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04.月卿雲客(きゅうばそうけん)の一振(ひとふり)

世界と言うのは幾つもの条件が重なって作られている。

例えて言うのならば、重なりあった螺旋状態と言えるだろう。

故に、本来は勧善懲悪なんてものは存在しないと言っても良いかも知れない。

何故なら、人の数だけ世界と人生と正義と悪と罪と罰は存在するのだから。


そう、誰もが各々の立場で生きる。

故に、今日の友は明日の敵であり。

明日の敵は。やはり敵の場合も多い。


話が違うじゃないかって?

月卿雲客きゅうばそうけん:宮中に仕える身分の高い人のこと。



 元第一王子(あのアホ)は、元魔法士団長(あのバカ)が言うほどアホではないと思う。

 少なくとも、本能で動いた結果が良い方向に転がっただけ良いんじゃないだろうかと言ったら魔法が飛んできた。

 と言うのは、子供の頃から日常だった。


 俺は、気が付いたらこの王都の下町に居た。

 本当に不思議な事だが、ある日の昼下がりで本当に突然だった。

 ちなみに、それ以前の記憶はない。ただ、俺を最初に拾った人は割りとマトモだったおかげで即効で飢えて死ぬとか色々な意味でヤられると言う事も無かったのは、その人物が若い頃は騎士団に憧れて傭兵団でまかないに所属していたと言う少々残念な人だったからだろう……いや、感謝はしてるけど。

 けど、その人物は割とあっさりと亡くなった。流行り病だった。

 この国の行政と言うのはどうなっているのかと疑いたくなる程度には国民に関心が薄いんじゃないかと思われるほどに現場レベルでの対応を求められる……後から知ったが、これは普通の事らしい。他の国に出向く事が出来るようになってから思った。

 これも仕方がないだろうとは思う。情報が戦況を左右するとは思うし、大なり小なり周囲もそう思っているのだろうが、いかんせん情報をスムーズに伝達する様なシステムがこの世界にはない……世界とは言うけれど、たまに「はて?」と思う。

 一体、俺は何と言うよりどこと比べてそんな事を思うのだろう?

 ただし、そんな事を思っていられたのは最初に拾ってくれた元傭兵団に所属していた人が亡くなるまでだった。

 言っておくが、その人物……割と良い年をした肝っ玉かあちゃんだった婆ちゃんだ。女性で騎士に憧れたのは生まれは結構良い所のお嬢さんだった彼女が嫁に行くのもお城で侍女になるのも嫌で、それなら騎士になりたかったが実力不足で最終的には傭兵団のまかないに落ち着いたという事らしい……ほら、残念度が上がる。

 でも、そんな残念な婆ちゃんに守られていたと理解したのは婆ちゃんが亡くなって然程たたない頃から。結局、婆ちゃんは天涯孤独の身の上に最終的にはなって……実家がどうだったのかはよく判らないが、そうなると俺は一人で生きていかなければならない。下町には開いてる空間に勝手に住み着く様な奴らは幾らでもいるから寝床には困らないし、手伝いはしていたから家事にだって(つたな)いながらもそこまで困らない。が、いかんせんどうしようもなく困るものはある。


 金だ。


 子供だからナメられて仕事に有りつけたとしても小遣い銭くらいなものだし、仮に有りつけたとしても周囲の奴らは顔見知りだって油断ならずにタカるわスるわ奪い取るわで、なかなかにサバイバルな人生になった。

 生きる事に懸命になったが、ここではたと考える。

 このままでは、路地裏でくたばってる小汚ぇおっさんとなる将来図は簡単に予測がついた。

 幾ら小遣い銭とは言っても職場など喉から手が出るほど欲しいものだって奪い合い、子供の頃から世界全部が全敵状態ってどんな状態だよと言いたくなる。


 一人だけで頑張ろうったって、無理だ。


 唐突ってわけじゃない、日々を過ごしてきて何となく思っていた事だ。

 ただ、実行に移すにはちょっとばかり周囲を説得するのが大変だと言うわけだ。

 仕方がないので、周囲を徐々に説得していく方向に走る。とは言っても、飴と鞭が必要だってのは判ってて……なんで判るのかは判らないが、判るものは判るのだから仕方が無い。

