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予定調和 第一章

出来事と言うのは常に起こる。

小さなものから大きなものまで。

即座に対処できるものか、自分一人ではどうにもならないものまで。


それは、良い事が起きるかも知れない。

それは、悪い事が起きるかも知れない。

 「彼女」が居るのは、とある神官の部屋だった。

 とは言っても、単なる神官ではなく第一級神官……司教より地位が低く上級神官の中では筆頭と世間では思われている位である。ただし、第一級神官と言う存在を大抵の人々は「そんな人がいるんだね」程度の認識があれば詳しい方な上に表向きの事であって。司教は数こそ少ないけれど数人は存在するが、第一級神官は世界でたった一人しか居ないので実際には司教より発言権もあるし地位も高い。

 実際、神官の部屋に訪れた彼女の知識でも上級神官であると言う程度の感覚でしかなかったのは、他の神官の部屋に出入りをする機会が無かったと言うのもあるだろうが、何より神官本人の人柄もあるのだろう。


 彼女にとって第一級神官である彼女……シリーは勤め始めてからずっと仲良くしてくれた、恩人と言っても差し支えない存在。心の拠り所と言っても良いほどに返しきれない恩を感じる存在で、下手をすれば忠誠を誓って居る筈の存在や婚約者よりも優先順位を高くしたくなると言っても過言ではない。

 そう、シリーの部屋に訪れた彼女……通称マーシャにとってシリーは大切な存在だ。

 何度大丈夫だと言っても、他の恩義ある後見人と同じ程度には……つまり心配性の彼女の為に、常に訪れる時は笑顔を心がけたいと思うほどに大切な存在……。


 だけど。


「話して、マーシャ?

 優しくて有能で、人一倍頑張り屋の貴方がそこまで涙を流すほどの何があったと言うの?」


 だけど、今のマーシャは鈍器で殴られ破壊されたかの様な姿で。

 痛々しいと言う言葉が生易しく感じるほど、打ちのめされて。

 何でもないと、いつもだったら嗚咽を洩らすマーシャは今。

 ただ静かに涙を流す。

 どうして、何故と自問自答を繰り返し、されど決して果て無き迷宮にさ迷って居るのではないか。これは悪夢で次の瞬間には過ごしなれた自室のベッドで目を覚ますのではないか、そんな無意味な夢である事を願い、故に現実である事を何度も自覚してしまうが為に。


 そして、事態は動き出した。


ーーーーーーーーーー


 先に少し述べて置こう。

 この世界には神が居て魔法があり、神官があって召喚される存在がある。

 だから、この世界の人々は自分達の存在する以外にも世界があり。時に別の世界は自分達の世界よりも魔法が発展していたり、逆に魔法がまったく存在しない世界がある事を知識として知っている。これまでに召喚された存在が齎してくれた、神からの贈物(ギフト)と人々は呼んでいる。

 その異世界で、魔法が発展した世界から魔力を持たない者や。逆に、魔法の魔の字も知らない世界から絶大な魔力を秘めた存在が居ると言うのも事実として知っている。ただ、彼らは自分自身がその対象であるか否かを世界を超えるまで認識する事が出来ないと言うだけのモノであり。


 この世界の召喚技術は、召喚能力を持っている存在が世界にただ一人存在する。厳密な意味からすれば、自分達の世界から呼び出す能力を技術を用いて行うのは「召喚」とは異なるらしい。

 その人物が何らかの形で力を失えば別の人物が召喚能力を持つ事になると言われているのだが、一般的な召喚士も存在する。同じ世界から呼び寄せる召喚能力を持つ者は数が多くはないが存在し、別の世界から呼び寄せる者は召喚士ではなく神官の扱いになる。

 これには神殿の名を世間に知らしめると言う意味もあるが、別の世界から呼び寄せる召喚能力に関して言えば「神と交渉し契約を果たす」と言う前提が必要となる。つまり、神と接触し交渉を行う事が出来れば実は世界に一人ではなく複数の人々が異世界から召喚を行う事が出来ると理論は一部の存在に知られているのだが……そもそも、神が直接交渉に当たるのは最も神に近い存在に他ならないと言うのも一般的な召喚士と区別されている理由の一つでもある。


 そんな中、とある理由から一人の人物が異世界から呼び寄せられた。

 「彼女」は神の意思により呼び寄せられたる存在……御子(みこ)として呼ばれ、特別な能力らしい能力を持っている様には見えなかったが、顔も上げる事すら忘れた人々を。疲弊し混迷の世界を救う、まさに救世主。

 「聖女」と「御子」は異なる存在なので、あくまでも「御子」と呼ばれた彼女は「ミカ」と言った。

 ミカは明るく精力的に世界に働きかけ、様々な土地の様々な存在に対して明るい未来を指し示した。


 と、ここまでは良い。


 問題は、その後。

 ミカを呼び寄せた国は「一度だけ元の世界に戻る機会」を与えられ、ミカも呼び寄せられる際にその条件で呼ばれた訳だが。

「ミカ、この世界に残る。だって皆が残って欲しいって言うんだもの、ミカも元の世界なんて未練はないの……ミカ私にとってこの世界の皆も大切なの。

 見捨てる事なんて出来ない、またあんな事が起きるかも知れないなんて思うと……」

 ミカが神殿で自ら帰還を断った際の状況は、吟遊詩人が手足に尾鰭までつけて脚色し各地で「御子様物語」として娯楽として話題を提供している……いや正確には、し続けている。主に神殿の宣伝と子供向けと言う事もあるが、とにかく世紀の大イベントとして取り扱われている為に無駄に長く、今の所の噂では最後まで聞く事が出来ずに飽きて眠ってしまうと言う事で子守から密かに評判を受けている……余談である。

