予定調和 第二九章
物事には成す為の手段や引換となる何かが必要となるらしい、それは等価交換と呼ばれる。
神の奇跡と呼ばれるものは世界に数あれど、そこへ至るまでに支払われたものは。
一体、どこで誰が。
どんなものを支払ったのだろうか?
「どうして……って……。
い……一体、何を言ってるのかわかんないよ。
誰の事を言ってるの? ミカ、そんなの思った事ないよ!」
「そうね、これを言ったのは実佳君だもの……正確には、思っただけとも言えるし。まあ、あの神には言って居たそうだから、厳密にはどう言えば良いのかしらねえ?」
「へ、へえ……そうなんだ、じゃあ、何? だからなんだって言うの!」
強がりだと言う事は、誰よりも枝織が判っていた。
正面で見据える事も出来ず、勢いだけで何かから逃げようとしている姿。
目血走り、汗を流し、挙動不審だ。不審人物だ。はっきり言って、動きだけならば二頭身にすれば可愛いと思えるかも知れない。恐らく思わないだろうが。
「ミカと言う女性の大人が生まれた、子供だったアンタは消えうせた」
何故だろうか……どこか、せいせいしたと言う風に見えなくも無い様に見える気がするのは。
「今のアンタが私の認めたミカと言う女ならば義務を果たさなければならない、大人の女性として」
聞きたくない、言わないで、口を閉じて。
思った事は、瞬間だった。
でも、間に合わなかった。
「西の領地へ行き、土地を治めて子供を生みなさい。
これは、神殿から。ひいては、神からの命令です」
何か。恐らく、空間とか空気とか言ったものを含めた人々が固まったのだろう。
「そうそう、神や神殿からの手助けを期待しないでちょうだいね。ちゃんと王家からは資金だって出てるんだから使い方は自分で決めなさい……もっとも、年間使用額の8割も使い切った状態でどこまで乗り切れるかは誰の手も借りる事なんて出来ないのは自縄自縛の結果的な自業自得に過ぎないけど。
ミカは一般の女性……領主だと貴族かしら? なんだから、そんな不公平な事を神殿に頼み込むなんて無様な真似はしないわよね。そもそも、無礼と言うより無作法だし? まさか、そこまで堕ちるわけにはいかないわよねえ?
これから大変だよねえ……私は神殿預かりだから貴族の作法って厳しく言われないし、そりゃあ神殿には神殿の作法とか手順とかあるし、どっちかと言えば覚える事も山盛りだし、平民の事だって知ってないといけないから……て、考えたら神殿が一番大変じゃない! ねえ!」
同意を求めている振りをして、実はまったく求めていない枝織のフリに、神殿の服を着た者はポカンとした顔で反射的に頷いていた……実を言えば、ただ頷くという行動も決して行儀や礼儀作法的には一般的にも褒められた事ではないが、その辺りは枝織にとってどうでも良い事なので無視する。
と言うより、誰もが口ポカンの状態だ。
もし、本当に枝織が同意を求めて周囲を見回してみたら……周囲のポカン比率の高さにうっかり悲しくなったかも知れないと言う程度には、ポカン比率は高い。
「子供を生む時期は今すぐでなくても大丈夫だけど、期限はあるから。期限は子供が作れなくなるまでだけど、どっちかと言えば早めの方が良いと思うわ、老後ギリギリまで領主の仕事やりたいなら止めないけど」
「こ……コドモッ!?」
喉の奥から悲鳴でも出手来るのではないかと思われる程の表情は、決して子供を求めているわけではないと言う事なのだろう。
ましてや、ついさっきまで子供と同じ様な扱いをされていても。本人は全く欠片も気が付かなかったのだから、どんな教育を受けてきたのかは押して知るべし……とは言っても、別に言っても、別にこの国が美香に対して教育をしてこなかったわけではない。
単に、偶然的状況とタイミングと、本人の意思だ。
「なんで……!」
「それはね!」
実は説明したくてたまらなかったらしく、枝織は嬉々としている。
これは……決して、ミカを陥る事が楽しくて仕方がないと言うわけではない。と、思いたい。
「ミカを御子から切り離したわ、そうすると本来は元の世界に何も無かった状態にして戻さなければならないの。そうしなければ、世界の自浄作用が働いて……簡単に言えば、器の中に水を入れる。その器にぴったりとした仕切りを入れて、片方だけの水を抜いた状態が今の状態。
仕切りを外さないで抜いた水を入ってる側に入れ、もう一度仕切りを外せば元の状態に戻る。
この、水を入れたり抜いたりしているのが元の世界。水を一度も空にされなかったのが、この世界だと考えたら判るかしら?」
世界の概念を説明するのは、非情に難しい。
何故ならば、ソレは肉眼で見えていたも認識する事は出来ないのだ。
理解を拒否した存在を、言葉だけで説明するのは難しい。
仮想的に話したのは、想像をしやすくする為だ。代理で咄嗟に言ってみたが、それほど間違っているとは枝織には思えないけれど。他の人がどう思うかは別と言うものだ。
「もし、ミカがこのままこちら側に溶け込んでしまえば。元の世界は替わりを用意する事になる、無かった事になる。
とは言っても、過去が変わるわけではないんだけどね」
「い、意味わかんない……」
「つまり、このままの状態で子供も作らなかったら……ま、ろくな目には合わせないわね」
合わない、ではなく合わせない。
この世界に繋ぎとめられる事なく過ごした罰を請ける事になると、枝織の言葉に意味が理解出来た者は目を見開いたが……案の定、ミカには理解出来なかった様だ。
「そうねえ……どんな目に合うのが良いかしら?
子供も作れない皺くちゃの老婆の姿で永遠に生きる? それとも存在はしているのに誰にも認識されないで過ごす? でも、その状態だと肉体的には生きていて死んでいるから空腹でも困っていても誰も助けてくれないし、それでも死んでいても死ねない感じだとか。
ああ、後は肉体が崩壊して魂がさ迷い続けるとか……!」
うきうきする枝織を見て、完全に得体の知れないものとして見ているのは元魔法士団長と神殿関係者と多少の知識のある者だった。
エリンもそうだが、苦々しい顔をしている騎士団長はマーシャの耳を塞いでいる当たり知識があるのか嫌な勘が働いたのか何れかだろう。
「な、何ソレ……」
「罰なんだから、軽いものじゃあ困るじゃない。
ミカと言う存在をこの世界に寛大な精神で許可してあげようって、この世界の神が言ったんだから不確実的危険性は背負わなくちゃ」
「ミカは神様が望んだから来てあげたんだよ!」
「そう、だから?」
「……え?」
ミカにとって、この世界の誰にとっても「神様がミカを呼んだ」と言うのは免罪符と言っても良かった。
以前は知らなかったと言うより、ミカのミカとしての精神、気持ちと言うべき存在を形成するべき記憶は。
この世界に現れる為に「抜き取られた」瞬間から始まっていたと言っても過言ではなく、それ故に「昔の自分自身」に全く興味が無かった理由の幾つかについては考える事を放棄していたし必要がないと認識していた。
ミカが、実佳を知らないと言うのはその当たりに理由があるらしい。
続く
世の中には、有料ボランテイアなるものがあるそうです。
ボランティアなのに有料? と思ったそこのアナタ、少し違います。
ボランティア作業を行う方がお金を支払うそうですよ?




