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第二章

「君、名前は?」

黒髪の少女が少し強い口調で訊いてきた。正直他人の女子に詰め寄られるのは慣れてなかったので、結構ドキッとした。

「俺は、菊地学。君は?」

「あたしは坂本三奈美、であなたは?」

三奈美が小動物チックな少女を促すと、少々びくびくした様子で、

「…吉井はなおです」

と、おどおどしていった。俺もまさか美晴の「宣言」でこんな女の子達が反応すると思っていなかったので、少々びっくりはしていたのだが、おくびにも出していない、つもりだ。

「ねぇ二人とも、あれ本当に美晴だと思う?」

坂本は少し遠くを見て、悲しげに呟いた。唐突なので俺は少し驚いて答えに戸惑ったが、吉井は、またおどおどと、

「本物だと、思います」

と慎重に言葉を紡いだ。

「なぁまずは銘々の美晴との関係を言うべき…」

俺は坂本に少しにらまれて、小さい声で主張した。

「あたしは小さいころの友達、はなおさんは?」

坂本はどこかむすっとした感じで吉井に振った。

吉井はと言うと、いきなり振られたからか少しビビって

「えっ私ですか…私も昔の友人です。あの…菊地くんは…」

吉井が、かわいらしくちらちらと目配せしながら振ってきた。

「俺も昔の友人みたいなもん」

「やっぱりみんな同じようなもんね。みんな互いを知らないのは不思議だけど」

坂本が疑うような口調で言った。

「ふたりはどこ中学出身?それで、謎が解ける…かも」

ふたりとも、俺とは違う中学だった。少しびっくりしたのが、坂本がエリート中学だったことだ。よく見ると制服も、県で一番の学力を持つ、西高校の物だ。あまりかわいくない。坂本の隣で縮こまっているはなおの制服は、よく見ると俺と同じ高校の物だった。

吉井との相乗効果もあって(隣に地味な制服の坂本が居たからでもあるが)なかなかかわいい。

俺は少しはにかんで、

「俺、吉井さんと同じ高校だわ」

「えっそうなんだ。何年生?」

「あ、俺は1年」

「あっおんなじだ。えっじゃあ菊地君は何組?」

と、吉井がわざとらしくならないくらいに首を傾げて、とてもかわいらしかった。

「あ、俺2組。吉井さんは?」

「わたしは4組。結構離れてるから、お互い知らないわけだ」

吉井がはずかしそうに微笑んだ。癒されるわ、とか考えていたら、坂本がぴしゃりと、

「それで「宣言」どう思う」

自分だけ疎外されたのが悔しかったのか、少し怒り口調。

俺は少し考えるふりをして、

「俺にはわからないな…」

と嘘をついた。

ふーんと言いながらも納得いかない様子で坂本は俺を見ていた。

「あの…それで美晴ちゃんはここに来るのでしょうか」

少し険悪なムードを変えようとしたのか、吉井がおどおどと言った。

「あっそれなんだけど、今日は私たち「同志」が互いを知って、連絡網を敷くのが目的なんだって、だから今日は美晴は来ないわ」

坂本が心なしか残念そうだった。

「それって、やっぱりあの掲示板に?」

俺が慌てて携帯を取り出して掲示板を開くと、

「そ、で美晴との対面はまた後日」

「本当だ…」

掲示板には、その旨の文章が「宣言」の文体で書かれていた。

「じゃ、とりあえず今日はメアド交換してお開きにしましょう」

坂本が少々ぶっきらぼうに携帯を俺の方に向けた。

「あたし達さっきメアド交換したから、あとは菊地君のだけ」

「ああ、わかった」

俺は慌てて掲示板を閉じ、メアドを交換した。俺はあまり女子とメアドを交換したことがないので、変に力が入ってしまう。

「それじゃあ、またね」

メアド交換を終えると坂本は愛想なくそう言って、去って行った。

「わたしたちも帰りましょうか」

「あ…ああ」

夕焼けにほんのり照らされて、目を細めた吉井の笑みは本当にかわいらしくて、言葉が出なかった。

「じゃあ、またね」

そう言って小さく手を振る吉井をぼんやり見送った。

自称美晴は俺にとんでもない贈り物をしてくれたもんだ。次は桃源郷にでも連れてってくれんのか?

