いつもね
人間は過ぎ去った過去を引きずる。きっとあらゆる人間はその体験ーまあ余程挫折知らずな人がいれば別だがーをしてきただろう。もちろんそれは、紛れもなく自分にも当てはまる。まあ終わった事をいつまでも悔やんだって、どうにもならない事は分かってる。伊達に17年も生きてない。踏ん切りをつけるのももう慣れた。
ただ、それでも拭い去れないものもある。いや、拭ってはダメなんだと思う。擦り傷なんかじゃなくて深く、とても深くえぐられ完治しない傷。
その傷はきっと二度と癒えない。
***
いつもの通学路、いつもの通行人、いつもの停留所。俺の見る風景はいつも同じで代わり映えしないありふれた景色だ。まあ不変が個人的には一番なのだが。
「よっと・・・」
丁度空いていたのでベンチの右端に腰を落ち着け、バスを待つ。なんとなく目だけであたりを見渡すと、隣の女性も、立っている社会人も手元で携帯端末をいじり、皆一様目線を落としていた。端末の普及前であればかなり奇怪な光景だっただろう。そういえばクラスの奴らもカズもこんな調子だよな、いつも。まあはたから見れば自分もこの人達もなんの変哲もないいつもの風景で、この思考すらその一部なのだろう。-なんてどうでもいいことを考えているといつものバスが来た。奇怪な一行全員が早々と乗り込み、自分は窓際の入口側の座席、窓際に座り、鞄を空いた隣の席に置く。さて、そろそろかー-
「うおぉぉおお!!セェェフゥゥ!!!・・・あ、ちーくんおっはよー!」
運転手さんがドアを閉めようとした今まさに、女子にあるまじき奇声をあげながら飛び込んできたのが”いつもの”幼馴染である。毎朝ながら大声をだすクセはそろそろ直して欲しい。俺が恥ずかしい。あ、すいませんこの人他人なんで、そんな目で見ないで下さい。
「・・・今日は寝坊しないんじゃなかったか?」
「な、ちゃんと起きたよ?!目は覚めてて起き上がらなかっただけ!!」
いやそれノーカンだろ。
こいつ、柊深月はこんな調子で寝坊を日課かのようにやらかす。それで今まで1度も遅刻したことがないのだから凄いと思う。いやあブラボーブラボー。俺はこいつの寝坊に付き合って何度ヒヤヒヤさせられたことか。
「お前ってほんとかわんねーよなー」
荷物を膝に乗せ、隣の席をあける。
「ありがと。てか失礼ねー、見た目とか随分変わったでしょ?胸とか?背とか随分伸びたと思うよー?」
・・・胸については最近目のやり場に困るくらいだ。
「はいはい、でも俺のがでけーから。」
「むぅ・・・まあ確かに大きくなったよね・・・昔はあたしのが大きかったのになー。ほら背ぇ比べとかよく3人で・・・!っごめん・・・」
深月は先ほどまでにへらにへらと笑っていた顔をほんの少し、ほんの少しだけ強張らせた。3人。その言葉を聞いて思わず俺も身が固くなった。一瞬の、一瞬だけれど重苦しい沈黙。分かっている。いつものことだ。
「ところで、もうクラスには馴染んだか?」
「あ・・・ああうん!だいたいの人とは仲良くなれたよー!それでねー、前話してたあたしの右隣の男の子がほんとに面白くて・・・」
何事もなかったかのように続けた。
分かっていた。どれだけごまかそうとしても、緊張の糸を緩めた途端に”彼女”はひょっこりと、当然の様に現れてしまう。それだけ俺たちの中に深く入りこんでいた存在だった。
俺たちの頭上で、今週発売されたであろう雑誌の広告だけが何も知らずひらひらと揺れていた。