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死神となった男

 引き継ぐのならば、僕の担当は日本ではなく僕の母国。だがそうなれば、彼女を探す事が難しくなる。

 僕は担当国を拒否してみた。彼女の国が良いと強く念じた。


 世界はそれを、受け入れた。


 不思議な世界だと思った。

 誰も疑問を感じないのか、それが理だと誰もが受け入れている。

 僕以外の死神とも出会ったが、僕のように元が人間だった存在には出会えていない。

 皆が皆、生まれながらに死神であるようだ。


 僕は仕事をこなし、彼女の魂を探しつつ、"死神の相棒"となった魂の話を聞いて回った。彼女を見つけられた時に困らないよう、情報が必要だと思ったのだ。

 世界に与えられた知識以外の情報は、数多くあった。

 僕が最初に持っていたのは契約のやり方の情報のみ。やはり聞いて回る事は必要なのだとわかった。


 相棒となる魂は、直前の記憶、人格で固定されるようだ。

 だが皆一様に記憶の混乱が起こったと言う。もしかしたら、彼女は僕を思い出してくれるかもしれない。そんな希望はすぐに、自分の容姿を見て潰えた。

 骸骨だ。記憶があったとしても、僕だと気付く訳がない。

 容姿を彼女の知っている僕に変えられないかとも、考えた。考えたがそれも、出来ないのだ。

 死神になった時、僕の記憶は、消えた。その時強く想っていた彼女に関する事以外、全くと言って言い程に、残っていない。

 金髪碧眼だった。という事以外、自分の容姿についても思い出せなくなっていた。

 そんな状態では、彼女に思い出してもらうなど不可能だ。手に入れる事だけ考えようと決めて、僕は、探し続けた。


 彼女は一体何度死んだだろうか?


 一体何度生まれ、何人の男に身体を開いたのだろうか?


 嫉妬の炎に、この身を焼かれそうだった。

 なるほどこれが地獄なのだと、納得もした。


 終わりの無い時。

 永遠に焦がれ続け、永遠に嫉妬し続ける。


 なんてぴったりの罰だろうかと、己を(わら)った。



****



 やっと見つけた、彼女の魂。


 焦がれに焦がれた彼女はやはり、美しかった。愛らしかった。愛しかった。


 輪廻の輪に導く時、必要も無いのに、彼女の手に触れてみた。


 流れ込んで来たこれまでの彼女の生は、幸せとは、遠かった。


 彼女は何かを探し続けていた。それはどうやら無意識で、日本中を探し歩く夢を見ていた。


 何度も若くして命を落とし、その度に、生まれる土地が変わっているようだった。


『神よ。死後の世界でもお会い出来てはおりませんがいらっしゃるのならどうか…次の生では平凡な幸せを、彼女にお与え下さい。彼女に笑顔をお与え下さい。例えこの身が焼き付くされるのだとしてもどうか…彼女に平穏を……』


 輪廻の輪に入る彼女の魂を見送りながら、僕は祈った。



 世界は、僕が彼女を相棒に選んだと判断したようだ。

 次に生まれた彼女の担当が、僕に割り振られた。これで彼女の寿命が来た時に、僕がこの手で刈り取れば、彼女は僕の物となる。

 寿命は二十七。祈りは通じなかったのか、またもや短い。死因も、酷い物だった。

 何度生まれ変わろうと生が彼女を痛め付けるのならば、やはり僕が手に入れようと、決めた。


 決めて、見守る日々。


 良かった。笑っている。


 ずっと焦がれていた存在。見ているだけで、どうしようもなく、満たされる。


 だが僕は欲深い。


 側に行きたい。

 触れたい。

 話したい。

 笑い掛けてもらいたい。


 巫女だったからか、彼女は視る事も感じる事も出来る人間だった。ならば僕を視てくれるだろうか…己が恐ろしい骸骨だという事も忘れ、幼い彼女に、僕は近付いた。


 黒い大きな瞳が僕を映す。

 怯えて泣くだろうと思った。だが彼女は予想に反して、笑った。とても嬉しそうに笑って、両手を広げる。


『みぃつけた!』


 確かに、そう言った。

 僕に駆け寄り、小さな彼女は抱き付いて来た。

 抱き上げそのまま攫ってしまいたい衝動をぐっと堪え、僕はただ呆然と、立ち尽くす。


『ガイコツしゃん?おままごとね?』


 骨の手を疑問も持たずに彼女は引いて、僕に遊べと要求して来た。

 貴女が望むのならば、僕はなんだってする。だからもっと、もっと僕を見て、僕に話し掛けて?


