第五章
学校帰り、昨日の坂本の台詞の事を考えていると、ケータイが鳴った。
メールの送り主は坂本だった。昨日少しだけ喧嘩別れみたいになっていたので俺は驚いた。
6時40分に駅の本屋で待つ、という内容だった。俺に決定権はないらしい。
約束の時間より前に本屋についてぶらぶらしていると、坂本が来た。後ろには背の高い男が居た。
三奈美は俺を見つけると、
「この人が菊地」
と背の高い男に紹介した。
「ああ、君が菊地君か、よろしく」
腰を折って来たので、
「ああ、よろしく」、
と愛想笑い。
「二宮直樹です、よろしく」
二宮は爽やかに微笑んだ。
「二宮君が同志の5人目なのか?」
「うん。二宮君も美晴の事を知っていたなんて、ホントびっくり」
「へぇ…」
「じゃ、私たち電車だから」
「じゃ菊地君、またね」
「えっ…ああ」
うろたえる俺をよそに二人は楽しげに会話しながら去ってしまった。
駅まで来るの結構時間かかるんだぞ…
俺は一人残され、とぼとぼ歩いて帰った。
帰り途中、見覚えのある小さな公園を見つけた。行きでは気が付かなかったらしい。
夕焼けに照らされるさびれた遊具を眺めながら、俺はここに来た時の事を思い出そうとしていた。だが頑張っても思い出せなかったので俺は諦めて帰ることにした。
見覚えのある公園。その横の道路を俺はとぼとぼ歩いている。
隣には美鈴が居た。まだ幼い。美鈴は俺を泣き出しそうな顔で見ていた。
俺は何も言えない。
ふと公園の方を眺めると、二人の子供が居た。
美鈴が突然泣き出して、俺はうろたえてしまう。
二人が近づいてくる。
一人は男の子。もう一人は女の子だった。
二人とも外見から判断するに、俺と同じくらいの年齢のようだ。
女の子の方は知らない顔。男の子はと言うと野球帽を深くかぶっていて顔が見えない。
女の子は体の大きさに合わない大きな救急箱を脇に抱えており、美鈴に何処が痛いの?
と優しい顔で尋ねる。俺はこの少女を知っている。
少女は美鈴を優しくなでてあげたが、美鈴はもっと激しく泣き出す。
泣く美鈴を見て俺もなぜか泣き出してしまう。
美鈴より激しく俺は泣き出す。驚いた美鈴は泣き止んでしまう。
二人は不思議そうな顔で俺の事を見ていたが、男の子がそっともの言わず野球帽をかぶせてくれる。俺はびっくりして男の子の顔を見た。
こいつ…男の子じゃ…いや俺はコイツを知っている…
顔を見たのもつかの間男の子は俺を優しく抱きしめてくれる。
男の子とは違う良い匂いがした。俺はふと男の子の手を見る。
良い匂いとは不似合いな絆創膏と包帯だらけの手足。まるで美晴だ。
俺はまた美晴を思い出して泣き出してしまう。
男の子が囁くように言った。
「君は一人じゃないよ」
そこで目が覚めた。
頬を生暖かい涙が伝う。
男の子の感触がまだ体に残っている。
決していやじゃなかった。
俺はなんでそんな夢を見るのだろう、と考えながら学校の支度を始めた。
二宮と会ってから数日が経った。二宮のことは忘れかけていたのだが、無理やり思い出すこととなった。
「それで、やっぱり被害者は不良なのか?」
日曜日、俺はまたあのファミレスに居た。
「そう、こんどは犯行現場は路地裏。こんな感じに次々一人で事件を起こされちゃあ、私たちが何のために居るかわかんないわよ」
林、公園での暴行事件から数日、再び事件は起きた。
犯行、犯行現場の特徴が似ていること、何より美晴なる人物がその事件を起こしたという書き込みが行ったことから俺たちは同一犯だと考え、こうして会合を開いたのだ。
また俺の財布を軽くするだけで終わらないでくれよ。
皆がしゃべり終えると、二宮が微笑んで、
「話の腰を折って悪いんだけど、この集まりは具体的に何をするものなのか教えてくれる?」
皆が互いの顔を見合わせた。答えは誰も知らないのに。