 状況としては、他に誰かやろうとする奴が居なかったから自分自身で動かなければならなかったと言うのが正しい。本当はこんな面倒な事をするのは実に嫌なことだが、流石に自宅で寝ていて襲撃されたのが三日続いた時はキレた。

 頑張って生きてきただけと言う話だが、俺は周囲とはモノの見え方でも違うのか少しばかり他の奴らとは動きも考え方も違うらしい。らしいって言うのは自覚がないからなんだが、純粋な体力とか腕力とかで言ったら叶わない奴らは幾らでもいるし大人だけではなくて同年代でもそうなんだから推して知るべし。

 ただ、気が付いたら空白の空間(エア・ポケット)にいたり見つけたりするらしい。

 状況と情報とソレを使って、手近な奴らから協力を呼びかけた。最初はともかく、徐々に俺と一緒にいる旨味を理解した奴らが集まってきたのは……良かったんだか悪かったんだか。


 状況がころっと変わったのは、俺は知り合い達に情報を集めさせている。そうして変わった情報や面白い情報があると買い取る……情報の種類や俺の気まぐれにもよるが、つまり情報屋の元締めを始めたわけだ。そうすると、ちいさい子供達は物がなくても話をするだけで金や食い物が貰えると思うと小さなものから大きなもの、事実かどうか判らないものから証拠まで一緒になって持ち込むようになった。

 うん……正直、やりすぎたと思いました。

 あの日、あいつが乱入するまではわが世の春と言えたんだ。

 集めた情報でどっかの貴族の子供が誘拐されたのが判ってから、誘拐された場所、犯人の素性などの諸々を元手に貴族相手に駆け引きを行った事で子供が戻り、しかも貴族が善人だったおかげで俺たちの後見として一貴族をメインに子供自警団的なものになって……とは言っても、俺たちは所詮は子供だからな。アブナイ事は全部大人に押し付ける。

 子供だったら大した事ないなんていう奴らは、子供であった事を忘れた奴らだろう。

 案外、子供だからこそ知ってる事や子供だから出入り出来る場所なんて幾らでもある。そりゃあ、相手が子供だからお互いで騙しあったりして何度か俺達も窮地に落ちた事はある……二重にも三重にも予測して対応策は立ててたから、無傷とは言わないし残念な事も幾らでもあったけど。

 だけど、将来はそんな感じで行くのかと思ったんだ。


 あの日が来るまでは。


 そいつの存在は、判ってた。

 貴族がバックについた事もあって、俺は貴族に人材を育てる事での将来性の安定について語った。最初のうち、貴族はボランティア感覚だったんだろうと思う。子供は子供らしくとかなんとか言って居たくらいだが、どんだけ貴族が金を持っていてもこの町の浮浪児全員を育てるなんて無理な話……いや、そこまで俺んとこはでかくないけど。

 で、俺は奴ら達にも少しずつ巻き込んで学ばせたわけだ……勉強だろ? 体術だろ?

 これは甘い事を言った所でそう簡単に何とかなるものじゃないから、途中が大変だった。逃げ出す奴がやたらと多かった。あんまり多くて(くじ)けそうになった……貴族が真面目に学ぶ奴を優先的に仕事を回したりとかしてくれたから何とかなったけど、日常を送りながら学ぶってのは子供だって。いや、子供だからこそ体力が追いつかないものだ何度心が折れた事か。

 そのおかげで、大抵の町の事情には明るくなった。暗い奴ら……ろくなことをしない大人からは子供相手だからと言って警戒こそされたけど、子供達は子供同士でネットワークが繋がるからな。貴族階級の情報は高値で売れる割りに取り易い。きっと子供には理解出来ないと思われていたから口が軽くなったりするんだろう。

 口止めされる事もあるが、所詮は子供だから基本的に口は軽い。それに、俺は本当にヤバい情報はここぞって時にしか使わない。だから様子を見られてるって所だったんだが……あの情報が俺の所に届いた時には、外見はともかく内心は本気で頭抱えて旅に出たくなった。


「ほら、行くぞ!」


 子供と言うには少しばかり体格が良かったのは当時から……普通の子供はこいつらの様に栄養満点な食事なんて与えられてないから、貴族に比べれば一般的な王都の子供って言うのは料理とか食材関係の店とかに繋がりがない限りは貧弱と言っても良いだろう。

 俺より何歳か下の筈だが、当時から奴は一回りとまでは言いたくない程度にでかかった。


 なんで一国の王子が下町(こんなところ)にいるんだよ!