『あたちアリーシャ、おくしゃん。ガイコツしゃんはダンナしゃん。おなまえ、まさおしゃんね?』


 憶えていたんだ!

 彼女は僕を憶えていた!ずっと、探していてくれたんだ。約束を果たす為に…。だけど僕が永遠を選んだから、彼女には見つけられない場所に行ってしまったから……会えなかった。


『ガイコツしゃん…いっちゃう?またくりゅ?』

『必ず来ます。約束です。』


 泣きそうな彼女と、約束をした。今度は必ず叶える約束。

 幼いからこそ、残っていただけかもしれないけれど、次に会う彼女は忘れてしまっているかもしれないけれど、構わない。

 今度は絶対、会えるから。

 手に入れるから。

 約束を、果たすから…永遠に、僕は貴女の物だからーーー


 貴女を僕に、下さい。



***



 彼女の寿命がやって来る。

 焦がれ過ぎて、力が入り過ぎた。見失った。

 僕はなんてダメなんだ。


 彼女は逃げ続ける。


 どうやら僕を見ても、わからなかったようだ。

 記憶は失われている。

 それでも必ず、手に入れる。

 ずっと見守っていたんだ。彼女の考えを読んで行動した。

 彼女は休みの度に日本中を旅行していた。何を探しているのかもわからず、探し続けていた。

 日本にはないかもしれない。ならば次は海外にしようかと、彼女が考えていたのを僕は知っている。

 本屋でチラチラ、海外旅行の本を気にしていた。


 実家、アパート、そこに来ないのならば空港だと当たりを付けて向かった先に、彼女はいた。

 憶えていなくても気付いて欲しい。

 貴女が探しているのは、僕だ。僕なんだよ。


 なのにどうして、まだ逃げるんだ?!


 手に入れたと思うとすり抜ける。

 この容姿だから、恐れてる?

 どうしたら良いのかわからず、途方に暮れた。


 諦められないんだ。

 アリーシャ、貴女がどうしても欲しい。ずっとずっとずっと、欲しかった。僕に縛り付けたい。永遠に!

 だけど貴女を、傷付けたくはないんだ…



***



「まさーおさん?」


 逃げに逃げまくってくれた彼女は、何故かあっさり、僕の手に捕まった。

 今のアリーシャは、僕の膝の上が定位置で、永遠の相棒を受け入れている。


「ね、まさおさん?」


 僕を映す、黒い瞳。

 髪は明るくウェーブがかっているけれど、それも似合っていて、とても魅力的だ。


「ナース服、想像してみよっか?」


 時々……しょっちゅう、突飛な事を言い出して、僕を困らせて楽しんでいる。


「似合うと思う?想像してみて?」

「嫌です。」

「なら何が好き?まさおさんが望むなら、ちょっとエロいコスチュームでも良いよ?想像してみよっか?」

「しません。」

「なら、キスして?」

「それならば、喜んで……」


 骸骨の僕に、彼女はキスを強請る。

 気持ち悪くはないのだろうかと不安になるが、彼女からもしてくれるから、その不安は大分薄まった。


「ね、まさおさん。…私ね、海外旅行に行きたくてね、何故だか必死に覚えた台詞があるの。」


 "ね、まさおさん"今の彼女の、口癖だ。

 胸元に擦り寄って、アリーシャは悪戯っぽい表情で僕を見上げた。


「Until now I have been looking for you.」


 "今までずっとあなたを探し続けてたの"


「日本中、あちこち行ったよ。何を探してるのかわからなくて、何かを見つけたくて。でも見つからないから、英語圏だって思った。……でもさ、見つかる訳なかったんだ。」


 "ここにいたんだね?"

 微笑み、彼女は僕にたくさんの、キスをくれた。

 涙は出ないはずの僕なのに、喉の奥に、目に、涙の気配を感じた。

 憶えていなくても、無意識だったけれど、アリーシャは僕を見つけてくれた。僕が僕だと、わかってくれた。


 永遠の地獄が、永遠の天国に変わったんだ。


「憶えていなくても、思い出さなくても構いません。こうして共に過ごせればもう、それで良いんです。」


 僕らには永遠の時間がある。

 貴女が望むのならば、過去の話もしよう。愚かな僕の話だってする。でも今は…今の僕らで抱きしめ合っていたい。

 未来永劫、僕の魂はアリーシャの物。

 アリーシャの魂も永遠に、僕の物だから。

 長い、長い時を掛けてやっと手に入れた。

 僕の唯一無二の、愛する人。

 もう離さない。


 永遠の時を貴女と共に……僕の望みはただ、それだけ。

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