会長世話役のお見合い。勘違いと余計なお世話。
『どこにでもいる普通』のOL改め『どこにでもはいない乙女ゲーム転生者(※ただし、ゲーム知識なし(※ただし、過去に限る(※ただし、そのほかの前世知識なし)))』のOL。
いや、これは大変くどい表現だと思う。
ゲーム舞台で、ゲーム知識がなくて、ゲーム主人公たちと縁なくて、ただの一般生徒で……それはいわゆる、モb……いやいや、結局遅ればせながらゲーム知識を思い出せたのだ。遅ればせながらゲーム主人公たちとも交流できたのだ。たとえ、恋愛という乙女ゲームの最大のテーマを最も謳歌できたであろう高校生時代を通過していようが、私が記憶している限りの攻略キャラクターが既に結婚していようが、恋愛中だろうが、子持ちだろうが、日本に存在していなかろう、が…!が…ッ!
――こうして、貴重な休みの日に、攻略キャラクターと主人公にお高い服を買ってもらい、芸能人御用達の美容院に連れて行かれ、ばっちり化粧もしてもらったのだ。
今の私は、私史上最高に輝いている!
「にしても、佐藤は変わり映えしないな……」
「もう!恭輔ったら。化粧くらいですごい変わるわけないでしょ?それにりんごちゃん、スーツじゃない!もっと可愛い服選べば良かったのに」
「初対面のときはきっちりとした格好の方がいいだろ。それにお前を同じところに連れてったときは、……その、かなり、良かったぞ?」
「恭輔……」
おい、そろそろ私をダシにしてイチャイチャするの止めろ。甘酸っぱいわ。
しかし、先ほどまでは頑張って自らのテンションを上げようとしていたが、鏡に映る女は、なるほど変わり映えしない『佐藤苹果』だった。軽くなったショートの黒髪、小さめな猫目は、少しでも大きくしようとメイクの痕跡が見られる。目じりからはみ出して下方に書かれた黒のペン筋、均等につけられたマスカラ、端だけつけられたつけまつ毛からは、私を愛されタレ目美女にしようという意図が感じられたが、その結果がメイクさんの思い通りのものではなかったのは明らかだ。「う~ん、もうちょっとかしらぁ」「あ~ん、困ったわぁん」とか耳元で体クネクネしながらあえいでんじゃねぇよ!男のくせに!
「俺の会社だ。愛美は俺の秘書でな」
腹を立てているうちに私たちの乗った自動車が着いたこの高層ビルは、まるまる一つ彼の経営する会社らしい。社名を見ると、みなさんご存じの有名大企業である。どこまで完璧なのか、うらやましいを通り越して呆れるばかりだ。というか、秘書って言葉、エロいよね。仕事中離れず相手の予定、動向の管理監視をする。公的監禁、法にのっとったヤンデレ!
あ、でもこの場合社長である会長が愛美さんを秘書にしているからな。家でも一緒だが、仕事中の俺もずっと見ていろ。俺の傍を24時間離れるなっていうことか。
「ここでお前と20代の男を会わせる。会う男は30名。みんな頭もよく、顔もそこそこだ……しっかり良い男を見つけろ」
「りんごちゃん、頑張ってね!」
法的視姦希望者、もとい我が未来の旦那様の仲人はなんと30人との見合いを実施するらしい。そりゃ、天下の一流企業なのだから仕事もできれば、金も持っている。この会長視点のそこそこ、なのだから、十分顔だってイケメンだろう。そして、30人という数。
私はハーレム志望じゃないんだけどなぁ。それとも、数うちゃ当たると思っているのだろうかね。
と、色々心の中でぺちゃくちゃ話しつつ、私が返せた言葉は、
「はい……」
の一言だった。
それも若干震えていた。だって、お見合いだもの。緊張するじゃない。
心の中だけ『おしゃべりクソ野郎』を自負している私であるが、現実の私はおしゃべりとは程遠い。ブラジルと日本くらい遠い。お見合いの最中は、ちょっとくらい出てきてくれてもいいのよ?クソ野郎。
ガラス張りのエレベーターで高所恐怖症なら泣き叫びそうなほど昇って清潔な廊下を歩く。新しいヒールの音と会長の革靴の音がカツカツという音が品よく響き、先頭を歩いていた会長がある一室を開いた。私も続いて入室する。
見合い会場は大企業には似つかわしくない、こういっては何だがうちの会社と同じようなこじんまりとした部屋だった。
「部屋の外で説明をしてくる。お前はお前の聞きたいことを入ってくる奴らに聞け、そんでそれにメモをしとけ」
渡されたのは紙の束。1枚目に目を落とすと、男の写真、経歴、メモ欄があった。おそらくこの紙束は30枚あり、そのプロフィールの持ち主たちと私は会うのだろう。
「しっかり質問しろよ。質問はもういいと思ったら『ありがとうございました』って言え」
会長はありがたい言葉とともに背を向けた。
