5,記号化された文字列を読み上げる背後で
「やあ、美子」
ふと、小説を読むのに熱中していた私の耳が、ピエロの声を拾った。
「ん?」
一時的に読むのを止め、右へ左へ、首を動かす。だが、誰もいない。
その時には、私は自分以外に動くものを見つけることが出来なかった。
「……空耳か」
軽く、自分を納得させるために呟く。そして私はまた、画面の中の文字列に集中した。
「……まったく」
空耳などではなく、ピエロの声が間近から聞こえたとき、私は勢いよく真後ろを振り返った。
「おお、気付いた」
「なんでいるの!?」
即座に思いついた疑問を、驚きの言葉より先に投げつける。
すると彼は少し悩んで、「家にいるはずなのに、荷物受け取ってくれないから?」と、疑問符付きで返してきた。
「荷物って……宅配のバイトでもしてるの?」
「うん」
「で、どうやって入ってきたの」
「そこの窓が開いてたから」
彼はそう言って、カーテンのかかった、庭に続く窓を指さす。
その窓の鍵は、かけっぱなしにしているつもりだ。カーテンを閉めた時に、しっかりと閉まっていたのは、思い違いだったのだろうか、それとも。
「……それで、美子。“ミナガイユリエ”からの荷物、中身はたぶん毒入りストロベリーパイ」
ピエロは口の端を歪め、手持ちの荷物を私に差し出した。
ピザの箱、というべきだろうか。ピザの箱を2つほど重ねた厚みはある、大きめの箱だった。
「毒入りストロベリーパイが入ってるってわかってるなら、届けなければいいじゃない」
私は立ち上がり、荷物を突き返す。
するとピエロはふっと笑い、また荷物を渡してくる。
「どうぞ、これは美子のもの」
もう諦めるしかなかった。
私は荒く荷物を受け取ると、ダイニングテーブルまで運ぶ。そして、音がするほど強く置き、ピエロを見る。
「では、これで。外は黒服の白がうろついてるからね、出てはならないよ」 一言、彼は釘を刺して玄関から去って行った。
その後、中身はゴミ袋に入った。
彼が言ったように、中身はストロベリーパイだった。毒入りかまでは調べられなかったが、送り主の名前“ミナガイユリエ”は確かに私に何度も危害を加えてきた、社長令嬢の名前だった。