骸骨さんのお名前は
骸骨さんの腕の中。守られるように抱かれて連れて来られたのは、アパートの一室。
何処だここ?
「ねぇ、今あなたがやった瞬間移動みたいなの、私は出来ないの?」
「残念ながら死神限定です。相棒ならば、共に移動出来ますよ。」
「ふーん。なら、私には必要無いね。」
骸骨さんが、おかしい。さっきからずっと、私を観察するみたいに見てくる。何かを、確かめようとしてる。
「アリーシャ、そこの男性に見覚えは?」
骸骨さんが視線で示したのは、この家に住んでる人みたい。
三十代前半くらいの、草臥れたスーツ姿の男。テレビ観ながら缶ビールを煽ってる。
「何か嫌な事でもあったのかな?飲み過ぎだよね?」
机の上には空き缶がたくさん。
目は虚ろ。溜息を何回も吐いてる。
「彼は、己の愚かな行為が原因で愛する女性を失いました。」
「……だから、ヤケ酒?」
見上げたら頷きが返って来た。
「それは大変でしたねって感じだけど…彼の死期はまだだよね?何かあるの?」
ヤケ酒中の男性の寿命はまだ先だ。まだまだ何十年も生きて、老衰で死ぬ。
私が首を傾げていたら、まるで褒めるみたいに、頭を撫でられた。彼は私の頭を撫でるのが好きだ。
「あともう一箇所。……そしたら名を、下さいますか?」
「うん。あげる。次は何処に行くの?」
また答えは返って来ないけれど、まぁいいや。
彼の腕の中におさまって、目を閉じる。
次に目を開けた時にはまた知らない場所。
「………刑務所?」
なんだかそんな感じの場所。
私達の目の前には女の人。膝を抱えて、ずっと爪を噛んでる。
「彼女は……木嶋、あやめ。」
彼が言葉を止めるから、私は促す為に彼を見上げた。
眼球の無い目が、じっと私を見ている。
私の表情から何かを読み取って、彼は再び、言葉を紡ぐ。
「先程の男性の恋人の一人で、彼の本命だった女性を滅多刺しにして殺したんです。本命の存在に気付き、破局するように持ち込んだ。本命の女性はあっさり彼を捨てたけれど…彼は、木嶋あやめを選ばなかった。」
「だから、本命彼女を殺したの?」
「そうです。」
「ふーん。女って怖いよね。」
呟く私を、彼がまた観察してる。
どうしたんだろう?よく、わからない。
「何これ?テスト?木嶋あやめは担当外だよね?」
「……そうですね。」
「私が相棒に相応しいかを試してるの?ねぇ…私が、嫌になったの?」
「違いますアリーシャ。ただ…確かめたくて。……木嶋あやめが殺した女性の名は」
じっと、真正面から顔を覗かれている。私には、彼の意図がわからない。なんだかとっても不安で…怖い。
「"三神亜梨沙"。失血死でした。」
「………痛かっただろうね?」
抱き寄せられたと思ったら、また場所が変わっていた。
気が付いたら空の上。
ふわふわふよふよ、漂っている。
「僕はね、アリーシャ。ある時、愛しい魂を見つけたんです。」
彼の好きな姿勢。
宙に浮いた状態で、私は彼の膝に座らされる。頬が彼の胸に付くように抱き寄せられて、髪を梳かれてる。
「その魂を、僕は輪廻の輪に案内しました。そして再び生を受けたその魂を見つけ出し、見守った。…寿命が来た時に、この手で刈り取り、手に入れる為に……」
死神の相棒は、魂の段階では契約出来ない。契約の条件として、己の鎌で刈り取らないといけない。
相棒の存在はご褒美。
欲しい魂を見つけた死神は、その魂を手に入れる為に必死に仕事を頑張るようになる。
「ずっと見守って…仕事もたくさん、頑張りました。老衰であれば良いと願ったけれど、こんな……」
「…涙は出ないのに、泣き虫だね?」
「そう、でしょうか?……アリーシャ、僕が、怖いですか?」
「どうして?どんな姿でも、あなたは、あなた。」
涙が出ないのに、彼は震えて泣いている。だから私は、彼の頭を胸に抱く。
「"まさお"。何故だろう?この名前しかないと思ったの。あなたの名前って考えたら、しっくり来た。」
「っ、アリーシャ…憶えて?」
唐突に見上げられて、びっくりした。だけど彼が何を求めているのか、私にはわからない。
「何を?」
聞いたら彼が悲しそうだ。
宝物みたいにそっと、私の頭を彼が胸元に引き寄せる。
「…………いえ。アリーシャ、名をありがとう。これで貴女は、僕の物だ。」
「うん。よろしくお願いします。」
「もう、逃げないで下さいね?」
「逃げないよ。逃げられない。」
縋り付くような腕の中。
何故か私の目からは、涙が溢れた。