10,青い瞳の半分、そして半分
――――泣いている。
夜中に目が覚めた。
私は夢を見ていたのだろう。肌の表面は汗で湿り、目から涙の痕が伝っていた。
「泣いてるの、この私が?」
ベッドの上で一人つぶやき、言葉は闇に吸い込まれた。
『眠れ、少女』
そして私は眠りについた。
気がつけば朝、夢の内容は忘れてしまっていた。
「いつまでいるの、アイツって」
「いいかげんに消えてほしいよね」
「てか、死ねって感じ」
同級生の言葉、机の上に置かれた猫の死骸。
まだ瞼が上がった状態で、白い毛に映える赤の瞳。背中に茶色く変色した血。
どことなく、アリスに似ていた。
私はその猫の頭に触れ、尻尾のほうまで手を滑らせる。
「触ったよ、アイツ」
「うわ、汚い奴」
笑い声が充満する。
「この猫より死ぬ価値ないんじゃない、君たちってさ」
聞き覚えのない声だった。皆の視線が一点に集まる。
「……誰?」
そう言ったのは、他ならぬ私自身。
「僕? 適当に呼んでよ、名前は蘰愁だから」
簡単な自己紹介をした彼は、私を見ている。
一見するとどこにでもいそうな小学生なのだが、よく見ると何かが違う。
足もとから見ると、普通のジーンズにTシャツを着て、軽く上着を羽織っている。ただそれだけで、あまり変わりはない。
顔は少し大人しそうな顔つきで、整っている。そして一重の瞼があり、その奥に見える瞳。
青い瞳だった。
「……ハーフなの?」
「いや、クオーターだってさ。うちの祖母がハーフだよ」
「へぇ、そうなんだ」
静まり返ったままの教室。
「あ、そっか。転校生!」
名前も忘れたクラスメイトが言った。転校生は普通担任に連れられてくるものではないのかと思ったが、偏見なのだろうか。ドラマの見すぎか。
「ちょっと、愁くん待ちなさいよ、まだ話が終わってないでしょう」
担任が入ってきた。皆の表情と空気が和らぎ、私と愁の表情は硬くなった。
そして、転校生として彼は言った。
「話ですか? どうせ長い注意と要らない気遣いですよね。必要ありませんから」
彼は軽く言って、そして担任は苦笑した。
「そう、もうみんなとも仲良くなれたみたいだし、よしとしましょう」
「助かります。……ところで、この学校で死んだ動物ってどこに埋めます?」
この猫のことを案じているのだろう。彼はちらりとこちらを見る。
「猫の、死骸? 何で美子さんの机の上にあるの?」
言うか言うまいか。
これは朝来たら置かれていて、それを取ってきたのはおそらくそこに立っている女三人。
言えば確実に嘘だと言われ、彼女たちは勝つ。
私がここの人たちに勝つなど不可能、まったくの可能性を持たない。
「……あの、」
「彼女は取ってきてませんよ、そこにいる女子たちが拾ってきたようですよ、柊の公園から」
私が言おうとしたその時、愁はつらつらと言葉を並べた。
なんで私を庇うのかとか、それ以前に私は心臓が止まる思いだった。今は何とか抑えているこの心臓。
柊の公園から、という固有名詞。
アリス
アリスとその連れ“帽子屋”。
「何でわかったの?」
と、先生。
「コイツがとってきたんじゃねーの?」
「そうよ、私たち見たよね」
「うん、絶対に見た」
「帽子屋……さん」
ざわつく室内で、私がつぶやく言葉は誰にも聞き届けられることなく、溶ける。