ピアス
梅雨が終わろうとして近所の公園には
そろそろ鬱陶しい蝉の音が聴こえてくる。
そんなジメジメした曇りの日、束の間の平日の午後休み。何処からかギターの音色が聞こえてくる。
「懐かしいな、この歌」
そう呟き僕は口ずさんだ。学生時代、バンドを組みカバーしてたバンドの曲を今はコードも思い出せない。毎日同じような営業文句を喋り、忘れたい位大嫌いな客の言葉はずっと脳裏にこびりついている。大好きだった恋人、大好きだった歌、楽しかった思い出、忘れたくないことが全然思い出せない。そんなつまらない大人になってしまったことも今では忘れてしまった。
そんな僕でも忘れられない女性がいたんだ。
それは学生時代まで遡る。ちょうど僕がバンドを始めて一部の生徒から人気が出てきた頃、彼女はピンクのギターを大切に抱えて、ギターを教えてくれと僕に毎日会いにきた。最初はただ人気がある僕に近付きたいが為なんだなと適当にあしらっていたが、彼女はある日パッタリと部室に来なくなった。学校でも見かけず、僕は逆に気になってしょうがなかった。
バンド練習がない日は海岸で練習をこっそりしていた。僕は今日もいつも通りその場所へ向かった。だが、そこにはピンクのギターを持つ先客がいたのだ。
「あっ、」
彼女は目を丸くして固まっていた
小さい手はコードを抑えるのに必死で震えていた。
「こう持てばもう少しラクにおさえられるよ」
なぜか僕は彼女に会えて嬉しかった、そして愛おしかった。それから僕らは段々と会う頻度が増えいつの間にか恋人同士となった。だからと言って特別なことは特にしなかったけれど、僕は幸せだった。
横で君が眠る、その規則的な寝息を聞きながら僕は眠りにつく。彼女は決まって先に起きている。そして決まって少し寂しそうな顔でおはようと呟くんだ。その小さな変化に僕は気付くことが出来ず時間は過ぎていった。いつもの様に起きた時、珍しく彼女は隣で眠っていた。寝返りをうつと右耳に違和感を覚えた。
あれ、ピアスだ。丁度その時彼女は起きて、あ、やっぱり似合ってると微笑んだ。始めての彼女からのプレゼントだった。
「ピアス空いてたんだね、最近気付いてたまにはサプライズもいいかなって」
彼女はそういって寝返りをして背を向けた。僕は嬉しくて言葉もだせず、後ろから抱き締めた。その時僕はずっと彼女が僕のそばにいるようにと願った。
こんなに人を好きになるのは始めてでだった。
そんな変わらない日々が三年経とうとしていた。
「私、東京に行くんだ。」
別れはそんな突然に呆気なくきた。
ふたりの将来の話も、特にすることなく、過ぎて行く日々。彼女はそんな日々から突然ピリオドを打った。
そして最後見送った電車が閉まる瞬間彼女は確かに、さみしかったと言った。
僕は何故気付かなかったのだろう。もっと言葉にしたら安心してた?もっと会えばよかった?そんなモヤモヤが梅雨が終わって紫陽花が咲き終わってもそんな気持ちは、はれなかった。
あれから2年が経ち、僕も東京へ転勤になり平凡な何もない、彼女がいない日々を過ごしている。右耳のピアスの穴は塞がらないまま。