置いてけぼりにされた私は、同じく所在なさげに置かれている部屋の中央の椅子に座った。これから初対面の男と二人きり。あまり近くで話すことのないように、会社と同様に自分の椅子と相手の椅子、椅子同士の間に机を入れた。……会社の取引をする場のようだ。私はスーツだし。目の前には30枚の書類もある。まぁ、わざわざセッティングしてもらっておいて、ロマンチック性まで求めるのは間違っている。かろうじて高層ビルのおかげで、風景は綺麗だからそれで十分。
コンコン
ああ、この擬音語は別に咳払いしたわけでも、キツネが鳴いた声でもないよ。この部屋の扉がたたかれた音です。
「どうぞ」
緊張しすぎて声裏返ったわ。
「入ります」と言って入った男はやっぱりイケメンだった。スーツをビシッと決めて知的な顔をした男はどこをどう見てもデキる男である。
「和田和幸です。よろしくお願いします」
「さ、佐藤です。よろしくお願いします」
「「……」」
デキる男はニコニコしているが、口下手なのだろうか、無言である。プロフィールを見ると、22歳の新卒だ。ここはお姉さんであり、社会人の先輩である私から質問するべきなのかもしれない。
「ご…御趣味は…?」
ザ・見合いと言える質問が出た。
「私の趣味は読書です。年間で300冊ほど読みます」
お、おう…300冊とは。偉すぎる。いや、ネット小説を本に置き換えたら私も負けないんじゃないかな。普通だよ、普通。そう自分に言い聞かせて「そんなに読むんですか」となんとか切り返すことができた。
相手はもっと笑顔になる。
「はい!なぜ読書が好きなのかというと、現実を見るための思考の引き出しをくれるからです。
たとえば、最近私は「失敗の本質」という本を読みました。旧日本軍の軍事戦略を研究した本で、『日本軍は兵糧・寝具・傷薬を用意せず、兵士に現地で略奪して補えと命じていた。戦略によらず、精神論での解決を現場に求める組織文化がある』ということを知っていると、先日の原発作業員のニュースを見た時にも深い観察が出来ました。彼らも日本軍の兵士と同様に、ほとんど食料・寝具も用意されず、現場に配属されているという共通点を見つけられるからです。考える引き出しが増えると、ひとつのものを見た時に多様な思考を巡らせられます」
いやいや、普通じゃないよ。笑顔でそんな戦争中の略奪事情とか言わないでよ。無口かと思ったらとんでもない爆弾発言のオンパレードかよ。戦争話なだけに。というか、作業員だって好き好んでそんな旧日本軍と同じ状態で原発に行った訳じゃないんだから。
このたびばかりは私をおしゃべりクソ野郎(脳内)とは呼べないだろう。この考えの方が正常なのである。
私は仕方がなくメモ欄に『読書300冊・年 「失敗の本質」 日本軍と原発作業員』とだけ書いた。検索ワードみたいで人に関するメモとしては味気ないものであるが、それ以上書く気力は湧かなかった。
「あ、ありがとうございました」
「はい、ありがとうございました」
男は「失礼します」と丁寧に頭を下げて出て行った。そこだけは好感は持てる。
私は男が出た後、メモに『挨拶○』と追記した。
次に来た男は笑顔ではあったが、チャラチャラとした雰囲気があった。顔は普通だが、目をすがめて妖しく笑ったり程よく力を抜いた言動は雰囲気イケメンである。
一人目と同じく22歳。私は趣味ではなく、相手に合わせて大学生活でも聞いてみることにした。……正直、遊び人風の人間は苦手だ。せめて大学時代に爽やかに何かに取り組んでいたら印象も変わるのだが。
「大学では、ミスコンテストを主催するサークルの交渉担当をしていました。仕事内容は、ミスコンテストを主催するための根回しをすることです」
み、ミスコン。その根回しってどんなことしてたんですか。あなたが言うとひどく卑猥なのですが。
「たとえば?」
「学校側とサークル側の仲介です。ミスコン自体、私の代ではじめて行うため、骨が折れました。女性教授から『ミスコンテストは女性をランク付けするので好ましくない』と強く反対されました。そこで、『ファッションショーの形式をとって行う』という落とし所を提案しました。これならば、ファッションの採点になり、女性教授が反対する『女性のランク付け』にはならないと考えたからです。一方、チーム内から『純粋なミスコンテストをやらないと人を集められない』という反対も受けました。彼らに対しては『広報、ビラ、サイトはあくまでミスコンテストとしての体裁でアプローチしよう』を提案し、妥協をしてもらいました」
それってミスコンだと思ってやってきた人たち騙したようなもんだと思うけど。
「ありがとうございました」
23歳。ただ社会人1年目ではなく、学校を留年したようだ。何だ、次は海外留学生か。どうして留年したんだ、お姉さんに言ってみ?
