第四章
数日後また俺たちはあの安っぽいファミレスに居た。
薄々気づいてはいたのだが、ウェイトレスからの視線が冷たい。
いきなりナイフを持ち出してきそう…と言うのは言い過ぎではない。
ああ、コイツらまたコーヒだけ頼んで長時間居座るつもりだよ。
かわいそうだからさっさと終わらせたいところだが、そういうわけにもいかない。
「皆から書いてもらった人物像と今回の犯人の犯行を照らし合わせて共通点を私なりに探ってみたの」
坂本はそこで区切り皆の視線を確認してから、
「まず皆の証言全てに通う共通していた「悪を恨んでいて、それを許さない性格」というのは犯人と照らし合わせても問題ないわね。そう考えると、不良への制裁が動機ってことで説明できるわ」
「奴が本物の美晴だとしたら、その副産物…例えば脅迫して金をとるとか、身に着けていた金品を盗むとかそういう行動が一切ないと思うんだけど、そこら辺の情報はある?」
俺は回答がほぼ絶望的な質問をした。
しかし坂本はある種のネットワークを築いているのかさらりと、
「金品が盗まれていたというのは聞いてない。でも「もういじめ等をするな」というある種の脅迫は行ったそうよ」
「動機は分かったんだけど。被害者の接点で意外な事実や動機が浮かび上がってくるかもしれないよね…そのようなところはどうなの?」
はなさんがおどおど言った。
「被害者のつながりは友人や盗み仲間ってことくらいね。出身中学も違えば小学校も別。
怨恨にしてはやり方が微妙な気がするし…まぁそんな感じね。私の知る限りだと。
でも怨恨だとしたら彼ら恨みを買いすぎて私たちがどうこうできる問題じゃなくなると思う」
「もっと犯人の情報はないのか?」
俺が坂本を見やって訊く。
「動機不明。犯行声明なし。目撃者ゼロ。犯行によって犯人像を考えるなら、きわめて計画的で大胆な性格というそれくらいしかわからない。被害者はすべて犯人の姿を見ていないし、性別どころか身長さえ不明。そんなところよ」
まるで犯人の性格がつかめない。これじゃ本当に美晴かどうかなんてつかむ段階じゃない。
これじゃあ俺たちの間で彼(もしくは彼女)を悪か正義かもわけられない。
人に暴行を加えたという黒い面。
しかしその被害者は軽犯罪者であったという白い面。
犯行は淡白で、気絶させて脅迫しておしまい、と言うもの。
グレーの領域だ…。
しかも犯人には顔がない。性別も、身長も、思想も。すべてがない。
もっと言えば人間として語れる言葉がない。
人間は言語で思考している。
と言うことは言葉によって想像して言葉によって判断して言葉によって感情を作り出す。
ことばの強制力と言う奴だ。
つまり協議の「人間」は言葉から作り出されている。他人と自分を分けるのも言葉。
自分を存在させるのも言葉。
例外はある、美鈴のように。
だから俺はさっぱり犯人が分からなかった。
しょせん犯人像も言葉の連なりだ、それがないということは全く犯人像が浮かばないし、まずそいつが居るのかさえ疑問に思えてしまうのだ。
そいつが悪か正義かなんて全く想像もつかない。
しかし俺にとっては犯人は真っ黒の悪だ。
美晴の名を語って身勝手な暴力をふるっている。という一点のみにおいて俺は正確な判断が下せた。
「犯人と美晴の名を語ったのが別と言う線は?」
俺はふと疑問に思い訊いてみる。
「被害者がおぼえている犯行時刻のすぐ後に、被害者の携帯電話から写真付きで文章が送り出されたのよ。つまり犯人は美晴を語るもの以外にないわ」
俺は坂本の真剣な視線を受け止めながら、静かな闘志を燃やしつつあった。
2回目の会合の翌日、朝目覚めると、俺はすかさずテレビをつけた。美晴を名乗る人物による犯罪についての言及があるかもしれないからだ。
チャンネルを変えているうちにそれらしきニュースを見つけた。しかしそのニュースは数日前の事件の事をやっているわけではなかった。
