。

 議題は新人が提出した『秋冬商戦に向けての企画提案』について。毎年恒例のこの企画は春に入社した新人達の育成の側面が強い。最後の提案者の発表が終わったのを見計らって、司会役の白沢さんが新人の子達に声をかけた。


「みなさんプレゼンありがとうございました。さて、今年は企画、A〜C案が出揃いましたが何か意見のある方はいらっしゃいますか?」


 ふむ、と俺はレジュメを見比べる。新人にしてはよく練られている。ただ、A・C案はB案に比べて、時期を考慮すると弱いな。俺は『時期?』とA・C案のレジュメに走り書きをする。その辺りを指摘すべきだろうか。そう迷っている間に、すぐ隣に座る中川が手を挙げた。


「中川さん、どうぞ。」

「はい。その3案ですが、地域特性と秋冬商戦に合わせることを鑑みるとB案をベースにするのが良いと思います。ただ、A案とC案のそれぞれこの部分がよくできているのでB案に組み合わせてみてはいかがでしょうか。」


 中川は堂々と前に出ると、プレゼンに使用されたホワイトボードに書かれたキーワードをマーカーで囲みながらつらつらと意見を述べた。慌ててメモをとる新人達に、気むずかしげな顔をして腕を組んでいた部長もその通りとばかりに頷いている。俺も気がついていたのに、なんとなく悔しさがある。

 その後も議論は続いたが、中川の最初の発言でおおよその方向性は決まってしまったと言えるだろう。会議は予定時間よりも早く終了した。


「では、新人のみなさんは本日の会議で出た改善点を踏まえて、今週末までに仕上げてください。今日の会議は以上です。お疲れ様でした。」


 会議終了後、部長が中川の肩を叩いた。


「毎年新人のプレゼン一発目のこの会議は時間がかかるんだが、今年は中川のおかげでスムーズに進んだな。」

「いえいえ。部長の普段のご指導の賜物ですよ。」

「はっはっは。次の大型案件は中川に任せてもいいかもしれんなぁ。」

「本当ですか⁉︎」


 俺も同じことを考えていたのに!いや、もしかして中川は俺の走り書きを見ていたのではないか?そういえば手元に視線を感じた気もする。一度そう考えてしまうと、もう我慢ができなかった。




タタンッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「みなさんプレゼンありがとうございました。さて、提案A〜C案が出揃いましたが、何か意見のある方はいらっしゃいますか?」


 丁度プレゼンが終了したところに戻ったようだ。さて、中川の前に発言しなければと間髪を入れずに俺は手を挙げる。こんなにも早く発言があるとは思っていなかったのだろう、白沢さんがあたふたしていた。


「はっ……はい!寺岡さん、どうぞ。」

「はい。その3案ですが、地域特性と秋冬商戦に合わせることを鑑みると、B案をベースにするのが良いと思います。ただ、A案のこの部分とC案のこの部分はよくできているのでB案に組み合わせてみてはいかがでしょうか。」


 俺の発言に新人達はメモを取り始め、部長は静かに頷いている。そう!これだよこれ!俺が求めていたのは!予想通りの展開に、鼻の穴が膨らむ。その後も議論は続いたが、やはり最初の俺の発言でおおよその方向性は決まってしまったのだった。


 会議が終了し、俺の肩が叩かれる。そこにいたのはもちろん部長だった。


「毎年新人のプレゼン一発目のこの会議は時間がかかるんだが、今年は寺岡の指摘のおかげでスムーズに進んだな。」

「いえいえ。部長の普段のご指導の賜物ですよ。」

「はっはっは。最近の寺岡はなんだか一味違うな……これは昇進も近いかぁ?どうだ、次の大型案件やってみないか。」

「本当ですか⁉ぜひ、やらせてください!︎」


 中川にかけられていた言葉を引き出すことができた俺は内心ニヤリと笑った。俺にだって、出世欲はあるのだ。






 今思い返してみればどれも日常生活の些細な出来事だ。しかし一つの事象に一度だけとはいう制限があったとしても、やはり過去に戻れる力は個人が持つには万能と言わざるをえないだろう。


 そろそろデスクに戻るか。俺はすっかり短くなった煙草を灰皿に押し付け、烟る喫煙スペースの扉を開けた。


「けほっ……」

「っと、すみません……って白沢さん?」


 喫煙スペースの隣は休憩室になっている。急に扉を開けたから、近くにいた白沢さんは思いっきり煙を吸い込んでしまったようだった。咳き込んいる彼女の瞳が潤んでいるように見えて、どきりとする。