「はい、部活動に時間をとられ学業がおろそかになっていました。ただ、いくら忙しかったといっても勉強しない言い訳にはなりません。自分の自己管理の下手さが招いたことだと思います。3年の前期に必修単位を落としてから猛省し、二年生からはどれだけ忙しくても勉強の時間をスケジュールに真っ先に組み込むようにしました。後期からはひとつも単位を落としていません。もちろん、当たり前のことで誇るべきことではありませんが、これからもしっかりと自己管理をして、本分である学業もしっかりやっていきたいと考えています」
「部活動とは?」
「はい、柔道部です。部長をしていました」
「部員数は?」
「……私含め7名でして…増やそうと努力をしているのですが、その、増えなくて……」
ぐすん。奇数ならば練習もしづらいでしょうね。大変だとは思うけど、マッチョな男の泣き顔はちょっと。
「ありがとうございました」
海外留学生、留年生、転職経験者、映画鑑賞趣味、良家の息子、マッチョ、ガリ勉、様々。
30人終えるころには私は疲れ切っていた。
総じてイケメンだったことは認めよう。しかし、みんな無口で私が質問したことにのみベラベラ答えるとはどういう用件だ。向こうから話しかけてくるなり、会話のキャッチボールをしようという気概が感じられない。私がとても対人能力の高い人間だと思えるくらいだったよ。そのわりに話すときは終わりが見えないんじゃないかってくらい話すし、自分のことしかアピールしない。
「佐藤、どうだった?良い奴はいたか?」
入ってきた会長に愚痴を言ってしまったのも仕方がない。
「もう見合いは勘弁してください…」
「どうした?」
「どうして自分のことばっかりなんですかナルシストなんですか。顔は良くても会話できない人ばっかりでしたよ、もう!」
怒りを思わず露わにしてしまったが、会長は全く気にしていないようだった。「そうか」と笑いながら聞いている姿を見ていると、ゲーム設定集の『俺様ナルシスト』という紹介文を消してやりたくなる。少なくとも今日会った30人よりはマシ。
あれくらいのナルシストだったら許せるさ。攻略キャラは格が違うよ。
だが、会長の次の言葉でその考えは速攻捨てた。
「そりゃ、俺の会社の最終面接だからな」
なるほど。あの格式ばった態度と言葉遣い、長々とした必ず自己アピールを入れる話、笑顔での接し方。完全に就職面接です、ありがとうございました。
「いや、俺は一応あいつらに言っておいたんだがな。中には一人面接官がいる。受験番号、出身学校は言わなくていいから名前だけ名乗って、会話しろ。面接官が『ありがとうございました』と言ったら出ろってな」
はいはい。私が面接官か。そりゃ会話しろと言われていようが、普通面接官が質問してくるまで待つよね。話の第一投がいっつもこちらからだった訳だよ。
「お前は良い男を探せる。こっちは一般人から見て良い人材を探すことができる。一石二鳥だからな。お疲れ様」
飄々と言ってのけるこの男に殺意が湧いた。
私はお見合いだと思って緊張していたのに実態はただの面接官。せっかく久しぶりの休暇にスーツとはいえ、おめかしして30人もの慣れない男に会ったのに、この仕打ち。顔は極上、一流企業の社長でも許されることじゃない。
「この、ばかっ!!」
私は踵を返して部屋から出た。苛立ちついでに肩を思いっきり会長にぶつけることも忘れず。
「いてぇ……こりゃ、男が出来ない訳だ」
余計なお世話だ。