 要するに……だ。

 俺は王子に目を付けられたと、そう言うわけで。

 しょっちゅう倒れる王子のツレと、無軌道街道一直線な王子の子守を王宮からこっそり依頼されたのは今でも本人には黙っている事実だ。将来的に魔法士団の団長になった奴には、言ったら何されるか判らないから王子よりもっと言えない……王子は「へえ……」とか言いながら、完全に忘れた頃に復讐されるに決まってるのがまた嫌な感じだ。


 とまあ、ここまでは前置きだ。

 長すぎるとか言うな、俺だって何を好き好んで暗黒時代を暴露しなくちゃならない……個人的には良い子供時代だったんじゃねえの? と言う気はする。嫌な事もあったけど、そりゃあ良い事が全く無かったわけじゃない。

 何より、成長して俺もそうだけど俺に力を貸してくれた奴らがどんどん出世して行く姿を見るのは成長した我が子を見る様な気持ちにもなったし……いや、生んだ事ないけど。生めないけど。襲いに来る奴は返り討ちに3倍返しの熨斗(のし)つけてやってるけど。

 そいつらもそうだけど、周囲からの評価も上がったのは事実だ。

 俺みたいな危惧(きぐ)を持っていた奴らは多くはないけれど、それでも少しはいた。いたけれど、具体的に何をどうしたら良いか判らない奴らばかりで俺が先んじて動いたからともかく。そうでも無かったら、今頃はどうなっていたか判らなかった……とか言われると、実は少し背筋を寒かったのは何度かある。


 あれ、もしかして俺のやった事って余計な事だった?


 思ったのは何度かあって、それでもやっちまった事は仕方がないと開き直るしかない。

 問題はそっちじゃなくて……周囲から感謝される度に内心では全力で土下座して謝りたくてたまらなくなった事はきっと……俺以外には誰も知らない。筈だ。


 ある意味、別の意味……で「友達」と言っても良いんじゃないかと思える「世間知らずなボケ二人」と出会って割りと直ぐの頃。

 王子に引きずりまわされて息も絶え絶えになっている貴族の息子はさて置いて、ゲーム感覚で王子は町の改善に努める計画を練る練る。練りすぎってくらい練る……実行に移す側の事も考えろ。

 はっきり言って「たまには帰れ」と蹴り出さないと帰らないくらい入り浸る様になって。

 城の近くと言うより将来の魔法士団長を送る為に町を歩いていた時だった……ちなみに、王子は気が向かない限りは倒れてる野郎が居ても手助けはあまりしない。確かに、本当に駄目な時だったらそうでもないんだろうが。


 うわあ。


 それ以外、俺の目には映らなかった。

 何も、入らなかった。

 上流階級御用達ではないけれど、屋台と言うほど低くはない店。

 表立って出すには少々手狭だろうが、裏に出すには上品な甘いものと雑貨を売っている店。

 中に居たのは、何人かの着飾るほど豪華ではないが、かと言って浮浪児ほど酷くない、そんな「一般的」な人達がいた。

「あれ……」

「ど、した……の、お……じ……」

「死に掛けてるんだから黙ってろって……あいつら、確か母上とか女王陛下の所で見た事あるなって思って。

 休暇で城下に買い物にでも来てるのか、それとも誰かにお使いでも頼まれたのかな?」

 目線こそ王子にはまったく向けていなかった……視界はあの店に釘付けだ。脳内は超高速回転をしていて、それでも耳は王子の言葉を欠片も逃すまいとしている。

「……じょおうへいかの?」

「ああ、侍女の中に居たな。あいつら」

「小さい子がいるけど……」

「詳しい事はしらん。けど、母上からも教師どもからも評判が良いから将来は文官でも目指すんじゃないかと言われている。

 今は女性の仕官は認められていないが、女王陛下の事だから数年もしないで女性の仕官も認められるだろう。実際、侍女だけでは手が回らない部分とかもあるから女王陛下の言う事は間違いではないだろう、女性の騎士が必要だって言い分だって判ってる……駄目な狸共は女に何が出来るかと言って女王制度の廃止も訴えるくらいだがな」