微妙な沈黙を破るように、坂本がわざとらしく咳払いをして、
「私たちの活動目的は美晴の指示のもと、この世界と戦っていこうというものです」
「ほう、では美晴さんはなぜいないの?」
二宮が痛いところをつく。俺たち「同志」はいまだに美晴とコミュニケーションすら取れていない。坂本がぎょっとした。やはり痛いところだったのだろう。
俺はお前に助け舟なんて出すつもりはないからな。
俺は坂本のさまよう視線を受けて心の中で呟いた。
「美晴さんが今どこに居るのか知らないの?彼女だって今高校生なはず、誰か知らない?はなおさん知ってます?」
生贄に選ばれたのははなさんだったようだ。はなさんは肩をびくっと震わせ、
「えっえっと…わたしは…」
「美晴はもうここにいない。だから、美晴と名乗っている人物が美晴かどうかは定かではないんだ」
俺ははなさんになら助け舟を出しても良かったので、抽象的な表現を使って美晴の不在を二宮に教えた。はなさんが一瞬驚いたように目を見開き俺を見つめてきた。
「そうなんだ…じゃあ何か美晴さんと意思疎通をとる計画を考えなくては」
「そ…そうね。その通りだわ…今日は美晴と意思疎通を釣る計画を皆でたてましょう」
坂本がわざとらしく明るくふるまっているのがバレバレだった。笑みが引きつっている。
はなさんが眉をひそめて、
「もしかしたら私たちが最初に集まった約束の場所が間違っていて、彼女は私たちの存在を知らないのかもしれないですよ」
「確かにあり得るわね…」
坂本は小さくため息をついた。
草薙がいつもの鋭い視線を坂本に投げかけ、
「それでは何らかの形で、私たちが活動をしているということを美晴さんに知らせればよいのではないでしょうか?」
「それはいいわね。具体的に何かある?」
坂本が嬉しそうに聞く。
それに答えるように二宮が、
「美晴さんが現れそうな所で張り込むというのも一緒にやるというのはどうだい?」
「いいわね」
「いいですね」
はなと坂本が嬉しそうな顔をする。
喜ぶ二人を尻目に俺は冷静に、
「張り込むのはいいが、まず美晴に自分たちの存在をアピールしないと危険だ。まず自分たちの存在をアピールしなくては」
坂本はむっとして俺を睨み付け、
「具体的に何かあるわけ?」
物は考えてからいうものよ、とでも言いたげだ。
「そうだな…」
俺は坂本に対抗したいばっかりに最高速で思考を巡らす。
自分の存在をアピール…美晴と対峙…本物と対峙…自分の存在を…俺たちは今のところ偽
物…偽物…待てよ…。
「そうだ!」
俺は歓喜の声をあげる。
怪人二十面相には怪人二十面相を、テロリストにはテロリストを。
「俺たちが美晴のふりをして活動をすればいいんだ。今不良たちは血眼で美晴を探しているに違いない」
「で?効果は何が期待できるわけ?」
坂本が挑発的に微笑む。
「血眼で捜してるってことは、情報交換が行われているはずだ。俺たちが何か行動を起こせば、光の速さで情報はネットワーク中を駆け巡る」
「つまり?」
坂本が眉をひそめて訊いてくる。強気で挑発的な態度が消えた坂本はちょっかわいかった。
「計画性のある美晴の事だ、不良の情報交換ネットワークも掌握しているに違いない。自分の偽物の存在に気が付けば何らかのアクションを起こすはずだ。うまくいけば同志と思って連絡を取ってくるかもしれん」
「ほう。つまり俺たちで美晴のふりをすると、いいじゃん。乗ったよ俺は」
二宮が爽やかに微笑んだ。
「私も賛成です」
草薙が特に興味もなさそうに呟く。
坂本が震える声で、
「でっでも…誰がその偽美晴の役をするわけ?」
少し経って、はなさん以外が俺の方を見た。
二宮は申し訳なさそうな顔で。
草薙は相変わらずの無表情で。
坂本はなぜか心配そうな顔で。
