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始まりは全てが終わった後。出遅れで、いき遅れ。

暗がりの中でポケットを漁って鍵を開け、部屋に入り、右手でワイシャツのボタンを外しつつ、左手ではPCの起動スイッチを押す。

ウィインという気だるげにデスクの上の筐体が光を発した。毎日いい加減にしろよ休みくれ、とPCに口があったら確実に言っているだろう。そんな感じの音だった。

言い返してみる。

私にも精神的な休みは必要なんだ。それは現実の世界じゃ、とてもじゃないが無理。あんなガミガミ言うおじさん上司たちと重箱の隅をつつくかの如く一挙手一投足に対して小言をプレゼントしてくださるおばさんたちのいる会社通勤をしているという現実。2年間その苦行を続けた現実。休日なしで働く結果友人とも疎遠になってしまった現実。彼氏が一人も出来ずに24年過ぎた現実――そこにいるのだから。だから私は仮想の世界に癒しと快感と逃避をする必要がある。そうでもしなきゃ、とっくに現実世界からエスケープして次の人生に賭けてしまっている程度に私の精神は貧弱だ。

要は。


ネットサーフィンしか趣味ないし、生きがいもないんだよ。何か文句あるか。


さらに愚痴を言わせてもらうと、ネットでの娯楽が多い時代に生まれた人間がこうなる可能性は非常に高くなるのは必然だし、彼氏なんぞは勤務で拘束されていて作る時間がない。

それに、私は小学校・中学校・高校とエスカレーター式に通っていたのだけれど、すべからく恐ろしく美形で金持ちなお方様の巣窟だったのだ。平凡人間の私が、恐れ多くも、そんな神に愛されし造形の方々に見向きされる訳も、恋される訳も、ない。何も経験しないまま、ただただ目が肥えてしまった。結果、独り身。

ああ、やだやだ。閑話休題。


「ランキング、見よ」


私は特に小説投稿サイトを見て大量の小説を読破していくことを楽しみとしている。スクロール。

「最近乙女ゲーム転生って多いよねぇ」

サイトの日間ランキングには所狭しと乙女ゲーム関連の小説がひしめいていた。主人公は、幼少期か中学校入学か高校入学直前に自分が生きている世界が乙女ゲームの世界であると気づく。そこからはめくるめく恋と愛の日々。傍観者をしていたのにも関わらず攻略キャラに恋をしたりされたり。あるいは主体的に攻略キャラと恋しにいったり狙ったり。

うらやましい。私もそんな世界に生きたかったやら行きたかったやら。

そういえば、転生ものやらファンタジーものが大好物なのだけど、こんなに小説が多いのは私と同じように現実逃避したい人が増えているからかもしれない。まぁ、どんな理由があるにせよ喜ばしいことだ。私の癒しというか現実で味わえない擬似的なときめきを味わえる手段が増え、私は・・・・・・あ、ちょっと待って。


「続き、更新されてる」


大好きな小説が更新されていた。口元が緩む。マウスを持つ手に力が入った。

さて、理想の、楽しい世界へダイヴ――




ピンポーン!




――をしよう。何者にも我がリラックスタイムを邪魔できない。ここは無視して、理想郷へ――



・・・・・・・・・・・・ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン!



私はワイシャツのボタンを締め直し、ゆらりと立ち上がった。

誰だこら。

こんなピンポン連打してまでも私にすごく会いたがっている人間なんかいないぞ。そのことを残念だとも思わない。普通の女性なら「チャイムがこんなに押されてるッ!こ、こわーい」と言って、部屋の片隅でカーテンでも掴んでしどけなく座り込み、フルフル震えているべきかもしれない。