 女に権力を持たせる事を由としない風習と言うのは、この国ではさほど珍しい事ではない。

 表向きは男女同権となっているけれど実際、女はお飾りと思う貴族は多数存在する。王と女王の分権に正面からケチをつけてきた貴族も少なからずいたらしいが、それは今の王がねじ伏せたと言う……それだけの力量を女王が持っているからだと言うのもある。

 しかも、今の王太子候補は王子の別腹の姉だか妹だかの第三王女だって言うんだから……ま、この王子は基本本能で生きる馬鹿だから妹に負けてもおかしくないし。

「なんか今、むかついたんだけど……?」

「し、しら……な……」

「いい加減に黙らないと落ちるぞ」

 体質的にともかく、体力的にはツッコミは止めた方がいいんじゃないかと内心で思う程度には毎度律儀にツッコミを入れてくるんだよなあ、こいつ……ガタイが成長しづらいから何とかなってるけど、これが同じくらいの体格の野郎だったら置いていくかも知れない。

「女の子で文官になるとか、どうかと言う話もあるが……表立っては内緒だが、特に目をかけてるらしくてな。俺も度々引き合いに出されて内心は面白くはないが……実力があるのは本当だからな」

 王子は独善的で気まぐれで我侭でお子様で考えなしで計画性も皆無だが、物事の良し悪しは認められるというのが利点だ。英才教育を受けているから愚かではあるが学がないわけではないし、受けてきた教育に対してはどうかと思うけれど知識の使いどころは間違わなくなった部分もある。

 ……昔は酷かった。

 が、そんな昔の事を明後日の方向に放り投げても良いくらい俺の意識は全部があの子に向いていた。

 お城の、女王付きの侍女をしていると言う女の子。将来は文官を目指している女の子。

 城下町に、休暇で買い物に来る女の子。


 後にも先にも、それが初恋だと言うのは即効で自覚した。恋愛に発展させたいとか思ったわけじゃない……そんなに傲慢なつもりはない。俺みたいな下町の浮浪児が王宮の、しかもトップと繋がりのある様な人物を相手に声を掛けるのだって大層な事だってのは知ってる……侍女より王子のが上だと言うのは知ってるが、当の本人がこんなだからその辺りは知らない。

 城の人達が城下町に来るのは不思議な事もない、王族や大貴族でもない限りは普通に生活している人達なのだから買い物くらいはするだろう。

 だったら、買い物に来易かったら会える……否、また見られるだろうか?

 もしかしたら、話くらい出来るだろうか?

 目に、入れてくれるだろうか?


 だから、俺が王子の気まぐれで始めた城下町浄化作戦に積極的に出る様になったのは。

 そんなヨコシマかつ不道徳な気持ちが原因で、他の奴らの事なんて一切考えてなくて、その癖「城に勤める様になったら彼女をもっと見られるだろうか?」と思ったのがきっかけで、考えて本当は文官を目指したかったけれど武官の方が人手不足だって事は入りやすいからそちらに志願した……思い切り書類仕事をさせられそうになったのは黒い思い出だ。どうやって逃げられたかは聞かないでくれ、覚えてないから。

「お前さ、最近随分と意欲的だけど……貴族に気になる女でもいるわけ」

「……そう見えるか?」

「いや、全然。

 もしそうだったら腹抱えて笑う。が……もしそうだったら、少なくとも部隊長くらいにはならないと口説けないと思うぞ」

 金と権力重視だったのが実力重視になったが、かと言って風当たりがゼロと言うわけではない。だからこそナメられたら終わりだし気が抜けなくて……って、ここでも子供の頃とあんまり変わらない生活になっていた気がする。計算外だ。

 意外な事に、この騎士団でやっていくのに非常に役立ったのが婆ちゃんの知識だった。真面目に意外だ。

 そんなこんなで、小隊長クラスになってから何とか周囲を見回す事が出来るようになった所。

 「彼女」を見つけた。

 子供の頃に王子がさらっと言った通り、女王はその持てる能力をフルに活用したのか女性も少しずつ仕官の道が開かれて行った……数は多くないし、新たな問題も確かにあったけどな。セクハラだのパワハラだの、侍女に手を出す話は本当によくある話だった。女官に手を出さないのは大体がある程度以上の位を持つ貴族の女性が多いからで、そう言う意味では侍女ならば手を出してもお咎めは少ないが彼女達もバイタリティがあるから転んでも無料じゃ起きないあたりが女は恐ろしい。

