魔王と勇者と……
永久なる夜の世界。
瘴気が溢れ返る大地。
森は枯れ海は干上がり、毒が蔓延する土地。
光に属する者なら徐々に体力が削られ、最後には屍をその地へ捧げる場所。
――魔界。
その魔界の中央に鎮座する巨大な城。高さは二百メートルに達し、広さは周囲十数キロとマラソンにぴったりな大きさである。
城を囲むように建てられている塀も五十メートルはあり、空を飛べるものでないと到底超えられないであろう。
また四方に作られた大きな門には、五メートルはあるだろう巨人が門番をしている。
城の周辺では巡回の兵士たちが隊列を成して城に近づく者を見張っており、空は羽を持っているものが哨戒している。
まず生半可な者は城に入るどころか、近づくことすら出来ないだろう。
この城こそが、魔界を統べる魔族たちの居城である。
また、魔界と対を成す、人族が治める地もある。
互いに犬猿の仲であり、両者の血で血を拭う争いを始めてから幾星霜。
毎回魔族は人族をあと一息というところまで追い込むのだが、そのたびに人族が勇者と呼ばれる異世界から召喚した人物によって形勢逆転され、負けている。
そして今回も勇者を召喚したという情報が魔界に入った。
このままでは過去と同様、負けてしまうことを危惧した魔族は、人族と同様に魔族の勇者、すなわち魔王を異世界から召喚した。
それから半年。
今日も城の最上階から女性の怒声と男性の嬌声が魔界中に響き渡っていた。
■ □ ■ □ ■ □
「えーーーーいっ、今日という今日は死んでもらうぞ!!」
「あああああぁぁぁぁぁっ!! ミシェルたん! そこ、もっとぉぉぉぉ!!」
黒い小さな羽、頭には可愛らしくも禍々しい二本の角、手には鋭い爪が生えて、黒いぴったりとした上着にタイトミニ姿の十代に見える女性。
彼女の名はミシェル=アガリア。れっきとした悪魔族であり、見た目とは裏腹に魔界でも屈指の実力を持つ上級魔族だ。
沈着冷静頭脳明晰容姿端麗凹凸のある身体。
身長は若干低めだが、それ以外どれをとっても一級品であり、更に魔王直属の親衛隊長を務めている。
幼くも美しい顔立ちと素晴らしい身体というアンバランスさで、魔族の中でも一番人気である。彼女を啓蒙する魔族は非常に多い。
だが普段はクールで且つ知的な彼女が、珍しいことに顔を上気させながら、これでもか、と言わんばかりに鋭く尖った靴の踵で男性の顔を踏みつけていた。
「だいだいだな! 魔王、貴殿には王という自覚があるのかっ!?」
彼女の驚くべき発言。
彼女に踏まれて嬌声を上げている男が、この魔界を統べる魔王と言ったのだ。そして半年前、異世界より召喚された人族である。
しかし彼女は魔王直属の親衛隊長であり魔王を護る役目のはずだが、何故か護衛対象を踏みつけていた。
「あふん。ちゃ、ちゃんとあるよ! きっと……多分」
「ならば何故っ! 勇者が近づいてっ! 来ているのにっ! 逃げようとっ! しているのだっ!!」
「あっ、あっ、あああぁぁぁぁ」
言葉を区切るたびに力を入れて踏みつけるミシェル。それに呼応するように男性の聞きたくない嬌声が響く。
「ぜぇっ、ぜぇっ」
「ミシェル、そろそろ止めないと魔王様が死んでしまうぞ」
そんな彼女の肩に手を置いて止めようとする、二メートルに達する男性がいた。
フェブリ=アスモ、魔王軍の軍団長である。
魔王軍は親衛隊と呼ばれる魔王直属の軍と、彼、フェブリが統括する軍の二つが存在する。
また、彼ら以外に宰相と呼ばれる魔法を得意とする魔族、キィラ=ベルゼという名の女性がいるが、現在有給休暇を取り、六泊七日の魔界温泉旅行へと出かけていて不在だった。
そしてミシェル、フェブリ、キィラの三名が魔族の首脳陣と呼ばれている。
「止めるなフェブリ! 今日こそはこの無駄飯喰らいの魔王を倒し、地獄へ叩き落して平和を取り戻すのだ!!」
人族から見れば、拍手賛同したくなる素晴らしい発言だ。
が、フェブリは魔族であり、彼女の発言に苦笑いをした。
「言いたいことはわかるが、地獄は魔界の一部だ。ここから西へ五百キロほどの場所にあるぞ」
「そんな事は知っている!」
「……ミ、ミシェルたん」
と、ミシェルの足元で顔を踏まれていた魔王が彼女の足を掴んだ。
「む、まだ息があるのか」
「あの……ピンク色とはなかなか可愛いものを穿いて……」