だが私の中にあるのは恐怖でもなく、純然たる怒りだった。

現実からの逃避行を遮られて怒らないでいられるだろうか、否、怒る。激おこプンプン丸じゃなくて、怒る。

ゆっくりと扉を開けた。

その非常識さを正してやろうと、職場の上司とお局方と対峙するときのように背筋を伸ばし、隙をなくして、目を開き、


見開いた。


そこには男性女性ひと組のカップルがいた。

男女一人ずつ立っている、ではなく、カップルだと思った。二人の空気や寄り添う様子からそう思われた。男女カップルは、それはもう凄まじい御顔立ちであった。自らの思考回路の中でこんな詩的なことを考えるのは24歳にもなって痛々しいことであるが、あまりに美しい立ち姿にその背後からは後光でも差していると信じられるほど神々しく、同じ世界に存在していることが申し訳ないあまり我が息も鼓動も全て禁じて御二方に捧げてしまった方が良いと思案するほどで、・・・・・・いや、そうではない。たとえばこの二人が美しいだけなら私は怒りを引っ込められなかった。かろうじて、男性の方が我が小・中・高校と一緒、女性の方が高校から一緒の学校に通っており、大変学校を賑わわせていた有名人であると分かったから、怒りを四散させたのだ。

だが、怒りを収めるどころか、私がみっともなくドアも目も口も開きっぱなしである理由。それは。




「だ、大丈夫ですか?!入っていくところが見えたのに出てこられなかったから、何かあったのかと思ってチャイムを連続で押してしまって・・・!!ごめんなさい!!!」

「ほら、愛美。大丈夫だったろう?あわてんぼうだな」

「あわてんぼうとか言わないでよー。・・・・・・ん?もしかして、あなた、佐藤さん?!」

「ん?知り合いか?」

「何言ってるの!高校で一緒だったでしょ!それに恭輔の方は小学生から一緒でしょう?!」

「佐藤なんて平凡な名前で、こんな平凡顔は知らん」

「恭輔、この前一緒にアルバム見たとき、『佐藤苹果(さとうりんご)って、すげぇ甘そうな名前』って言ってたじゃない!」

「そうだったか?しかし、お前よくそんなこと覚えてたな」

「・・・恭輔と一緒にしたこと、私忘れないもん」

「!愛美・・・」



神宮寺恭輔。葛城愛美。

この甘い雰囲気を撒き散らしているカップルが誕生したのは、高校卒業間近であった。

エスカレーター式の学校に突如編入した美少女・葛城愛美は、顔の良い粒ぞろいの我が校の中でも特に優秀かつ見目麗しい男性を次々と虜にしていった。特に生徒会、風紀委員、担任教師といった親衛隊持ちの男性は、葛城さんにゾッコンで、仕事を放棄してまで彼女の追っかけをする毎日。親衛隊のお邪魔も恋のスパイスになったようで、彼女に対するお熱は一層上昇。

荒れる学校で、いっそ葛城さんに首ったけな奴ら全員、役職をクビにしてやろうか、とダジャレでもなく思われる中、葛城さんは最後に一人を選んだ。

それが、生徒会長・神宮寺恭輔。

全てにおいて完璧。権力も美も名声も学力も体力運動能力も、この世のありとあらゆるものを手にしたかと思われる彼が、やはり完全なる美の塊である少女を得たのは当然だと思っていた。

でも、私は知っている。

否、思い出した。

二人が結ばれる前にはライバルがたくさんいて、親との確執があり、コンプレックスや嫉妬があり、二人で生きる道は茨道で、一つでも選択肢を間違えば即バッドエンドだった。

難易度の高い『生徒会長ルート』。

人気も高かった『生徒会長ルート』。

しかし、この葛城愛美はうまくやったのだ。




ガンガンと衝撃が頭を襲い、その痛みに私が意識を失えたら良かったが、容易く逃避させてくれないのが現実だった。現実は甘くない。そんなの、知ってた。でも。



「あの・・・」

「あ、佐藤さんで合ってるよね?」

「はい・・・」

「わぁ!私、愛美!こっちは神宮寺恭輔!覚えてる?高校の人数多かったから知らなかったかもしれないけど・・・」

「知ってるに決まってるだろ?」

「はい・・・」

知ってる。

自信満々に言う会長を見て、可愛さと美しさを兼ね備えた編入生を見て、時が経っていようとすぐ気づいた。

しかし、私は、知らなかった。

「あの、私たち、ど、同棲するの!それで、今日からお隣に住むことになりました!同級生が隣だなんて嬉しい!よろしくね!!」

「よろしくな」



ここが乙女ゲームの世界『だった』なんて・・・!!!!!!!!!!!!


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