俺は顔から血が引いていくのを感じた。
嘘だろ…俺は非運動部だし格闘を習ってたわけじゃないし…嘘だろ…
俺の口はあんぐり空いて閉まらなかった。
また俺は一人で戦うことになるのか。これまで通りじゃないか…
いや、俺はもう慣れた。そうさ…慣れてるよ。
俺は、ひとりさ。ひとりぼっちだ。
俺はゆっくりと肩を落とした。抑えようとしても涙が出てきそうになる。
沈黙が皆を包んだ。誰も俺を助けてはくれない。
もう美晴はいないのだ…
「ああ、わかったよ。俺がやるよ」
俺は今できる精一杯男らしくふるまった。
ふと坂本が震える声で、
「大丈夫…あたしたちはあんた一人で行かせたりする薄情もんじゃないわ」
言い終えてから、同意を求めるように周りを見渡した。
俺は坂本と目を合わせることができなかった。顔さえ見ることができない。
「もちろんいいですよ。まぁ戦力にならないかもだけど」
二宮の爽やかの微笑みに俺は少し救われた気がした。
「私もできるだけ参加します」
草薙が無表情で言う。
「あの…私は戦力にならないでしょうが、傷の手当は慣れてます」
「みんな…ありがとう」
俺は少し目に涙をためていた。
そんな俺を無視して坂本は、
「じゃさっそくその為の計画を立てましょう。何か案のある人」
「はい。美晴の目につくためには派手の方がいいと思うので、何かコスチュームでも作るのがいいと思います」
二宮が爽やかに微笑んで俺の方を見てきた。くそっ感謝なんてするんじゃなかった、ホント。
「それはいいわね、じゃ赤と水色がいいわね」
坂本が悪い笑みを浮かべた。せっかくなら黒が良かったなぁ、夜なら見え辛いだろうし…
「何か防具がないと、危ないと思います」
草薙が冷静に分析する。
「ホッケー防具なんかでいいんじゃないですか」
二宮はノリノリである。
「そうね、あくまでも安全第一よね。まぁこいつは心配しなくてもいいと思うけど」
坂本が悪く微笑む。お代官様ほどじゃありませんよ、へっへっへっ…っか。
「フェイスマスクはどうするんですか」
草薙が坂本を意味ありげな視線で見つめる。
坂本は必死に笑いをこらえていた。
クソったれ、だいたいわかるよ、笑う意味が。
でもジェイソンがホッケーマスクを被りだしたのは三作目だからな、よって俺はジェイソンじゃねぇ。
「いいじゃない。ホッケー防具。米軍が使ってたの見たことあるわ」
坂本が俺の顔を覗き込んだ、悪戯っぽく笑う坂本はかわいい…じゃねえ。
「待ってくれ、デルタが使ってたのはスケートヘルメットだ」
現場に出るのは俺だぞ、適当なノリで流されちゃこまる。
「そんなことどうでもいいじゃない。ホントおたくってキモ」
坂本が吐き捨てる。
「ではスケートのヘルメットとホッケーの防具ということですね」
何でか草薙は少し嬉しそうだ。
「それは本決定ね」
全く最高だ。俺の偽物が出てきたら言ってやる。
お前はホッケー防具をつけてないな、本物はホッケー防具をつけてるぜ、と。
「いいね俺も来たいな」
「二宮君…」
俺がうろたえているのを二宮は笑顔で返しやがった。しかも爽やかときた。
ノリノリだなコイツは。
「みんな悪いけど、この費用はみんなで出しましょう。皆それでいい?」
皆が了承した。
良かった、俺は御曹司の息子じゃねえ。助かった。
「あんた、皆の費用がかかってるんだから大切にしなさいよ。ホント」
「できるだけ大切にするよ。できるだけな」
「身を盾にしても守ってね」
そんなこと言われたって、防具は俺を守るためにあるんじゃん…
「学君がんばれ」
二宮が爽やかに微笑んだ。
「あ、ああ」
俺は渋々頷いた。
ふと俺は坂本たちの方を見る。あの坂本や草薙でさえ、子供みたいに無邪気に笑っていた。
そんな笑顔を見ちゃ言えなかった。俺が本当はできないなんて。