その瞬間、魔王から飛びのき顔を真っ赤にさせて、穿いているスカートの裾を手で押さえた。
彼女は全身を震わせながら指を鳴らすと、一瞬でスカートがズボンへと変わる。
「えええっ?! そんなご無体な! ミシェルたんにはミニのスカートが絶対似合うんだよ!? ズボンなんて言語道断!」
目を大きく開いて抗議する魔王に向かってミシェルは一言。
「死ねっ!!!」
大きく右足を後ろへ振り上げ、魔力を充填。
そして音速を超える速度で足を振り下ろし、魔王を本気で蹴った。
凄まじい音と共に、砲弾のように飛ぶ魔王。
並大抵の魔法や攻撃では傷一つつかない頑丈な魔王城の壁がぶち壊れ、そのまま外へ跳んで行った。
「ぬわーーーーーーーー………………」
そのまま星になる魔王。
肩で大きく息を吸っているミシェルの隣にいたフェブリはぽつりと呟いた。
「ほぅ、あれが噂に聞くドライ○シュートというものか」
どちらかといえば、タイ○ーショットであろう。
■ □ ■ □ ■ □
「ふー、酷い目にあった」
ミシェルに蹴られ、魔王城からかなり離れたところに無事激突した魔王がむくりと起き上がった。
驚くべき事に、彼はあれだけの攻撃を受けてもぴんぴんしていた。魔族ですらあれだけ攻撃されれば、まず間違いなく死んでいる。
起き上がった彼は汚れた服を手ではたきながら周囲を見渡し、現在位置を確認する。
「んー、ここどこだろう?」
だが魔界へ召喚されて半年、殆ど城で過ごしていた彼の頭には地理が入っていなかった。
その代わり彼の脳内には先ほど足元から見上げたミシェルの素晴らしい張りのあるふとももと、その奥に潜んでいたピンク色の何かが、千八百万画素数ほどの細かくも美しい映像で記憶されていた。
しかも特記すべきは奥に潜んだ布のねじれ具合。あれぞ桃源郷。それを思い出し、思わず口元がだらしなく開いた。
「でも、ま、良いもの見れたしご褒美ってところかな。でへへへへぇぇぇっ?!」
次の瞬間、どこからともなく魔力弾が飛んできて、魔王のすぐ足元に着弾する。その衝撃で再び吹き飛ばされ、十回ほど無様にも転がって岩にぶつかり止まった。
どこかで「ちっ、外したか」という声が聞こえたような気がした。
だがやはり魔王は何事も無かったように起き上がる。
「いてててて。今のミシェルたんの魔力弾だよな? 何て非常識で可愛い女の子なんだ」
再び魔王は手で服をはたき、また周囲を見渡した。
荒野である。
本当に何もない。
魔王城から少し離れただけで、これほどの荒れた大地となるのが魔界だった。
だが魔王城はものすごく高い。遠くへ蹴飛ばされてもすぐに場所が分かる。
「あれなら地図なんて無くても帰れるな。というかあれじゃ人族が攻めてきた場合、場所を教えているようなもんじゃないのか?」
それにしても……と魔王は自分の身体を見る。
学生ズボンに半袖の白いシャツ。どれもが汚れはするものの、破れるどころか、糸一本たりともほつれていない。
また先ほどミシェルに踏まれていた顔にも痣や傷はついていないし、大地に激突したのにも関わらず骨一本も折れていない。
異常だった。
「……これがチートなんだよな」
人族の手によって異世界より召喚された勇者。
魔族の手によって異世界より召喚された魔王。
彼らは異界のゲートを潜るときに、異能を授けられる。
勇者は魔族に対抗できる光魔法を自在に操り、そして常人離れした身体能力と、剣の才能が与えられる。
それで過去幾たびも魔族を駆逐したのだ。
そして魔王は……。
「いわゆるVIT極振り状態って奴だな」
あらゆる魔法を使えず、剣の腕も初心者、垂直飛びもせいぜい六十センチいくかどうかの身体能力、と召喚される前と何一つ変わっていなかった。
ただし、異様なまでの耐久性を除けば。
魔族最強の一角と言っても過言ではないミシェルの本気の蹴りを受けても、傷一つ付かない。
勇者がバランス型とすれば、魔王は極振り型だ。
だが魔王は思う。
それはそれで良い。
だって人を殺すなんて事できないし、攻撃喰らっても死なないし。やはり平和が一番。
と、魔王とは思えない考え方を持っていた。
そのために魔族から、特にミシェルからは厭われている。
魔王を召喚したのは宰相であるキィラだが、彼女は『召喚魔法は確実に成功している。彼が魔王なのは絶対だ』と言っている。
