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魔女アリシアと秘密警察  作者: 虹江とんぼ
3/19

魔女アリシアと秘密警察 (2)

分割しました。

ご不便ご迷惑おかけいたします。2016/10/18

 アルビオン王国。その首都ロンデニオンは、人口六00万を越す世界最大規模の都市だ。

 ここには世界中のありとあらゆる人と物が集まってくる。

 主な産業は、国是である神秘主義に則り、旧態依然とした魔導具精製や手工業、魔術産業が中心となっているが、アルビオンは強力な軍事力を背景にした強固な世界国家思想による外交に取り組み、産業改革、機械化を抑圧する流れを諸外国にも強要し、長きに渡る繁栄を誇っていた。

 しかし、近年発展著しい西大陸のアステルス共和国に於ける産業改革推進の動きから端を発した新世主義の台頭により、安価で大量生産可能な工業製品や自動機械がアルビオンにも大量に流入していた。経済規模では優位を保っているものの、アステルスをはじめとする新世主義を掲げる国々に賛同の意を述べる知識人や資本家も多い。

 アルビオン王国は、第二の新世主義化の波に襲われていた。

 それは魔導立国としての尊厳、覇権国家としての地位が揺らぐことを意味していた。


「こりゃあ、いかん。ギリギリになるな」

 人々が一日の苦労を予感しながらも、致し方なしと重い腰を上げる午前八時過ぎ。

 大都市ロンデニオンの活気の炉には既に火が入っていた。

 街を北から南に突き抜ける目抜き通りは、人々が隊商キャラバンのように群れを成している。彼らの多くは日雇いの労働者が多く、場当たり的に仕事を求めて港や建設現場へと足を運んでいるのだ。その傍らには、紳士服に身を包む猫に酷似した妖精ケットシーの姿もあった。

 その一例に留まらず、この町の至るところに妖精種と呼ばれる者たちが、人間に混ざり、社会を構成している。

 このような状況は二百年前から始まり、現在は同盟関係にある妖精の国フェアリランドからの移民を受け入れた結果であった。ロンデニオンは種族の坩堝なのだ。

 大きな耳に長い鼻が特徴的で、人間の成人男性の腰ほどまでしかない妖精――ゴブリンのディンゴもその一員だ。

 朝寝坊のツケを支払うために、職場までの道のりを駆け抜ける。

 時間にうるさいキャリア組の上司にどやされるのもゴメンだが、同僚のいけ好かない女に嫌味を言われるのはもっと我慢ならない。

 彼は大通りの人垣を慣れた様子で「ゴメンよ!」とすいすい潜り抜けた。

 人の列を前にしては、ゴブリンの背丈では姿が埋もれてしまい、蹴飛ばされそうになるのも日常茶飯事だった。

 近道をする為に小路へ入り、ボロに包まって横たわる浮浪者を二、三飛び越え走りぬけると、目の前に大きな水たまりが立ち塞がった。それを見るや元来の横着な性格に、アレを飛び越えろと囁かれた気がした。肩掛け鞄を確り握り、勢いをつけてジャンプした。

 そこへ示し合わせたかのように、小さな塊がディンゴの顔面に激突し、彼は水たまりに大の字で落っこちてしまった。

「ブフッ」

 全身びしょ濡れになったディンゴは、何が起きたのかと唖然とした。建物に挟まれた空を見上げていると、先ほど自分にぶつかってきた物体が宙を舞っている。

 妖精のピクシーだ。子猫ほどの大きさをした人型の妖精で、二枚の羽を有した愛らしい容姿をしている。そんな見た目とは裏腹に、彼らは総じて悪戯好きだ。古くは森で人を迷わせたり、子供を連れ去るなどの事例が相次いでいた。それが現代では街に住み着き、建設現場の足場を壊して怪我を誘ったり、川に人を突き落とすなど被害が後を絶たないため、害獣に指定されている厄介者である。

