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第六章

俺が演じるヒーロの役はミハルマンになった。そのままかい。

毎週何曜日に行くか、とかシフトを決めて俺たちは解散した。

皆それぞれ帰っている中、帰ろうとする俺を二宮が引き止めた。

先に帰っていてくれ、そう二宮は坂本に断りを入れると、

二宮がいつになく真剣な表情で、

「俺は何としても君に確認しておかなきゃいけないことがあるんだ」

「なんだよ」

「俺は正直に言って、美晴のふりをしていると出会ったら、そいつを警察に連れて行こうと思う」

二宮が鋭い目つきで俺を見た。

俺は二宮の視線に圧倒されてしまう。

「なんでだ…?」

「正義の味方なんていない。奴は正義の味方なんかじゃない。やつはただの犯罪者だよ。だからさ」

「実は俺もお前と同じ考えなんだ」

二宮がはっとして俺の顔を見つめる。

「本当か?」

「ああ」

「本当だな?」

本当さ、そう言って俺は笑う。いつもの爽やかな微笑みは二宮の顔にはなかった。

顔からみなぎっていたのは、憎悪。それだけ。

「裏切ったりしないだろうね」

「ああ。もちろん。早く美晴の名を借りて自分勝手な暴力を行ってる馬鹿を取り押さえなくっちゃとおもっているからね」

二宮は小さく笑い、

「そうか、じゃあ俺はペイント弾とそれに対応したエアガンを用意する。もちろん3人には内緒で」

「ありがたい。それで奴を抑えるわけか」

「ああ、2タイプ用意しよう。拳銃のタイプとライフルのタイプ。それでいいかい?」

「ありがたい、俺には金がないんでね」

「俺は多分ほとんど現場には行けない。だから君に託すよ。受け渡しは後日で」

「わかった。よろしく頼むよ」

俺たちはメアドを交換し別れた。

別れてすぐ、俺はさっきの二宮の顔を思い出してぞっとした。

しかし俺が本当に思い浮かべていたのは二宮の顔ではなかった。

美鈴の顔だ。

最近美鈴は俺の事を怪しがっている。

金曜日、俺が事件のニュースに釘付けになっていたら、俺の反応を探るように番組を変えやがった。最近、家からあまり出なかった俺がよく外出するようになったのを不思議に思うのか夜遅くに尋ねてくる事さえある。