「本当ごめん。大丈夫?」


 声をかけつつ駆け寄ると、その両目はかすかに赤くなっていた。たった今咳き込んだからというより、まるでさっきまで泣いていたみたいだ。


「どうしたの?何かあった?」


 問いかけると彼女の瞳は大きく揺らいだが、そこは社会人。すぐさまこらえるようにキュッと唇を結ぶと、弱々しく笑った。


「あはは、やっぱりわかる?実は今回のトラブル、私が原因でね…さっき部長に叱られちゃってさぁ〜寺岡君にも迷惑かけちゃったみたいでごめんね。」


 建物奥にあるこの休憩室は少し薄暗く、さらに新しい休憩室が最近できたこともあり、社員はあまり利用していないというのが実情である。現に今も他に人影はない。

 俺は体育会系の社員に混ざってワイワイ世間話するのが苦手だからよくここを利用するが、言動から察するに白沢さんはまた別の理由だろう。他の社員と顔を合わせるのが気まずかった、一人になりたかった、そんなところか。

 よし、ここは気遣いつつも、的確なアドバイスをしてあげよう。


「そうなんだ……大丈夫、トラブルのことなら気にしてないよ。」


 ホッとしたような表情を見せる白沢さんが口を開きかけるそぶりを見せたが、俺はまだ言いたいことがあると構わず続けた。


「でも、そうだな〜今回のトラブルは単純なヒューマンエラーみたいだし、システム部に連絡してそれ用のチェックシステムを導入した方がいいんじゃないかな。」

「そう…だよね。ありがとう。」


 アドバイスしてから、笑顔がぎこちなくなってしまった白沢さんはそっけなくそのまま休憩室を立ち去ってしまった。おかしいな、何か間違えたか?何か言いかけていたのを遮ってしまったような気もするけれどと考えること数秒、ふと閃いた。

 こういったシチュエーションにおいて、女性にはアドバイスよりも共感だとSNSで見た記憶がある。そうか、彼女はただ話を聞いて欲しかったのか。男には理解できないがそういうものなのだろう。やっちまった……これじゃあ俺はただのおせっかい男だ。でもありがとうSNS‼︎なぜなら俺にはこれがある!




タタンッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「あはは、やっぱりわかる?実は今回のトラブル、私が原因でね…さっき部長に叱られちゃってさぁ〜寺岡君にも迷惑かけちゃったみたいでごめんね。」


 目の前には落ち込む白沢さん。どうやら無事数分前に戻ったようだ。上目遣いの涙を湛えた瞳がどうにも庇護欲を刺激する。


「そうなんだ……大丈夫、トラブルのことなら気にしてないよ。」


 ここまでは間違っていないはずだ。だからここから、さっきとは違う結果を引き当ててみせる!

 そう決意すると俺は顔全体の筋肉を総動員して、自分史上最高に爽やかに見えるような笑顔を作ると言葉を続けた。


「俺でよければ話聞くよ?誰かに話した方がスッキリすると思うしさ。」


 俺の対応が予想外だったのだろうか、白沢さんは暫しパチパチと目を瞬き固まっていたが、やがてふっと息を吐くと「実はね……」と口火を切った。誰かに愚痴を言いたくて仕方がなかったのだと思う。


 深刻そうな切り出し方だったにもかかわらず、白沢さんの話自体はたわいもないことだった。曰く、御局様に目の敵にされているだの、部長のセクハラが腹立たしいだの、今回のトラブルは自分のせいだけではないだの俺には真偽がわからないことばかり。

 第三者的には、正直彼女にも問題はあるとは思うのだが、俺は学んだのだ。余計なことは言わないと。だからこそ俺はただ只管話を聞くことだけに集中し、そして時折彼女を肯定することも忘れずに愚痴を聞き続けた。


「そっか。大変だったね。」

「うん、そうなの!話を聞いてくれてありがとう。寺岡くんは優しいんだね。」


 俺の顔の筋肉が限界を迎えた頃、白沢さんはようやく話すネタが尽きたようだった。憑き物が落ちたかのようなその表情には先ほどの憂いは見当たらない。どうやら俺の選択は正しかったようだ。

 さて、話は終わったはずだが白沢さんが立ち去る気配はない。どうしたものかと彼女を見やると、彼女もまた何か言いたげにじっとこちらを見つめていた。


「どうかした?顔に何かついてる?」


 ぶっきらぼうにならないようにおどけて見せたら、一昔前のラブコメみたいな台詞になってしまった。これはダサかったかもしれないと思って反応を伺ったが、彼女はふるふると首を横に振っていた。


