13,空白と計算の二千三百二十一
人が一人いなくなった。
というのは、昨日の蘰愁のことだ。
たいてい人が死んだりいなくなったりすればテレビなどで取り上げられると思っていたが、実際は違うようだ。
私は朝食の食パンをかじりながらテレビのニュースを見ている。
幻想かと思うほど、昨日の記憶は私に焼きついていない。
だから確認をしようとテレビをつけ、結論。「何も変わっていることはない」
いや、「何も変わることはなかった」のだろうか。どちらにしても、私の苦手な分野の話だ。
殺人事件で、首がない異質なものだろうが、小さな町故、報道されないのだろう。
私はひとり片付け、パンの耳を口に入れる。
「今日も平和な一日がやってきました! では、健康観察をします」
教室で朝の会。いつもの言葉の後、緑色のカードを持って先生は名前を呼ぶ。
出席番号順に、1番の蒼井美月から、最後の若谷慶介まで。
「柏井さん」
「あい、元気です」
「勝木くん」
「はい、元気っす」
転校生ということで、蘰愁という少年はまだ名簿に載っていなかったのだろうか。
そう思ってしまうほどあっけなく、彼の名前があるはずの場所は飛ばされて。
「若谷くん」
「はい、元気です」
最後までいって、先生は教室を見渡してつぶやく。
「欠席はいませんね。みんな元気でなによりです」
ぽっかりと空いた後ろの端にある席。昨日運ばれてきたものなのに、それはずっと前からあったような自然さでそこに居座っていた。
知っているのは私だけなのか。
授業中でも考えることは違和感と存在無視の理由。
無視、というのは言い方が悪いが、実際に存在していたものなのに、いなくなっているそれのことだ。
「……さん、美子さん」
「あ、はい」
考え事をしているうちに指名されたようだ。含み笑いの声が聞こえる。
「ここの問題の答えは?」
黒板に書かれた問題は、小学生にしてはややこしい計算問題。
五桁の引き算、二桁の掛け算、割り算。括弧で括られたところもあり、面倒くさい。
「早くしろよー」
「こんなの簡単でしょー」
笑い声が大きくなる。
私は黒板だけを見つめ、ノートもなにも開かずに答える。
「……二千三百二十一」
「正解」
空気が凍りついた。
「何アイツ。頭どうかしてるんじゃないか」
「ムカつく」
聞こえる声に私は全く反応せず、それらを無視してまた自分の世界に入る。