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幽霊な私の仕事始め

 新人ですから!

 先輩方にご挨拶が必要でしょうって主張したら、まさおさんに苦笑されてしまった。いや、骸骨だから表情は動かないけどね?雰囲気です。


「死神は自由主義だから…捕まえるのは中々大変ですよ?」


 わかってるけどね。何せ必要な情報は流し込まれてますから!

 死神達にオフィスなんて物は無い。世界から自動的に担当が割り振られて、その担当の寿命が来ると輪廻の輪に案内するの。

 死因が突発的な事故だと、死んだ事を受け入れてもらえなくて大変みたい。世界に溢れている幽霊さん達は、死を受け入れていない人達。それを説得するのも死神のお仕事です。

 確認する意味も込めてつらつら声に出してみたら、よく出来ましたって褒められた。頭を撫でられて、なんだか満足。


「ね、まさおさん?ハグで誤魔化そうとしてるでしょう?」


 頭撫でられた流れで抱き寄せられて、腕の中に閉じ込められた。

 指摘してみたら、まさおさんがふいって顔を逸らす。これは多分、図星だ。


「相棒についての情報はどうやって集めたの?死神間のテレパシーとか?」


 いくら知識を流し込まれているとはいえ、多分最低限の事だけだ。これを知っていれば仕事は出来るよね程度の情報しか、私は持ってない。

 顔を背けたまま答えないから、まさおさんの首に両腕を回す。口付けの寸前で止まって、焦らしプレイ。


「ね、何を隠してるの?」


 まさおさん初心だから、多分その内折れる。今だってほら、恥ずかしくて堪らないって感じでプルプルしてる。


「まさおさん?」


 ダメ押しの囁き声。

 案の定彼は耐え切れなくなって、後頭部を掴んで私の顔を黒マントの肩に押し付けた。そっと優しく丁寧な所が、まさおさんらしい。


「…紹介したくないです。」

「なんで?」

「………なんとなく、です。」

「ふーん。で、テレパシーはある?」

「……テレパシーはないですが、近くにいればわかります。」

「それを利用して情報収集してたの?」

「………はい。」

「そかそか。ご挨拶とかいらないの?」


 彼の背中に両手を回してマントをきゅっと掴む。そうすると、もっともっと、抱き寄せられた。


「特に必要ないとは思います。仕事で側に行った時にでも、ついでに会いに行けば良いです。」

「そういうもの?」

「そうですね。私も、わざわざ挨拶に来られた事は無いです。側にいたから寄ってみた、というような感じでした。」

「それが死神の間で普通なら、そうする。」


 それでいいよって言葉の代わりに髪を梳かれる。

 気持ち良いなぁって目を閉じて、また新たな疑問が浮かんだから顔を上げた。


「着替えとかって、出来るの?」


 私の今の服は、死ぬ時に着てた物。

 ベージュのタフタスカートに黒ストライプシャツ、ピンクのパンプス。シュシュで纏めてた髪は、まさおさんに撫でられたくて解いてる。


「こんな、いかにもOLの出勤時ファッションで死神の相棒のお仕事出来る?」


 よく考えたら、ふよふよしてるとパンツが見えそう。だからまさおさんは、いつも私を膝に乗せようとするのかも。


「皆さん、死んだ時そのままの服装のようですよ。着替えは…どうなんでしょうか?」


 まさおさんは着替える事なさそうだもんね。若者ファッションのまさおさんを想像してみて……意外と良いかもって思った。笑うつもりだったのに。髑髏に似合うファッション、あるな。


「着替えられたら楽しそう。でも服の調達方法が謎だよね。燃やすのかなぁ?」

「さぁ、どうなんでしょう?」


 二人で首を傾げて、着替えの話は保留する事にした。今度、女性の先輩にでも会ったら聞いてみようかな。



 挨拶回りは追い追いやりましょうって決めて、私は初仕事をする事になった。今の所、担当の中に寿命が近い魂はいないから、彷徨える魂の説得の方。この説得が主に、相棒の仕事なんだってさ。


「まさおさん?行かないの?」


 まさおさんにハグされた状態で瞬間移動したのは、河川敷。

 私の背を押して一人で行かせようとするから、振り向いて聞いてみた。そしたらまさおさん、困ってる。


「この先に、少女がいます。僕では怯えさせてしまうんです。」

「……もしかして、何回かチャレンジして失敗してる?」


 頷いた。

 まさおさん、悲しそう。でもごめん。それはそうだよねって私も思う。私だってビビるよ。てか、ビビったよ。


「相棒、必要な訳だね?」

「……はい。」


 がっくり項垂れたから、彼の肩をぽんぽん叩く。よろしくお願いしますって言われて、私はにっこり笑って頷いた。

 隠れてだけど側にはいてくれるって言ってたから、大丈夫でしょう!


