05.生生流転の行き着く先は
人生とは行き交う川のようなものだと誰かが言った。
上から下へ、上流から下流へゆくもの。時に流れが悪く干上がる事もあるが、いずれは海へと辿り着けたり他の川と交じり合ったりすると言う。
そう言えば、かつて日本神話で描かれた「竜」とは山脈や川を表していたと言う。どこぞの名探偵の孫で言っていたのだが……幾つにも別れた竜の首にどうやって酒を飲ませたいのか是非お伺いしてみたい謎だ。
まあ、世の中には解明されないほうが幸せな謎もあるのだけれど。
と言うわけで、今回は「あのアホ」で一部有名な第一王子が参ります。
生生流転: 万物が永遠に生死の間を巡ること。万物が絶えず変化し移り変わってゆくこと。生々流転。
決して変わらぬものも無ければ、尽きることはないのだと言う事を知らなかったのは、誰の罪と言うのだろうか?
生まれた時から王子だったんだから、きっと死ぬまで王子なんだろうと思ってた。
けど、今は王子ではない。だから、周囲には元王子って呼ばれる事もある。
それが「俺」と言う存在。
確かに衝撃はあったけれど、最終的に今の人生を選んだと言えば……そうなる。のかな?
俺の国は魔法と剣で守っていて、それは他の国も大差はない。
もっと遠い国や、それこそミカの故郷とか言う国ならば違うらしいけれど見たことも聞いた事もないのだから想像もつかない。
俺の両親は国王陛下と王妃殿下だ。
国王である父親には合計で3人ほど妻が居て、女王と王妃と側姫と呼ばれている。
国王と女王、それと貴族と平民からなる議会の三つの権力がこの国を支えていると言うのは少し変わっているのだろう。特に女王陛下は女性で国王と同権と言うのは近隣の国では直系王族でない限りは無理だろうと思う。
俺には姉が二人と妹が一人、あとは他にちらほら居る。
側姫の生んだ二人の娘……俺にとっては姉である第一王女と第二王女は、あんまり必要なかったらしいけれど嫁に行った。
女王陛下には女王陛下と国王のどっちか知らないけど連れ合いとの間に子供が確か二人くらい居た気がするけれど、その辺りはよく判らない。興味もないしね。
ちなみに俺と妹の一人は王妃の子供ね。
俺の母親である王妃の夫は親父である国王だけで、これは今の所問題がなければ一生このままの予定。
で、娘を二人産んだ側姫は子供が二人とも嫁に出ちゃったから最終的には家臣に下賜されるそうだ。
今の状態が他所の国では普通はないらしいけど、別にうちの国でも珍しいかと言えば珍しいらしい。
女王陛下と実母の王妃は仲が良くて、友達と言うより姉妹感覚だって言う風に見える。どっちも同じ男を間に挟んでるはずなんだが、女王陛下には親父の他に連れ合いがあるせいか王妃との間に波風は立ってないらしい。確かに、もし王妃がまともに女王に喧嘩を売ったとしても愛玩動物がじゃれてる程度にもならないだろう……ある意味馬鹿にされてるって事にならないかとは聞けないし言えない。俺だって女王は怖い。
ちなみに、側姫って言うのは親父が子供の頃から付き合いがあったらしくて元々は下級貴族の娘かなんかだったらしく、更に遡ると先代国王である祖父が関わっているらしいんだが……その当たりはよく判らない。
勉強が嫌いだって言うのは否定しないけれど、机上の空論より体を動かすほうが覚えるだろう?
言い訳だって言うのは……認める。
第一と第二王女がそれぞれ嫁に出て暫くして、親父と女王陛下の間で緊迫した空気が流れている事が一時期あった。
お袋の王妃も釣られてか、少しぴりぴりしている事があった。
反抗期って奴なのか、その空気が我慢できずにしょっちゅう城から抜け出しては面白い事を探していた。
俺のやる事なんて監視されてるだろう事は判ってたからって言うのもあって、割と無茶な事をしていた自覚は……ゼロではない。
けど、そのおかげで俺は将来の片腕となる魔法士団長と騎士団長を連れてきたんだから評価されてしかるべきだ。あいつらに言わせると巻き込まれただけだと言うが、それでも逃げ出さなかったのはあいつ等の責任。
あいつらと下町とか行って、悪い奴らをぶちのめすのは良いストレス解消になった。
将来は俺がこいつらを守っていくんだから、良い予行演習になると思ったんだ。
でも、そうはならなかった。
俺が実戦訓練として下町に出てる間に、妹の第三王女が王太子に立太子していた。
当然、俺は抗議した。
俺は第一王子だし、妹は第三王女だ。普通ならば男である俺の方が立太子するべきだって。
この国は、数年前まで男女同権というのはハリボテで中身がなかった。法律で女性は男性と同じだけの権利と庇護を有しているといわれていたけれど、実際の所は男性にとって女性は好き勝手に出来る相手だった。
流石に、売り買いとかはない……とは思うけど。
