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第七章

気が付くと朽ちかけた木の天井が見えた。ここは…俺の家か

俺は今自分が横になっていることだけを悟った。周りを見ようと首を動かそうとして激痛が走る。仕方がないので目だけであたりを見渡す。すると坂本が居た。

「お前が運んでくれたのか」

坂本は座ったまま転寝していたようで、びくっと体を震わせると、

「ああ、起きたのね。良かった一時はどうなることかと思った…」

あの時そのままの格好で坂本はどこか疲れている様子だった。

「お前がこれを?」

「ううん。タクシーで医者に連れてったの。重かった」

坂本の笑顔は疲れが滲み出ていた。

「そっか…悪いな」

「お金とかは気にしないで、こうなったのもあたしのせいだから」

坂本は控えめに笑つた。

「そうか…後で返すよ」

「いいよ。それよりポケットの中の鍵使っちゃったけどいいかな」

「いいよ。てかもう入ってるしな」

坂本が穏やかに微笑んだ。相当疲れているに違いない。

「お前は学校は大丈夫なのか。ってか、今何時?」

「朝の7時半。あんた今日は学校休んだ方がよさそうってお医者さんが」

「そっか…俺の事はいいからお前学校行けよ」

「そうする。あ、骨とかは折れてないみたいだから大丈夫」

「ありがとうな、坂本」

「これから親にガミガミ叱られるわ、はは」

坂本はそっと安堵のため息をついて、立ち上がり、ゆっくりとした足取りで玄関に向かった。

「ねぇあんた」

玄関で立ち止まりふと坂本が訊いてきた。

「もう嫌になっちゃった?」

「いいや。むしろやる気になったよ」

俺はできるだけ上体を起こして坂本を見送った。

「じゃあな。坂本」

「うん。またね」

坂本はそう言って出ていった。

坂本が出て行ってから、ぼんやりと手のひらを見つめてみる。

そこにはマスク越しで触った坂本の唇の柔らかい感触が残っていた。

昼になって鏡で顔を見ると、誰だかわからなくなっていた。

まるでお岩さんだな…。

俺は友人に休むことを伝え、午後はぼんやりと過ごした。


それから数日間は平和な日々が続いたのだが、ふとそれは終わりを告げた。

「これお兄ちゃんでしょ」

金曜日、小パーティーの時、美鈴にスマホを突き付けられた。

スマホには俺が無様に倒れている画像が乗っかっていた。

幸い顔はほとんど血だらけで誰だかわからない。

「違うと思うなぁ…」

俺はあいまいに返したが、美鈴が疑っているのは間違いなかった。

まだ顔にはあざが残っていたし、バレないわけがない。

「ねぇお兄ちゃん。美晴って名乗る人物が暴行を繰り返してる事件知ってるよね?」

「ああ、有名だな」

「うちのクラスでも書き込みを見た人が居たらしく、そこには同志の会とかを設立するって書いてあったらしいよ」

「そうなのか…知らなかったな。あ、ミーちゃん肉」

俺は千歳姐さんが買ってきてくれたしゃぶしゃぶ用の肉を美鈴の皿に盛り付ける。

「ごまかさないで。この会に出てるでしょ。本当のことを言って」

美鈴がふと悲しそうな顔をする。

「会にはでた。でもその画像は俺じゃない」

俺は嘘をついた。しかし美鈴にはお見通しのようだ。

