7,白猫は赤い瞳で世界を視る
ピシッ
窓枠の軋む音がする、気がした。
今は藍色の夕暮れ時。ピエロの瞳の色の存在がどちらも希薄になるような、太陽と月がどちらも勢力を弱めるような、時間。
「こっちに。窓にアリスが来ている」
入口付近にいたピエロに呼ばれ、私は立ち上がる。
「何? アリスって、童話?」
彼のほうへ歩きながら私は言って、その直後だった。
ピエロは私の目元を背後から右手でふさぎ、左手で引き寄せた。
そして、窓が割れた。
「なーんだ、やっぱりアンタにはお見通しってわけね?」
「ん? 何のことかな、お嬢さん」
暗闇の中、すぐ近くでピエロの声がする。
「あたしはアリスって呼ばれてるんだけど? あんたもこの名は知ってるはず」
「では、アリス。今すぐここから立ち去ってもらえるかい? ここは君のようなものが立ち入っていいところではないんだよ」
話の相手は、アリスという名の女性のようだ。年齢は、私くらいだろうか。
会話の意味がよくわからないが、この女性が住居侵入罪に問われることもあるだろう、という考えが浮かんだ。
しかし、それにしては二人とも冷静に言い争っている。理由はわからないが、ピエロにはアリスという人物が入ってきたことがわかったようだ。となると、よもや私には手の出せない領域の話だということは想像がつく。
けれど、普通の女性ならば目をふさぐ必要などないはずだ。ピエロの行動は、変なところで予想できず、その後に考えを巡らせても答えが出ない。
「あたしのようなものってことは、アンタもよね。異形だったでしょう」
「昔の話を出さないでもらえるかな。今は彼女に名を与えられて生きているからね」
彼女、というのは私のことだろう。名前を与えたというのはピエロと呼ぶ、このことなのだろうか。そうだろう。
しかし、それよりもっと先に引っかかった「異形」という単語。
「訂正。アンタは今も異形だ」
ふと、私の目をふさいでいたピエロの右手の力が弱まり、視界が解放された。眩しい。
「君は外見からして異形だろう」
ピエロはその手の平を天井に向け、おどけたように言った。
ある程度くっきり見えるようになって、私は彼から視線を外し、アリスという女性の姿を探した。
そして、ピエロの目線の先に、見た。
人とは思えないような雰囲気を纏い、白いワンピースに身を包んだ、肌も透き通るように白い、どこまでも白い少女だった。目と唇だけが赤く、目立つ。
その目を見ると、猫を連想させるような瞳だった。瞳孔が細い。
そして、右手は指が六本。左手は四本で、爪が赤い。
「あら、こんにちは。あたしはアリスよ。」
彼女は細い唇を笑みの形に引き上げ、クスっと笑った。同時に両手を後ろに隠している。
「この子の顔が見られただけでもよかったわ。今日のところは引き上げましょう」
彼女はそう残し、入ってきた窓から飛び降りていった。
地面に降り立った音は、聞こえない。