「ううん。何かさ、寺岡君最近ちょっと変わったよねって思って。」

「そう、かな?」

「うん。前よりずっと頼りがいある感じ!それに、前はちょっと近づきにくい雰囲気があったんだけど、今は話しやすくなったと思うよ。」


 もし俺が変わったとするならば、それはこの力のおかげだろう。やっぱり俺は他の奴らとは違うのだ、と優越感に浸る。白沢さんにも好感触だという事実がさらにそれを後押しする。


「えっと……それでね、もし時間があったらでいいんだけど……今夜さ、飲みに行かない?私、寺岡君ともっと二人で話してみたいかも!」


 信じられないことだが、俺は白沢さんに飲みに誘われたらしい。もちろん俺が社内一の美女の誘いを断るはずもない。彼女の気が変わらない内にと、俺は二つ返事で応えた。





 道行く人を呼び止めるキャッチの叫び声、酔っ払った若者達の馬鹿騒ぎに遠くから聞こえるクラクションの音――蛍光色に輝くネオンが眩しい繁華街には今日も多種多様な雑音が溢れている。

 しかし、いつもは煩わしく感じるその喧騒も今はさほど気にならなかった。むしろ今日に限っては俺に特別な高揚感をもたらしてくれるような気さえする。多少酔ってはいるがアルコールのせいだけではないだろう、と俺は右隣を盗み見た。歩くたびに揺れる艶やかな黒髪の隙間から覗くのはほんのり染まった横顔だった。そう、俺は今、白沢さんと二人歩いている。


「うわっ!」


 足元が覚束ないまま、白沢さんに見惚れていたからだろう、何もない場所で躓いてしまった。


「ちょっと!大丈夫?」

「平気!ふらついただけ。」

「もう、寺岡くんたら飲み過ぎだよ!」


 頬を膨らませて、わざとらしく怒ってみせる白沢さんに自然と口角が上がる。自分では見えないが、情けないにやけ面になっているに違いない。それが彼女から見えないように、俺は口元を手のひらで覆った。


「ごめんごめん。白沢さんと話すのが楽しくてさ、ついお酒飲みすぎた。」

「本当?だったら嬉しいな!」


 ふふっと上品に笑う仕草もたまらない。本当に夢のような時間だった。まさかあの白沢さんと飲みに行けるなんてうちの奴らが聞いたら驚くだろうな。何回か、居酒屋でトラブルはあったもののこの力で難なく乗り越えることができたし、彼女からの印象も悪くはないだろう。

 確かに調子に乗って、少し飲み過ぎてしまった感はあるが。



「寺岡君、前っ!!」


 突如、焦ったような白沢さんの声で思考が中断された。と同時に前方の影に気づいたがもう遅い。ドンっと勢いよく誰かにぶつかってしまった。


「すみませ……」

「おい、どこ見て歩いてんだよ!おっさん!!」


 目の前にいたのは、三人の若者だった。似たようなダブダブのジャージを着用し、トサカのように立った髪はそれぞれ大変目に優しくない色をしている。ちなみに俺がぶつかってしまったのは、赤髪の若者だ。

 ギロリと威圧的に俺を睨むその様子に俺は一瞬でそいつらに関わってはいけないと判断した。逃げ出そうか、それとも周囲に助けを呼ぼうかとも迷ったが生憎と今日は俺一人というわけじゃない。そんな逡巡、動揺から身じろぐとそれに気分を良くしたのか、彼らは口からつばを飛ばす勢いでこちらの過失をまくし立て始めた。

 対して俺は一言も喋らない、いや、喋れなかった。たださっさと興味を失って去ってくれと願うのみ。そうこうする内にその願いはある意味では叶った。彼らの興味は、だんまりを決め込んだ俺からその隣に移ってしまったのだ。無遠慮な、値踏みするような視線にさらされた白沢さんが、怯えるように半歩下がった気配が伝わってくる。


「何黙ってんだよって……おっさん女連れかよ!」

「彼女ですかー?」


 ギャハハと品なく笑う若者たちに、徐々に、恐怖よりも嫌悪感がわいてきた。特に白沢さんに絡んできたというのが最低だ。

 赤いトサカが半歩前に出て、白沢さんの顔を覗き込む。


「へぇ、可愛いじゃん!よっし、じゃあその女置いてくならおっさん見逃してやるよ。」

「てっちゃんさすが!!わかってるぅ!」


 その言葉を聞いた時、ブチっ……と、自分の中で何かが切れる音がした。

 騒ぎになってはまずいと言われるがままに黙っていたが、そろそろ我慢の限界だ。こいつらに目に物見せてやらないと俺の気が済まない。

 喧嘩なんてしたこともないのにそう思ったのは、この状況慣れてきたのか、もしかしたら感覚が麻痺しているのかもしれない。

 それに、とちらりと白沢さんを見る。この赤いトサカにぶつかってからいいとこなしだから、少しは格好良いところを見せたいという欲もある。上手くいけば俺の株も上がるし、何より失敗したって一度だけなら過去に戻れる。