俺が外に出ている間に、いつの間にか女王陛下や妹の尽力で女性にも男性と同等の実質的な権利や保護って言うのがまかり通る様になってしまった……いつかはなるだろうと俺でさえ思っていたけれど、何も俺が死ぬ前にやらなくてもいいじゃないか! って言うのが本音だった。
妹が立太子した事で、俺の立場は微妙に宙ぶらりんになった。
そんな折、世界に未曾有の危機とやらが現れた。少しずつ地方から変化は現れ、その変化はとうとう王都にまで押し寄せて、もう駄目かと思ってたのは……どちらかと言えば、その危機のせいじゃなくて危機に耐えられなくなった人々の暴動だろう。
そんな時、現れた。
神殿は、彼女を御子であると認めた。
だが、彼女は「ミカはお姫様なの」と言った。
世界が荒れ果てた中で、一滴の雫の様に現れたミカ。
激的な変化はなかったけれど、少しずつ人々に染み渡ってゆくミカの力で世界は危機から救われた。
ああ……だから、俺はミカの為に何でもしてやりたいと思った。大抵の奴らが困っていても手を差し伸べようって気にならなかったけれど、ミカの顔が歪んだりしていると手を差し伸べたくなる。どんな願いでもかなえたくなる。
流石に、幾らミカが「ミカね、王子様は王様に相応しいと思うの」と言っても「王か……俺に相応しいだろうな」とは思っても実行に移すのは難しいだろうと思っていた。その後すぐに「あ、でもそうしたら王子様は王子様じゃなくなっちゃうかあ……」と言う台詞は多分関係ない。
神殿はごちゃごちゃ煩かったが、ミカを城に留めて置くのは難しい話ではなかった。特に、ミカ本人が城に留まる事を望むのであれば当然だ。世界を救った御子なのだから、その願いは全てかなえられなければならない。
しかも、ミカは一度だけ元の世界に帰れるチャンスを与えられたにも関わらず居残ってくれた恩人だ。
俺達の世界はどんなミカの願いであろうと叶えるのが恩を返すと言う事ではないだろうか……そう思った俺は悪くない筈だ。
でも、それに難色を示した者達がいた。女達だ。
俺の様にミカに恩を感じる者は総じてミカに思いを寄せる奴らばかりで、そいつらを追い払うのがどれだけ大変だったか……!
特に、俺が片腕と見込んだ魔法士団長と騎士団長は人がミカに会いに行けば大抵側についてきやがる。
中身はともかく、見かけ子供な魔法士団長はともかく騎士団長なんてモロに女子供からの黄色い声の的だ。最近は守備範囲が広くなったのか熟女からも熱い声援をうけている……チェリーのくせに! 初恋の女に無自覚に操を立てて女遊びの一つもできないむっつりのくせに!
ちなみに、俺達はほとんど同じ年齢ね。魔法士団長の方がちょっとだけ年齢上かな? でも身に宿る強すぎる魔力のせいで肉体の成長はあまりなされない。騎士団長は生まれた頃の頃を覚えてないらしいから、大体俺達と同じ様な年齢だろう。貴族でもない下町育ちはそんなものだ。
俺の様に恩義を感じている者はミカ狙いだし、やけに女がミカをよく言わないと思ったが……多分嫉妬だろう。
恩人に向かって悪口を利くなんて外聞が悪くて噂も出来やしない……なんて事だと思うが、その筆頭が女王陛下で本来は神殿預かりのミカを強引に城に住まわせている以上は、確かに強く言えない。
そして、あの日が来た。
神殿から使わされてる神官は、基本男が多い。
流石に下級神官が来る事はないが、その神官は女で、しかも召喚の能力をもつと言う第一級神官と名乗った。
驚いた。
世界中に点在する神殿の中で、召喚能力を持っているのは一人だけだと言うのは有名な話。しかも、代替わりをしたと言う話を聞いた覚えもない。
シリーと名乗った女が現れた時、法務省の大臣の筆頭文官と言う女……マーシャは、関係は知らないが女王陛下が後見についている女で。彼女が泣いた跡を残しながら現れたのも驚いたのは、非常に優秀な彼女は「氷の魔女」と言う異名を取るほどに感情を揺らさずに冷静な判断を下すと噂されているからだ。貴婦人と言うほどの年齢ではない筈だが、それでも異名はぴったりと似合う。
マーシャの側にはもう一人居て、こいつは俺の妹である第三王女の筆頭女官とか言う胡散臭い奴だ。
コイツは妹の手足となって色々やっているらしいが……正直、鬱陶しいにも程があると思う。
でも、筆頭女官であるエリンと言う女は王太子である妹と女王陛下を中心として親父である国王と議会の承認を得てミカを褒章の替わりとして西の鉱山で有名な領地を与える事。俺を王家の系譜から削除する事。魔法士団長の解任と魔法力を禁術に手を出した罪で罰を与える事、他にもミカの周りをうろちょろしていた奴らを全部ぶった切ったあげく各々の実家からも見捨てられた事を知らせてきた。
俺は、いつぞやとは違って外にも出なくなって役に立たなくなった事や王子としての公務をサボった事。あと……いつかミカに王に相応しいといわれて零した台詞を録音されていた関係で王家の反逆罪の汚名を着せられた事が理由だった。
ミカは、城で姫として暮らす事に固執してたから半ば追い出される様にして西の領地へ旅立つ事になった。