キィラの発言もあるし、また異様なまでの耐久性から、最悪勇者が来たときの盾として使えばいいや、という理由で城から追い出されていなかった。
「さ、帰ろ」
遠くに見える魔王城へ、とぼとぼと歩き始めた。
早く帰らないと、夕飯抜きになってしまうのだ。
いくら耐久があっても、空腹は訪れる。三食バランスよくしっかり食べるのが健康の秘訣である。
■ □ ■ □ ■ □
歩き始めて一時間。
既に疲れ始めた両足を叱咤しながら、機械のように黙々と動かしていると、不意に魔王は気が付いた。
「あれ? なんだここは?」
魔王城が見える方向へ歩いているはずなのに、何故か同じところをぐるぐると回っている感じがしたのだ。
あれほど目立っている魔王城だ。まず間違った方向へ歩いていることは絶対ない。
だが足元に転がる岩々は、十分ほど前に見たような形をしている。
「まさか無限ループ地帯か?」
ダンジョン型のゲームによくある罠。
ゲームと同じならば抜け出すのは簡単だ。ワープするポイントを飛び越えれば良い。
ただ、ここは現実世界。そう甘くはないだろう。
そもそもワープポイントが五メートル以上あったら到底魔王がジャンプして飛べる距離ではないし、地面設置型ではなく空間設置型なら手も足も出ない。
となると、別の道を探すしかない。
「はぁ……仕方ないなぁ。少し回り込んでみるか」
魔王城を真横に見ながら右側へと歩き始めようと一歩前に踏み出した瞬間、突然目の前に女の子が現れた。
慌てて足を止めようとするも、一時間も歩きっぱなしで疲れていた足はいう事を聞かず、そのまま彼女にぶつかってしまった。
「きゃっ」
「わっ?!」
互いにぶつかり尻餅をついた魔王だが、女の子のほうは意外と力があったのか、平然と立っていた。
ただし、いきなり背後からぶつかられたせいか、驚いた表情をしている。
腰に細い剣をぶらさげ、胸には花の紋章が彫られている白銀の鎧を着ていて、左腕には小さめの丸い白い盾をつけた、魔王と同世代の可愛い女の子だった。
ミシェルたんは可愛いというよりかっこいい系だったけど、この子は可愛い系だな。
鎧を着ているからいまいち分かり難いけど、おそらく凹凸はミシェルたんが圧倒的な勝利だ。でも可憐さならばこの子が勝つね。
それよりも、黒髪黒目なところがいい。俺好みだ。
下がズボンなのは残念だが、こんな所を歩くなら素肌を晒すわけにはいかないだろう。
一瞬見蕩れてしまった魔王だったが、我に返る。
「ご、ごめんっ! 大丈夫」
「どうして……人がこんな場所に?」
それが魔王と勇者の出会いだった。
■ □ ■ □ ■ □
「へー、勇者ってキミの事だったんだ」
「ええ、そうなんですよ。それにしてもなぜあなたは魔界で生きていけるのですか? もしかしてあなたも光魔法が使えるのですか?」
勇者は光魔法でフィールドを張ることにより瘴気から身を守れるが、普通の人族が魔界にいると徐々に身体が蝕まれていく。一日も経てばまともに動けなくなり、さらにもう一日で衰弱して死ぬ。
だが魔王は単なる人族だ。もちろん瘴気の影響はモロに受けている。
ただ異常なまでの耐久で耐えているだけである。
「俺は魔法はこれっぽっちも使えないんだけどさ。……そういやここって瘴気だらけの場所だったんだっけ。すっかり忘れてた」
「忘れていたのですか。それでよく生きていられますね」
呆れたような声を出す勇者。
勇者といえど、魔法でフィールドを張らないと死んでしまうのだ。
「ところであなたのお名前は?」
「俺? 魔王」
「……は?」
目を大きく開く勇者。
それはそうだろう。目の前の男が宿敵である魔王と名乗ったのだ。
だが魔王はそれに気が付かず、そのまま話し続ける。
「いやー、それにしてもキミみたいな可愛い子が勇者だったなんて、知らなかったよ。てっきり熱血少年か、むさいおっさんかと思ってたんだ。しかもこんな辺鄙な場所で会えるなんてラッキーだな。ミシェルたんもクールビューティーで良いけど勇者ちゃんも負けないくらい可愛いよね」
「ミシェル? ミシェル=アガリア?」
「うん、そのミシェルたん。見たことある? 可愛いよ」
ミシェルの名は冷酷で残酷な悪魔として人族にも知られている。
そんな恐怖の名を、しかもたん付けで呼んでいる目の前の男は?
