飛んで火に入るなんとやら?
魂の管理者。迷える魂の案内人。
それが、死神。
死神の永遠の相棒は死神自身が選び、己の大鎌で魂を刈り取る。そして、相手の同意を得れば契約は果たされる。
名の交換は特別の証として、いつからか死神と相棒の間で交わされるようになっている物みたいだ。
「で、私はいつの間にか同意してたんだね?」
「そのようですね。おかしいと思ったので、確かめました。」
「ふむ。…どう考えてもお寺でだよね?」
まさおさんはこっくり頷いた。
私はまだ彼の膝の上。まさおさんは私を抱っこするの、好きみたい。
二人、気持ちが落ち着いてから現状の確認中。
どうやら私、あのお寺にあった人間の悪意の影響で錯乱して、自分を保つ為無意識に相棒契約に同意したらしい、というのがまさおさんの見解だ。
「まぁでもそろそろいっかなって思ってたし、それも原因かな?」
言いながら、私はまさおさんに抱き付いた。相棒だからか、彼の側はとても落ち着く。
「…記憶は、混乱していませんか?」
髪を撫でてくれながら、まさおさんが私の顔を覗き込む。ちょっと考えてみるけど、自分ではよくわかんない。
同意したから、私の生前の記憶は一部消去されたみたい。それは生前関わった人間に関する記憶で、死神の相棒の仕事に邪魔になる物だから。代わりに私の頭の中には、死神の相棒の仕事に必要な知識が流れ込んだ。
今の私には、目にした相手の寿命と死因、まさおさんの担当か担当じゃないかを判別する機能が加わりました!ふっしぎ〜。
「あれ?まさおさん?正夫、さん…?」
「どうしました?アリーシャ?」
どうしたのか?どうしたんだ?
なんか…なんだか、頭の中が混乱してる。
あれ?でも身体無いし、頭?頭じゃないな、記憶か?記憶が、よく、わかんない…
「貴女の中にあるのは魂の記憶です。輪廻の輪の中で消去される物。死神の相棒になった直後はそれが噴き出し混乱すると聞きました。」
「……トーマくん?会ったよ。あの子、黄泉さんの相棒でしょう?」
「トーマ以外もそうだったようです。貴女を手に入れる為の備えで、聞いて回りましたから。」
優しい声。
この手に髪を梳かれるのが気持ち良いの。涙が溢れる程に。
「なんだこれ?涙零れた。なんだこれ?」
ぱたぱた、涙が零れてる。
悲しい訳じゃない。でもなんで泣くのか、自分でわからない。
「……"あなたの国での名を私に下さい。私もあなたに、私の国での名を差し上げますから"。」
浮かんだ言葉を口にした。
記憶?愛しさ、悲しみ、絶望、愛。知ってる。けど、知らない感情。
「"Truth, husband"。」
なんだい、まさおさん?その中学生が頑張りました英語。発音綺麗だけど…なんだそれ?
なんだよそれ?涙が止まらない。苦しい、苦しいよ…
「正夫さん…私、あなたを知ってる。会った事、ある…」
「………それは、いつ?」
いつ………?
子供の時だ。骸骨のまさおさんに一度、私は会ってる。
「おままごと、した。まさおさんと…」
それで、"私はアリーシャ、奥さん。ガイコツさんはダンナさん。名前はまさおさんね?"って、訳わかんない設定の要求をした覚えがあるな。
「それは、亜梨沙の記憶ですね。貴女は視える子供でしたから、会いに行きました。」
よくビビらずに対応したな、子供の私。泣き叫んで良いくらい怖い見た目だよ、まさおさん。だって骸骨。ホネホネ黒マントで大鎌持ってるのって、大分怖いと思う。
「小さい頃はよく、視てた。他の人には視えないもの。いつからか視えなくなったな、そういえば。」
確か、友達に言われたんだ。
"気持ち悪い"って。
"嘘吐くな"って。
だから"視えない"って暗示を掛けていたら、いつの間にか視えなくなってた。
「アリーシャ…やっと手に入れた。もう二度と……永遠に、離しません。」
泣きそうに震えるまさおさんの声。
抱き締められて溢れた感情は…
幸せ。嬉しい。離れたくない。
「まさおさん、どうして死神なの?」
ふと湧いた疑問。
頭の中に流れ込んだ死神に関する知識では、死神がどうやって生まれるのかも、どうして死神が存在するのかもわからない。
まるであって当然。それが世界の真理。
どうして人間や動物、空気や植物がこの世界に存在するのかと同じように、根本の存在理由はきっと誰にもわからない。
必要だから、そこにある。幽霊も、輪廻の輪も、そんな感じ。
全てが世界の一部なの。
だけど生まれ方なら、死神である彼が目の前にいるんだからわかるはず。
「僕は輪廻を拒否したから。永遠を選んだから、死神なんです。」
「そんな選択肢があるの?」
「普通は無いですね。」
「もっと詳しく!」
「その内、ゆっくり。時間はたくさんありますから。それに、必要のある事は全て、貴女の中にありますよ。」
頭に口付けが落とされた。誤魔化された気がする。
いつの間にか記憶の混乱ってやつも落ち着いてしまって、私は私ですって感じ?でもなんか喉の奥に小骨が引っかかってる気持ち悪さがある。
「……私とあなたの事も、その内、教えてくれる?」
じっと、表情の無い髑髏を見つめた。眼球の無い目が、私を見てる。
骨の手が私の頬を撫でて、彼が微笑んだような気配がした。
「いつか…気が向いたら。ですがアリーシャ、僕は貴女を失った過去よりも、手に入れた今の方が大事です。……どうかもう、逃げないで…」
私はあなたを知らない。でも知ってるの。
あなたの笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、悲しい微笑みも…全部、知ってるはずなんだ。
「私はまさおさんの永遠の相棒だから、もう逃げないよ!」
力一杯抱き付くと、抱き返してくれる腕。
唇のないあなたに、キスをする。
多分私は知っている。あなたの肉体の感触を。思い出そうとすると湧いて来るのは悲しみだけど…あなたを長い事独りにしてしまったみたいだけど今は、側にいる。
これからは永遠にあなたの側にいるね?私の死神さん。




