トラックで転生者を量産するお仕事です
「あーあ、また違う人轢いちゃったよ」
「……すみません」
「もうちょっとさあ、こう、ハンドルをグイーっとさぁ、なんないわけ?……」
「……まだ慣れないんですよ」
俺は助手席の上司の小言を聞く耳半分に、サイドミラーへと目を動かす。
サイドミラーには今、俺がトラックで轢いたばかりの男が倒れている姿が映っている。
血だまりの中、彼が泣きじゃくる女の子の腕に抱かれて昇天していくのが見える。
地面にはタイヤ痕。タイヤ痕の幅が太いのは、俺が2tトラックに乗っているからだ。
泣いているのは彼女だろうか。悪い事をしたなあ。
と思ったけれど、どの道、彼とは別れることになっていただろう。
俺達のターゲットはまさにその彼女だったからだ。
“だった”のだ。間違えて男の方を異世界に転生させてしまった。
しょうがない。車をバックさせて轢くか。
「ちょっと、聞いてるの? なんで熾天使の私がこんな下級天使とこんな仕事をしているのか、疑問だわ。ねぇ、なんでなの?」
俺が訊きたい。
なぜこうなったのか。
話は少し前にさかのぼる。
■
ここは神々の住まう土地、ヴィルヘイム。
そして俺は天使アルドケイト。
俺はなぜかヴィルヘイムの最も大きい神殿へ呼び出され、周りに普段見ることのないような上級天使たちに睨まれながら、その中で最も自尊心の高そうな赤髪の熾天使の女からこんな指示を受けた。
「人間界に出張してちょうだい」
人間界とは全7層に連なる宇宙のなかで、第4層・天国世界と第6層・地獄世界の間にある、最も多くの生命体が跋扈する異世界のことだ。
宇宙を創った創世神・オロロスリープの最高傑作で素晴らしい世界(自称)だと云われているが、俺にはよくわからない。
当の創世神・オロロスリープは早々に人間界の管理を天国世界と地獄世界に任せ、第1層にある自宅で引きこもり生活を送っているらしいが、時々、暇つぶしに指令を出すことがある。
「人間界って、またそんな……。一体どういうことですか?」
「オロロスリープ様から指令が出たのよ。新しい世界を創ったから、文明を発展させるために人間を転生させてほしいって。なんでも、人間界で流行っている『小説家であろう』ってサイトに影響を受けたらしいわ。優秀な人間を転生させてどんな人生を送るのか観てみたいそうよ」
「ちっ、またあの神様ですか。……寝ゲロみたいな名前しやがって。この前は新しい世界をサバンナオオトカゲに支配されてショックを受けてたじゃないですか」
「オロロスリープ様を寝ゲロみたいな名前とか言うな! あの方はより良い世界を創るために試行錯誤されてるの! とにかく、転生陣は用意しておいたから早く乗りなさい」
俺はしぶしぶ転生陣に乗る。
違う階層の世界に行くには、転生しなければならない。
それぞれの世界は通常、互いに不干渉なのだ。
こういった指令が出た際には、「転生陣」という紙に文様を描いたものを作成し、その文様に上級天使のマジカルパワーを注入すると出来上がる魔訶不思議なスクロールを使う。
足元の文様が淡く光る。マジカルパワーが注入された証拠だ。
転生の際には、もう一つ転生陣のスクロールを渡される。
違う世界に行って帰ってこれない、だなんて事にならない為だが、下級天使の俺には転生陣を発動させることができない。発動にはもう一人の天使、しかも上級天使の力が必要になるわけで。つまり、上級天使を派遣されないかぎり、帰ってくんなというわけだ。
「ふふ。じゃーいってらっさーい」
くそ……。この熾天使、そんなに俺が帰れるのかすら解らない仕事に派遣されるのが面白いか。上級天使だからってなめやがって……。
あっ、そうだ。
「ふん!!!」
「きゃっ!?」
俺は熾天使の足をつかんで、転生陣の上に引き込んだ。
強くなる光が俺の視界を白くさせ、世界を暗転させた。
■
そして現在。
「ちょっと、聞いてるの? なんで織天使の私がこんな下級天使とこんな仕事をしているのか、疑問だわ。ねぇ、なんでなの?」
「俺が転生陣に引き込んだからじゃないですか?」
「開き直んなバカー!」
パシンと頭を叩かれる。
最早、熾天使の威厳など無く、完全にグレている。俺も連れてこなければよかったと少し後悔している。
あの後、人間界に転生した俺は泣きわめくこいつを連れて、前回の仕事で記憶にあるアパートへ行き、腰を落ち着かせた。
天使が人間界へ行くのはそう珍しい事ではないので、こうして住む家が用意されていたりする。
ボロいアパート……という訳では無いが、あまり快適すぎると人間界から帰ってこない天使も居るそうだ。特にネット環境が充実しているとその状況に陥りやすいらしい。
俺も一度、人間界での仕事のついでにヴィルヘイムに帰ってこない天使を訪ねた際、どうやら声優のライブの最中だったらしく、声優に向かって「天使ー!」と叫んでいた。「天使はお前だ。早く帰ってこい」と諭すと、「ぼくにとってのヴィルヘイムはゆかりちゃんなんだ」と訳の分からないことを言い出したので、放っておくことにした。アイツにとってもそれが最善なのだと信じて。
