2,美しい子供の指は白と黒を叩く
ピエロは私を奥まで連れていった。
かちゃり、と扉が開く。
「ここで待って」
彼はそう言い、私を置いて行く。
やはり、ここは彼のためにある場所なのだと、改めて実感する。
部屋は外からの日光が入って来るので、明るい。部屋の家具は全体的に暗い色のものが多く、実際は暗く感じるが、慣れてしまえばたいして変わりない。
そして、この部屋の中央にはテーブルがある。
明るい色の木に、深い紅のテーブルクロスがかかっていた。
ほかに、ピアノも置いてあり、油絵の画材も置いてあった。本棚には、どこかの国の言語で書かれた本もある。
そして私は、いつものようにピアノの鍵盤に触れる。
ドミソの和音を鳴らす。
そして弾けそうな曲を思い出しながら、私は指を動かす。
ショパンの幻想即興曲なんて弾きたかったわけじゃないけれど。
私は頭に浮かんだそれを弾いていた。
曲が終わって鍵盤から指をはなすと、パチパチという一人分の拍手があった。ピエロだ。
「美子はやっぱり上手いねぇ」
彼は口元だけに薄笑いを浮かべ、一定のテンポで手を叩く。
「さぁ、紅茶が入ったよ」
ピエロはテーブルにカップを置き、ついで、といった感じでイチゴのショートケーキも並べる。
そして彼は椅子に座ってカップを口に付ける。
「早っ」
小さくつぶやくと、目を閉じていた彼は朱色の右目を開け、私を見る。
「今日はちょっと失敗したから、毒味」
毒なんて入れた覚えがないのなら入っていないだろうに、と私は心の中で突っ込みを入れる。
そして、私もまた、ピエロの座る向かい側の椅子に座る。
それから、私とピエロは他愛のない話を繰り返した。
テレビで面白い漫才をやっていたとか、面白いドラマをしていたとか。
学校では誰とも話さないものだから、話が尽きることはなかった。
「そろそろ帰ったほうがいい」
彼にそう言われて見ると、空は真っ赤に染まっていた。
時計を見ると、六時前だった。
「闇は、美子を奪いに来るから、早く」
本当は帰りたくなどなかったけれど、私は帰ることにした。ピエロの目が細められ、声のトーンが下がったのがわかったからだ。
「じゃあ、帰るね。また」
「また、ね。美子」
広い庭を駆け抜けると、そこは寂れた住宅街の、黄昏だ。
「一人は、嫌。けれどもう慣れたの」
家には両親も、祖父母も、誰もいない。