『…区の公園で今日午前1時ごろ、再び高校生が暴行される事件が発生しました。犯行の時間や手口が似ていることや、凶器の類も見つからないことから同一犯と思われます。前回の事件と同じく犯行現場は暗く、朝5時ごろジョギングをしていた現場近くに住む男性によって被害者らが見つかったことで、事件が発覚しました。被害者は5人。全員高校生で、全員が重軽傷を負い、内4人は近くの病院に搬送されました。警察は前回の事件と何らかのつながりがあるとして捜査を進めています』
俺は戦慄した。前回は相手が4人、しかも夜の林、足音を忍ばせる技術を持つ者であれば犯行はそれなりの腕力を持っていれば、それほど難しくない。しかし今回は公園。暗いとしても犯行にはそれなりの戦闘技術と頭脳が必要だ。
俺たちの追っているミハルとは一体どんな奴なんだ…。もしも邂逅した時俺たちをどうするつもりなのだろうか…。まさかはなさんじゃないだろうな…偶然だろ…多分。
ニュースを見たのだろう、すぐに坂本からメールが来た。
内容は土日のどちらかに集会を開くというもの。
「集まって何か、収穫があればいいけどね…」
ため息まじりにつぶやくと、俺は学校の準備を始めた。
日曜日、俺はまたあのファミレスに居た。金曜日、美鈴に疑われたりしたが、今日はあいつは部活だし大丈夫だろう。
「おはよう、菊地さん」
「ああ…おはよう」
草薙が二番手に来て、挨拶してきた。何となく人間味は前よりはあるな…と思う挨拶だった。
「さて、同志諸君。皆ができる限りの力で手に入れた情報を今日は交換し合いましょう」
にこやかに話し始める坂本の隣には、また知らない少女が座っていた。
「なぁこの人は…」
「橘です。三奈美に呼ばれてきました」
長い髪をお下げにまとめ上げた、知的な落ち着きある少女だ。
「彼女も美晴の事を知ってるっていうので連れてきた」
橘は小さく微笑み、
「申し訳ないけど今日しか来ることができません。」
「いいのよ、情報は少しでも多い方がいいから。でも奈々子だって来たいって言ってし」
「ちょっとね」
落ち着いた大人びた少女だなぁと、俺は思った。
「あの、今日はなさんは?」
俺はファミレスに入ってからずっと思っていた疑問を口にする。
「はなちゃん今日は来れないんだってさ」
坂本がやれやれ、とでも言いたそうな顔をした。
「ねぇ三奈美。この集まりってなんか名前はあるの?セーラ服反逆同盟とか?」
橘が悪戯っぽく微笑んだ。
「うーんそうねぇ…別なくていいでしょ」
まぁそうかと思いながらも、俺は英語でナントカ団とかでもいいんじゃと思ってしまう。まぁ思いつきそうにないが。
「三奈美、そういえばここに来るってクラスの人に言ったらさ、来たいっていう人が居たよ」
いい案が浮かばなかったのだろう、坂本は何事もなかったかのように、
「へぇ紹介してよ」
嬉しそうに微笑んだ。
「3組の二宮君。知ってる?」
橘はどうやら坂本と同じ学校らしい。
どうりで頭がよさそうな雰囲気が漂っているわけだ。
「ああ、知ってる、知ってる。陸部で一緒だもん。あの人確か走り高跳びだよね」
坂本は陸上部らしい。新しい「同志」とやらもそのようだ。
坂本と橘は予想以上に盛り上がってしまって話が進みそうもないので、俺は気が進まなかったが、
「なぁそろそろ本題の話しないか?」
髪の毛を弄りながら、坂本が、
「ええ、わかってるわよ、ちょっと話が盛り上がっちゃっただけ」
「俺は新しい情報は持ってない」
と俺は嘘をついた。
橘は話を邪魔されたのに、朗らかに微笑んでこちらを見ていた。
「暴行を受けた5人はやはり不良だったようです。同一犯の可能性が高いかと」
草薙が表情を変えず言った。
坂本は、俺たちを攻めようとはせず、
「あたしも特に新しい情報はなし。でも、集まった理由はまだあるわ。第2の事件で美晴が私たちが束になってもかなわないような奴だということがわかった。だから、何かそれの対抗策を皆で考えようと思って」
「対抗策なんて格闘技が強い人とか雇うしかないんじゃないか。今から俺たちが格闘技始めたって勝てそうにないし」
「そう焦らないでよ、まだあるはず」
坂本はじろりと俺をにらみつけた。
「それに格闘技の経験がある人だって9人を半殺しにした犯罪者となんか戦ってくれるわけないでしょ」
