予定調和 第二五話
枝織無双、と言うわけではありません。
解説は続きます、続きすぎて疲れが見えてきました。
「いい加減にしなさいよ、あんた……!」
その声が聞こえてきたのは、多くの「彼ら」が自覚をした頃。
大なり小なり、彼らは己が真実「罪人」である事を認識した。
場合によっては、もし罪から逃れていたら元魔法士団長によって「罪人だから何をしても良い」と言う理由から、どんな目に合わされていたかも知れない非公式の罪人。
そんなものを、色々な意味で問題があるとは言え罪人に対して情け無用で生きてきた元魔法士団長が許すわけはない、格好の獲物だったのだ。
そして、今。
彼らが罪を犯した理由であり、彼等にとっての「原罪」と呼ぶべき存在があった事を。
「……何か用?」
隠すつもりもないらしい枝織は、心底面倒くさいと言う表情だ。
どちらかと言えば、やらなければならない面倒を放っておいたら引き摺り戻されたかの様な鬱陶しささえ感じている。
「何か用……だって?」
確かに、黙っていれば枝織の世界で可愛らしいと言われた部類だ。
単に美醜だけの問題で言うのならば10人居たら7人程度は可愛いと言うだろう、残りは興味がないと言うかも知れない。年代や環境の問題もあるかも知れない、モデルとなったのは血肉の通わない幻想偶像。
「アンタは! ミカがこの世界にとってどれだけ重要な人物だと思ってるかわかってるのっ!」
「ええ、当然」
「だったら……!」
「でも、終わったし」
さらりと告げられた枝織の言葉は、声の高さと口調に比べて響いた。
そう、終わったのだ。
世界が、それこそひっくり返り王国が崩壊し、貴族社会が瓦解したかも知れない民衆が互いを喰らい合ったかも知れなかった、そんな世界が。そんな未来は。
すでに遠い。
「誰のおかげで、この世界が……!」
「そりゃあ、私のおかげでしょう」
更にさらりと告げられた枝織の言葉に、流石のミカも絶句した。
語彙が無かったからこそ言葉にしないが、もし当てはまる言葉があるとしたら「盗人猛々(たけだけ)しい」とか「厚顔無恥」とか言う言葉が当てはまったかもしれない。
あまりと言えばあまりの衝撃に、ミカは放心状態だ。
「さっきも言ったけど、ミカの起こす『奇跡』は中途半端なのよね。ミカの存在と同じく中途半端。
だから、そこには代償が必要となる。神の情報を元に、来るべき状況に備えてミカの呪いを受けたら困る人達を最初に回避させて。状況に応じて対応策を立てられるだけの状況に事前に持っておくのって大変だったのよ……しかも、ちょっと足りないくらいのギリギリの状態にしておくのってセンスが必要だと思うのよね」
私は下手だったから、そこの所は他人任せだったけど……。
と言う言葉は、流石に枝織も飲み込んだ。
「代償と言われますと、具体的には何をされたのですか?」
「てゆうか、それなら元だけど第一王子がミカの味方になって良かったのか疑問なんだけど?
あ、そっか。別にコイツ一人どうにかなっても国的には困らないって言うか厄介払い出来て万々歳。女性上位おめでとうってカンジ?」
騎士団長と元魔法士団長の言葉に、枝織は少し考えた。
「言える事と言えない事があって、ほとんどが言えない事ではあるんだけど……。
あ、言っておくけど私。この国の政治については関わってないから、女王とか王太子とかの目論見とかは知らないからね? どっちかって言えば、あの人達にとって私の存在は都合が良かったから利用しただけじゃないの?」
これはこれで、さらりと言われただけに爆弾が投下された感じだ。
神をパシリとして神の御子の尻拭いをしていた最高位神官と、その最高位神官を都合が良いから利用していた王家。
果たして、これで恐ろしいのはどちらなのか……。
更に「別に、この国の歴史がどう動くかとか言うのは私には興味ないし。マーシャとかが不幸にならないのなら、それでいいのよ」と言っているあたり、どうやらこの国における男性上位の組織はいずれ消え失せて行く事になるのだろう。
同じ構造をしているわけではない故に、女性蔑視をしていた者にしてみれば最悪だ。
「あと、そこで転がってるのだけど……これについては『今ここで言うべき事ではない』って事で勘弁してくれない?
て言うか、全員ミカの敵になったらここまで荒れなかった筈ではあるけど。全員敵だったら、この国は少なくとも別の国に摩り替わっていたって言うのもあるんだよねえ……」
パワーバランスって難しいな、と言う枝織の言葉は衝撃的で。
理解が出来たらしい一部の面々の顔つきは、正直顔色が悪い。
「確かに、役者不足の感は否めなかったけど……他にこれって役者もいなかったんだよね。
役不足か該当無しのみって、なんか大変面倒くさかったけど」
どういう事かとエリンが肩眉を上げただけで問いかけの意志を見せると、枝織はもう少し考え込んだ。
もしかしたら、この今の時点で神と交信しているのか……と思った者もいたりいなかったりしたのだが、何の事はない。
枝織はそろそろ、大変面倒くさいと思っていたからだ。
「私はね、何十年も以前からこの世界に居たの。
それこそ、あなた達が生まれるずっと前。だから、私は少しはこの世界の情勢と言うものを知っているつもり。
神殿も制圧したから、組織的に動かしたってのもあるけど……それはともかく」
エリンの立場的には……なんだか聞流すと良くない事がある様な気がしてならないのだが。
枝織ではないが、今はその場合ではないのだろう。後で聞き出す事と心の中のメモにしっかりと書き上げる。
「つまり、貴方達みたいな子供を作らせる手伝いもしたのよ? 少しだけだけど。
男女の仲もそうだけど、子供が出来るか出来ないかの問題って、結構繊細だからねえ……こればっかりは恋人や夫婦間の問題だから、あんまり口出しすると逆に出来にくくなるじゃない?」
生々しい台詞なんですけど! と言うより、近所のおばちゃんの井戸端会議的な内容になった!? いきなり!? 何故!?
「ソレもねえ……せめて、もうちょっと……ほら。ねえ?」
周囲を見回して同意を求めた枝織だったが、見回された周囲は押し並べて視線を逸らした。
そんな、幾らなんでもつい先ほどまで立場的に複雑かつ不安定だったとは言え王子だった相手に対して「せめてもう少し、マシに育たなかったのかしら? 親の顔が見たいわ、もう会ってるけど……どんな教育したのかしらねえ? やっぱり父親に似たのかしら? それとも母親?」なんて視線に晒されて同意など出来る筈もない。
続く
何十年も下準備をかけて他人の家庭の事情まで操ってきた(とは本人が思っていない)枝織にしてみれば、なんでこんな奴等が生まれたのかと心底不思議に思っています。