「もう知らない…」

美鈴はぷいっとそっぽを向いてしまった。

「もうすぐ解散するらしいんだ」

俺は美鈴の機嫌を取るように嘘をついた。

「ふうん…」

嘘をついても、機嫌は治らなかった。

そうして重い雰囲気のまま金曜が終わった。

千歳姐さんは何かを察したのかその日はすぐに帰ってしまった。

一人残され、俺はどうしようか悩み始めていた。


俺の傷がいえるまでミハルマンは出ることができないので聞き込み調査を行うことになった。待ち合わせの駅は人がたくさんいて、賑やかだった。

しかし同志はなぜか俺と坂本だけだった。

「今日はみんな予定が入ってるんだって。だからあたし達だけ」

「そうか…」

「大丈夫。今日は不良に殴り込みに言ったりしないわ」

「ありがたいね。それが永遠に続くこと願うよ」

「今日は美晴によって倒された不良にいじめられていた男の子の話を聞きに行くの」

「同志に誘ったするのか?」

「いや。もういいでしょ」

坂本が遠くを見ていった。

「そういやお前家は大丈夫なのか」

「大丈夫。まぁ今日は5時に帰らなきゃだけどね」

「それなら良かった」

三奈美は白い歯を出して笑った。初めて会った時、コイツってこんなにかわいかったっけ。

数分歩きファストフード店でその子を待った。

「あたしんち、こういうのだめなんだ」

自分だけ注文した大きなハンバーガを眺めて三奈美が言った。

俺はコーヒだけ頼んだ。やはりここのコーヒは苦い。

「あたしお昼ご飯食べたから、半分あげる」

そう言って差し出したはいいものの、どうやって分ければいいか試行錯誤を繰り返しているうちにいじめられっ子が来た。

「か、川島兼助です。西岡信也です」

「私は坂本でこっちが学。よろしく」

坂本が握手をしていた。俺はしなかった。

川島は小柄な男で弱弱しい外見だった。痩せていて髪の毛はぼさぼさ、黒縁の眼鏡をかけていて色白だった。白い肌は黒ばかりで構成された服装で引き立てられていた。おしゃれとはほどとおい。西岡は童顔で川島とは違う弱弱しさを持つ男だった。

「具体的には何をされたの?」

「そっそうだすね…」

川島は緊張しているのか噛んでいる、全体的に情けない男だった。

「カツアゲとかですね」

そう言ってちらちら坂本を見ていた。坂本はわりと美人なのだ、意識するのも仕方がないだろう。しかし坂本はさっぱり意識していない様子だった。

「何円くらい?」

「そうですね…2万くらいですかね」

妙に堅苦しい敬語だ。

「西岡君は?」

「僕はカツアゲで6万くらいと暴力ですかね。僕は川島ほど世渡りがうまくないんです」

川島は顔を歪めていた。俺は数秒経ってそれが笑っているのだと気が付いた。

気持ちの悪いやつだ。こいつは世渡りがうまいんじゃないような気がした。

第一さっきから川島の下品な視線が坂本の胸に集中していた。

理由はわからないが俺は川島をブッ飛ばしたくなった。

「改善した?」

坂本が訊くと、

「ええ」

そう言って二人とも満足げに微笑んだ。特に西岡君の笑顔はとても幸せそうだった。

それを起こしたのは美晴なのだ、たとえ二宮が言うように「自分勝手な正義」でも救われている人はいるのだ。俺には分からなくなってくる。美晴は果たして裁かれるべきなのだろうか。