 彼らピクシーは喋る事ができない為、身振り手振りで「お前をバカにしているんだ」とばかりに腹を抱えてディンゴを嗤っていた。

「こんのチビ助! 食っちまうぞ!」

 泥だらけになったお気に入りのハンチング帽を思い切り投げつけてやった。しかし、ひらりと躱され、高々と上がったハンチングは無情にもディンゴの顔へと帰ってきた。

「くそったれ」


 結局、ディンゴは一五分ばかり遅刻して職場へと顔を出す羽目になった。

 ロンデニオンの中央からやや西側にあるボタン街。そこに彼の勤め先がある。

 赤煉瓦を基調とした古めかしい四階建ての施設で、取り立てて目立つことはなく、周囲の町並みに溶け込むように鎮座している。何度も改修を繰り返しながら、時代と共に移り変わる人々によってその役割を変えてきたこの建物は、現在では国によって管理されていた。

 今の名称は――『国家保安局ロンデニオン支部』そう呼ばれている。

 創設されて三年とまだ若々しい組織で、未だ実験的な配備に近いものだ。地域に縛られる事無くアルビオン全土を管轄に置くことが出来る捜査・防諜機関で、首相直轄の組織だった。ディンゴはそんなエリート達によって構成されている組織で、対外案件・テロリズムに対応する六課に所属していた。

 泥まみれの服で、職員達から奇異の視線を受けながら彼は歩き慣れた館内を進む。

 玄関口の警備員には片眉を吊り上げられ、ロビーの女性職員から渋い顔をされて陰口を叩かれる。

「最悪だ」

 人目を避けるように階段を駆上がり、六課の大部屋へと急いだ。

 彼は恐る恐るといった具合で大部屋を覗き込むと、見知った捜査官の面々が談笑している様子が見て取れた。

 ミーティングはまだ始まっていないようだ。

 時間に煩いキャリアが珍しい。そう思いながらも、不幸中の幸いとばかりに机の影に隠れながら更衣室へと向った。こんな時はゴブリンの小さな体躯が役に立つというものだ。このまま何食わぬ顔で自分の机に居直って、後輩でもいびっていればいつも通りである。

 だが人目を気にしすぎるあまりに、給湯室から出てきた人影に気づけなかった。

「きゃっ――」

 悲鳴が聞こえてからはもう手遅れ。トレイに載せられていた紅茶一式がひっくり返り、泥だらけのディンゴは頭上より迫り来る脅威に顔を引き攣らせた。

「最悪だ」

 その後、彼は熱々の紅茶を頭から被り、悲鳴を上げながらのたうち回る羽目になった。朝からツイて無い事ばかりな上に、同僚達には笑いの種にされ、踏んだり蹴ったりである。

 二度あることは三度あるという。これから今日一日、無事で過ごせるのであろうかと、陰鬱な思いであった。

「うぅぅん」

 椅子の背もたれの強度を確かめるかのように背中を反らし、濡れタオルで額と目を冷やしているディンゴが唸った。その隣で、紅茶をぶちまけた張本人である女性捜査官のヘイリーがずっと平謝りを続けていた。

「すみません! すみません! ほんっとうにすみません!」

「……もういい。うるさいから止めろ。どのみち着替えるつもりだったんだ」

「ほ、本当ですか? 怒ってません?」

「そりゃ怒ってるに決まってるだろ」

「ほらあ! 怒ってるじゃないですか! ごめんなさいごめんなさい!」

「ああ、うるせぇなぁ! はい! 怒るの止めました! これで宜しいですか?」

 耳元で何度も謝罪の言葉を叩きつけられて嫌気がさしていたディンゴは、濡れタオルをかなぐり捨てて嫌みったらしく声を荒げた。実際、ヘイリーに対してはそれほど怒りを感じいなかったが、相手が気弱な新米捜査官である彼女であったが為に、意地悪をしてストレス発散をしていたまでである。しかし、そういうところでこの新米捜査官はすこぶる察しが悪い。「あーよかったー」などと嫌味を額面通りに受け取って朗らかな笑みを見せる始末だ。

