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予定調和 第三〇章

ミカは実佳と言う子供を知りませんが、何となくぼんやりと過去を思い出そうとすると浮かび上がる影の様なものがあります。

この世界でミカは過去を多くは語りませんでした(番外編参照)がそれどころでは無かったと言うのが大半の理由です。


 唐突に、枝織は理解していた。

 どうやら、あの神が枝織の意識に介入してきたらしい。

 思わず舌打ちの一つもしたくなったか、そんな労力すら勿体無いような気がして来たのだから救いがない。

 誰に、なのか。

 どこに、なのか。

 それすらも判らないけれど、枝織にとっては別の意味で知らなくても良かった気がした。


舞台裏(バック・ヤード)なんてそうそう知るもんじゃないわね……全力で叩き潰す気にならなくなるじゃない。

 私にとっては、別にどうでも良い事なのに……なんだか理不尽だわ」


 ぶつぶつと独り言を口にする枝織を、周囲がどこか不気味なものを見る目である事を枝織は知っている。

 だからと言って、別に何をどうこうと言う気にもならないが。


「神にとっては、都合が良かったからこっちに連れて来ただけだし? 別にその辺りはどうでも良いのよね。

 以前に拉致……御子を召喚した時は問答無用だったらしいから。せめて相手の了承くらい取れって言った結果である事も確かだし」


 今、拉致って言いませんでしたか?


 誰かが思った様だが、とりあえず出来る女官であるエリンは一見すると完全に無表情でこの場にある。

 それだけで、通常の人ならば「お願い、もう勘弁して」と言って涙を流しながら女の子走りして去りたくて堪らない……事実、多くの侍女さんは今にも崩れ落ちそうだ。矜持(プライド)と好奇心だけで部屋から出て行かないのは立派だと褒めてあげたい……最初にダメだと認識したらしい人達はすでに逃亡さえしている。


「そう言う意味では、貴方は本当にちょうど良かったの。

 何しろ、家庭環境はアレでしょう? 父親の最大のお気に入りの愛人は息子と同じ年の子供を生んでいて、その子供は自分が愛人の子供だなんて知らず幸せに生きていて……」

「うるさい!」


 先ほどもそうだったが、ミカはイライラしていた。

 ただでさえ、今の状況はミカが望んだわけではない。

 何もかもを取り上げられ、その上でミカに向かって子供を産めと命令してきた。

 誰もがミカを褒め称えなければならないと言うのに、平気な顔をしている。

 しかも、何だか判らないけれど聞いているだけでムカムカと腹が立つ言葉をさっきから口にしている。


「うるさいうるさいうるさい!」


 髪を振り乱し、頭を抱え、いやいやをする子供の様に叫ぶ。

 そんな風にしていたかと思えば、かっと目を見開き枝織を見つめる。

 顔は憎悪で歪み、目が血走り、歯を食いしばっているのか唇も力が入っている。

 握り締めた手の中でドレスは皺が入り、ぷるぷると震えている姿をして、それで。

 無意識なのだろう、伸ばした手は。


「黙れぇっ!」


 振り上げた手の中に、少し大き目の菓子皿があったのは。


 ぱちん!


 けれど、振り上げた手が下ろされる事はなかった。


「ミカっ?」

「御子様……?」

「静かに」


 かくんと。

 まるで、糸の切れた人形の様であるかにミカは崩れ落ちた。

 枝織は単に、指を鳴らしただけだった。


「今は邪魔だから近づかないで頂戴、話にならないから」

「……いや、だがこれは」

「お黙りなさい、法務省の大臣の若造……ああ、『元』だったわね」


 神殿の神官が、神の奇跡を行う場合。

 それは、王家に許可を得た場合か神殿で行う場合か、外で奉仕活動を行うかのいずれかに当たる。

 また、奇跡が神の意に反する事であれば起こらない。それ以外で起きる現象による結果と言うのは、全て魔法と言われている。

 神官が魔法を行う事も、魔法士団などの一般的に魔法使いと呼ばれている人々が奇跡を行う事もままあるが、それでも「指を鳴らしただけで起きる」と言う結果は起きるわけがない。


「流石に、元魔法士団長のボウヤは判ってる見たいね」

「五月蠅いな、誰がボウヤだ」

「二十歳にもなってない若造ならボウヤで十分じゃない、そう言う台詞は私の年齢を超えてから言うのね」

「そう言えば数十年前から……」

「女性の年齢を知りたいなんて、親しくない相手には永遠に目を閉じるくらいの罰が相応しいと思う?」


 どうやら、この世界でも女性の年齢を聞くのは禁句だったらしい。

 あっさりと引き下がったのが、別にうっかり失明させられるかも知れないと言う恐怖心ではない事を祈ろう。


「な……に、を……」

「あらあらまあまあ……意外としぶといわね」


 倒れている状態になっている彼女……ミカを支える姿はない。

 枝織が止めたのもそうであるし、元第一王子は気絶しているし、元魔法士団長は身体的に持ち上げるのもどうかと言う感じだ。

 元法務省の大臣に至っては条件反射で近づこうとしたものの、実際には色々と気が付いた事が多すぎて脳内処理をするのに忙しく、あれだけ仕事を放置して会いに行って居た女を前に視界にも入らないかの様な所が内心で枝織には許しがたいのが本音だ。その程度で茫然自失となるならば親友を泣かせる前に何とかすればよかったのに、とも思うが後の祭り。

 その他の男達に至っては、もし目を覚ました元第一王子に見つかったらどんな目に合わされるか判らないと言う恐怖心が先に立って手を出すに出せない。

 ついでに言えば、他の人達……侍女達は自分達が仕えるべき相手とは認めない為に手を貸すつもりはなく、エリンが連れて来た男達は惚れてしまう事などの懸念から必要な時以外は近づかないように言明している。


 苦悶の表情を浮かべ、力入らぬ体を持ち上げようと苦心……それが彼女にとってのものであって、一般的な労力がどれだけ必要なのかは想像する事も枝織は放棄したが。

 つい、先程まで。

 本当についさっきまで、ミカの一挙一動一投足に至るまで注目し反応していた男達……女達にはミカの魅力は通じにくい上に出さないようにしていたが悪意さえ浮かべている者達が居たので早々に見限ったというのはある。それでも、幸せなお姫様を十分満喫していて……少々飽きてきたので次のスパイスが欲しいなあと思っていたのもまた、確かではあるが。

 それでも、こんな床の上に()(つくば)り誰の助けも得られず男達も甲斐甲斐しい世話もない惨めな思いをするだなんて予想もしていなかった。


「何なのよ何もなのよ何なのよ! ミカはお姫様なのよ! あんた達なんてミカの下僕であればそれでいいのに、何をミカを無視してるのよ!」



続く


ぼんやりとしか思い出せない男の子の事はともかく、その周囲の環境については覚えている様です。全てかどうかは不明ですが、言われていくと記憶が刺激されると言うのもあるみたいですね。

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