16,五月前の晴天に赤い傘
早く冬が来てほしい。
そんな風に思えるほど、朝から暑い焼けそうな日差しだった。まだゴールデンウィークも過ぎていない、ある月曜日だというのに。
私はゆっくりと歩いて学校へ向かう。
早歩きでいきたいところだが、そうすれば学校に着く頃には汗だくだろう。
「……疲れた」
切にそう思いながら、口に出す。笑えるほど弱々しいその声は、自分のものだ。
「あはっ、来たよ」
笑うのならあなたが自分を笑えばいいじゃない。
私が教室に入ると、いつも私をあざ笑ったように見てくる女、皆骸友里恵が言った。彼女の一声で、ざわついていた教室がひとつになる。
思い思いの言葉を口にしていたクラスメイトは、私を話題にして笑っている。
けれどもそんなことは気にせずに、私は前のドアからスタスタと自分の机に歩いていく。
「おはようございまーす」
なんとも緊張感のない。
軽く睨みつけると、たった今教室に足を踏み入れた星稜第一小学校六年二組担任は、軽く身を引いた。
やはり、先ほどの嘲笑が渦巻いていたこの教室は、柔らかな雰囲気だ。私だけが取り残されている。
そしてチャイムが鳴り、日直が、寝癖のついた髪を押さえながら、朝の会の司会を始める。
「先生の話です」
「はいっ」
日直の男子が言って、担任はパタパタと教壇に上った。馬鹿みたいに子供らしく。否、実際に馬鹿だ。
「……先生、今日ちょっとバカなことをしちゃいましたよ」
しん、となって話を聞く。
ほら、やっぱり馬鹿だ。自覚症状がある。
私は思ったことを口には出さずに聞いていた。顔には出ていたけれど。
「こんなに晴れているのに、傘、持ってきちゃいました」
へへっ、と笑う彼女。それにつられたのか、教室がある種の笑いに包まれる。いや、つられたふりをしているだけだろうけれど。
そしてもちろん、ある種というのはふわりとした笑い。
あの皆骸友里恵も、社長令嬢らしい、仕込まれたように上品な笑みを浮かべていた。
と、周りを観察していて私は何かに引っかかっていることに気がついた。
何か、聞いたことある話のようだった。
既視感という言葉があるが、これは既聴感とでも言うべきなのだろうか。
どこか記憶の片隅で、何かがざわついている。
けれども、既視感というのはその場で作られる幻想、だったと思う。夢か、現実か。
確かめるために数分前からの出来事を、何度も思い描く。
「あ……」
小さく息を呑み、私は驚きを声に出さずにはいられなかった。もちろん、出すのは蚊の鳴くように小さな声だったが。
気づいてしまった。けれどもあのときのピエロは、冗談のように言っていた、か。いや、本気で言っていたかもしれない。
『その先生さんは、この先苦労するよ。たとえば、車に撥ねられて傘が足に刺さるとか』
彼のその言葉は、何だったんだろうか。