 自責の念に駆られて凹んだ顔でもして見せれば良いものを。

 ディンゴの不満は、臓腑の内側で風車のようにギリギリ音を立てて回り続ける。

 女性用の黒いパンツスーツ姿に、クリーム色の髪をショートに切り揃え、幼い顔立ちに、気弱さを演出しているダサイ丸めがねを掛けたヘイリー・グレン下級捜査官。

 ディンゴと共に二人でチームを組んでいる同僚だ。

 本来は三人一組であったチームが二人きりになってしまった理由は、彼らの要であった切れ者の老捜査官、ドルトン爺が二ヶ月前に事故で亡くなったからだ。警護対象であった女性にセクハラを働き、それを誤魔化そうとした際に誤って駅のホームから足を踏み外して挽肉になったのだ。とても悲しい事故だった。

 それからというもの、素行不良で鼻つまみ者のディンゴと、愚図でおっちょこちょいのヘイリーという凸凹コンビは、仕事で成果を上げる事が出来ずにいた。その内に二人揃って留守を言い渡されるようになり、資料室の整理という窓際族に追いやられたのである。

 そんな実情も相まって、ディンゴは常日頃自分達を馬鹿にするような職場の空気が嫌だったし、役立たずの新米捜査官の事も気に入らなかった。

 劣等感ばかりを募らせる日々に、嫌気が差していた。

 だがそんな日々とも今日でお別れだ。

 六課の課長の話によれば、待ちに待った人員の補充が本日行なわれる。

 大手柄を立てて、同僚たちを見返すチャンスがやっと訪れたのだ。

 復権に思いを馳せてやる気のボルテージを全身に漲らせていると、背後から癪に障る声が届けられた。

「あなたね、さっき喚き散らしていたのは」

 即座に声の主がこの職場で一番いけ好かない女であるとわかり、ディンゴは顰めっ面を振り向ける。

 ストライプの入った紺スカートスーツを華麗に着こなし、流れるような亜麻色の髪をかき上げる。見るからに気の強そうな切れ目の美人で、いかにも仕事が出来ますということを鼻に掛け相手を見下すその視線。レイン・ハッカー上級分析官だ。

 レインは同期の仕事仲間である。同じ分析官として三年前に雇われた。

 だが些細な巡り合わせの違いで、その時々に組んだチームの失態に伴い評価を落とすディンゴとは対照的に、上司に取り入って着々と評価を上げていくレイン。

 能力的には自分の方が数段優れていると自負するディンゴであるが、それを嘲笑うかの如くレインは課内唯一の上級分析官へと昇格していったのだ。大手柄を立てたいと言う欲求の源泉には、小憎たらしい彼女への劣等感が大半を占めていた。

「お前には関係ない」

「大いに有るわ。職場の風紀が乱れるのは我慢ならないの。特にその原因が大して役に立たない穀潰しだったらなおのことよ。どうせ資料室に通う位しか出来ないんだから、もっと廊下に近い隅に居なさいよ。目障りなの」

「喧嘩売ってんのかこの糞アマ!」

「ああ嫌だ。汚い言葉遣い。これだから下品なゴブリンは嫌なの」

 彼女はその口ぶりからわかるように、ゴブリンという種族を目の敵にしている。

 アルビオンが妖精を受け入れて二百年という月日が流れても、種族間の意識の溝を完全に埋める事が出来ないのが現状だった。

 激しくいがみ合う二人の間で、ヘイリーは割って入ろうかどうしようかと行き場の無い手を彷徨わせてもたもたし、日常とも言える光景を端から眺めて笑う同僚たち。そして喧嘩はいつもこの言葉によって中断させられる。

「そこまでだ、二人とも」

 不意に現われたのはクリス・オーブ上級捜査官。現場指揮官を務め、実質六課を掌握している隊長だった。すらりとした高い背に、黒髪を撫でつけ、鷲のように引き締まった顔つき。ハンサムという言葉を具現化したような男で、女性職員たちからも熱い視線を送られる人気者だ。だが、ディンゴからすれば、自分を資料室送りにした憎い男でしかない。