日曜日、俺は目出し帽だけを被って草薙を待っていた。

日曜だが時間も遅く人がまばらになりかけてきた駅で俺は草薙の姿を探していた。

「こんにちは。先輩」

草薙がだいぶ遅れてやってきた。時間が遅かったのだが俺はあんな目には二度と会いたくなかったので少しうれしかった。それに傷のせいで体育教師に絞られるのもごめんだ。

草薙が俺を先輩と呼ぶのはなぜだかわからなかったが、そう呼ぶ理由は草薙もわからないみたいだった。よくわからん奴だ。

「じゃ行きますか…」

「そうだな」

俺たちは人が全然いない通りをゆっくり進んでいた。

「お前ってどこ高校なんだ」

ゆっくりと公園に向かう途中そう聞いてみたが、

「そんなのどうでもいいでしょ」

と無表情で言われた。

公園にはあの不良トリオがたむろしていた。

俺はぞっとして縮こまった。殴られるのはもうごめんだ。

「今日はやめとかないか…」

俺は草薙を止めたが、

「先輩はそこで見ていてください。私行きますから」

そう言って俺を置いてどかどか不良に向かっていった。

俺はきまりが悪そうについていった。

ああ、最悪だ。神様。

向かってくる草薙をニヤニヤしながら不良たちは眺めていた。

またいいストレス発散源が現れたなと。

「私、ミハルマンと言うものです」

「やぁミハルマン。こんどは女か。おっこの前のやつじゃん。怪我大丈夫か?」

そう言って下品に笑った。俺は背中から脂汗が出るのを感じた。

決め台詞はなしかい、そう言ってまたげらげら笑う。

俺は怒りより、こんな人間が居ることに驚きを隠せない。

「そんじゃま」

言うより先に裏拳が草薙の頭を貫いた。

草薙はよろよろとして、すぐはっとして格闘姿勢を作った。

「コイツやる気だ…」

下品な笑みを顔に張り付けて不良が殴りかかってきた、と思ったら「ぐぱぉ」

と奇妙な叫び声をあげて倒れた。

「え」

二人目も同じように奇妙な叫び声を出して倒れてしまう。

よく見ると草薙が目にもとまらぬ速さで突きを繰り出していたのだ。

ふりは小さく、隙はほとんどなく、かなり速い。

気が付くと3人目も倒されていた。

「お前…格闘技習ってたんなら言えよ…」

「習ってません」

そう言ってマスクをとると、鼻血が出ていた。

「鼻血出てるぞ…」

俺は草薙をじっと見つめながら、ティシュを渡した。

すらりとした彫の深い顔はやはり、人形のようだった。

「すいません」

鼻血を拭いているいると、

「いたっ」

とかわいらしい声を上げた。

「大丈夫か」

「ええ、大丈夫です」

鼻血をさっと拭き取り、草薙はすぐに不良を横に並べた。

「これで終わりですね」

「ああ、すごい格闘技だったな」

「いえいえ、私なんか全然です。師匠なんかもっと早くて威力がありますし、私のように淡白じゃありません」

「師匠って?」

「師匠は師匠です」

「そうか」

その会話を最後にして俺たちは別れるつもりだった。

「先輩。すみません、駅まで連れて行ってくれませんか」

草薙が走ってきて訊いてきた。

「お前ここらへんじゃないの?」

「まぁそんな感じです」

「いいよ別に。今日は世話になったからな」

「そうですか。お役に立ててうれしいです」

草薙の鼻が赤くて少しかわいかった。

「先輩はなんで同志の会に来たんですか」

「え、そりゃ。美晴の友人だからさ」

「美晴さんとはどうやって友人になったんですか」

「いじめられてるところを救ってもらったんだ」

「そうすると友達になれるんですか」

「ああ…まぁ人それぞれだがな」

変な質問をしてくるなぁ。やっぱり変な奴だ。

「やっぱり思い出とかあるんですか」

そう言う草薙の手にはメモ帳が握られていた。

「あるよ。お前も三奈美の真似か?」

「いえ。これは何でもないんです。思い出とかあるんですか」

「そうだな…よく覚えてないけど…いろいろやったな」

「楽しかったですか」

「ああ、楽しかったすごくな。悪人と倒すってのは凄く楽しい。それも暴力を使うんじゃなくて、話し合いでさ…そう話し合いでな」

心なしか草薙が笑っているように見えた。

「やっぱり暴力はいけませんか」

「ああ。相手が暴力を使ってきたとしても暴力が完全に容認されるわけじゃないと俺は思うよ」

「先輩、楽しいってなんですか」

「え…誰かと一緒に居たり、遊んだり、今みたいに喋ったりしてるとき気持ちいいと思う事かな」

草薙はまるで何でも父親日記たがる年の幼児のような雰囲気もたたえていて、答えてから質問がおかしいことに気が付いた。

「お前にはわからないか?」

「ええ」

俺の質問にぞっとするほど低い声で草薙は答えた。

まるで地の底から湧き上がって来たような声だった。

そうこうしているうちに駅に着いた。

「あ、あれうちの車です」

草薙がゆっくりと近づいていく、すると車の中から人が現れた。

「お友達?」

そう尋ねるのは草薙の母親と思われる女性だ。

「先輩」

そう言って草薙は俺の方を見た。

その瞳はどこか嬉しそうだった。

「ありがとうございました」

母親らしき女性は俺に礼をすると車に乗った。

「先輩。今日はありがとう」

草薙は穏やかに微笑んで車に乗った。

俺は発進する車をぼんやり眺めていた。

窓から見えた草薙の顔は人形だなんてとても思えなかった。

幸せそうで、無邪気で、嬉しそうなそんな顔をしていた。

俺はいいものを見れたと思う反面、草薙母の対応の可笑しさに疑問を抱いていた。

ふつうあんな接し方するか…?

それにあの格闘技…考えたくないがまさか草薙が美晴を名乗るものなのではないか…



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