 そんな中で得た情報によると「彼女」は法務省の大臣付きの文官になったらしい。そんな人物を相手にするならば並大抵の地位では彼女に迷惑がかかるだろう事は判っていた。

 頑張って、頑張って、頑張って……最終的に騎士団の団長に上り詰めたら声をかけよう。

 通り過ぎる度に挨拶が出来る程度の、そんな事が出来るようになるといい。

 思っていたのはその程度で……後から考えると随分と純情路線だが、貴族のお姫さん相手に何をしろと? と言うのが昔から思っていた事だから十分だった。もしかしたら、一部の貴族の女性みたいに野蛮な武官を毛嫌いする可能性だってあった。仕事中はそんな事は無くても、私生活でどう思っているかは判らない。


 が、現実は甘くなかった。

 彼女は、あと数年を文官として過ごした後で婚約者と領地へ引っ込む事になっていると人伝手に聞いた。

 まだまだ珍しい女性仕官。文官とは言え、悪鬼巣窟とまで呼ばれている法務省と財務省は人の心を持っていたらやっていけないとまで言われている。そんな中で本当は王家に縁のあるにも拘らずこっそりと情報を伏せている所に健気と言う言葉が似合うと思ってしまった。

 ずいぶんと詳しいって? 城内にも俺の昔からの情報ネットワークが生きてるって事だな。

 知ったのがまた、騎士団長に就任した当日ってあたりがやるせない……思わず、神殿の懺悔室に逃げ込む程度にはきつかった。

 あんまりきつくて、懺悔室で祈りこそ捧げないもののぶつぶつと吐露していたらしい。らしいって言うのは、気が付いたらひどく喉が乾いていたからだ。しかも、そこに誰かが居るのに全く気がつかずしゃべり続けていたと言われたら……己の神経を疑うに決まってる。

「貴方に決めたわ!」

 いきなり目の前に指を突きつけられて、そんな事を言われたら「はあ?」としか応えようがない。

 少なくとも、俺はそう応えた。

「喜べとは言わないわ、ある意味で試練だから。

 でも、私は貴方に決めたの。まだマシな様だから」

「……誰?」

 これでも外に行けば、今をときめく新騎士団長として名高いので肉食系女子に迫られる事は普通にあるが、全員にはお断りしてお帰り願っている……たまに、部下に回したりしているが無理やりじゃないからその辺りは勘違いしない様に。

 あえて言うなら、キューピッド?

「心して聞きなさい、私は第一級神官の植木枝織。

 貴方達は私の事をシリーと呼んでるわ、別にいいけど」

「……だいいっきゅうしんかん?」

「神殿の偉い人だと認識しなさい。

 そして、とっとと話を進めるから。強引だろうと何だろうといいのよ」

 なかなかにパワフルな人だと言うのは判ったが……見た目、成人前の女の子と言った感じだ。

 恐らく、初めて彼女の姿を見た時の頃くらいの体格ではないかと言う気がする。

 もしかして、魔法士団で頭角を現し始めている奴と似たような感じで魔力が大きすぎて成長が遅いと言う奴なんだろうか……そんな気がしないでもない。

「これから、今すぐではない遠くない未来に未曾有の危機が訪れる事でしょう。

 事態は猶予をがりがりと抜け毛で頭の残りがつるつるの方が広くなって帽子や鬘で隠すおっさんのレベルになるほどの急務となります」

 何故だろうか、とても厳かに壮言に言われて居る筈なのに地味に痛い内容に聞こえる。

「しかし、そんなものは序の口レベル。まだまだへそで茶が沸くほどに可愛いレベルの話です」

 本当、一体何を言いたいのかと思ったりしても責められる覚えはない。

「問題はその後です。

 この城下町? 国? 大陸? いいえ、もっと大きな災厄が世界を覆い尽くす時、人々の求めに応じて世界へと放たれる一筋の希望が現れます」

「……その希望にも、災厄をどうにかできないって事?」

「いいえ、希望と人々の力を合わせる事で一気に押し寄せてきた絶望は希望によって塗り替えられる事でしょう。

 ですが……問題は、その希望が希望ではなくなる事。

 希望は、異世界から人々の祈りによって導かれた存在。ただの一度だけ、神は希望を元の世界に戻る機会を与えるが希望は元の世界へ帰る事を拒むでしょう。

 そして……」

「そして?」

「腐って行きます」


 何が!?