正直、なぜか坂本とはウマが合わないのを直感が告げていた。

犬猿の仲にならないといいけどな…

いやしかし…はなおちゃんかわいかったな…

うちの学校にあんなかわいい娘が居たなんて…

俺は自然とスキップしてしまうそうなのを抑えて、家路についた。


家につくと俺はいつも通り悲しくも嬉しい気分にさせられた。

「仕方ないか…安いし」

そう小さくぼやいて、わが家を見た。わが家と言っても、それは所々錆び腐ったぼろアパートだ。この外見を見ると、いつも悲しい気持ちになる。仕方ないか、とため息をついて俺は二階の自室へ向かった。階段がギシギシとやばい音を立てる。本当に大丈夫だよな…この階段。そうして自室の前につくと、何やら騒がしい。毎週金曜日の恒例なので俺は驚かず、微笑んでため息をついて部屋に入った。


「おかえり。ちょっと遅かったな。先に始めてたぞ」

ちょっと酒臭い挨拶をしてよこしたのは近くに住む大学生の仁藤千歳にとうちとせ。わけあって交友関係がある。普段はきっちりとしたポニーテールを今はほどいてセミロングにしている。髪型同様に服装もどちらかと言えばだらしない感じ。てか下着が少しコンニチワしてる、隠せよ。

「遅かったけど、なんかあったのお兄ちゃん?」

むっとして詮索してきたのは美晴の妹の美鈴みすず。美晴が居ない今でも何でか俺になついてしまって、お兄ちゃん呼ばわりする困った中学生。

「いや、何でもないよ」

俺は様々な惣菜が所狭しと置かれた小さな机を見て、

「今日もありがとうございます。千歳さん」

「いゃあ、それほどでも」

呂律がうまく回ってない。

「って、あたしも材料とか持って来たんですけど、それに作ったのあたしだし!」

美鈴が千歳の方を勢いよく向いてにらみつけ、小さなポニーテールが揺れた。

「それより、なんで遅れたのよ!」

千歳からすばやく俺に向き直り、俺をにらみつけてきた。女の勘恐るべし。

「いや、ちょっと学校の仕事があってね…」

と、フォローを求めて千歳に目配せすると、ニヤニヤして見つめ返してきた。

千歳はこの雰囲気を酒の肴にしようというのだ、やられた。

「ふーん、で何の行事?」

三奈美とは違った威圧感を持つ女だ、と俺は思った。

「美鈴はわかんないと思うけど、高校ってのはいろいろあるの」

「そ…いろいろね…美鈴ちゃんにはわからない」

ニヤニヤしながら千歳が被せてきた。千歳は酒が入ると下ネタ好きになってしまうのだ。

「色々って何よ!なんかあたしに言えないことでもあるわけ?」

千歳のニヤニヤ顔に反応したのか、少し顔を朱に染めて美鈴が怒鳴った。

「千歳さん…ってかそんなんじゃないからミーちゃん」

「ミーちゃんって呼ぶな!」

もっと顔を赤くして美鈴が叫んだ。千歳は笑って楽しんでいるし、美鈴は手を付けられない状態だったので、俺はテレビをつけて二人の気をそらすことにした。

「なんか見たいのあります?」

千歳は意味ありげに俺の顔を見てニヤついていたので無視。

「ミーちゃんは?」

「だからミーちゃ…うーん、特にないなぁ」

仕方がないので色々なチャンネルを見ては変え、見ては変えていると、あの事件のニュースが目に入った。

『…で二日前発生した高校生暴行事件の犯人はいまだ見つかっておらず、犯行現場の近くも電灯が少なく、あたりは真っ暗で目撃者が居ません。また、犯行が素手や鈍器のような物で行われたことから凶器の入手ルートからの捜査も難しく、被害者らが普段からよく暴力騒ぎを起こしていたこともあり、捜査は難航しています。また被害者らの画像が犯人と思われる人物によって撮られネットの掲示板にあげられましたがこれらの操作は被害者らの一人の携帯電話を利用したもので…』