「………………」
「あれ? どうしたの黙っちゃって? あっ、いや勇者ちゃんも可愛いよ! ほんとほんと! 思わずお持ち帰りしたくなるくら……」
「あ、あなたが魔王っ?!」
魔王から距離を取り、腰にぶら下げていた細剣を右手に持ち、左腕につけている小型の盾を前に出して構えた。
だが彼女は混乱していた。
彼女の知っている魔王は、城の一番奥にある豪華な椅子に座って、勇者を待っているものだと思ってた。しかし魔王城のこんな離れた場所で、しかも供も連れずに一人で居るなど思いも寄らなかった。
実際は部下に蹴られて飛ばされたのだが、そんな事は分かる訳がない。
「え? あれ? 突然どうし……ああーーー!」
そして魔王も気が付いた。勇者は魔族を倒しに来たと言う事を。
更に言えば自分は魔王、すなわち魔族のトップ。
そりゃ剣を向けるに決まっている。
「ちょっ、ちょっとまった! 落ち着いて! ま、まずは話し合おう! 話せば分かる!」
「問答無用っ!!」
そして勇者は細剣を凄まじい速度で繰り出して来た。
この剣は光属性のかかっている魔法の剣であり、数多の神の祝福がかけられている国宝である。
魔のつく存在であれば、この剣を見ただけで恐れひれ伏す。ましてやこれで傷を付けられでもしたら、低級な魔族ならば一瞬で塵と化かすだろう。
ただし、この剣は神々に認められたものしか持つ事が出来ない。
勇者である彼女の剣捌きは見事としか言いようが無く、たとえ剣の達人であろうとかわすのは難しいだろう。
更に言えば、魔王はドがつくほど戦闘は素人である。
どう考えても避けられる訳がない。
祝福のかかった剣先が魔王に当たった直後、まるで硬い何かを突いたような感覚が手に襲い掛かった。
「うわわわわっ?!」
「え?」
慌てて剣を戻すが、魔王には傷一つついていない。例えミシェルほどの上級魔族であろうと、この剣をまともに喰らえばダメージは避けられないはずである。
ならばと光魔法を瞬時に手から生み出し、それを投げつけた。
見事魔王に当たるが、単に吹き飛ばされて転がっていくだけで、ダメージを与えたという感触が一切無かった。
その証拠に魔王は何事もなかったように立ち上がり、そして土のついた服を手ではたいている。
「そんな……はずは……」
勇者がこの世界に召喚されてから二年。
度重なる魔族との戦いの中、強い魔族はいた。一度や二度死にかけたこともあった。
しかし全くダメージを与えられないような敵は居なかった。
もちろん手を抜いたわけではない。先ほどの魔法は無詠唱の中では最大威力のものを放っている。
「これならば!」
ならば、最大の攻撃で相手を沈める。
勇者は両手を天に捧げ、祈りを始めた。
ただし、この技は本来こういった戦闘時には使えない。なぜなら祈りが必要であり、少し時間がかかってしまうからだ。
しかし何故か魔王は立ったまま、薄気味悪い笑みを浮かべてこっちの方を見ているだけだったからだ。
しかし魔王は「さっきの勇者ちゃんの強張った顔がそそられたなぁ」と暢気にそれを眺めていただけなのだが。
そして勇者の祈りが完成したのか、彼女の手の上に巨大な光弾が生まれた。
魔界に振動が走り、周辺の大気が震えた。それは圧倒的な力を感じるほどに。
ありとあらゆる魔を殲滅する勇者の必殺技。
さすがの魔王もそれを見て驚き慌てて逃げ出そうとするが、もちろん逃げ切るなんてことは不可能だ。
そもそも一般の人並しか身体能力がないのだ。百メートルだって十四秒もかかる魔王なのだ。
勇者は光弾を魔王目掛けて遠慮なく投げつける。追尾していくように魔王の後を追っかけていく光弾。