 そう思った俺は、きっと悪くない筈だ。

「人々の心に安堵と慢心が広がるでしょう。

 美しいもの、安らぎを求める心だけが残り、それ以外には目を向ける事すらなくなります」

 言われた所で正直、いまいち意味が判らなかったのは仕方がない。

 神殿の中でもこの手の言葉を紡ぐ存在は上位過ぎて騎士団でも団長クラスでなければ……つまり、王と直接会う事が赦される立場にでもならなければそうそう会う事はない。少なくとも、直接声が聞こえる立場にはない。

「ただし、例外も有ります。

 女性、老人、子供、既婚者、はっきり言って子供が作れない様な人種や特定の相手が居る様な相手に絶望は届きません。しかし、いずれ(おびただ)しい絶望が災厄となった希望によって(もたら)される事になります」

「……て言われても、なあ?」

「ちなみに、既婚者が例外に含まれるのは神殿によって守られているから。また、妻が夫を愛して子供を作る事によって繋がりが夫を守るからです」

「話聞いてて思ったんだけど……」

「なんですか」

「その『腐る』って、男だけ?」

「場合によっては女性も腐ることになりますが、比率的にはほとんど0に近い1です」

「て言われてもね……」

 神殿でも下位で駄目な奴らは、適当な事を言って一般市民から金を巻き上げる事はあるだろうが……少なくとも、城内の神殿でそんな低レベルな神官が居るとは思いたくないし。

 何より、この人物が高位神官なのは着ているものから見て事実だろう。

 詳しくは知らないが、下位神官と上位神官とでは着てる服からして全く違う。

「少しは頭を働かせなさい……良いですか? 子供を作る行為をしなくても例外となるには神殿の名の下に婚儀を挙げる事。それだけで十分」

 いやでも、結婚は一人じゃ出来ないと思うんですけどねえ……と言うのは、顔に出ていたのだろう。

「法務省の大臣付き文官など、相手にはいかが?」

「……何を」

「彼女はこれから、災厄が起こす絶望に巻き込まれて激しく嘆く事になります」

 一気に、体の中で何かのスイッチが入ったの様に切り替わったのが。

 判った。

「もし、それを少しでも止めたいと願うのならば……詳しい話をしましょう。

 言っておきますが、この話は第三王女以上の存在ならば誰もが知っている事実。が、それが詳しく語られるのはずっと先の話。そうして、既婚者が例外となる話しが語られる事はない。

 王家は全面的に私の話を信用していないと言うより、信じたくない」

 それはそうだろう、起きてもいない問題に対処するのは賢いやり方だろうけど。目の前にない事に全力で対処するかと言えば、したがらないのが人ってもんだ。

「今回の返事については……また今度で構わないわ」

 ふと、シリーと名乗った彼女が身を(ひるがえ)した。

 懺悔室の中は薄暗く、小窓から差し込む僅かな光だけがある。

 どこから出てきたのかと思えば、祭壇の脇に目立たないように出入り口があったらしい……いざと言う時には脱出用のルートにでもなってるのだろう。

「まだ僅かに時間はある……本当に僅かではあるけれど。

 それまで、貴方も決めておくべきでしょうね」

「決めるって……何を……」

「覚悟、かしら?」

「なんで疑問系?」

「私の問題じゃないもの、貴方自身がどうするか、どうしたいか、どうなったら後悔せずに済むか。

 それだけの話よ」

 ……他人事だなと思った俺は、きっと間違っても悪くもないと思う。

 確かに他人事なんだから、どうしようもないとは思うんだが。

「まあ、どっちにしても……私の大事な友達を泣かせるような野郎が泣こうが喚こうがもがれ様が打ちのめされようが、ヤられても全く気にならない。と言うより、清々するけど」

