合格通知
『 野上慧子様
この度は私立朧月学園に見事特待生の合格、おめでとうございます。
つきましては、学費を全額免除及び奨学金を支給いたします。
それでは、良い学校生活を。
学園長 九条聡』
目の前で母さんが嬉しそうにその紙を私に見せびらかしていた。
キラキラとした目が私を見据え、声のトーンは少し上がっている。
「慧子ちゃんどうして言ってくれなかったの!
お母さんの為に高校行かずに働くって嘘ついて受験してたなんて!
しかも朧月学園の特待生ですって!?そんなになれるものじゃないわよ!」
「これは永久保存版よー!」と言いながらくるくるとその場で一回転する。
時々この人は子供のようなところがあるから面白い。それが仇になってミスを犯すのだが。
そうこう考えていれば、階下からは焦げた匂いが漂ってくる。大方魚でも焦がしたのだろう。
そんな事にまだ気づかずに母さんはまだ紙切れを眺めている。
漂う臭いは既に私の鼻をついているというのに、そんなこともつゆ知らず。
「あの……母さん。魚。」
「え?」と私の方へ振り返る。
最初は何が何だか分からなかったようだが、ようやく異様な臭いを察知したようだ。
「お魚がー!!」と言いながら、転げ落ちるんじゃないかというくらいの速さで階段を下りていった。
_さて。
ようやく母さんも一階に行き、私一人になってしまったところで自己紹介をしよう。
私の名前は野上慧子。野上家の長女だ。
先ほどの少々茶目っ気のある人は、私の母さんの野上沙織。
現在この野上家では私と母さんの二人で暮らしている。父さんは仕事で外国に単身赴任中だ。
母さんは昼間に近所のスーパーでパートをしている。金銭的には少々難があるくらいである。
私もそんな母さんを支える為に毎朝新聞の配達をしているのだが、そのせいで目の下のクマがものすごい事になっている。
基本的外に出ることは無く、髪はいつもボサボサであり私服は真っ黒なジャージ。
春夏秋冬どの季節だろうと大体このジャージを着ている。それほど愛着があるのだ。
そして
先ほど合格通知の来た朧月学園は、地元の超お金持ち学校であり幼稚園から大学まで一貫した私立学園だ。
大体通うのは大手企業の社長令嬢や御曹司だったり、芸能人二世だったり……
つまりは超エリート学園である。
激安家賃の借家一戸建てに住む私にとっては、もはやそれは雲の上の存在のようであった。
その朧月学園にどこにでもいるような平凡な人間が入るなんて、一種の珍事件でもあるのだ。
「テスト順位は全て一位」「評価はオール5」「部活動で優秀な成績を残している」等々……
様々な条件を満たさなければ絶対に合格は出来ない。クラスで一番頭良いやつでも無理な話だ。
そんな私のように「平凡」な人間が、なぜそんな「非凡」な学校に受かったのか。
実はそれは私にも分からない。
今から本当のことを話そう。
私は中学生時代、決して頭が良いわけでも悪いわけない「普通の成績」だった。
テスト順位は学年132人中66位というなんとも丁度半分くらいの順位。
評価は5や4や2がちらほら見え、後の大半は3。
部活動なんてものは一切やっておらず、三年間ずっと帰宅部。
学校が終わると直ぐに姿を消す私には「帰宅貴婦人」なんてあだ名も付いた。(正直嬉しくない。)
最大の問題は、まず私は受験をしていないということだ。
特待生で合格……ということは、それなりの面接や試験があったはずだ。
だが私はそれらを一切受けていない。本当に、何にも。
合格云々前に、試験をやらなければ受かるはずがない。
勿論私もそう思って「あの、私受験していないんですけど。」朧月学園に問い合わせた。
野上慧子なんて名前、考えてみればいくらでもいそうなものだ。
「きっと別の野上慧子さんと間違えたのだ。」と思っていたが……
「十六夜中学、3年A組の野上慧子様ですよね?」
と言うものだから、やはり私はここに合格したのだろうと思い知らされた。
……いや、もしかしての可能性だ。
実は全てはドッキリであり、朧月学園合格は真っ赤な嘘。
明日にはテレビのスタッフかなんかが「ドッキリ大成功」の札を掲げて家に入り込む。
その傍らには母さんが申し訳無さそうに立って「ごめんね慧子ちゃん。」と言うのだ。
そして私が「ですよねー本当焦りましたよ。ハハハ。」で締める。事態は収束。ハッピーエンド。
これが一番ありえるが、母さんが仕掛け人だとするならあの人は女優になれるんじゃないだろうか。
いや、案外母さんは演技派俳優タイプなのかもしれない。それなら……
ちょっとまて。考えすぎた。
色んなことで頭がヒートしそうなのを感じ、自室のベッドにダイブする。
ベッド特有の柔らかさが私を包み込み、「朧月学園合格事件」で疲れていた私は一気に睡魔に襲われた。
階下からは相変わらず「お魚!お魚!」という、何かの儀式のような声が聞こえる。
これは当分晩御飯はお預けだな。
そう思った私は、眠気に身を委ねて少し遅めの昼寝をすることにした。