 そう、過去に戻れるのだ。この一ヶ月、この力を使って思い通りにいかないことなんてあったか?こんな頭の悪そうなガキに俺が馬鹿にされるなんてことがあってはならない。思うや否や、俺はうつむいていた顔を上げ、キッと彼らを睨みつけた。


「なんだよおっさん。そんなひょろい腕でやる気かぁ?」

「しゃーねえ遊んでやるよ!」


 ニヤニヤしながら赤いトサカの連れの二人は俺の肩を抑え込んだ。振り解こうとするも、二人がかりでたやすく押さえつけられる。


「やめろっ!!」

「無駄だっての!」


 半笑いの赤いトサカがゆっくり近づいてくる。俺は拘束を解こうとがむしゃらにもがいた。


「おっさん貧弱〜!」

「離せ!っっこのっ!!」


 勢いよく腕を振り上げると、ゴツッという大きな音と同時に拳に嫌な感触が伝わってきた。


「ってぇ。」

「てっちゃん!大丈夫か⁉︎」


 恐る恐る目を見開くと赤いトサカ野郎が呻いていた。どうやら偶然腕が当たったようだ。やってやったぞ!達成感が胸中を占める。



「喧嘩しか能のない底辺のくせに … …ハハッ。」


 唇の片端を上げてガキどもにだけ聞こえるように呟くと、ふらつきながら片目を抑えていた赤いトサカの眥がみるみる釣りあがっていく。


「テメェェェ!」


 赤いトサカは絶叫すると、後ろポケットから薄く黒い棒のようなものを取り出した。手首を返す動作と共にジャキンと鋭い音が響き、金属の光沢が現れて、初めて俺はそれがナイフだと認識する。

 ちょっと待て……刃物は想定外だ!僅かな間頭が真っ白になったが、突発的な、思ってもない事態にはこの一ヶ月で慣れがある。すぐに冷静さを取り戻した。ここら辺が潮時か、過去に戻るとしよう。俺だって別に痛い思いをしたいわけではないのだ。さぁ、いつもの通りこの左手の人差し指と中指で……


「危ないっ」


 不意打ちで、クイッと後ろから袖を引かれた。白沢さんだ!そして、俺はバランスを崩して……




タタタンッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 清潔感のある白を基調とした室内に、女のすすり泣く声が響いている。どれほどそうしていたことだろう、女にはもうわからなかった。しかし、女にとって永遠にも思えた時間は唐突に遮られることになる。終止符を打ったのはカラカラと開いた扉の音だった。

 スライド式の扉とはいえ静かな室内だ。当然女は察知し、扉を振り返ると怪訝そうな表情を浮かべた。そこいたのは一人のスーツ姿の男だった。女の泣き腫らした顔に気がついたのだろう、男は躊躇いがちに室内に足を踏み入れた。


「白沢春子さんですね。」

「……はい。何か、私にご用ですか?」

「お話を少々聞かせていただきたく。」


 そう言って男は懐から桜の印の入った黒い手帳を取り出した。

 女は一変、軽く目をみはると取り繕うように笑みを浮かべた。職業柄よくあることだーー男は大して気にも留めず、唇の端を吊り上げて意図的に笑顔を返した。


「構いませんよ。」

「ご協力、感謝します。被害者の一人でもあるあなたに思い出させてしまうのは大変心苦しいのですが、」


 昨晩繁華街で起きた暴行事件について聞かせて欲しいと、男はそう切り出した。質問に対し、女はぽつり、ぽつりと昨晩のあらましを語りだす。聞き取りはものの数分で終わった。事件自体は単純で特に不審な点もなかったからだ。女への質問はあくまでも確認の側面が強い。

 一通り質問すると男はペンを置いた。女は終わりの気配を感じ取り、ほっと息をついた。


「なるほど、ありがとうございます。楽にしていただいて結構ですよ。それにしても、なぜ彼は煽るような言動をしたんですかね?」

「わからないんです…。腕っ節が強いとか、そういうタイプでもないのに。」


 女はちらりと、目線を落とした。そこには指一つ動かすことのできない、全身包帯だらけの男が静かに眠っていた。

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