「確実に本音だな、それ!」

「あったり前じゃない」

 僅かに振り返り、少しの光源の中で見えたシリーと言う神官服の女の顔は。

 ふてぶてしいと言うのが正しい気がした、きっと。


 それから色々あったのは確かだが……結果的に、俺はシリーの提案を受け入れた。

 彼女本人に了承を得ないままに神殿に今後の許可を貰い、書類上は夫婦となった俺と彼女……うっかり、嬉しさを隠しきれず公言しようとしてツッコミが入ったり、彼女を攫いに……否、彼女を出迎えに行こうとして王太子筆頭女官とか言う女性経由で王家から彼女本人に近づく禁止令が裏で発行されていたおかげで近づけなかったりと色々あったが。

 世界が未曾有の危機に晒され、人々がどうしようもなくなった頃にシリーが言って居た希望とやらが現れて。

 結果的に世界は救われたけれど、一部の男性の豹変振りについて内心でドン引きしていたのは今更だろう。

 (ことごと)く、あの時にシリーの提案に乗っておいて良かった……自分自身があんな風になっていたかも知れないと思うとぞっとする。

 まあ、最終的に俺は彼女を手に入れる事が出来たし。結婚した事を周囲に知らせる宴会……シリー曰く乙女の夢の披露宴らしいが、その時に同時に妊娠を知らせる事が出来て幸福の絶頂だった。


 ……妊娠発覚と同時に、彼女が親切顔で王家の連中に「養生」と言う名目で拉致らえて軽く軟禁状態になる事で俺から引き離されると言う地獄が待ち受けていたのは、流石に計算外だったんだが。

単純な話。

人は身勝手な生き物と言うだけの話なのだ。


ーーーーーーーーーー

騎士団長

名称未定。

幼い頃に突然王都のスラムに現れたと思っていたが、実際には記憶喪失少年だった。

地方から色々あったが、最終的にスラムに辿り着いて初老の女性に拾われて。結果的に騎士団での生活は基本的知識があった事で出世が早かったりする。実力はぴか一。

記憶喪失になった事で前世の知識がちらりとのぞいたりした事が関係して枝織に「まだマシ」と認定されて呪いから除外させる面子に選ばれた。

数々の武勲を立てた事から兄貴的敬愛をされている、スラムでは奇跡の出世頭。

ただし、初恋の彼女マーシャに一途に思いがあった為に素人どころか玄人も童貞。閨での知識は本だけだが読んだ本の数と種類は自慢できるほど(するな)

無自覚だったが独占欲と愛情と盲愛と過保護と心配性と……とにかく、諸々の感情を向けていたにも関わらず無自覚ってあたりがどうしたものかと……万が一、彼女と結ばれていなかったら。そして己の気持ちに気が付いたらどうなっていたかと思うと神様の背筋に寒気が走るほどだったりする。



植木枝織

通称シリー。第一級神官。

何故か彼女の故郷の日本人名を転移先の人々は上手く発音が出来ないので、半ば諦めている。

とある事情からミカの呪いを予見したが可能な限り沢山の人々を魔の手から脱出させる為に一部からは「愛の伝道師」呼ばわりされているが本人は知らない。

大事な友達であるマーシャを誰に託すか吟味したものの、致し方なく騎士団長にしたのは妥協した故。

ただし、その英断のおかげで騎士団長が敵にならずに済んだと言う事実があったりするのは枝織曰く「知らない方が幸せになれることってあると思うんだ」との事。



婆ちゃん

故人。元は金持ちのお嬢様だったが、騎士に憧れて出奔。

最終的には何を間違えたのか傭兵団のまかないに収まり、年をとってからはスラム街に住み着くようになった。

未来の騎士団長を拾って育てたのは色々あったからなのだが……悪い人物ではない。

彼女の持てる知識と経験を騎士団長に譲った為に義息子が騎士になれた事を知ったら、さぞかし喜んだか嫉妬したかのいずれかだろう。



マーシャ

今回は基本出てこない騎士団長の初恋の君。

バックボーンが複雑怪奇だが、女王の関係者で幼い頃は女王の侍女をしていた。

女性の仕官が登用された為に初期の法務省の大臣の筆頭文官にまで上り詰めた女官で、その実力は「氷の魔女」と呼ばれるほど。悪意と敬意の両方が混ざっている。

仕事ならばともかく、私事に関してはうぶな小娘だったと言う話。

でも、将来的には子供も生まれて大事に束縛されて少し重すぎるけれど愛だけは酸欠になるほど溢れてるから……そんなに悪くないのかもしれない。

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