 さぁて初仕事、頑張るかなぁ。


 ふよふよ歩いた先、小学校低学年くらいの女の子が川岸で座ってた。

 可愛らしいオレンジの花柄ワンピース。ボンボン飾りのついたゴムでポニーテールにしてる。

 これまでの逃亡生活で見た幽霊と一緒。自分の殻に閉じ籠って、独り暗闇の中にいるみたい。

 頭の中に少女の情報が浮かんで来て、悲しくなった。川で友達と遊んでいて、溺れちゃったんだね。


「こんにちわ?」


 ファーストコンタクトは笑顔で。隣に座った私を、少女は瞳に映す。良かった、視えてるし聞こえてもいるみたい。


「お姉さん、だぁれ?」

「私はアリーシャ。あなたのお名前は?」


 少女の名前も年も知ってるけど、それを突然口にしたら、警戒されると思う。


「歩美。…お姉さん、外国の人?」

「ううん。日本人。でも、大事な人が付けてくれた名前なんだ。素敵でしょう?」

「うん。カッコイイね?」

「ありがとう。歩美ちゃんも、良いお名前ね?」


 ゆるり、歩美ちゃんが笑顔になった。


「歩美も、好き。」

「そかそか。歩美ちゃんは、ここで何をしてるの?」


 わからないんだね。きょとんとして、首を傾げてる。

 怖がらせないようにゆっくり手を伸ばして、頭を撫でてみた。不思議そうにはしてるけど、嫌がられてはいないみたいでほっとする。


「お姉さんね、歩美ちゃんが行きたい場所の行き方、知ってるよ。行く?」

「歩美、一人?」

「入り口まで、お姉さんと、お姉さんのお友達が一緒に行くよ。中に入ればもう、一人じゃない。みんないる。」


 歩美ちゃん、悩んでるみたい。

 多分この子、なんとなくはわかってるんだ。でも一人は怖くて、踏み出せない。

 迎えに来たのが骸骨だったから、余計怖かったんだろうな。まさおさんの見た目、変えられたら良いのに。

 歩美ちゃんの頭を撫で撫でしつつ、まさおさんに対して失礼な事を考えてたら、歩美ちゃんに抱き付かれた。

 縋り付くみたいな、小さな手。まだ八歳だったんだもんね。

 体勢を変えて膝に乗せて、抱き締める。


「お姉さん、ママみたい…」


 泣き出した歩美ちゃんの背中をぽんぽんして、急かすでもなく黙って、私はじっとしてた。


「歩美、行く。連れて行って?」

「うん。いいよ。…お姉さんのお友達、見た目は怖いけど優しい人だから、怖がらないであげてくれる?」

「ん。わかった。」


 わかってるのかな?わかってたら良いな。

 膝の上にいる歩美ちゃんを抱き上げて、そのまま立ち上がる。生前の体重かな?意外とずっしり来た。

 よたよたふよふよ進んでたら、まさおさん登場。歩美ちゃんの身体がビクって揺れた。

 怖いよねぇ。

 でもまさおさんも傷付いてるみたいだから、頑張って欲しいなぁ…


「歩美ちゃん。彼がお姉さんのお友達だよ。アリーシャって名前をくれた、私の大切な人。」

「が、骸骨さんは…外国の人?」


 私にしがみ付いてる歩美ちゃんの髪を撫でて、私は微笑む。


「元は外国の人。でも名前は私が付けたから、"まさおさん"。」

「お姉さんと反対?」

「そう。反対。」


 不安そうなまさおさんにも、にっこり笑い掛ける。彼の空気がほっとしたように緩んで、私は彼の側に立つ。


「ね、歩美ちゃん。肩車してもらう?高いよー?」


 チラチラまさおさんの髑髏フェイスを見て、歩美ちゃんは迷いに迷ってる。肩車は魅力的だけど、骸骨が怖いんだろうな。


「……歩美ちゃん、怖くないよ。おいで?」


 優しい穏やかなまさおさんの声。

 声で少しほっとしたのか、歩美ちゃんがそろりと手を伸ばす。

 骸骨の手が彼女を抱き上げて、肩車。


「うわぁ!高いっ…」


 途端瞳がキラキラ輝き出すんだから、子供って可愛い。


「ではではぁ、まさおさん号、出発でぇす!」


 私の掛け声で、まさおさんが舞い上がる。私も彼に手を引かれて、ふよふよ空を飛ぶ。

 歩美ちゃんは、高い高いって大興奮だ。

 雲の上の高さまで来ると、まさおさんは大鎌を一振り。それで、道が開くの。

 輪廻の輪。輪って付いてるけど、見た目は輪っかになってる訳じゃない。空間の裂け目みたい。


「お姉さん達はここまで。そこを潜れば、もう一人じゃないよ。」

「うん!お姉さん、お兄さん、ありがと。」


 まさおさんの肩から、歩美ちゃんはふよふよ離れて裂け目に向かう。そこが、行くべき場所だとわかってるんだ。


「今度はもっと、長生き出来ますように…」


 消える小さな背を見送りながら、私は両手を組んで祈った。祈りが叶うとは限らないけれど、祈りたい。


「アリーシャ、お疲れ様。」


 肩を抱かれて、目を開けた。

 裂け目はもう閉じていて、歩美ちゃんの姿はない。無事、道案内終了。


「まさおさんって、骸骨以外の姿になれないの?」


 困ってる。

 表情はないけれど、彼は感情豊かだと思う。


「修行してみようよ?」

「修行、でなんとかなるのかな?」

「やってみなくちゃわからないよ。」


 昔のあなたに会いたい、だなんて願望、バレバレかな?

 記憶にあるはずなのに、思い出せないの。

 抱き寄せられて、身を委ねる。

 私の言葉に困ってるまさおさん。私、あなたを困らせるのも、実は大好きみたい。

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