しかし、今日は誰もいなかった。

安堵のため息をつき、ふと部屋の扉を眺めていると、ぼんやりと美鈴の姿を思い出す。

怒り顔、笑顔、泣き顔。

泣き顔。

俺ははっとなって歯を食いしばった。何をうっとおしがっているんだ。

こんな風になったのは俺のせいじゃないか。

部屋の中に入り、汚い部屋を見渡す。

美鈴がいつもいる位置を眺めていると、彼女の姿が生々しくよみがえってくる。

「ごめんよ、美鈴。ごめんよ」

俺は謝り続けた。そこにはいない美鈴に。

俺にはそれしかできなかった。


俺はもう家から出たくなかった。よく行っていた美晴の家にも行きたくない。

美晴はもういない。彼女はもうこの世にはいない。

何度自分に言い聞かせても、全く理解できない言葉の連なり。

友達の家に行って来たら、叔父が言うので無理やり家から出てみる。何も変わらない。

帰ってくるたびに親の顔を思い出して泣きたくなる叔父の家の玄関。

どんなに見つめてもあそこに自分が住んでいるんだな、なんて一度も思うことができない叔父の家。

正しいことを言えば殴られる公園。遊具も錆びていて、どことなく寂しい公園。

何も変わらない。

何か変わったとすれば美晴が居ない。それだけ。

「美晴は死んだ」

そんな風に唇を動かしても、頭は全く動かない。

気が付くと美晴の家の前に居た。

美晴はもういないんだよ。美鈴の声で誰かが囁いてる。

気が付くと美鈴が隣にいる。美鈴が手をきつく握っている。

美晴がいなくなってからずっとべそかいてる。

そんな美鈴を見ても俺は何とも思わない。

何とも思わなかった。

美鈴が泣いても、自分の名前を叫んでも俺は何も感じなかった。

俺は何もしたくなかった。

ふと手が離れる。

美鈴が顔を下げる。

俺は何とも感じない。

とつぜん美鈴は大きくなり、中学生の姿になる。

「お兄ちゃん、お姉ちゃんが居なくても私が居るよ。私と遊ぼうよお兄ちゃん」

俺は美鈴を無視する。

美鈴は泣き出して、

「お姉ちゃんは死んだのよ、いい加減にしてよ。ねぇ」

俺はそこで目を覚ました。

最近妙な夢を見るな…そう思いながら頭をかく。

本当のことを言えばこの夢は最近見始めた物ではない。

ずっと俺を苦しませ続けている。

「ごめんよ…美鈴」

俺はもう少ししたら同志の団から抜けよう。

そう決意して俺は朝の支度を始めた。


数日後、日曜日・午前11時。

ただ公園でぶらぶらしていただけの不良3人を謎の人物が襲う。

突然現れ、かすり傷程度の傷を負わせて逃げるという謎のヒーロ、ミハルマン。

とその助手。

「なんだお前ら…」

不良も言葉を失う低価格スーツが包み込む屈強とは程遠い肉体。

その横に並んでいるのはカジュアルな服装に目出し帽というシンプルな格好に身を包んだ、女子の細い身体。

「最近不良退治に明け暮れている者だ。今日は貴様らを、えっと…」

尋ねるミハルマンを冷たく、

「成敗してくれるわ、でしょうが。この馬鹿」

と罵る助手。

「そ、そう。成敗してくれるわ!」

罵られ決め台詞もどこかぎこちないミハルマン。

「なめんじゃねえぞ、こら」

ミハルマンがビビって体が大きく震わし、足が小刻みに震えて内股になっている、ように見えた。

「わけわかんねぇけど殺すぞ。こらぁ」

鮮やかな茶髪が逆立ったかとも思えるほど不良は憤怒し、ベルトを抜き取る。

ベルトはやばい…

そう思った頃には不良に背を向ける俊敏さ。

こうしてミハルマンと助手による不良退治は始まったのであった。

何でこんなことに…思えば、もっと反対しておけばよかったなぁ…

ミハルマンは逃げながらふとそう思うのであった。


時はさかのぼり、日曜日、坂本がミハルマンの装備が届いたからと言って呼び出した。さすがにファミレスで着替えるというわけにもいかず、はなさんの家を借りることになった。

「こりゃひどいな…」

完成したミハルマンスーツを着て俺は思わずつぶやいた。

頭はスケートのヘルメット、顔は目出し帽で覆われている。

身体はホッケー防具で覆われている。かっこ悪くはないのだが、どう見ても変質者である。

これじゃバットマンというより怪傑ストライク男じゃん…

俺は大きくため息をついた。

「いけてますよ。全然変じゃありません」

草薙が今にも失笑しそうに顔を歪めて言う。

坂本は狼狽している俺を見てにこにこ笑っていた。

ちくしょう。

「いいじゃないか。凄いかっこいいよ」

二宮は自分が着ないと分かっているのか悪ノリしてくる。

そんな二宮の爽やかな笑みは無視して、

「本当にこれ着て不良退治するのか…」

「もちろん」

坂本は妙に機嫌が良い。

「それとも何もつけないで戦うわけ?あんたがいいなら別にいいんだけど」

坂本の挑発的な視線に俺は何も言えない。

そうです、その通り。

もう選択肢はないと俺は諦め、

「それでいつから不良退治を始めるんだ?」

「今日はそのシフトも決めるの。あ、あんたはいつも居なきゃだめだから、参加しなくていいわよ」

ポーズでもとってて、と坂本は俺の事をかまいもせず会議を始めた。

数分、柔軟性なんかを試していたら、

「明日からやることになったから」

まるでピクニックに行く前の子供のように微笑んで坂本が言った。

「場所は決まってんのか?俺はそんなとこ知らないし、皆だって知らないだろうし数日下見をして…」

俺が言うのを遮って坂本が、

「狩場は駅の近くの公園よ。隠れ場所をあるから絶好の場所よ」

「不良が絶対来るなんてわからんだろう」

「確率はかなり高いわ。多くの目撃情報があるもの」

坂本が不敵に笑う。

「そんないきなり…運動だって得意じゃなくて部活も習い事もやってない俺が喧嘩慣れした不良相手に大立ち回りを演じられると思うか?」

「あたしたちがやるのは、待ち伏せして後ろから攻撃して逃げること。それだけ。それで十分よ」

不意打ちして逃げていくヒーロか、素晴らしいな、全く。

「それを繰り返せば俺たちも話題になるからね。まぁそれで十分だよ」

二宮がそれで十分だというように頷く。

それが難しいんだよ。

「とりあえず、明日はあんたとあたしね。逃げたら殺すからね」

ぎろりと睨み付けられて俺は何も言えなかった。

「まぁ何かあったらはなちゃんがいるし大丈夫よ」

何かないのが一番だけどな…

「褒められることじゃないけどね…でも怪我はできるだけしないでね」

はなさんが目を伏せる。手元には大きな救急箱がある。

俺はこれを見たことがある。どこだっけ…?