「金で雇えば…」
俺が元気をなくして言うと、
「前言ったけど、第一の事件の被害者は犯人の姿を見ていない。それに、気が付かないうちに倒されていたとか、気が付いたら背後に回られ動けない体勢にさせられていた、とか言っている」
坂本はそこで言葉を区切って、
「つまり、相手は気配と足音を消す技術を持っている。もしくは足音を消す靴を所有しているわ。そんな輩に挑みたいなんて思う奴はいないわ」
俺はすっかり元気をそぎ落とされ、冷静になっていた。俺はもう少しで何かを掴める、と言う気持ちと早く事件を終わらせたいという気持ちのせいで焦っていた。
「それにね、第一の事件の犯行は完全に美晴の支配下にあったわ。第二の事件も計画性のあるもの。相手はかなり計画性があり頭もいいわ、そんな奴があたし達の前にただで姿をさらすわけがないわ。私たちだって美晴の支配下に置かれるはずよ」
「確かに…」
俺は焦っていなければ気づいて当然のことを知らされ、落ち込んだ。
「草薙、なんか対抗策はある?」
草薙は目を伏せて、
「ありません」
「なぁ、坂本さん。二つの事件の犯人は本当に美晴だと思うか…?」
皆が静まり返ったところで俺は沈みこんだ口調で三奈美に訊いた。
「あたしは美晴だって信じてる」
坂本は強い口調で言い放った。
「そうか…まてよ…」
俺は思い付いたアイディアを言うかどうか迷った。もしかしたら坂本はもう気が付いているかも知れないからだ。
「何よ、言って」
「いやさ、多分みんな気が付いていると思うけど、美晴の計画外の状況を俺たちが創り出せばいいんじゃないか?もしくは、その計画を崩す行動を起こすとか」
はにかんで言い終えると坂本は相変わらず強い口調で、
「具体的には何をやるの?」
「ごめん、何もない…」
そう考えると、具体的には何も思いつかなかった。
「まぁいいわ。皆その計画を考えればいいんだもの。その為の集会でしょ」
「そうか…悪いな」
謝る俺を坂本は俺を不思議そうに見つめていた。
俺の家というかアパートにはパソコンがないのだ。
携帯電話だって使いまくれるわけじゃない。
いまだにガラケーだし、フィルターがかかっている。
それから案も出ないまま、夕方になってしまい、解散になった。
結局、何も収穫がなかったな…
ふと、俺が夕焼けを見ていると坂本が話しかけてきた。
「何黄昏てんの」
「いや、いい方法が見つからかったからさ…」
坂本は珍しく朗らかに微笑んで
「多分あたしたちが気が付いてないだけでたくさんいい方法はあるはずよ。だから大丈夫」
「本当にミハルかどうかもわからないし…」
俺は坂本の方をぼんやりと見た、まるで彼女に答えを求めるかのように。
「それはあたしにもわからない。でもまだ疑いだす段階じゃないわ」
「そうか…。そうじゃなくても奴が正義かどうかと言われたら微妙なんだけどな」
「でもあの不良たちが居なくなったことで救われた人はいる。それだけは確かよ」
坂本は一瞬悲しそうな表情になり、
「でも、あれは正義じゃないかもしれないわね」
「坂本はどう思ってるんだ。美晴の事」
坂本も夕焼けをぼんやり見て、
「わからない。美晴であることを信じたいわ。でももし彼女と会うことが合ったら…その時は…」
「坂本はどうするんだ?俺は警察に突き出す」
坂本が驚いて俺の顔を覗き込んだ。坂本のこんな顔は見たことがなかったので俺も少し驚いた。顔には出さなかったが。
「あんた…何で…本当に美晴でもやるの…?」
目を大きく見開いて坂本が俺を睨み付けてきた。
「ああ、やるよ。絶対に」
美晴の名を借りて、自分勝手な暴力を行使して社会に恐怖をまき散らす奴なんて、俺は許さない。そう心に決めていた。
俺は無意識に拳を握りしめていた。
「あたしにはできない。そんなこと絶対できない」
美晴かもわからない顔を見てない奴になぜそんなに同情できるんだ…
俺には分からない
言い残して、坂本は帰ってしまった。
俺には、坂本の心情がさっぱりわからなった。
もしかしたら彼女も美鈴と同じなのかもしれない。
俺は坂本の帰って行った方向を睨み付けてから家に帰った。