「喧嘩の理由は聞かない。頭を切り換えろよ、仕事を始めるぞ」

 クリスはそう言いながら自分専用の個室へと向った。

 ディンゴとレインは睨み合ってから同時にそっぽを向き、ヘイリーはホッと安堵の息をこぼしてにへらと笑った。


「以前話していた通りになった。大学の講師の妻と息子が惨殺され、講師本人とその娘が行方不明になった事件。これをうちで取り扱う」

 六課の全職員を前にクリスは話しを切り出し、レインが後を引き継ぐ。

「本来であれば、この手の強盗殺人はロンデニオン市警の管轄でしたが、『庭師』からテロ警戒の情報が持ち込まれました。行方不明のエギル・ローエンが、賢天の候補に選ばれる召喚術者でもあり、時期を鑑みて、ローエン親子は何らかの目的の為に連れ去られたものと考えられます。そして本件を、エギル・ローエン誘拐事件とし、我々も正式に捜査へと乗り出します」

 レインによる説明が終わり、クリスは机に両手をついて職員達を見回した。

「というわけだ。予想通りの展開になった。これに関連する可能性が高いと思われる脅威査定の報告をしてもらいたい」

 クリスは既に二日前からこの事件の事を嗅ぎ付け、六課の職員達に事前調査と情報収集を命じていた。事件の重大さを予見し、警察犬のように犯罪に対する鼻が利く。

 彼にとってこの仕事は天職なのだろう。しかしそんな有能さすらも、ディンゴにとっては忌々しかった。

 各班の代表者が、誘拐事件に関わっている可能性が高い、社会的な脅威となり得る犯罪、事件、団体に関する最新の調査報告が上げられていく。

 ・国内犯罪組織の可能性。

「自称反政府組織[ドーア]の近況です。国策である神秘主義に反対し、過激な抗議活動を行なってはいるものの、今回の事件に関しては主立った動きは認められません。同じく[サルサド独立運動]、[カワグチ組]の何れも。国内非合法団体の脅威レベルは危険域を出ていません」

 ・諸外国の手の者による可能性。

「疑い出せば切りがないよ。我が国は貨物船で恨みを輸入しているような状況が常態化している。敢えて取り上げるなら、イデオロギーで対立しているアステルス共和国。そして長年の宿敵ミッドガーズだ。両国ともに見られる物は無かった。これらに付随する情報を得るには『庭師』の助けが必要になる。課長に話しを通して欲しい」

 ・事件発生前後の社会的脅威。

「この一ヵ月に起きた殺人は一二件。被害者は主に浮浪者や労働者、暴力団員で、犯人は逮捕済みです。暴漢に喧嘩、ギャングの抗争、それに正当防衛が一件。関連は薄いです。そして、軍当局の情報筋によれば、兵器開発局で新兵器の紛失騒ぎがあったそうですが、軍が捜査に出たという話しも無く、この一件は何事もなく落着した模様です」

 続いて、課内で一番の長身と恵まれた体躯を持ち、私服姿のトト・フーゴ・トロン下級捜査官の報告が始まる。

 ディンゴの評価では、トトはクリスの次に切れ者だ。豪快で向こう見ずな所もあるが、ざっくばらんな性格で、邪魔者扱いされているディンゴたちとも気軽に接してくれる気の良い人柄だった。

「大陸から進出してきた国際麻薬密売組織[血盟旅団]ってのがいただろ? 前からマークしているところだ。数週間前からどうもきな臭い動きを見せている。ここらで連中を少し突いてみたい。誘拐事件との関連は――正直わからん」

 一瞬クリスが目を眇めたのをディンゴは見逃さなかった。

 ディンゴとレイン程ではないが、この二人も毛色が違う者同士で反りが合わないのだ。

 そして、自分たちの番が回ってきた。

 クリスに促されて、代表者であるヘイリーが書類を片手に報告を始める。

「ええと、エキュア街の一帯に設置されているゴルゴン社製の防犯魔導具が、盗難されたようです。人通りの少ない場所とか、あ、アステル大使館前のも……です!」

 ホッと息をこぼすヘイリー。ちゃんと出来たよ! と誇らしげにディンゴを見やるが、彼は頭を抱えた。そんな心中を汲み取るかのように、クリスが優しく尋ねる。

「うん、グレン捜査官、報告は以上か?」

 周囲に緩い空気が蔓延し、笑い声が溢れた。嘲笑の対象とされ、自分に何か落ち度が有っただろうかと当惑している内に、ハッと思い出したように舌っ足らずな口を大急ぎで働かせる。