「こういうの怖いね」

美鈴が麦茶を飲みながら言った。美鈴は部活であまり炭酸ジュースを飲まないように言われているらしく、それをきちんと守っているのだ。

俺は震える声で、

「結構近くだな、ミーちゃん気をつけなよ」

少し酔いがさめたのか、千歳が真面目な口調で、

「暴行された連中ってここら辺で有名な不良らしいじゃん。全く物騒だわ。鈍器の様な物ってスイカでもありってことじゃん」

「果物で武装した暗殺者なんていませんよ」

千里が豪快に笑った。

俺は興味ないふりを装ったが、本当は画面にくぎ付けだった。


美晴…お前は何をしようとしているんだ…


ニュースが終わった一瞬の沈黙の間がまるで永遠のように感ぜられた。

まるで再臨した美晴が造り上げた世界の一部分を俺に見せつけているように。

それから一気に俺たちは盛り上がったが、美鈴は部活があると言って早く帰ってしまった。

美鈴が帰った後、俺は千歳の愚痴を聞きながらお酌をしていたのだが、すぐに千歳は寝てしまった。今日のニュースを見て、二人に会ったせいで俺は迷っていた。酒臭いいびきをかいて寝ている千歳を見て、俺は渋い表情をした。


俺の近くには誰もいなかった。俺の周りにはたくさん人が居たが、皆俺を無視して幸せそうに笑っている。寂しくて、寂しくて俺の頬を涙が伝う。

そんな俺を誰かが優しく抱きしめてくれる。それが誰かはわからない。美晴にも美鈴にも

千歳にも見えた。


はっと目が覚め、部屋の酒臭い匂いで一気に覚醒する。千歳はまだ部屋に居てテレビを見ていた。

「彼氏とか居ないんですか…」

あくびをしてから話しかけると、

「ああ、おはよう。あたしも今起きたとこ」

千歳は少し青い顔だったので体調が悪そうだが、

「まなぶぅ~朝飯私の分も」

と抱き付いてきたところを見ると大丈夫だろう。

千歳をそのままにテレビ画面を見ると、強面の初老の男とキャスターがあの事件について論じていた。

『調べによると、あの被害者たちは、飲酒や恐喝や暴行や盗みまでしていたそうじゃないですか、どちらが犯罪者かわかりませんね』

キャスターが真面目な顔で切り出した。

『そうですね。彼らかなり地元では名が知られた不良グループだったらしいです』

初老の男は真面目な顔でそのまま続けて、

『確かに暴行は犯罪ですよね、しかし対象者がこういうのじゃ、どうもどちらが悪いかわかりませんよね』

『そうですよね。犯人の情報は不明ですからね。動機も不明ですし』

キャスターが頷いて同意する。

『ええ、犯人は年齢、性別さえもはっきりしないそうです』

おじさんが難しい顔で唸った。

『年齢、性別、動機不明。あるべきはずの人間性がどこかすっぽり抜け落ちか感じですね』

美晴を演じている人間が相当やり手なのはわかったが、どこかうすら寒いものを感じた。

『このような事件はどう裁かれるべきなのでしょうね』

おじさんは少し悲しそうに締めくくった。

あのニュースから別の話題に移ったので、俺はテレビから目を離して昨日の片づけを始めた。部屋をすっかり片づけると、千歳が、

「いやーきれいになったわ」

と満足そうに伸びをした。あんたが主に汚したし、あんた特に何もやってないだろ、とつっこみたくなったがやめた。掃除を終え、ぼんやりと携帯を見ると、吉井からのメールが来ていた。メールの内容は明日3人で集まって話しましょう、というものだった。明日は早く起きておしゃれしていこうと思いながら、俺は二度寝をするべく布団に戻って行った。後ろでわめく千歳を無視して。



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