 一体どこでどうなっているのか、それからミカの言動は毎週の様に世界のあちこちで三流ゴシップ記事よろしく近所の奥様方の話題を提供していたりする。これは大人向けとして。

 主に、悪い意味で。


 ミカを表す言葉で「美しく可憐で、優しく大らかな純粋な存在」と言うのは男性……主に独身で若い者が多い。

 対して「普通の顔と少し小柄で、常識知らずで無鉄砲な困った存在」と言うのは女性を筆頭にした地位ある御老体が多い……それでも、老人とは言っても男性故に微笑まれたら嫌な気持ちにはならないだろうが。

 要するに、若い男性のみを標的とした逆ハーレムを形成している状態なのだ。

 よくある話と言えばよくある話で、この国の古文書の幾つかに「異世界から召喚した存在は、この世界に残る理由が失せると同時に償還(しょうかん)させる事」とある。つまり、元の場所に送り返せと言う勝手と言えば余りにも勝手な言い分ではあるが。概ね、これまで召喚された御子達は基本、呼び出す際は自分達にとって快く揉め事を引き受けてくれる存在ばかりで居残る者はほとんど居なかったし。そもそも、居残ることを前提として召喚に応じたと言うのがミカの言い分だったのと神が了承しているので返すに返せないと言う事情もある。


 最初のうち、人々は異質さに気が付かずより良くなって行く世界に万歳三唱もかくやと言う有様だった。

 気づき始めたのは誰だったのか……法務省の大臣秘書の文官は割りと早かっただろう。その人物……マーシャはミカの養育係的な仕事を後宮女官長や他の数人と当たったのだが。

 最初、シリーは何度もマーシャの元を訪れては声をかけたものである。別についでと言うわけではないが、女官や侍女と言った人達にも力づける言葉をかけたものである。

 何しろ……ミカと言う人物は勉強や労働と言ったものに全く興味が沸かなかった。

 召喚直後の頃は城内どころか国中、世界中が混乱していた事もあってろくに世話をする事も出来なかったし国の為、世界の為に居残ってくれた御子様の為に心を込めてお世話をしようと張り切っていたくらいだが。

「ミカ、難しい事わかんないの……それより、遊びましょ?」

 小首を傾げて上目遣いをし、行うお強請りに関しては女性には効かなかったが若い男性にはてきめんだった。

 まず、上級神官がころっと逝った。元々、神を慕うような存在なので神聖とされる存在にはめっきり弱いと言うのも理由だろう。将来有望と言われた彼は、最近になって用事もないのに「御子様のご機嫌うかがい」に城へと日参している……本来、御子であるミカは神殿預かりになる筈だし当初はその予定だったのだが「ミカ、お城の方がいいなあ」と言う一言で神殿は泣く泣く諦めたと言う話がある。


 もっとも、後で状況を知った者が何人もほっと胸を撫で下ろしたのは皮肉な話だろうか?

 後押しをしたのは、この国の第一王子だ。城の中にミカの為の部屋を用意させるのに王太子―――この国は性別に関係なく第一子が世継ぎとなる可能性が一番高い。ただし、第一子であろうと無能であると判断された場合は即時に王位継承権を剥奪される可能性もかなり高く、現在は妹とは言っても同腹である第三王女が王太子と認定されている―――とやりあったと言う苦い話もある。

 最近、その第一王子に「ミカ、王子様は将来王様になるのが相応しいと思うの」と言われた関係で王子の背後はかなり不穏な動きを見せていると言うのが公然の秘密だ。

 王子には当然護衛がついているが、本来は王以外にかしず)く事も滅多にない筈の騎士団長や魔法士団長が王子の護衛と言う名目で付きっ切りになっている事が多い。ちなみに、王子と各士団長は幼馴染だが騎士団長は一般人からの成り上がりと揶揄される下町出身だ。現在の王の御世になってから基本は完全実力制を取り入れられたおかげで騎士の中では最も忙しく最も栄誉あると言われている団長にまで上り詰めた逸材である。魔法士団長は一応は貴族の出身ではあるが、そこそこと言っても良い程度の地位だ。それでどうして三人が幼馴染になれたかと言えば、風来坊気質のある王子が遊びに行った先で引き摺ってきた……ちなみに、当の王子は着いてきたといっているが実際にはトラブルに巻き込まれた二人が一緒に逃げていただけである。

 気の合う……と言えば全力で拒否されるだろうが、そんな三人は好みも似ているらしい。

 ミカのご機嫌を取る為の努力は惜しまないと言うあたり、女性陣からの視線は日々温度が下がりまくって居ると言うのに有頂天になっている彼らには効き目がない。

 他にも文官や武官の中にもミカに恋泥棒をされまくっている人々が居るが、とうのミカとて計算なんじゃないかと疑いたくなるほど無邪気かつ平気な顔で近づいてくる人々に触れて「身分なんて関係ないよ、ミカと貴方はお友達だもの」と言いまくっている。


 けれど、世の中の全てがソレで終わるのならば。

 憎しみも妬みも嫉みも生まれる事は。

 ない。



続く

でも、本当に大切なのは「その瞬間」にどう対応するかってのも当然あるとは思うのだけど。

「その次」にどう対応するかと言う方が大切、な事もある。


今、その瞬間を大切にするのか。

それとも、次に続くいつかを大切にするのか。

正解なんて存在しない、不正解なんて見聞きしない。

身勝手ですか? 悪逆非道ですか?

それは……。


切り捨てるのが今か、未来かの違いでしかないけれど。

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