それが着弾。その瞬間光が溢れ、まるでナパーム弾のように周囲が溶けていく。
それを凝視し、油断なく見る勇者。
光が徐々に収まると共に、着弾した場所に黒い人影が浮かび上がるのが見えた。
「……うそ」
この魔法を生き物が喰らえば、髪の毛一本たりとも残らず跡形も無く消滅する。
彼女がこの魔法を実戦で使うのは三度目だが、過去二度とも周囲もろとも魔族が文字通り消滅したのだ。
だからこそ絶対の自信を持っていたのだ。
しかし……それが効き目がないとなると。
元々彼女も平和な世界から召喚されたのだ。
無理やり魔族と戦わされ、幾度も怖い目に合いながら命のやり取りに慣れていったのだが、素の性格が消えたわけではない。
完全に光が収まると、どろどろに溶けた地面の上に座り込んでいる魔王がいた。
そして何事も無かったように立ち上がる。
勇者の心は折れた。
「はぁ……びっくりした」
今のは凄かった。
この半年、魔法の得意な宰相キィラから数回攻撃を喰らったことがあるが、それ以上の魔法だったのだ。
さすが勇者ちゃん。こんな凄い魔法を使えるなんて。
しかしそれをまともに喰らっても、眩しいなぁ、とだけしか思わなかった自分も何だかんだでチートだよな。
さて、とばかりに勇者の方を見ると、彼女は怯えた様子で地面にへたり込んでいた。
魔王が一歩近づくと、彼女はびくっとして必死に逃げようとするが、完全に腰が抜けているのか地面を這いずるだけだった。
どうしたのかな、と思い更に近づくと「こないでぇ……」と涙目を浮かべながら懇願している。
うわ、何この可愛い反応。
まずい、やべぇ、めっちゃ可愛い。
惚れた。
ゆっくりと近づいていく魔王。
後ずさりする勇者。
そのまま何メートルか同じ事を繰り返した。
でもこれでは埒が明かないと思い、魔王が一気に走り寄る。
そして思いっきり勇気を出して声をかけた。
「お、俺と付き合ってください!」
何の脈絡もない告白。
だが勇者の頭にはこのような連想になっていた。
つきあう→突き合う→殺しあう。
つまり武器をもって正々堂々と勝負しろ、と魔王は言っているのだ、と。
その手に持っている細剣は飾りか、と問いかけているのだ。
だが、勇者にはもはや魔王に対して有効な攻撃手段は持ち合わせてない。
このままではなぶり殺しに合うのは確実だろう。
死にたくない。
「い……いや、近寄らないで……」
「がーーーーーーーん」
魔王は多大なるショックを受けた。
一世一代の告白だったのに。
振られてしまった。
しかも近寄るな、とまで言われたのだ。
これほど嫌われるとは。
がっくりと肩を落とし、そして魔王城のある方向へととぼとぼ歩き始める。
俺にはミシェルたんがいるからいいのさ!
そう強がる魔王だった。
そうさ、あのピンク色の布地こそが桃源郷なのだから。
次の瞬間、どこからともなく魔力弾が飛んできて、魔王を遠く吹き飛ばした。
■ □ ■ □ ■ □
「た、助かった……の?」
強力な魔力弾が魔王をどこかへ飛ばしてから十分後、ようやく我に返った勇者。
まだ震えている膝を無理やりいう事を利かせて立つ。
やはり自分はまだまだ弱い。
魔王が自分を見逃したのは、きっと取るに足りない存在だからだ。
だからあれだけショックを受けていたのだろう。勇者とはその程度だったのか、と。戦う価値すらない、と思われたのだ。
強くならなくちゃ。
勇者もまた強く心に思い、魔界を後に立ち去るのであった。
勢いで書いてしまいました。
別作品でつまっていたので、つい。