俺は……ミカと共に城を去る事にした。財産を没収され王子としての身分も剥奪され、かと言って一般市民と同じ扱いはされないので国外に出る事さえままならないと言うのもあるが、何よりもミカを放り出したくなかったのが一番の理由だ。
一体何をどうしたと言うのか、実情はよく判らないけれど以前よりミカを狙う奴らが激減したのは第一級神官とか言う女が何かをしたからだそうだ。それにより、ミカは御子としての能力を失ったと言う……狙われる事が「減った」だけでなくなったわけではないのは、他国からの間者がミカを政治の道具として欲しがったと言う背景がある。そのあたりのフォローは誰もしてくれないので、俺が全部を賄う事にした。
ミカを狙う「男」は減ったけれど、「権力者」が増えたのは良かったのか悪かったのか……正直判らない。西の領地の名目上の領主となったミカを力付くで手に入れようとするのならば、贅沢な暮らしを望むミカにしてみればこれ以上は城から追い出されたり出たりする様な事はしたくなかったし、強引に攻め入ると言う事は我が国を敵に回すと言う事になる。そう言う意味からすれば、元々は中央からの監視の厳しい土地なだけに強引に攻め込んでくる輩が居なかったのは幸いだと言うべきだったのだろう……城が王都ほど大きいわけではないが、昔の領主の趣味で飾り立ててあった事がミカの機嫌を少しだけ回復させたのはよかった。
もう、俺は王子ではない。どこへなりとも行って構わないそうだ……かと言って、国外に出る事は元王族でありながら断罪として戸籍を持たない為に旅券を持てない俺には出来ない。王家の者は基本的に戸籍がないけど通常は王家から切り離されれば戸籍が生じる。でも、俺は断罪されたから旅券が発行されないし、ギルドにでも入れば別だろうがほとんどの財産も没収された身の上では悠長な事を言っていられないのも理由の一つ。
ミカを守る事を前提として、俺はミカと共に西へ旅立った。
正直……最初、ミカはずっと全ての事に不満をぶつけて詰っていた。俺にも当たっていた。それが全く嫌な気にならなかったとは言わない、何度も側を離れる事だって浮かばなかったわけじゃない……俺は短気なんだって何度も周りの奴等に言われた事があるけど、今まではともかく自覚をしたら少し落ち込んだ。
ミカと共に西に行く羽目になった者……ミカに賛同した位が低かったり低脳な者などが強制的に行かされた者達は、半分が色々な意味で帰る所を持たないもので、半分が当てが外れた者だったから数少ない女達はミカにつけたが愚痴がものすごいし男共は以前よりミカへの不満を俺に零すようになった。俺に言ってくるのは、俺が「元」王子だからに過ぎないが、それが今は役に立っている。
そんな奴らの中で、ミカを安全に送り届けたいと思った気持ちだけがあった。
これから、どうなるのか俺にはわからない。
ミカの代わりに領地を治めても良いと思ってるし、実際にミカ一人では無理だろう。
以前ほど、狂おしいほどミカを求める心はなくなってしまったのは第一級神官という奴が何かをしたからだと言うのは判っている。かと言って、嫌いになったわけではないけれど。
元々は不安定な生まれだ、これからミカと共に旅立ってもどうなるかは判らない。もしかしたら、そのまま別の土地へ行きたくなるかも知れない。以前ほどの気持ちはない。嫌いになったわけではないそれでも。
ただ、出来たら。
さっきまで忘れた頃になると騒いで暴れていたミカが、大人しくなって。
泣きながら眠っている彼女に一時でも、安らぎがあるのならば。
終わり
この舞台となっている国の国王は、基本的には軽度の快楽主義者です。
幸運だったのは女王陛下ほどの実力者ではない、そして節操もないと言う所でしょう。おかげで女王陛下は手綱を握れます。
実際の所を言えば第一王子に取って父親より女王陛下の方が恐怖心は強いです。母親がくすんだ濃いピンクならば、女王はいつまでも鮮やかなスカーレットと言う所だからでしょう。側姫はノー眼中です。
尊敬と言う意味からすれば女王がトップで、次点は父親である国王。側姫はともかく王妃は実母で無ければ興味対象では無かったと言うあたり、どこからツッコミを入れれば良いのやら…。
男女同権の筈だが実際には男尊女卑がまかり通る環境にいたので、第一王子である自分が問答無用で国王になると思っていたら双子の妹にかっさらわれてしまったと言う不安定な立ち位置。これまでの言動から妹の下につくとは誰も思っていなかった辺り、幼馴染達にアホ呼ばわりされる理由。
魔法士団長の体が丈夫になったり、騎士団長の統率力が上がった理由と原因の1つではあるが、上に立つと言う意味からすれば「コイツに権力をもたせるな」といわれる程度の人物。
ちなみに、国王は女ったらしが追加されるのでマシかも知れません。
彼が最終的に西の領地で収まる人物かどうかは…それは、彼がこれから決めれば良い人生なのです。