17,その目的と成功に完敗
「美子、買い物に連れて行ってやるよ」
家に帰ると、もう蓮がいた。いつもの制服ではなく、ラフな格好をしていた。黒いロゴTシャツ、パーカー、Gパン。ジャラジャラと装飾品をつけているのは彼の趣味だ。
いつものようにランドセルを黒いソファに置き、白いほうのソファに座っている彼は、言ったのだった。買い物に連れて行ってやると。
「……買い物って何?」
食料品なら私が行くけれど。そういう風に言うと、蓮は肩を竦めた。
「美子、いつも同じ服じゃん。それに地味。僕だけが買いに行くとサイズが合わなくなるから、美子も」
この男、洞察力が高い。私は感心しつつ、けれども毎日見ていればわかるか、などと思っていた。
そして気づくと目線が下に下がっている。私は床を見ていた視線を上げ、目の前の蓮を見る。
「ね、行こう。お金は僕が払うから大丈夫」
彼は財布を出して、軽く振った。そして私の腕をつかむ。
結局連れ出されてしまった。駅まで三十分ほど歩き、切符を二枚買って彼は私に一方を手渡した。
「ほら、ついてきて」
当たり前のように自動改札を通った蓮を、私はぎこちなく追う。
視線が痛い。特に化粧の濃い女性から。高校生然り、会社員然り。居心地が悪い。
「どこいくの」
私は彼の左隣について、問いかける。
「もうちょっと都会なところ」
「……なんで」
「美子が、さみしそうだから」
この男、わからない。どこまでわかって言っているのだろうか。理解不能だ。
そして私たちは五番ホームに着いた。ほぼ同時に電車が来る。
「人嫌い」
ぼそっと私は呟く。これから乗るであろう電車の中には人があふれていた。
さすがに酒臭い頭のさみしい人は乗っていないようだが、代わりに学生が多い。
「十分ほどは我慢、そしたら着く」
右にいた彼は私の手を掴んだ。
「はぐれるなよ」
予想通り、車内は人だらけだった。皆同じような服を着た学生たち。
なぜそんなに高い声を出す、なぜそんなに臭い匂いを身に纏う、なぜそんなに作り笑顔を浮かべる?
私はそんな女たちを見て、なぜか憐れむような感情を覚えた。
「さ、着いたよ」
駅の改札を抜けて、階段を下りていくと都会だった。
本当の、首都圏あたりの人からすれば都会ではないかもしれないような、そんなところ。
「で、あの店のが美子に似合いそうなんだけど」
彼が指さしたのは少し奥の、“WALTZ”という店だった。ウィンドウには白や黒、灰やベージュなど、落ち着いた色が並んでいる。
あんなのは似合わないだろう、なんて。
私はここまで連れてこられたことを軽く後悔し、けれどもスタスタと歩く蓮を追いかける。
「いらっしゃいませー」
「あの、この子に似合うような服を見てあげて欲しいんですけれど……」
WALTZに入ると、三拍子の音楽が流れていた。店名に合わせているのだろう。
そして、声をかけてきた店員に蓮は声をかけ、私を指す。
「はい、では、こちらへ」
私は店員に連れられて、奥へと歩く。
見まわすと、私が着ても釣り合わないような服ばかり。この店員も、よく面倒なことを引き受けてくれたものだ。
「……こちらなどは如何でしょう?」
店員が右手に持っていたのは黒地に赤や白、紫やピンクといったいろいろな色の糸で刺繍が施されたワンピースだった。下のほうがフリルになっている。丈も私の膝より少し下。
そして、左手には短い丈の、ベスト、と言うのだろうか。白いものを持っていた。
「おっ、いいじゃん」
後を付いてきていた蓮が言う。そして、レジで会計を済ませている。
私はこれを学校に着て行ったらどうなるかを考えた。
その時だった。
ブレーキ音、そして鈍い音。
私は軽く背伸びをして、その音がした方向を見た。
「……!」
悲鳴、怒声、なんだろう。
車に撥ねられ、倒れていたのは女の人。それも、私がよく知る担任教諭。
足に赤い傘が突き刺さっていた。そこからおびただしい量の血が流れる。
歩道が赤く染まる。
「美子、こっち向いてて」
彼は言って、私を引く。
「こんにちは、彼女を受け取りに来ました」
無邪気な色を含んだ、少女の声。
蓮が、きついくらいに私の手を握った。