それに俺はまだやると決めたわけじゃ…

思ったのもつかの間、はなさんの祖母に茶菓子を進められ、皆でおいしくいただき自己紹介をして、その日の会合は解散になってしまったのだ。


「ちっ意外とついてくるわね、あいつら」

後悔先経たず。俺は今変質者のような恰好をして不良から逃げている。

計画通りで人通りが少なく時間も早いのでボコボコにされるには絶好の場所と言える。

それにしても装備が重いのか俺の脚は悲鳴を上げ始め、もう追いつかれそう。

俺たちは集合住宅地に逃げ込み、まいたと思って後ろを向いた。すぐ近くをぴったりと不良が付けてきていた。

「真夜中のお散歩か~い」

「きゃっ」

坂本が服を掴まれた。振りほどいたのだが、もう限界が近い様子だった。

「この近くに神社がある。そこに逃げ込むぞ」

俺は坂本に近づけるだけ近づいて言った。目出し帽を挟んで顔と顔が触れた。

坂本はもう走れそうもなかった。俺は坂本の手を取って無我夢中で走った。

気が付くと不良をまいていた。俺は坂本を連れて神社に入った。

神社は真っ暗で、何も見えない。

俺は手探りで階段の隅の小さな隙間に隠れた。

「大丈夫か?」

俺は息を切らして囁いた。

「うん。一回目は失敗ね」

坂本が力なく笑った。いつもの勝気な態度はもうなかった。

坂本は震えていた。坂本三奈美だって普通の女の子だったのだ。

「あのふざけた連中許さねぇ」

叫び声が聞こえ、不良たちが神社に入ってきたのが分かった。

足音が近くを通り過ぎ、砂利が散らばる。

「坂本、これじゃ多分気が付かれる。お前はここに居ろ、声を出すんじゃないぞ」

俺は細心の注意を払って声を出した。

「大丈夫よ」

声が震えていた。

「いや、お前はここに残るんだ。俺が奴らを引き付ける」

「ばか。大丈夫よ」

坂本の瞳は恐怖で揺れていた。

砂利の音が大きくなる。

「お前はここに居ろ。わかったな」

「だめよ。そんなこと許さないんだから」

精一杯の強気で出した声は少し大きくて不良たちに俺たちの存在を知らせてしまう。

「あいつら。ここにいるぞ」

せせら笑う声が聞こえる。

「いいな。絶対ここを動くんじゃない。声も出すな。お願いだ言うことを聞いてくれ」

俺は坂本の華奢な肩に手を置いて言った。

「そんな…でも」

もう限界だった。砂利が近くで音を立てる。

「三奈美だったな。お前はここに残るんだ。声も立てるな。俺がやられてる間に逃げろ。わかったか三奈美」

「そんなや…」

俺は反抗する坂本の口を押えて押し倒すと、すぐさまそこから躍り出た。

「よぉ」

俺は精一杯叫んだ。

不良たちが獲物を見つけて不敵に微笑んだ。顔を歪めたと言った方が良いかもしれない。

俺はこぶしを握りしめたが、身体が動かなかった。

俺はどうしたらいいかわからなかった。

一瞬のうちに距離を詰められ、右ストレートが頬を直撃する。

口の中が血の味でいっぱいになる。首がもぎ取られるかと思うほどの衝撃が俺を襲う。

崩れ落ちる俺をもう一人のベルトが鞭のように追撃する。

鉄製の部分が俺の皮膚を裂き、血が噴き出る。

その2発で俺は倒れ、無様に不良の足元に転がった。

胎児のように縮こまり不良の攻撃に耐える。

「うぐ…」

どうにか這って逃げ出そうと砂利を掴んだ手を不良が踏みにじる。

苦悶の声をあげ上を向くと、微笑む不良の顔が目に入った。

こいつらはけだものだ。人間じゃない。

それから俺は完膚なきまで叩きのめされた。


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