「うぅ、ひっぐ……。ぐすん」
アパートに着いても一向に泣き止まない熾天使に、さすがに辟易してしまう。
そこまで泣くこたないだろう。
さすがに可哀そうになってきたので、
「ほら、俺のもう一枚のスクロールで帰ればいいじゃないか」
と言うと、
「ひぐ、っわ、わだじ、ちがらがづがえないの……」
「ん?今なんて?」
「だから! 私、力が使えないの!!!」
なんて返された。
「熾天使様は強いマジカルパワーを持ってるんじゃなかったのか?」
「わかんないわよ! ……いや、多分、転生陣のせいだと思う」
「転生陣?」
熾天使は急に真面目な顔になって、顎に手を当て考え出した。
「そう。大体、アレは一人用だし、一人の天使しか異世界に送れないものなの。だから一人の天使を送るとスクロールは使い物にならなくなるでしょう? それに、天使の位によっても文様が変わるわ。考えたことなかったけれど、天使の力を異世界で発揮させる能力も転生陣は持っていたのよ。異世界は世界そのもののルールが違う。そのルールを強制的に解除するアイテムが転生陣ってわけね」
「なるほどなぁ」
「それなのに! あんたが! 私を巻き込んだせいで、うっ、ぐす、私の力がああああ!」
また泣き出してしまった。
「落ち着けって……。一人用だったんだろ?ほら、俺達二人生きてるだけでラッキーじゃないか」
「そうだけど、そうだけどぉ……」
「それにさ、人間界にも常駐してる上級天使は居るわけだし、探してみよう、な? もしかしたらマジカルパワーも戻るかもしれないぞ!」
「ぐすん。たしかにそうね。それとマジカルパワーってなんなの? 下級天使って私の力をそんなダサいネーミングで呼んでるわけ? あ、また泣きたくなってきた」
「よし、じゃあ仕事しよう!」
「え? なんで? なんでこの流れで仕事なの?」
「この世界は最も多くの生命体がうごめく人間世界だ。天使はもちろん人間に擬態して生活しているし、探すのは困難。なら、指示された通りに仕事をしていれば同業の天使と会える機会もあるはずだ。その天使に力を使ってもらえればいい」
「……む? なんか引っかかるけれど、確かに一理あるわね。よし、そうと決まれば、仕事しましょう!」
元気になってくれてよかった。
ちなみに、異世界で仕事中に上級天使に会った記憶はない。
上級天使は俺達、下級天使の仕事が終わってヴィルヘイムへ連れ戻される時以外はめったに姿を現さない。元々自尊心が高いやつらだ。俺たち下級天使の事なんて働きアリ程度にしか考えていないのだろう。ねぎらいの言葉すら掛けてくることはめったにない。
つまりヴィルヘイムに帰れる確率はかなり低い。こいつにはしばらく一緒に仕事を手伝ってもらおう。
ただ、力が無くなってしまうというのは予想外だった。これでは只の人間だ。
しょうがないので、フォローをしておくか。
「熾天使」
「ん? なによ」
「すまなかった。反省している」
「えっ、あんたの口からその言葉が出てくるとは思わなかったわ……」
「失礼な。俺にだって反省の念はある」
「反省しているなら、まずタメ語をやめなさいよ……さっきから失礼極まりないわ」
む。
無自覚だった。
「失礼しました、熾天使様」
「ふふーん。それでいいのよ。それと、織天使じゃなくてレーナ様って呼びなさい」
「えっ、名前あったんですか」
「あるわよ! 馬鹿にしてんの!? ……ハァ、とりあえずあんたの名前も聞いてあげるわ」
「アルドケイトといいます」
「アルドケイトね。言いにくいから、ケイトでいい?」
「構いません。あとレーナが言いにくいのでレナ様でいいですか?」
「えっ、レーナってそんなに言いにくいかしら……まあいいけれど」
「ではレナ様。早速ですが、今回のお仕事は人間を転生させる訳ですけど、どのような方法で転生させればいいんですか?」
レナは、あっ、しまった! という顔をした。
方法も言わずになにをさせるというのか。
「言ってなかったっけ? ……トラックで転生させるのよ」
「トラック?」
「トラックで轢いて、転生させるの」
「轢いて、転生させる」
「そうよ」
……。
「いや死ぬだろ」
「死ぬわね」
レナは真顔だ。どうやら嘘は吐いていないようだ。
「死なずに転生させられないじゃない」
ああ、死ななきゃ転生させられないのか。
「いやでもなんでトラックなんですか」
「知らないわよ。オロロスリープ様たっての要望らしいわ。なんでも『小説家であろう』ってサイトで最もポピュラーな死に方だそうよ」
「なぜそんな惨い死に方をさせるんですか。そのサイトの人達は悪魔かなにかですか」
「悪魔は地獄世界の管轄でしょう? 逃げ出したのかしら……」
ともかく、俺たちはこうしてトラックを使い、人間を異世界へ転生させるお仕事を開始したのであった。
これから先、起こるであろう困難を全く知らずに―。
ガゴン!
「おっ、轢いた?」
「轢けました」
「わーい! 轢けた轢けた!ケイト、 バックうまくなったわね!」
「恐縮です」
今日も、閑静な住宅街に人間たちの悲鳴が木霊する。