「ご、ゴルゴン社の魔導具に関する情報ですッ。盗難に遭った〈ゴルゴンⅡ〉ですが、その同型魔導具の製造工場が一週間前の火災で全焼。納品が遅れます!」

「お前は業者の人間か」そんな声が上がると、再び職場に笑いが起こる。

 これは自分たちを嘲笑う類のものだ。ディンゴは死んだ魚の目をしながら悔やんだ。人員不足な上に個人的な伝手も無く、大した情報を集められなかったのだ。

 緩んだ空気を一掃するように、クリスが「よし」と手を打った。

「今日からまた忙しくなるぞ。可能な限りの権限が行使できるよう課長にも進言する。しかし、身勝手な行動は慎むように。個人的な拘りで、無関係な事件に首を突っ込んでいる時間はないぞ。各自『誘拐事件の解決』に全力を注いでくれ」

 全員に聞こえるように声を張り上げたクリスだが、明らかにトトを見据えていた。

 トトにもそれが伝わったらしく、自嘲気味な笑みを浮かべて肩を竦める。

 解散を促す空気が醸し出された折も折、聞き慣れない声が飛び込んできた。


「気に入らないわ。事件の全容も明らかにされていない内に、視野を狭めるような捜査を命じるのはどうなの?」

 全員の視線が戸口へと注がれた。

 そこに立っていたのは、鳶色スーツを着た人物だ。上着の合間から覗く真っ白なシャツの上には臙脂色のループタイが流れ、すらりとした足下には磨き上げられた栗色の革靴が光る。金色の髪を後ろでまとめ、無気力な双眸には赤黒い瞳が鈍い輝きを放っていた。

 幼さを残す中性的な顔つきをしているが、紛れもなく女の声だった。

「ちょっとあなた、いきなり何なの? 言いがかりは止めなさい」

 突然現れた男装の女にお気に入りの上司を悪く言われ、レインが直ぐさま噛み付いた。

 眉間に皺を寄せてクリスの前に出る姿は、主人に仇をなす者を威嚇する犬のようだ。

 そんな風にいきり立つ彼女の肩に、主人が手を載せて止めさせる。

「考えが足りていなかったようだ。次からは気をつけよう。それから、皆に紹介する。本日から捜査官として仲間に加わるアリシア・ドナルドソンだ。捜査対象であるエギル・ローエンと仕事をしたことがある。まだ二十歳と若いが、ごらんの通り肝は据わっている上に、魔術師の資格を持っている。素質は十分。彼女から提供されたエギル関連情報はこのあと配布しておく。参考にしてくれ」

 アリシアと呼ばれた男装女は、六課の面々を見回すだけで、何か言うわけでもない。

 太々しい態度の新入りに好感を抱く者は居らず、皆が眉を顰めて本当に使えるのかと疑心暗鬼だった。ただ一人、ヘイリーだけが「よろしくー」と笑いかける。

「良し、では君はヘイリーたちのチームだ。わからない事が有れば彼らに聞け」

 クリスがそう言った矢先に、ディンゴは目を剥いた。

「お、おい、まさか補充要員って」

「そう、彼女だ。前から欲しがっていただろう? それと、今回君たちは本部で待機。ドナルドソンは必要に応じて他のチームに手を貸してやってくれ。エギル・ローエンに会ったことがあるのは君だけだからね。では、後はよろしく」

 頭が真っ白になっていく。通り過ぎていくクリスに文句も言えず、その後を追うレインの「良かったわね。教育しがいのある子が増えて。資料室の案内もちゃんとするのよ」という嫌味にも噛み付くことが出来ない。

「……待機?」

 思い描いていた復権の構想が音を立てて崩れていく。

 期待などされていない。新人のお守り。呈の良い厄介払いだ。

 ディンゴは呟く。

「最悪だ」

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